GO AHEAD !











「・・・なんだかなあ」
「あらまあ」
お兄ちゃんとお母さんが同時に声をあげる。
「困ったわね、これじゃ・・」
「お前、当分牛乳禁止だな」
「えええ?」
まさか本気じゃないよね、牛乳好きなんだから。
慣れない堅苦しい衣服の中でボクは笑っていいんだか怒っていいんだかの、結局は笑いになる声を漏らす。
「並んだらヤマトの方がまだ随分大きいように思ったんだけど」
「オレが小さいわけじゃないぞ」
「わかってるわよ」


ここはボクんちのダイニング、ボクが着てるのは母さんの言う「ケチじゃないのよ合理主義」と、兄弟らしいことをしたい人とさせたい人の意志を慮ったあげく、忙しい誰かさん達の都合でぎりぎりまで放っておかれたお台場中の制服。
入学式を明日に控えて、その寿命はおよそ半年もてばいい方だとあっさり診断された。

「新しいの、今からでも間に合うのかしら」
「いいじゃねえか、入るんだから。な、タケル?すぐ夏服になるんだし」
「ボクは別にいいけど・・」
「にしてもなあ・・やっぱ牛乳か?そうなのか?」
そういやオレ、コーヒーにも最近入れてないって相当悔しそうな声。
うるさいな、牛乳牛乳って。だいたいボクとお兄ちゃんじゃ鍛え方が違うんだよ。
「まーいいじゃない、よく似合ってるわあ」
合理主義を覆す気はさらさらないらしいとってつけたような声を残して、お母さんはお茶をいれに行くフリをしてその場を逃げ出した。

「別にオレが小さいわけじゃないぞ」
しつこくお兄ちゃんがつぶやく。
はいはい、抱えて歩いてもらったよね、随分とさ。
それを当然だと思うくらいにボクは確かに小さかったし、否定する気もないけど。

デジタルワールド。

あそこでは小さいということが意味を持っていたんだろうか。
「もっとも小さき者」それがボクの呼び名で、ボクとパタモンを絶望においやったたったひとつの、そして・・どう考えてもあまり意味のない理由だった。
あの頃のボクとたったひとつしか変わらないはずなのに、彼にはそんな意味付けなどなくて、それでかな、つい子供扱いしてさ、楽しかったな、なんてさ。ゴメンね、伊織くん。
だって二度目の冒険の時はいろいろ勝手が違っちゃって、ボクも一応はりきってたんだけど、もう「もっとも小さく」なんてない筈だし、っていうか一番大きかったんだから。
だけど蓋を開けたらアレでしょ、進化できないわ敵は小学生だわで。
それでも頑張ったんだよ、敵は怖いってより憎たらしいというか間抜けっていうか、それでも。案の定、裏あり、裏裏あり、なんでもありでボク達の経験なんて役に立たなくてそれでも。
ボクのやる気のなさが決定的になったのは、皆さん御存知のあのアレでさ、すーーーごい気が抜けちゃって、だってさ、ダークタワーのせいで進化できないにしても、究極体まで行ったのボクたちだけじゃない?
それでなくても責任っていうか使命みたいなのは感じてたんだ、弱気になっちゃったヒカリちゃんを怒鳴ったりしたのもそういう自意識過剰な勇み足ってわけで、でもアレで決定的になっちゃったみたいですごくむかついて責任転嫁して、ボクはそんなのごめんだってそれでやっぱり伊織くんに迷惑かけてさ、だってあの頃ほんと怒ってるか気が抜けてるかどっちかでさ、おかげであれでしょ、あの造型。
ヤカンみたいにぴぽーーーって。アレ、ボクのせいだよね、やっぱり。
ほんと、当分伊織くんに足向けて寝られないよ。
でまあ、そういう個人的なことでうだうだしてる間にブラックウォーグレイモンはほっつき歩くわ、わけわかんないオヤジは出て来るわ、わけわかんない不文律はできてるわ。
大体、言っちゃアレだけどデジモンってデータなんだよ? いいも悪いもないじゃない。
ていうかさ、生き物ってそうじゃない、いいも悪いもなくてただ、こっちに都合いいか悪いかだよ。
都合良いったって、可愛いとか焼いて食べたら美味しいとかさ、都合悪くても檻の中に居るぶんには見て楽しいとかさ、そんなこといちいち考えてたら身が持たないしさ、だいたいボクたちだって生き物なんだから。
そういう件に関して客観的に決められっこないんだから。
まあ、デジカイがあれだったからさ、意地でも同じことはしたくないっていうの?そういうことだったんだと思うんだけどね。 何の話だっけ、あーー、まあ、それでさ、べジータじゃないけど「D3の大安売り」もあったよね、うん。
あれもねえ・・・いいんだけどさ。なんだかね、密かに願っちゃったよ、この騒動収まったらボクのD-3、もとのデジバイスに戻ってくれないかなあって。
例え紋章に意味なんかなくてもね、ボクはもとのがよかったなあ。
紋章に意味ないって言うんならデジメンタルにだってない筈だしさ、案の定終わったらデジタルワールド即閉店で、だいたい容量少ないよ、あそこ。
そんな沢山の選ばれし子供なんて面倒見切れっこないんだから。
あー何ぐるぐる迂回してるんだ、何の話だっけ、そうだよ、ボク、明日から中学生なんだ。

