いま、ひとり /scene.2 











肌寒さに、新一は目を醒ました。
リビングのソファーの上で、自分で自分を抱くようにして丸くなっている態勢であるのに、ため息をつく。

「……あのまま…寝たのか…」

事件解決に呼び出され、帰宅したのはとっくに日付が変わった頃。
自室のある2階へと上がるには疲れすぎていたから、ちょっとだけ休むつもりで座ったリビングのソファー。結局は、そのまま眠ってしまったらしい。
初夏を迎えたとはいえ、まだ朝は冷える。
体を起すと、冷たくなった体が動くように腕から首筋にかけて揉むように擦る。
寝返りをうてなかったからか痺れる左肩に手をかけたとき、新一はぎくりとした。

細い、薄っぺらな肩。

自分のもののはずなのに、いつまでたっても実感がわかない。
肩だけでなく、細い腕も、肉のない胸も腹も、折れそうな足も。
もともと細身だったけれど、それでも標準体型の枠にはなんとか収まっていた。
でも、今はかつての見る影もないはずだ。
新一は深呼吸をすると立ち上がり、バスルームへとむかった。







元の姿を取り戻しても、元の通りには戻らなかった体。
そぎ落ちた筋肉、なくなってしまった体力、持久力。
徹夜続きで事件を追いかけても平気だったのに、今では一晩でも疲れ果て自分の限界がわかるようになった。
思うままに動かない躯に、募る焦燥、苛立ち、諦め。
小さな姿のときでさえ、決して感じなかったこと。




シャワーの水量を最大にして、息苦しく重い気持ちを押し流す。
肌に叩きつけてくる水の感覚が全てであるように、その他の何をも感じなくていいように。
けれど、激しい水音だけに支配された世界は、ひとりであることをひどく認識させた。


きっと、ここでこのまま溺れたとしても、誰もこの手を掴んでくれるものはいない。


そんな考えが頭を掠めて、新一は愕然とする。
「……なんで…こんなに弱くなったんだ…オレは……」
体だけではなくて、心も。
以前なら、助けてくれる手を望んだりはしなかった。己の力を信じて、自力で水の中から這い上がった。
たとえ溺れても、助けなんて求めずに力不足ゆえの当然の結果だと、そう思いながら沈んでいっただろう。


蛇口をまわし水を止める。
自分のなかの蟠りを洗い流すつもりが、余計深いところに沈殿させてしまっただけ。
新一は頭を振って、水滴とともに己の弱さを懸命に払った。





RRRRRRRR…



バスルームから出たところで聞こえてきた音。
それが何なのか思い当たって、髪を拭いていた手が固まる。
屋敷備え付けの電話。
滅多に鳴らないものだからこそ、一気に膨れ上がる期待。
弾かれたようにタオルを投げ出して、手近な子機を取る。
ドキドキと高鳴る胸。
もしかして、という予感。
でも、まさかそうであるはずがないという予感も。
通話ボタンをおして、恐る恐る耳につける。

「………もし…もし…?」
『あーっ!やっぱりまだ家にいたのねっ新一!』

聞こえてきた声に、詰めていた息を吐き出す。
一緒に肩からも力が抜けるが、緊張から解かれたからではなくて落胆ゆえだと自覚はある。

「なに…?」
務めて平然としようとして、思わず冷たくなってしまった声にマズイと思う。
けれど、幼馴染は都合よく解釈してくれた。

『ちょっと寝ぼけてんの?!今何時かわかってないでしょ!』
「時間?…だって、今日は日曜だろ。学校はない…」
ちらっと、飾りだなの上のカレンダー付きの時計を見る。起きたばかりで頭がまだよく動いていないが、間違いはなかった。
『今日はサッカー部の練習試合よ?!助っ人頼まれていたじゃないの!まさか忘れてたなんてことないわよね!さっきからずっと携帯にかけてんのに出ないから、どうしようかと思ってたのよ!』
「蘭、あのさ…」
『とにかく早く来て!いい訳はあとでみっちり聞いてあげるわよ!』
「オレ、行かないよ」
言葉を接がせず、このまま電話を切ってしまいそうな勢いに、幼馴染の声に被らせる。
『なんですって…?!今さら!』
「今さらじゃない。その話が出たときに断った。どうして伝わってないか知らないけど、部長に聞けばわかるよ。じゃあな」
『ちょ…新一…!』
納得いかない口調で何か言い募ろうとしたが、電話を切る。
彼女に、そしてサッカー部の皆にも申し訳ないことをしている。
けれど、もうどうしようもないこと。

受話器に置いたままの手を離して、2階へ着替えにむかう。
きっと、今の勢いのままここに来るだろうから。その前に、隣へと行くために。






01.09.19   
scene.3  

 


  
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