■ 約束の絆 (後編) ■
――翌日、イザーク城・スカサハの私室
「んっ…ふあ…朝か」
眠たげな声を上げてスカサハは目を覚ました。
昨日はなかなか眠れなかったのだ。まるで遠足に行く子供の様である。
彼自身はそんな事を気にするはずもなく…ベッドから身を起こすと窓を開けた。
そして、新鮮な空気を吸…えなかった。
何故なら…窓の外に広がっているのは晴れやかな朝の光景ではなかったから。
ザアアア…ッ
スカサハの運が悪いのか。はたまた運命の悪戯か。
外はこれでもか…というくらいに強烈な雨が降り続いていた。
「…」
色々な感情がない交ぜになった複雑な表情でスカサハは外の風景を眺めた。
窓を閉める事も忘れ、顔を雨に叩かれながら…彼は暫くそのままでいた。

…数分後、スカサハはようやく窓を閉めた。
雨に濡れた顔を服の袖で拭うと、ベッドに腰を降ろす。
普段、滅多に落ち込んだり気落ちしないスカサハだが、今日はさすがに…気落ちしていた。
『カサ』のような気の利いた道具のないこの世界。雨の日のお出かけなど不可能である。
(はぁ…約束したのに…ユリア、がっかりしてるだろうな…)
スカサハとしては出かけられない事よりも、ユリアが気落ちしていないか気がかりだった。
わざわざ遠くバーハラからやって来たのに、いざ来てみれば雨で外出不可能…
そうなればさすがに残念に思うだろう。
「折角来てくれたんだし、楽しい時間を過ごしてほしいしな。よしっ!」
(落ち込んでる場合じゃないな)
気持ちを切り換えるとスカサハはユリアの部屋に向かった。

――ユリアの部屋
そんなわけで、スカサハはユリアの部屋の前に来ていた。
そして、緊張しつつ、ドアをノックする。
トントン…
……。
暫く待ってみたが、返事が返ってこない。
(…まだ寝てるのかな?)
そうも思ったが、ユリアは解放軍時代から早起きな方だった。
…少なくとも自分よりは。
どんなに疲れた時でも彼女は早起きだった。
と、いうわけでまだ眠っているという可能性はほとんどない。
とりあえず、再びノックしてみる。
トントン…
……。
やはり、返事はない。
さすがにスカサハも不審に感じた。
(まさか…ユリアの身に何か?)
「ユリア…開けるよ…?」
そう言って戸を開けるスカサハ。
ギィ…と軋んだ者を立てて戸が開く。
「ユリア…?」
だが…部屋の中は無人だった。ユリアはどこにもいない。
(何かあったのか?いや…城の中だし、それはないよな。
どこかに行った?それなら俺が来るまえ待…(?)
そこまで考えたところで、スカサハは思った。
まさか、今、あの花畑でユリアは待っているのではないか…と。
(約束したしな…ユリアならその可能性も…)
別に針千本飲まされるのが嫌だから…というわけではない。
約束した…それだけであの少女にとっては充分な理由になるだろう。
雨の中、花畑で待つ事の。
そう思った瞬間、彼は走り出した。
雨の中、約束の花畑でまっているだろう少女のために。

ザァァ…ッ
降りしきる雨が容赦なく身体を打つ。
あれからスカサハは自室に雨避けの外套を取りに戻り、それからすぐに城を飛び出したのだった。
外套のおかげで多少はマシになっているもののそれでもこの雨は痛い。
(外套を着たのは正解だったな…)
そんな事を思いながらスカサハは道を急いだ。
ぬかるんで走りにくいが、そんな事を気にしてはいられない。
ザァァァッ…
そうして走る事数分。
降り続く雨とぬかるんだ地面のおかげで時間はかかったが、彼は何とか花畑に辿り着いた。
そして…彼の予想通り、ユリアはそこに、いた。
降り続く雨に打たれながら…そこで待っていた。
「ユリア…ッ!」
その姿を見、彼はユリアの方に駆け出した。
「スカサ…ハ?良かった…来てくれたんですね…」
その声に気付き…彼女は弱々しい声でそう言った。
「遅くなってごめん…」
「ううん…来て…くれたから…」
そこまで言ったところでユリアはふっ…と倒れた。
慌てて抱きかかえるスカサハ。
「つ…冷たい…」
当たり前の事だが長時間雨に打たれていたせいで、ユリアの身体は冷え切っていた。
(マズイな…)
このままではユリアは…。
スカサハは迷わずユリアに自分の外套をかけると背中に背負った。
ユリアの身体は思った以上に軽く、そして…冷たかった。
「…本当にごめんね、ユリア」
そう呟くと彼はユリアを背負って歩き出した。

