天使も踏むをおそれるところ
15
「ねえ、皆に、光子郎さんに話した方が・・」
ぴくりと肩が揺れる。ボクは構わず話を続ける、いわく、ここがどこであれ、デジタルワールドの平行世界であることは確かだし、ここしばらく連絡もなく安否が気遣われてたボクらのあの世界を探す手がかりになるかも等々。別世界にボクらは居る、そのことがようやく脳髄に滲みてきたのか、話すうちに段々興奮してきてさ、そりゃそうだよ、だってここは、それで。この世界を呼んだだか世界に呼ばれたかしたのは誰かっていうのは差し引いても、すごい発見なんだから。
ボクがヒートアップして勝手に喋ってる間、一乗寺くんはぼーっとボクを見てて、その顔は失望そのものって感じで、そのうちまわりの重苦しい沈黙も相まってボクも黙るしかなくなり。
「誰にも話すつもりはなかったんだ」
声のトーンは相変わらず。そりゃ、ボクに誉められたってさ、さっきのやり取りやなんかを考えれば。
「じゃあ、どうして・・」
「自分の意志でここに来たのは初めてだ」
「呼ばれたってわけ?さっきキミはD-3を・・」
「ゲートが開くとは思ってなかった」
ボクは得々としてヒカリちゃんの時のことを、教室で姿がぼんやり薄れてきたことや、帰り道に吸い込まれるように消えたこと、もちろんあの気持ち悪い世界で気持ち悪いデジモンたちが計画してたことは言わなかったけどさ、それってヒカリちゃんに悪いっていうか、まあ、その。いわばボクたちの秘密なわけだし。それに、ほんっと気持ち悪いじゃない、「花嫁」だなんてさ、デジモンって雌雄あったの?とか子供攫って花嫁って何それ、とか・・なんていうか・・その。セクハラってんじゃないんだけどさ、あの時はなんとか助けたくて必死で、そんな気持ち悪いデジモンに狙われたヒカリちゃんが可哀想っていうか、とにかくまあ、「お話」じゃよくあることじゃない?蛮族に攫われるお姫さま。基本的にデジタルワールドはボクたちの「望み」が具現化する。こういうこと言っちゃなんだけど、女の子ってあるのかもしれないって、そういう風に攫われちゃうことを望むってことが。別にヒカリちゃんがおかしいってんじゃなくてさ、あるかもしれないじゃない、ボクらが自分で認めたくないようなエッチなこと考えちゃうのと同じように、自分でやだなあって思いながらもさ、女の子だったらものすごく怖いことじゃないかなって思うんだよね、その、受け身なわけだしさ、でもどっかで期待してるってこともあるんじゃないかな。アンビバレンツ?こういうこと考えるのすっごく失礼ってわかってるんだけど、なんだかもやもやしてたもんで・・変な本ばっか読むからだよね、もっちろんヒカリちゃんにはこんなこと一言だって言ったことないし、これからだって言うつもりはないんだけどさ。
「その話は前に聞いたよ」
「ヒカリちゃんに?」
「ああ」
「だったらわかってるんでしょ、さっきはその・・言い掛かりつけてわるかったけどさ、最初から話してくれればボクだって・・」
「だから、話すつもりは」
はいはい、散々思わせぶりしといてさ。風は少しずつ強くなる。もう背景は書き割りじゃない。何て呼んでいいのかはわかんないけど、この世界がボクを認識しつつあるように。
「いつからなの?」
「ゴールデンウィークが最初で・・夜中に目が覚めたらパソコンの画面が明るくなっていて・・」
「うんうん、で、キミは・・」
どうしてわくわくしないのさ、どうしてコレが起こったのはキミのパソコンなのか、他の誰でもなく。その事実を素直に喜べないのは・・罪だとか罰だとか言う前に、性格が歪んでるってことなんじゃないの?ま、ボクだってひとの事は言えないんだけどさ。
「D-3を・・でも何も起こらなくて」
「そういえば、さっき初めてだって言ってたよね、うん」
「単に電源を切り忘れただけかと、でも」
歯切れの悪い一乗寺くんを促しながら聞き出したところによると、その後彼は夢を見て、その夢には話の流れ上当たり前だけど、この世界が出てさ、そしてやっぱりというか意外にもというか、何も起こらないまま。
「誰かに呼ばれる感じとか・・」
「・・何も」
「ヒカリちゃんの時とは違うね」
「僕の時ともね」
一乗寺くんの口の端が少し上がる。
「キミの・・ってその」
「僕は・・ここに来るのは初めてじゃない」
あんな言い合いした後だけどさ、ボクは彼がデジモンカイザーだったことはあんまり追及したくなかったんだ。彼のせいじゃないってわかってたしさ、デジタルワールドがゲームの世界だって思い込んでたわけでしょ、あの時は頭に血が昇ってたから「生き物」であるデジモンにひどいことしたって単純に皆で責めちゃったけど、ボクらだってゲームの世界だって思い込んでた時期もあったしさ、敵が居たら確実にやっちゃってたし、パートナーをゲームのキャラみたいに扱ったりもした。だから正直、「生き物」だって知ったからって困惑してた彼は甘いなあ、なんてさ。紋章が「やさしさ」ってのも頷けるよ。それからも自分を責め続けて、今だってそうなんでしょ。やさしいって貧乏くじ引くだけに思えてきちゃうけどね。
真っ黒な頭のてっぺん見ながらぼーっとそんな事考えて、そういう彼の弱点みたいなのに気がつかないでいることが親切なのかなあって、例えば大輔くんみたいにさ、だからボクは駄目なのかなあって。何が駄目って、こうやって一緒に居て、何も助けにならないってことが。別に最初じゃないからって傷付かないわけでもないんだけどさ。
「ヒカリさんに、まだ見えるのかって聞かれた時、君だと思ったんだ」
「へ?」
なんだかよくわからない感傷にひたりかけた所を引っ張り起こされて、ボクは間抜けな声を上げる。一乗寺くんは真剣な顔でボクを見てて、ホントに自分の紋章って厄介だなあって、きっと好き好んで底なし沼にでもずぶずぶ入ってくんだなあってさ、一回や二回玉砕したからって凝りもせず。まあ、比喩の話なんだから沼にハマったってどうなるわけでもないんだけど。
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