GO AHEAD !





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『辛さは調節してもらえる』『もう予約しちゃった』って、はいはい、携帯は便利だよね、かなり悩んだあげくにボクとお父さんはそれぞれ「焼そば定食」と「焼飯定食」でさ、甘酸っぱくて目玉焼きが乗っかってるやつ。エスニックって不味いわけじゃないんだけど、なんだかこう騙されたみたいな気持ちになるのはなんでかなあ。

ホストとお客・・ううん、マダムとツバ・・いや、お母さんとお兄ちゃんはうれしそうにああだこうだ、もう高校生だしなんてビールなんて頼んじゃって、お兄ちゃん困ったみたいにボクを見てさ、大丈夫だよ、バンドの連中としょっちゅう打ち上げだなんだって飲んでるなんて話してないから。

お兄ちゃんの高校、私服なんだ。制服ないわけ。だから今日は自前のスーツなんだけどさ、またこれがもうなんて表現していいやら。 似合わないわけじゃなくて、ほら、お兄ちゃん、弟のボクが言うのもアレだけどあの顔だからさ、それで妙に細身のスーツでしょ、しかも黒なんだもん・・勘弁して欲しいよ。

まあ、中学の頃かなり長くなってた髪を切ってたってのが救いかな、あれももうすごかったんだけど、いつだったかなあ、お父さんに説教っていうかね、正確にはレコード(レコードだよ!)のジャケット見せられたんだって。昔のハードロックグループのね。それから先は教えてくれないんだけど、見事お兄ちゃんは更正したってわけ。

ていうかさ、ボクにしてもお兄ちゃんにしてもなんていうか・・ぐれてくださいと言わんばかりの環境なんだけど、これって信用されてるってことなのかなあ。 放任家庭が少年犯罪の温床になるって報道番組作ってる人とルポライターが知らないなんてことないだろうし。今のところボクもお兄ちゃんも・・あー。お兄ちゃんはわかんないなあ、とにかくボクはうちに友達連れ込んで悪いことなんてしてないけどさ、まあ、やっぱり焼そばも焼飯も普通のがいいよね、ピーナッツ味の焼き鳥ってどうなのさ?

ビールは聞いたことない外国のでさ、お母さん、懐かしいってがんがん注文しちゃって、そういやフランス産のビールって聞いた事ないなって缶を見てみたらタイのだった。 どーせバブルの頃にバリだのプーケットだのなんだの(って名前しか知らないけどさ)に行きまくってたんだろうなー。ケチじゃなくて合理主義だからさ、バッグパッカーってやつだよ。ボクと半分こした焼そばをもそもそ食べてるお父さんは妙におし黙っちゃってて、これは別に機嫌が悪いとかじゃなくて、多分照れてるんだよね。きっと、懐かしいのは一緒なんでしょ。

一緒に住んでるお兄ちゃんの方がわかってないみたいでさ、オヤジ、何かしゃべれよだとか耳打ちしててさ、そういえばこういう風に皆で会ってたりするとお母さん、異様にはしゃぐんだけど、それでボクなんか引いちゃうんだけど、お兄ちゃんは平気なんだよね。ていうか一緒にテンション上がってる。ちょっと前まではさ、二人ともうじうじしてた癖にさ、それでボクの方がテンション上げなきゃなんなかったんだけど・・ま、楽になっていいけどさ、ほんと、例え分解されてたとしても家族って厄介なもんだよね。





「はあ、疲れたーーーもー当分パンプス穿かないーーー」

コキコキ肩を鳴らして、お母さんがソファに倒れ込んだ・・と思ったらそのままバウンドして立ち上がってキッチンに向かう。まだ飲むのかなあと思って見てたら、ピンクの箱を捧げて戻ってきた。

