窓から吹き込んでくる心地よい風が、白いカーテンを帆のように膨らませるのをずっと見ていた。校庭に面したこの部屋にさっきまで聞こえてきていたさざめきは、今は絶えて久しい。ほとんどの生徒はもう帰ってしまったんだろう。ボクももう帰らなきゃ。そう思うものの、重ね合った肌のぬくもりが名残惜しくて、ボク達はなかなか離れられないでいた。肌蹴た胸の上に触れる、黒くて真っ直ぐな髪がひんやり心地よい。身じろぎするたびに、さらさら零れてくすぐったいのに、君を起こすのが忍びなくて、ずいぶん長い間こうしていたような気がする。繋ぎ合った手に触れるごわついた布の感触。不規則に巻かれた白い包帯が、痛々しく君の手首まで覆うから。






                            
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HRも終わり部活をやってる生徒はさっさと移動してしまい、人もまばらになっていた教室でボクはのんびり帰りの支度をし ていた。後のドアから教室を覗き込んだ数人の女子が、声を掛けてきた。

「手があいてたら、園芸部の手伝いして行って」

たいして急いで帰る理由も無かったから、ボクをはじめ帰宅部の何人かの生徒が、苗の入ったケースだとか、見るからに重そうな腐葉土の詰まった大袋だとかを抱えて、花壇に集まった。新しく掘り起こされた穴がそこかしこで、独特の土の匂いを醸している。長い連休の狭間の一日。空は晴れ渡って、申し分の無い天気。そのせいか荷物を運び終わったほとんどの生徒は、一人また一人と櫛を引くように帰ってしまって、後に残るは園芸部ほか数名。泥だらけになる気はなかったから、そろそろボクも帰ろうなんて思っていた。けれど、残ったその数名の中に艶やかな黒髪を見つけてしまったから、ボクは帰る口実をでっち上げる気が失せた。隣に並んでさりげなく声を掛ける。

「一乗寺くん、今日は早く帰らなくていいの?」
「うん、大輔と約束してたんだけど。急に練習試合が入ったらしくて」

彼は屈託の無い笑顔でワイシャツの袖を捲って、園芸部の指示通りに仕事をこなしていた。たいして大きくも無いけれど、この花壇は毎年毎年園芸部が丹精込めて世話をしてきたらしく、なかなかの趣を見せていた。こうして部外者まで借り出しているんだから、それも頷ける。薔薇の一種なのだろう、花壇の中心にある華奢な枝の先に大きく蕾が付いていた。二つ三つ花を咲かせている物もある。その周囲のいくつかの穴に、薔薇を囲むように名前のわからない背丈の低い草花を植えていくらしい。隣を見たら、一乗寺くんはものすごく真剣な顔で、慎重に草花を植えていた。ボクも黒いビニールのケースからその草花を取り出して、穴の中に置いていく。その穴に土を被せる。その後ふかふかの土にはたっぷり水が注がれて、殺風景だった花壇が華やかに変化していく。

「あっ!」

その声で我に返ったボクは、一乗寺くんの側に駆け寄った。咄嗟に右手を隠してしまうから、ボクは強引にその手を掴んだ。手の甲に赤く線が引かれていて、丸い玉がぷっくりと膨らみつつあった。

「大丈夫、これくらい」

一乗寺くんは笑って傷を指で擦り、そのまま仕事を続けようとするから、ボクは少しばかり強気で彼の手を引いた。

「怪我人、ちょっと手当てしてくる」







そう言って強引に保健室に連れて来たのはいいけど、ちょうど先生は不在だった。しょうがないから、不器用ながらもボクが傷の手当てを始めることとなった。向かい合って君の手を取り、ピンセットで滅菌ガーゼを摘まんで傷口を拭う。そうしながら君の顔を盗み見たら、すごく生真面目な顔をしていたので、ボクは噴き出してしまった。何をするにしても、一乗寺くんはいつもこんな表情なんだ。その後も笑いを堪えていたら、君が少し怒った様子で小さく呟いた。

