夜のエーテル








受身の現象体―


僕の前に熱いお茶が差し出されて、湯気の立つカップを注意深く持ち上げる。薫り高い湯気にふと。

「……これ」
「あ、気付いちゃった?ブランデー入り紅茶。温まるかと思って」

口をつけると微かな苦味。胃の中に落ちていく熱い液体は、僕を芯から温めてくれる。前を見れば頬づえついてにこやかに僕を見る、以前と変わらない癖。青い瞳は細められて。

「ありがとう、美味しいよ」
「言っちゃおうかなって気になった?」
「ならない」

間髪居れずに答えれば、軽い笑い声立てて、高石は破顔する。本当はなりかけてた。言ってもどうという事はない。僕だって何故あんな事を続けてるのか、本当の所わかっていない。
つられて僕も少し微笑んで。

「……お金欲しいんだ。半端じゃない金額」

君の眉毛がほんの僅かに片方上がる。君の目を見つめて僕は言葉を続ける。薄い色の光彩、目を離せなくなる。そこを窓にして、心の内を透かして見ているかのように。

「もう要らないって思えるまで。そしたら止める」

軽蔑された?お金がすべてに優先する、薄っぺらな僕の価値観。その為にはなんだってするなんて。本当は君に蔑まれるのは嫌なんだ。それでも僕は自分の傷口を抉るように、敢えてその部分を開いて見せる。君の冷徹な視線に晒される。微かな屈辱がちりちりと僕を焦がす。僕はどこかうっとりとその感覚に酔いながら、高石の言葉を聞く。

「ねえ……お金ボクがあげるって言ったら?」






受身の現象体2―


「君が?無理だよ」
「いくら欲しいのさ」
「たくさん」

欲しい物は何かと君は問うけれど、僕にもそれが本当に必要な物なのかはわからない。だけど、お金があればもしかしたら失ってしまった過去の幾つかの出来事も、或いは。手の中から零れ落ちて、悔やんでも元には戻らない大切な思い出も、再び僕は手に入れられるかもしれない。でもそれは、何かを引き換えに得られるものでなければならないという強迫観念が確かに根底には横たわっていて、脚と引き換えに声を差し出した童話の主人公のように僕は黙って次の言葉をただ待つしか。溜め息とともに吐き出される君の言葉。

「……ならしょうがないよね。でも、ボクに出来る事があればいつでも言ってよね」

言葉とは裏腹に顰められた眉、僕には君の苛立ちが手に取るようにわかる。わかっていながら、僕は見て見ぬ振りをするしかなくて。

「ありがとう、頼りにしてるよ」
我ながら歯が浮く台詞、無意識のうちに頬が紅潮してしまう。感情の揺らぎ、あくまで隠しとおしておきたいと思っているにもかかわらず。

「お茶ありがとう。そろそろ帰るから」

立ちあがった僕の頭上、さっと影が覆う。不審に思う間もなく、高石の唇が押し付けられる。柔かな唇、触れ合った部分に感じる甘い吐息。キスってこんなに甘いものだったんだ?束の間溺れる。



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