涼 子  【1】
 一通りの家事をすませてしまうと、涼子は片付いた部屋を見回して満足げにひとつ深呼
吸をした。
 夕飯の支度まではまだまだ時間がある。大好きなコーヒーを入れて……そうそう、おい
しいクッキーも残っていたんだっけ。
 3時のおやつとしゃれこもうと、涼子はやかんに水をいれて、ガスコンロにのせた。
「……あら?」
 点火しようとスイッチを押すが、火がつかない。
「……おかしいわね、どうしたのかしら」
 首をひねりながら、何度もカチカチとスイッチを押してみるが、パチパチと火花が散る
ばかりでガスが出ている様子がない。
 ――困ったわね、このままだとお夕飯の支度もできないし
 困り果てた涼子は、朝の澤田の言葉を思いだす。
 ――そうだ、澤田さんに相談してみよう
 さっそく電話のところへ行き、受話器を握り、管理人室の番号を押す。1回目の呼び出
し音が終らないうちに、待ち構えていたかのように澤田が出た。

「どれどれ、ではちょっと見てみます……奥さんはそちらで座って、待っていてください」
 涼子からの電話を受けて即座に飛んできた澤田は、台所に入るなり持参した工具箱から
なにやらいろいろ取り出し、ガチャガチャとコンロをいじりはじめた。
「じゃあ、お願いできます? ごめんなさいね、わたし、こういうの、よくわからなくて
……」
 自分がいても邪魔になるだけだと思い、涼子は居間へ戻っていった。ソファに腰かけ、
テレビをつける。結婚する前は見たこともなかったワイドショーを、さしておもしろいと
思うでもなく眺めていると、いくらもしないうちに台所の澤田が歓声をあげた。
「奥さん、直りました。つきましたよ、火」
「あら、もう?」
 嬉々として立ちあがり台所に行くと、火のついたコンロの前で、澤田が誇らしげに腰に
手をあてていた。
「コンロに思いきりぶつかったりしませんでした? 中の部品がちょっとずれているよう
でした」
「さあ……朝食の料理中に、軽くぶつかるくらいはしたかもしれませんけど……」
「もともと、ちょっと弛んでいたのかもしれませんね。もう大丈夫ですよ、がっちりつけ
ておきましたから」
 元来楽天家の涼子は、よくわからないが火がつくようになったらそれでいいと、単純に
喜んで笑みを浮かべた。
「ほんとに助かりましたわ、お礼に、お茶でもいかがです? ちょうどコーヒーをいれよ
うと思っていたところですの」
 根っから人のいい涼子は、このまま帰すわけにはいかないと、澤田の返事を待たずいそ
いそとお茶の準備を始めた。
「いやあ、かえってすいませんねえ……では、お言葉に甘えてご馳走になっていこうかな」
 すいませんとは言いながらまったく遠慮する様子もなく、澤田はソファにドッカと腰を
降ろして室内を舐めるように見まわした。
「ええ、どうぞどうぞ……クッキーもありますから」
 楽しげにお茶の準備をする涼子の後ろ姿を見ている澤田には、茶などどうでもよかった。
ただただ、きれいな薄いピンク色のフレアースカートにうっすらと浮かぶ下着の線を、食
い入るように見つめている。
 ――どうだい、あの腰つき……たまんねえな、まったく
 はやる心を、必死で抑える。ここでむしゃぶりついてしまっては、おもしろくもなんと
もないのだ。つまらないテレビの表層を眺めて、じりじりと時がたつのを待つ。
「さ、どうぞ」
 愛想よく微笑み、お盆の上にコーヒーとクッキーの入った小鉢をのせて、涼子が戻って
きた。澤田の前に丁寧にカップをおき、自分も澤田の向かい側のソファに腰かけ、おいし
そうにコーヒーをすする。
「これはこれは……実にうまい、このクッキーは奥さんの手作りかな?」
「お恥ずかしいわ、実はそうですの」
 たわいもない話に花を咲かせ、すっかり場がなごんだところで、澤田はついに本題を切
りだした。
「……ところで奥さん、ちょっと見てもらいたいものがあるんですけどね……」
 何気ない口調でそう切りだすと、澤田は持参したかばんからおもむろに封筒を取り出し、
テーブルの上に置いた。
「あら、なにかしら……」
 涼子は可愛らしく小首をかしげて封筒に手を伸ばし、口を開けて中身を取り出す。
「こ、これは……」

 中から出てきた写真を見た涼子の顔が、一瞬にして凍りついた。



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