ケモノと兎
「これ…、捨ててこない方がいい?」
血のついた布を示して、男に問う。
暗闇の中で、鋭い眼光だけがギラついた。
沈黙は肯定だと解釈し、私は腰を上げるのを留まった。
きっと、明かりも点けて欲しくないだろう。
気を失う前の物言いや、風体からして、追われている事はわかった。
私に背を向けて寝転がる男の背に、私はかつて見知った男を重ねた。
立花仙蔵…。かつての同僚。
弱冠二十歳の若さで、城の忍者隊の頭になったあの男と私が知り合いになったのは
とても奇妙な縁だったと言える。
闇の世界を暗躍し、どんな仕事であろうと確実にこなす怜悧さ…、
誰もが彼を畏れていた。
だが、私にとっては、「女だから」という偏見を持たず、
医者として私を認めてくれる唯一の存在だった。
二十歳という若さにして頭に出世した立花と、女でありながらも医者として生きた私。
私は彼と親交を深めていった。
月に一度あるかないかの休日には、彼は私の部屋にきてごろりと横になっていた。
最初は、何故、と思ったが、それが二度、三度と続くうちに、
いつしかそれが当たり前になっていた。
私の部屋が安らぐ場所となるなら、そう思って私は彼を迎えていた。
しかし、段々と気付き始めた。彼の背にはいつだって緊張と警戒が張り付いていることに。
それが証拠に、私は寝入った彼を見たことがない。
いつでも跳ね起きて、駆け出せるように、苦無を向けれるように、気配を探っていた。
それはまるで、獣のように―――――。
城を飛び出して、一週間。
今ごろ、彼は何をしているだろう…。
物思いに耽っていると、ギシッと床がきしむ音がした。
はっと気付いて顔を上げると、寝ていた男が肘をついて起き上がろうとしている。
私は慌ててそれを制した。
「ちょっと、まだ駄目よ。安静にしてて」
「手当てしてくれた事にゃ礼を言う、ありがとよ」
「そういう問題じゃないの。まだちゃんと治ったわけじゃないのよ」
「これ以上関わりあいになるなっつったろ。俺が出て行く、あんたはここにいりゃいい」
「ちょっと!」
男は、止める私の手を振りきると、体の節々の痛みに舌打ちしながらも
立ち上がって戸口へと向かっていった。
「ここでいつまでもへたってるわけにはいかねぇんだよ」
男は、わずかに右足を庇いつつも足を運んでいた。
ほんとうに、聞き分けのない!
この様子では、怪我なんぞお構いなしに雨の中を走り出しかねない。
自分の傷がどれだけ酷かったか、この男にはわかっているのだろうか。
私は意を決すると、それまで袖をつかんでいた手を腕まで回し、思い切り握り締めた。
「いっでぇ!!」
男は悲鳴を上げるや否や、戸口に掛けかけていた手を跳ね上がらせ、
私が掴み上げた右腕をかばうように抱き込み、
「何しやがる」とでも言わんばかりに睨みつけてきた。
だが私はここぞとばかりに語調を荒げ、まくしたてるように言い切った。
「これでわかったでしょ!そんなので歩きまわったって途中でぶっ倒れるのが関の山!
運が悪けりゃ野垂れ死によ!それが嫌なら、ここで大人しく寝てなさい!」
そんな私の勢いに押される事もなく、男はさらなる剣幕で食いかかってくる。
「うるせぇ!こちとらこんなとこで遊んでる場合じゃねぇんだよ!」
「遊んでろなんて誰が言った?ちゃんと休んでから行きなさいって言ってるの!」
「屁理屈こねてんじゃねえよ、あ?!犯すぞ、てめぇ!」
「あーら、遊んでる暇はなくても、女犯す暇ならあるわけね。ふーん?」
そして沈黙。
頭一つ分上から睨み下ろす、獣のようなこの男。
この男に比べれば、私なんぞ兎だとかの小動物に過ぎなかろう。
だが、兎が大人しく獣に喰われることはない。
「一度診た患者は最後まで診る主義なの。悪いけど、命預からせてもらうわよ」
獣の眼光は、確かに鋭い。
その光を兎が手にすることは、ないだろう。
しかし、兎がそれに怯えるばかりとは限らない。
勝機は少なくとも、兎にも、立ち向かう力はあるのだ。
男はその目をギンと光らせていた。私も負けじとグッと眉間に力を込める。
数瞬か、それとももっと長い間か。
だがとにかく、男はすぅっと、静かに、目を伏せたのだった。
「勝手にしろ」
そういうと、男はずかずかと元の場所に戻ると、どっかりとその場に腰を下ろした。
そして不服そうに口を尖らせながらも、ごろりと横になったのだった。
「さっさと回復して出てくからな。おら、薬よこせ」
めんどくさそうに。だが、男はどっしりと腰を据えていた。
「……薬は飲めばいいってもんじゃないのよ」
小言を言いながらも、私もそのとなりに腰をを下ろして、傷に効く薬の処方を始めた。
こんな廃寺で…、自分はどうしてこんな見知らぬ男の為に必死になっているのだろう。
それが自分にもわからなかった。
…女とケモノ ケモノの温もり…
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