「お前、またバスケなのか?」
「まあね、何?」
「いや・・あのな、一乗寺に」
制服の上着を脱ぎかけてた手が止まる。ほんと、きついんじゃない、これ。兄弟らしいことをしたい人とさせたい人の言う事なんか聞くんじゃ無かったと一瞬。
「一乗寺くん?」
眉間にいらない力が入るのを必死で押しとどめて顔を上げる。
「こないだの話な、考えといてくれって」
「何それ」
「だからーー。こないだの」
この兄が日本語と人間関係にうといことは重々承知だけど。とりあえず釘を刺しておくか。
「ボク、滅多に会わないし・・大輔くんに伝えておけばいいの?」
「いや、だってお前、あれだろ、明日から」
ボクは目一杯普通の笑顔でお兄ちゃんの次の言葉を待ち受けて、それから。
「同じ中学じゃないか、お前達、皆」
「聞いてないよ?」
思いきり、定番のギャグをかましてしまった。
「どうしたの?」
マグカップみっつをビヤホールのウエイトレスのように捧げ持ったお母さんがボクの顔を覗き込む。
さっきの話の流れから察するに、ク○ープじゃなくて牛乳を入れようと立ち上がったお兄ちゃんの顔にも、お母さんと同じ単語が見えかくれする。

(上○竜平だ・・)
(上○竜平・・)

ボクは誰も聞いてないことを祈りながら、自己完結のために定番その2を口にする。
「・・・訴えてやる」
「いや、もういいから」
・・すべった。このギャグって滑る以外どうしようもないんだからそれはいいんだけど。
「ごめん、お兄ちゃん、本当に知らない」
「あーーそっか・・」
牛乳だとあまりにもあからさまだと思ったのか、フレッシュを手に戻ってきたお兄ちゃんが気の毒そうに言う。
「まーそういうことだから、な?」

何が「な?」だよ、ちゃんと筋道立てて話してよ。
一乗寺くんがどうしたのさ、それにそんなに言いにくそうにしなくても。
ってお兄ちゃんは何も知らないはずだ。お兄ちゃんどころか、誰も。
本人と、そのパートナーとボクのパートナー・・はどこまで見てたのかな、まさかパタモンがボクの武勇伝として言いふらしてるなんてこと。
それはないよね、だとしたら単に自明のことってわけか。
わかってるくせに、わざわざってことか。お兄ちゃんってホント空気読めないんだよなあ。

「ほら、うちの軽音」
半分がた牛乳の入ったぬっるーーいカフェオレに砂糖を入れてやたらにかき混ぜる。
「うん」
ずずっとカフェオレをすする。
「人材不足で」
「ふうん」
「それでだなあ、一応」
「勧誘したんだね」
「まあな」

お兄ちゃんが自主的にってわけじゃないんだろうな、言っちゃ悪いけど、あそこってお兄ちゃんの顔でもってたわけだし。
甘い液体を喉に送りながら上目使いにその厄介な顔を見る。
あー見事な女顔だなー。お母さんと並んでるとホント笑っちゃうよ。
ていうか、ここどこ?って感じでさ、なんでボク達日本語喋ってんの?って。
海外ドラマの吹き替え版みたいに見えないのは、背景がおもいきりそのへんのダイニングだからなんだけど、それがまたシュールっていうか。
好きな人は好きなんだろうな、女の子のファンばっかだったでしょ、京さん辺りが妥当な線か、男の子の顔にかけちゃ自信がありそうだったし、例の紋章でも発動させてさ。

「したら、『タケルくんを差し置いて』みたいな事言われちまってさ」
カフェオレ噴くとこだったよ!なんでそこでボクの名前が出るのさ?
「・・それで?」
「それでだなあ、お前から言ってくれりゃ、話は早いかなあと」
「・・言ったの?」
「何を?」
「・・いいけど」
お兄ちゃんがボクを自分の後釜に誘わないのは理由があるんだ。
「悪かったな」
「いいよ、別に」
殊勝げに言われちゃ、どうしようもない。そもそもがどうしようもない事だもん。
「タケル、あんたそれ脱いじゃいなさいよ。こぼしたら大変だから」
お母さんに促されるままもぞもぞ着替えて、ボクは椅子の背にありがたいお兄ちゃんのお古の制服を掛けた。
「そういうわけだから、頼む」
「はいはい」
何がそういうわけだよ、お兄ちゃんが知っててボクが知らないなんて、もしかしてボクだけ?わざと?そんなわけないか。まあ、なりゆきなんだろうな、仲間だなんて言っても。
「なー、そんな仲悪いのか?」
「何?」
おそるおそる聞いてきたお兄ちゃんに無愛想に返して、しまった、肯定したようなものじゃないと思ったところで助け舟が入る。

「あ、ヤマト、明日なんだけど。」
決意も露に身を乗り出すようにして。
「あーーうん」
お兄ちゃんは生返事。
「タケルばっかり構ってる場合じゃないでしょ」
「来なくていいって言ってるじゃねえか」
あはは、乱暴な口調になっちゃって、可愛いなあ、お兄ちゃん。
「タケルの方の時間、ちゃんと言っておいてよ」
「自分で言えよ」
「メールしました」
「今さら照れてどうすんだよ」
明日はボク達どっちも入学式で、どういうわけだかご近所さんなもと夫婦は、一緒に住んでない方の息子の式に顔を出すことに決めたってわけ。
「そうだよ、伝書鳩代わりのボク達の身にもなってよ」
残りのカフェオレを飲み干して、ボクも茶々入れに参加する。

窓の外はぽかぽか陽気、明日お兄ちゃんは高校生に、ボクは中学生になる。
制服はお古だけど、通うのは小学校の隣だけど、それから。

お兄ちゃん情報によれば、あの一乗寺賢と一緒に。







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