「なあに?ケーキ?」

別腹ってやつかな、お母さん、飲んでケーキってタイプじゃないんだけど。まあ、ビールは水だって人だからなあ。

「賞味期限今日だからね」
「ふうん」

賞味期限は目安だって普段言ってたような気がするけど、ケーキだったらボクもまあ歓迎だからいいでしょ。受け取って箱を開けたら、パウンドケーキっての?手作りっぽい割と高級そうなやつ。お酒いっぱい使ってますって匂いがして。

「最近はお蕎麦じゃないのね・・あ、ラムレーズンのは置いといて」
「なに?」

なんか・・イヤな予感がしたのは、ちゃんと見たら賞味期限が昨日だったってだけじゃなく。

「ラムレーズン、ここのって結構有名・・」
「じゃなくて、お蕎麦って」
「ああ、引越しの御挨拶よ」
「引越し?」
「言わなかったっけ?一乗寺さん」

・・・もう上○竜平はやらないって心に決めたんだけどさ。

「もしかしてこのマンション?」
「・・・言ってなかったっけ?」

お母さん、もしかして言わせようとしてる?

「ここの真下だって。お隣さん、お向かいさんってあるけど、お斜めさんとかお真下さんって無いわよね、そういえば」
「全国の山下さんが困るんじゃない?」
「お真下さん、懐かしいわ〜」

・・何が懐かしいんだか。追求したら話が長くなるからしてあげない。二人家族にケーキの大箱ですか。ボクはピンクの箱の中に微妙に寄っちゃってるケーキを、多分世間知らずなんじゃなくて、ボクたちが知り合いだから特別に買ったんだろうそれを眺める。箱で売ってるんじゃなくて、ケーキ屋さんで詰めて貰うタイプの。もしかしたら彼も一緒に来たのかもしれない、そのお真下さんにボクは今日かなり冷たくあたったわけだ。上の京さんちなんかはうちより部屋数多いんだけど、真下だったら多分同じ間取り。今ボクが飛び跳ねたら、ホコリが彼らの居間に落ちるわけだ。・・なんだか、どっと疲れが。

「どうしたの、タケル、食べないの?」
「ん・・お腹いっぱい」
「でもこれ、賞味期限・・」
「目安でしょ、朝御飯で食べるから」

お風呂入るね、と抜け出したドアの向こうで、あああって情けない声。そうだよ、明日だったら賞味期限二日過ぎだけど、まあ、お母さんもボクも消化器系はすっごく丈夫だからいいけど・・ってよくないか。

ゆうべだったかな、このお台場にいるんだなんて感傷にふけったのは。このお台場なんてもんじゃなく、真下に居たわけなんだよね。下手すると、ほんとに足の下数メートルのところに。あり得ない話じゃない、朝寝ていたい誰かの事情が無くても、一番日当たりのいい部屋なんだからここは。

なんだろう、なんでこんな。もしかしたらボク、ほんとに一乗寺くんのこと嫌いなのかな。あんまり積極的に誰かを嫌いになんかなったことないからわからないだけでさ、じゃなきゃ説明つかないよ、生まれてこのかたマンション暮らししてて、誰かが上や下に居るからってこんな。そうでなきゃ、よっぽどショックだったんだ、上○竜平扱いされたのが。そうだよ、そうに決まってる。

もうベランダ出てため息つくのやめなきゃ。最後にひとつだけ小さいのを自分に許して、ボクは部屋に引き上げる。明日から本番なんだから、しっかりしなきゃ・・ってベッドに寝転がったのはいいんだけど、今さらのように思い知った高層住宅の恐ろしさに寝返りばっか、決めた、ボクは将来絶対田舎に住むんだ。カラオケだとか気取ったエスニック料理屋とかゲーセンだとかそういうの無くたって平気だし、むしろ無い方がいいんだから。そういう道具立てなんかなくてもボクのことわかってくれる誰かと、そうだなあ、島根のおばあちゃんちみたいなさ、ああいう田舎で、夜は満天の星を見ながら眠るんだ・・なんて田舎の人に怒られそうだけど。







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