アレゴリーの海





「・・一乗寺?」
「わ。すまない、ぼうっとしてた。」

・・飛び上がらなくてもいいと思うんですけど。もしかして、まだ怖がられてんのかな、ボク。

「君、動物占い、オオカミでしょ。」
「え?どうだったかな。ごめん、知らないんだ。」
「回ってる洗濯機、一日中見てても飽きない、とか。変人と言われて実は喜んでるとか。」
「そ、そんな事ないと思うけど。」
「異常に身内贔屓だとかさあ。」
「・・高石、詳しいなあ。」

・・こんな事で感心されても嬉しくないんだけど。

「お兄ちゃんがそうなんだよ、オオカミ。笑っちゃうでしょ、パートナーあれだしさあ。」

お兄ちゃんの話をすると、少し眩しそうな顔をする。それを見ているボクも同じような顔をしてるんじゃないかと思う。

「高石は何なんだ?その。」
「動物占い?何だと思う?当ててみてよ。」
「え?だって僕は。」
「あはは、そうだったよね。」

大輔くんはサルかチーターだね、きっと、って。話題に困ると大輔くんってのも、すごく不本意なんだけど。

「もし君が貝になったらさ。」

・・きっとキレイだろうね、なんて。・・言えないよなあ。

「時々、ボクが海の底に遊びに行っていいかなあ。」

こんなのはただの言葉の上の遊びだから。君もイヤだとは言えないだろう。


「いいけど。君、コバンザメなんだろ?階層が違うじゃないか」
「コバンザメはやめとくよ。大輔くんにくっついてても実入りがないもん。」
「あはは、ひどいな。」
ボクは水槽の一角を指差す。
「ほらさあ、あの泡がブクブクしてるとこ。あそこ迄放り投げてあげるよ。きっと面白いよ。」
「確かに気持ちよさそうだけど。目がまわっってしまうよ。」
「それでさあ。お腹すいたら、ボク、君を食べちゃうかも。」

一乗寺がボクの方を見る。ボクはさっきから一乗寺しか見ていない。

「僕は・・美味しくないよ、きっと。」
「そんな事ないよ、美味しいよ。」
「それに殻がある。食べられないぜ。」
「そんなの。剥いちゃえばいいじゃない。」
「魚だろ?手がないじゃないか。」
「じゃ、丸呑みにする。」

・・何をむきになってるんだろう、ボクは。

「味なんかわからないさ、それじゃ。それに、トゲがあったら?」

・・一乗寺もむきになってるよなあ。

「その為に貝はあんな形態なんだ。そういう進化をしたんだ。魚に食べられたりしないように。」

何をにらみ合っているんだろう。なんだか必死になってるように見えるのは気のせいかな。一乗寺って・・負けず嫌い?

「じゃ、ボクはラッコになろっと。」
「ずるいぞ、高石!」
「魚でどれって言ったのに貝になりたいなんて言ったのは一乗寺だよ?」
「それとこれとは・・」
「石でカーンって割って、ぺろっと食べちゃうから。覚悟しなよね〜。」

一乗寺は呆れたような悔やしそうな顔でこっちを見て。

「高石、お腹空いてる?もしかして。」
「・・そうかも。」
「大丈夫?」

一乗寺がボクを覗き込む。切れ長の黒い目。ちょっと開いた色の薄い唇。体の奥に空腹とはちょっと違う訳の分からない疼き。水槽の蒼い影が一乗寺の髪や頬や白いシャツの上で揺らめく。

「僕が食べ物に見えるなんてよっぼどだよ。」
「あはは、本当、よっぽどだよね。」

売店にでも行こうか、と一乗寺が立ち上がりかける。反射的に腕に手をかけて、しまった、って。

「どうした、高石?」

どうしたもこうしたも。あるんだよね、無意識に裏切られちゃう瞬間って。答えに詰まって、見つめ合って、予定外の沈黙。

「・・お腹がすいて・・力がでない。」
長椅子に転がって、身体を丸める。
「ええ?それは大変だ、何か買って来るから、待って・・」
本当に走って行こうとするもんだから、ボクは丸まったまま、笑いを噛み殺す。

「・・違うよ、一乗寺。『僕の顔をお食べ』だろ?」
「・・顔?」

心底不思議そうに記憶の小道を行ったり来たりの。

「まさか。一乗寺、アンパンマン知らないんだ?」
「あ、うん、名前ぐらいは。」
「ガチャピンは?ムックは?コニーちゃんは?」
「そ。そんな矢継ぎ早に言われても。」
「じゃあ、じゃじゃまる!」
「・・じゃじゃじゃまる?」
「じゃは二回!」

ごめん、うちってちょっと変わってたのかも、なんて目を伏せて。N○Kもだなんて、確かに変わってるっていうか。天才少年のうちなんてそういうものなんだろうか。超放任でTVに子守りされてたボクには想像もつかない。



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