止まない雨 こないだから全国的に梅雨に入ったようで、今日も朝から雨が降ってる。教室の 窓からぼんやりと外を見る。うっすら煙ったように見える景色がボクは好き。 ボクの後ろに人の立つ気配。見ないでもわかる。なんて切りだそうかって、戸惑 いながら声を掛けてくる。 「あ、あのさ、タケル。こないだのアレ……。悪かったな。じいちゃんがさ、転 んで怪我したってんで、見舞いに行く事になっちまってさ……」 なんでそれを大輔くんが謝るわけ?別にいいんじゃない。それなりに楽しい一日 だったよ。君の大事な親友のお守を頼まれたわけでもなし。ボクはにっこり笑顔 で答える。 「ああ……そのことなら気にしないでよ。二人ですごく楽しかったんだから」 それを聞いた大輔くんのリアクションに、心の中でボクはお手上げ。 ほんと分りやすいんだから……。今度は俺も賢と二人で行くかんななんて、それ をなんでボクに言う訳?勝手にして欲しいなあ、全くもう……。 はいはい、ご勝手にどうぞ〜なんてさっさと席を立つ。 ああ。なんでだかボクは一人になりたくなって。もう直、次の授業が始まる。人 気のない廊下の端っこ、窓の外を見てる振りして。 こうして時間に追いたてられるように、一日一日が過ぎていって、ボクは一つず つ年をとって行く。悩んだり、嬉しかったりする些細な出来事はいつか砂に埋も れて行くみたいに記憶の隅に埋もれていって、ただその柔かな感触だけを残すの みとなる。目を閉じてあの時の虹を思い出す。まるで夢のように思えたあの…… 。今日のこの雨は、例え止んだとしてもあの日のようには虹は掛からない。 チャイムの音が響いて。深く吸い込んだ息をゆっくり吐き出す。 ボクはただ闇雲に時間を消費するべく、教室へと戻って行った。 退屈な日常、冒険のお話しの勇者たちは、華々しい活躍の後で、平穏無事な生活 に物足りなさを感じなかったのかな?竜の背中に乗って世界をひとっ飛び。悪を 蹴散らし、平和な世界を取り戻し。いつまでも幸福に暮らしましたってさ。 ボクはそんなのごめんだな。停滞してたら腐ってしまう。いつまでも刺激のある 生活を。生きてるって実感できる手応えが欲しい。 ……なんてね。現実は厳しい。いつだってボクは空虚。授業中も上の空。時間の 過ぎるのが、馬鹿に遅く感じられて。 やっと授業が終わった時には、すっかり消耗しちゃってて。 こんな気分のまま、PCルーム行きたくない。まっすぐ家帰ってベッドに頭から潜 り込んで、ただただ眠ってしまいたい。 「今日はごめんね。体調良くないみたいで」 ボクがこんな風に眉曇らせて、いかにも具合悪そうにしてるのに、ヒカリちゃん はそんなのお見通しよみたいな顔で。 「いいのよ、ゆっくり休んでね。皆には上手く言っとくわ」 だから、仮病なんかじゃないってのに。気圧の変化に弱いんだ。いつだったか、 母さんがそんな事言って、日曜いちんち中ベッドの中って事があったっけ。変な ところで親子なんだなあなんてね。ヒカリちゃんに弁解する気力もないから、曖 昧な笑顔で教室を後にする。 昇降口で一旦溜め息ついて、空を見上げる。傘を広げて歩き出そうとして、ふと 。 ボクの視界になんだか見覚えのある姿が。 白い制服、黒い髪。校門前でぼんやり立ち尽くしてる。 なんで?なんで?頭が上手く働かないボクは、足早に駆けよって、何故こんなと こに君が居るのか。傘を差しかけながらボクはつい、警戒心も忘れて。 「何してるの?傘、持って来なかったの?」 「あ、うん。慌てて忘れてきちゃったみたいだ」 まるで人事みたい、そんな事いま気付いたみたいに君が笑う。 濡れた髪の先から雫が落ちる。いつもよりどこか気弱げな印象。 「あ、もしかして大輔くんと待ち合わせ?だったら、こんなとこで濡れてないで 教室行けばいいのに……」 それには答えずに、俯いて上着の端を弄る。そんな何気ない仕草が、ボクの神経 を逆なでする。だからボクは思わず、自分でも理解できない行動に。一乗寺くん の手首を掴んで、今来た道を駆け戻って行く。昇降口で傘を乱暴にその辺に放っ て、そこでやっと一乗寺くんが声を上げる。 「ちょっと待って……こ、困るよ」 「何が?何が困るの。大輔くん待ってるんでしょ?」 「いや……。大輔は今日僕が来る事知らないんだ。その……昨夜、電話でちょっ と……あって」 へえ〜って、そこでようやくボクは一乗寺くんのいつもとは違う様子に気づいた って次第。 こうしてここに居るって事は、ほんとは会いたくて来たんだろうけど。素直じゃ ない君は、無意識の内に表にあらわれてしまう自分の隠された本音にさえ、振り 回わされて。 本人が気付くよりも先に、回りの人間にばれてしまう、その感情の揺らぎ。 ボクは密かに溜め息を吐いて、呆れた本音をなるべく君に気付かせないような声 を出す。 「じゃあさ、こんなとこまで来て、一乗寺くんは結局何がしたいのさ?」 まっすぐ見つめる視線がちょっとの間だけ泳いで、ボクには君の逡巡が手に取る ように。 |