――翌日、イザーク城・ユリアの部屋
「…」
ベッドで眠るユリアをスカサハは心配そうに見ていた。
あれからユリアを城まで連れ帰り、ラクチェに頼んで濡れた服の着替えなどを行い、ベッドに寝かせた。
それから約1日。
ユリアはベッドで眠り続けている。
その間、スカサハはずっとユリアについていた。
心配で…仕方なかったから。
「ん…ううん…。あれ、ここは…?」
ようやくユリアは目を覚ました。
そして、ベッドの上で身を起こす。
自分が何故ここにいるのかわかっていないらしい。
「あ…良かった…。このまま眠りつづけていたらどうしようかと思ったよ」
「スカサハ…。あの、私…あれからどうなったの?」
ほっ…とした様子で微かに笑うスカサハにユリアは問いかけた。
「えっと…」
スカサハはユリアが花畑で倒れた事、その後城へ連れて帰ってラクチェに手伝ってもらってベッドに寝かせた事を話した。
全て聞き終わってユリアが言ったのは…
「服…替えてくださったみたいですが…スカサハ…見て、ないですよね?」
その言葉に一瞬スカサハが凍りつく。
が、それも一瞬の事。彼はすぐに元に戻った。
「あ…あはは…服を替えたのはラクチェだったよ。さっき言った通り」
そう言うスカサハだったが、微妙に怪しげな様子である…。
案の定、ユリアは疑わしげな目で見てきたが、スカサハは気付かないフリをした。
「えっと…あんな雨の中、長い事待たせてしまってごめん…」
「ううん…ちゃんと来てくれたし、わざわざ連れて帰ってきてくれたし…良いんですよ、もう。
…ありがとう、スカサハ。あのまま倒れていたら、もっと酷い事になっていたでしょうし…」
「いや…お礼を言われるような事はしてないよ。でも…もし俺が来なかったらどうするつもりだったの?」
ふと気になってそんな事を聞いてみるスカサハ。その問いに返って来たのは恐ろしい答えだった。
「もちろん、針千本飲んでもらうつもりでしたよ」
やたらに嬉しそうな顔でユリアは即答した。
その返答に冷や汗を流すスカサハ。
(目が本気だ…)
「…冗談ですよ?」
そんなスカサハの様子に焦ったように言うユリア。だが…
(…あの目は明らかに本気だったぞ…)
あまり信じられないスカサハであった。
「う…すみません…少し、眠いです…」
ユリアは眠そうに目をこすりながら言った。
突然、眠気が襲ってきたらしい。まだ疲れが取れていないのだろう。
「まだ疲れが取れていないよね。ゆっくり…休んで」
そう言ってスカサハは部屋を出ていこうとしたが…
ドタッ…
服の裾を引っ張られて、スカサハは転倒した。
「イタタ…ユリア、どうしたの?」
「…ここにいてくれないの?」
今にも泣きそうな顔で見つめられてスカサハは焦った。
こんな顔をされては出て行くわけにもいかない。スカサハはベッドの横の椅子に座った。
「ごめんなさい…わがまま言って」
「いや…そんな事ないよ。俺も、ユリアと一緒にいたいし。ただ…眠る時は邪魔かなって思ってさ」
申し訳なさそうにうつむくユリアに、スカサハはそう言った。
その言葉に、さっきまで泣き顔だったユリアの顔が笑顔に変わった。
「ありがとうっ。スカサハ…わがまま、もう1つ言っても良い?」
スカサハはもう何でも言ってくれ…という気分になってきた。
「うん、良いよ。何、かな?」
「バーハラで侍女の方に『よく眠れるようになるおまじない』を教えて頂いたんです。
それをやってくれませんか?」
「良いけど…どうするの?」
「それは…」
ユリアがスカサハの耳元で『おまじない』のやり方を告げる。
と、それを聞いたスカサハの顔が耳まで真っ赤になった。
「そっ…それが『おまじない』?」
「はいっ」
今まで一番取り乱すスカサハにユリアは笑顔で答えた。
そして…何かを待つように目を閉じるユリア。
「…」
その様子を、困ったような表情で見るスカサハ。
だが、ややあってスカサハは何かを決意したように拳を握りしめる。
続いて、大きく深呼吸。
(よし…っ)
心の中で呟くと、スカサハはユリアの肩に手を置いた。
そして、ユリアにゆっくりと顔を近付けてゆく…





しばらくして、スカサハはユリアから離れた。
「ええと…俺も、人から聞いたやつだけど良く眠れるおまじない、知ってるんだ」
「そうなんですか?じゃあ、是非やてください」
興味津々…と言った様子でユリア。
「えっとね…」
その言葉を受けてスカサハはすっ…と手を伸ばした。
そして、その手でユリアの手を握る。
「眠っている間…手を繋いでおけば悪夢から守られる…らしいよ」
そう言ってスカサハは顔を赤くした。
「そうなんですか…。じゃあ、これで安心して眠れますね。ありがとう、スカサハ」
そんなスカサハの様子を楽しげに見ながらユリアはそう言って目を閉じた。
「ゆっくり休みな…。おやすみ、ユリア」
「おやすみなさい…スカサハ」
スカサハの温もりをその手に感じながら…ユリアは眠りへと落ちていった…。





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