「○曜サスペンス劇場 脅迫した女〜臨床犯罪学者と推理作家の災日〜前編


それは、火村からの突然の電話によって始まった。

『アリス、今すぐ朝井女史に連絡をとってくれ」
 開口一番これだった。忙しさの為、三ヵ月近く連絡を取っていなかった友人に「久しぶり」の一言も無いのか。
 それにしても、火村が自分から女性、と言っても相手は朝井女史だが――おっと、これは失言か――に連絡を取りたいとは珍しい。少々からかってみるのも面白いかもしれない。
「どないしてん、センセ。いきなり朝井女史に連絡とは。愛の告白がしたいんやったら、俺なんか挟まんと、直接伝えたほうがええんちゃう?」
 もちろん火村が彼女に『愛の告白』――もう死語になったような言葉だが――をするなんて、天地が引っ繰り返っても有り得ないことだとは分かっている。
「あのなぁ、そんなくだらねぇ冗談を聞いてる暇は俺には無いんだ。ヒト一人の命がかかってるんだからな」
 これには私も驚いた。まさか人の命がかかっていたとは・・。冗談を言ったことを反省しながら、火村に先を促す。
「で、朝井女史に何て連絡取るねん」
 人命がかかっていると聞き、いささか緊張気味の私に、火村はとんでもない事を言ってのけた。
「俺の恋人になって欲しい」
 耳を疑った。先ほど私が「愛の告白云々」の話をした時に、火村はくだらない冗談と言っていたではないか。それが恋人だと?思わず怒鳴り返そうとした時、火村が言葉を継いだ。
「もちろん演技だけどな」
 コイツは・・・と拳を握り締める。電話でなければぶん殴っていたところだ。
「お前なぁ、紛らわしい言い方すんなや。俺に協力を求めてるんか、ケンカ売ってるんか、どっちやねん」
「悪い悪い。ちょっと最近苛々してるんでな。もちろん貴殿には御協力を賜りたい」
 何が貴殿だ、まったく。くだらない冗談を言っているのは自分の方ではないのか?
「貴殿でもおでんでもええけど、もうちょっと詳しく理由を話してくれへんか?」
「・・・ああ」
 数秒のためらいの後、不機嫌な助教授は語り始めた。


「へぇ〜、それは火村センセも大変やなぁ。でもまさか天下の火村助教授が、女性に交際を迫られてアリスに助けを求めるとは思わへんかったわ」
「反対やったら納得するんですか?」
「そうやなぁ、アリスが困り果てて火村センセに助けを求めるのは容易に想像できるわ」
 酷い言われようである。確かに火村が女性問題で私に助けを求めてきたことは無いし、そんな状況を想像したことも無かったが、私が彼に助けを求めた事も、また無い。
「ひどいなぁ。でも、俺も驚きましたよ。アイツ、昔からやけに女にもてたけど、あれほど困り果てた火村見たん初めてですもん」
「見たん初めて、ってアリス見てへんやろ。電話やってんから」
 うっ。揚げ足を取られてしまった。同業者相手に不用意な発言は命取りか。
「それより、なんでそんなに困り果ててるん?恋人連れて来いって言われたからって、そんなん無視したらええんちゃうん。何か弱みでも握られてるんやろか」
「それが、教えてくれないんですよ。俺も不思議に思って聞いてみたんですけど、意地でも話さへん、って感じでした」
 そう、私もそれが不思議だった。普段の火村なら、そのような要求に応じるはずが無い。朝井女史の言うように、弱みでも握られているのだろうか。
「恋人役としてついて行ったら面白そうやなぁ」
「じゃあ、引き受けてもらえるんですね?」
 火村からの依頼に、朝井女史もかなり乗り気になってくれているようだ。これで私は役目を無事果たせたわけだ。と、荷を下ろした肩に、ハスキーボイスがのし掛かった。
「それがな・・・。今抱えてる仕事が滅茶苦茶忙しくて、半月ほど身体が空けへんねん。話聞いてたら、えらい切羽詰まってるみたいやろ?悪いけど別の人探してくれへんかな」
 不意打ちを食らい、頭が上手く働かない私を尻目に、彼女の声がとどめを刺す。
「面白い話聞けて、いい気分転換になったわ。それじゃあね。あ、火村先生にも謝っといてな」
 私が「朝井さん」と言うよりも早く、無常にも電話は切断されていた。
 切られた。でもまぁ仕事では仕方あるまい。〆切を抱えた作家の気持ちは良く分かる。
 しかし、あの火村に、恋人のフリを頼めるような女性が他にいるとも思えない。かと言って、私とてそんな心当たりは微塵も無いのだが・・・。
 こうなったら火村に自力で頑張ってもらうしかあるまい。そう結論付け、ためらいながらも火村に電話をかける。

「はい火村。何だ、アリスか」
「『何だ、アリスか』って何やねん。君が頼むから、わざわざ朝井さんに電話したったのに」
「すまない。で、どうだった」
 いきなり本題に入るとは、相当追い詰められているようだ。女史に断わられたと言ったら、どうするのだろうか。ついついそんな心配をしてしまう。
「それが、仕事が忙しいらしくて、半月ほど身体が空けへんから、他の人探してくれって。火村に謝っといてくれ、言うてたわ」
 短い沈黙。まるで私が悪いコトをしたような気分になってくる。
「そうか。仕事じゃ仕方ないな」
 チッ、と舌打ちが聞こえた。もう打つ手が無いのだろうか。ここはやはり友人として力を貸すべきか。「火村」と呼びかけようとした私の声を、火村の声が打ち消す。
「アリス、こうなったらお前ついて来い」
 まったく予想もしなかった科白に、しばし頭が真っ白になる。
「な、何で俺がついて行かなあかんねん。お前一人で断わって来いや」
「一人で行きたくねぇからお前に頼んでるんだろ」
 頼む?彼の言葉のどこに「頼み」があったのだろう。「命令」にしか聞こえなかったが・・・。
 だが、火村がそこまで毛嫌いする女性を、一目見てみたくもあった。朝井女史の言ったように、立ち会うのも面白いかもしれない。
「わかったわ。ついてったる。時間と場所が決まったら電話くれや」
「ああ。悪いな、巻き込んで」
 心にもない謝罪だとは思うが、一応受け取っておく。


 この軽い好奇心が後日災難になろうとは、先の見通しの苦手な私でなくとも予想不可能であっただろう…。


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