「なんだかな、だよなあ…」

と小平太。

「まったくもってその通りだ」

と文次郎。
忍術学園の校門の塀の上で二人は語らいのときを過ごしていた。
蝉はいつにも増して五月蝿く、太陽の光はじりじりと二人の肌を焦がしていた。
何ゆえ、こんなところにわざわざいるのかというと、部屋で仙蔵の安らぎのときを
邪魔したが為に、仕置きに外の出された為だ。
普通ならば、堂々とトンズラかます2人だったが、仙蔵が「私が見に行った時にいなかったら
次の熱帯夜に毛布と布団で三重に簀巻にして風の通らぬ密室に閉じ込めてやろう」と言ったからである。
仙蔵なら、躊躇なくやりかねんと、とりあえず言う事は聞いておく事にした次第なのだ。

「この横に可愛い女の一人や二人いたら耐えられるのになあ…」
「あー、もんじーの隣には来ないね。俺の隣ならきっといくらでも寄って来るけど!」
「なんだと、こら!」

文次郎が小平太に襲い掛かろうとしたそのとき、

「すみません、お伺いしたいのですが…」

二人が振り向くと、そこには艶やかな着物に身を包んだ美女が立っていた。

「はいはいはいっ!何でしょうっ!?」
「てめ、小平太!ひとり抜け駆けしてんじゃねえ!」

文次郎がガコッといい音の裏拳をかます。
足場の悪いところでのじゃれ合いはやめましょう。

「あ、で、何でしょうか?」

小平太を尻の下に敷いて、文次郎が訊ねる。
女は、それはそれは綺麗に微笑んで言った。

「ここに、鉢屋三郎という方はいらっしゃいますか?」






THE DAYS-寵妓







「鉢屋―――!!!!!!」

食堂で三郎が級友たちと茶を飲んでいると、文次郎と小平太が飛び込んできた。

「貴様ッ!という女がいながら!!」
「あんっっっな綺麗なおねーさんに手を出していたなんてっ!」

三郎の前に座っていた高原は、二人に圧し掛かられて潰れてしまっていた。

「先輩…、なんなんですかいきなり……」
「いきなりもくそもないっ!だ・れ・な・ん・だ!?あのおねーさんは!?」

六年生二人の迫力に回りは圧倒される。

「そーいわれても、俺、さっぱり見当つかないんですけど…」
「とーぼーけーるーな!泣きぼくろの色っぽい二十五くらいの美人だよッ!」

突然、三郎が立ち上がった。

「まさか…」

次の瞬間、三郎は食堂を走って出て行った。
































「竜胆…ッ!?」
「あ、ひさしぶりぃ、三郎」

校門まで駆けて行き、そこにいた女に声をかけた。
女は振り返り、三郎に、彼がかつて見慣れた美しい笑みを投げかけた。

「どうしたんだ、こんな急に…」
「ふふ、あんた、ちょっと前まで毎日って位通ってたってのに、ぱったり来なくなっちゃったから…。
何でだろうねえ、会いたくなって…」

竜胆は軽く顎を引いて、くすりと笑みをこぼした。

「廓だけの付き合い、だったはずだぞ?」
「ええ、そうだったわ」
「じゃあ何で…っ、」

竜胆はすっ、と三郎の口元に手をかざした。

「男にこっちから会いに行くなんて、廓の女として失格だって事は分かってるわ」

三郎が口をつぐんだのを見て、また、ゆっくりと優雅に手を袖に戻した。

「けどね、三郎。あたしはね」

男ならば誰でも眩暈を起こすだろう微笑。

「あんたが好きだったから。会いたかったんだよ」

暫しの沈黙の後に、三郎は、苦笑して息を吐いた。
竜胆は変わらずに微笑を浮かべている。
数ヶ月前まで、よろしくしていた仲だった故に、少し言いにくいが…。

「竜胆…、俺はな」
「………誰か、いいひとがいるの?」

竜胆は、わずかに、わずかに悲しそうな目を見せた。
これを分類するとしたら、子猫のように甘える女の目なのだろう。
この目だけで、彼女は何人の男をその手に落としてきたのか。

「……、ああ。いる」

目を合わせづらくて、つい視線を伏せた。
そのとき、竜胆がわずかに表情を曇らせたのに、三郎は気付かなかった。

「…そう、じゃ、仕方ないわね…」

竜胆は、ふうと自嘲気味に笑った。

「あんたにいい人が出来たなんてね…、思いもしなかったわ」
「竜胆…」
「いいの、もうあんたに会いに来たりしないよ」
「………」
「ほら、そんな顔しないで」
「竜胆…、ごめんな」

竜胆が、かすかに頷くと、三郎はくるりと背を向けてその場を去った。
竜胆は、その後姿が消えるまでずっと見つめていた。
そして三郎の背中が見えなくなって、ぽつりと呟いた。



別れ際に、抱きしめてもくれなくなったのね。




それは、彼女の独り言であったのか、
三郎への恨み言であったのか、
それとも、見も知らぬ三郎の想い人への怨み言であったのか…。













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