「だいたいこんなかすり傷に……大袈裟なんだよ」
「駄目駄目!黴菌が入ったら大変だよ、土を弄ったんだから余計にね」

少し誇張して言ってやると、一乗寺くんは黙って手を預けてくれている。本当は二人きりになれる口実を探していたんだなんて、口が裂けても言わない。薬を塗ったガーゼを傷口に当ててその上から包帯を巻こうとしたら、流石に手を引こうとしたから強く押さえつけて、ボクは真っ白い包帯で君の手を覆っていく。静かな部屋の中、君の呼吸の音だけを聞く。永遠に続いて欲しいと思うこんな僅かな触れ合いを、このまま包み込んでしまうかのように。ボクは器用じゃないから、包帯は撚れて、巻れたところは所々薄い部分と厚い部分とが出来た。最後の巻き終わりは金具で止めて出来上がり。ボクは、その出来上がりを確かめるようにその手をしばらく撫でていた。君が顔を上げる。ボクの目とかち合って慌てて君が手を引くけど、ボクは離さない。

「ありがとう。……そろそろ離してくれないか」
「いやだ」

君の目が僅かに大きく見開かれる。ボクの言うことを訳が分からないって思ったりすると、いつもこういう表情をする。包帯の巻き方を確認するような風情で、ボクは君の右手に視線を落としたまま。

「ずっとこうしてるつもり?」
「ううん」

埒が明かないって思ったのか、手をボクに預けたままで君が立ち上がる。心持ち、顔が赤い。続いてボクも立ち上がって、君との間合いを詰めた。睨みつけるようにボクを見ていた君は、とうとう顔を背ける。更に近付いて、君が戸惑って落ち着かなくなる距離まで。艶やかな髪に軽く口付ける。

「ボクの事が嫌い?」
「きっ、嫌いだ!嫌いに決まってる!」
「嘘」

躊躇することなく、ボクは一乗寺くんを抱きしめた。抵抗はなく、ほんの少し身じろぎしただけ。伏せた睫が震えている、浅い呼吸とともに溜息のような吐息を漏らす。君はボクを煽る。ボクの息も上がる。ありえない、こんな事は。少し前には予想も出来なかった。いつも君は微妙な表情でボクのことを見ていたから。ボクが近付けば、間合いを計るように一定の距離をとってきた君だった。そんな君が、ボクに触れられることを望んでいるなんて。




壁に押し付けて、君の顔を上向かせ額に口付ける。そのまま皇かな頬へ。息を呑む気配。軽く唇を合わせたら、君の体から力が抜ける。ボクは下から掬い上げるようにその細い体を支えた。立っているのもやっとみたいなのに、それでも君はまだ理性を手放さない。

「こんな所で……駄目だよ」
「でも我慢できないでしょ?」
「だって、……誰か来るかも」

大丈夫、先生はもう帰ったし、扉には鍵を掛けたからって吐息で応える。今度は深く口付けたら、君の手がボクにしがみついてくる。ボクは君の体を引きずるように傍らのベッドに誘導して、仕切りのカーテンを引いた。そのまま一乗寺くんは、ボクの腕からずるずるとベッドに崩れ落ちた。その姿が今はなによりボクを駆り立てる。ベッドに横たわった体に覆いかぶさると、君はおずおずと腕を回してくる。再び唇を塞ぎ、ズボンの上からでも分かる硬くなった部分を指で辿る。そうすると組み敷いた体が、びくんと跳ねた。そのまま舌で咥内を愛撫しながら、形を確かめるように擦ると、君の体が震えてくる。ボクは素早くベルトを外して、ジッパーを下げ下着の中に手を忍び込ませた。小さく抗議の声が聞こえる。

「いや……だ。やめて」

構わず直にそこを握りこむと、言葉とは裏腹にすでにそこは湿っていて熱い。軽く上下に動かしたら、小さく叫んで一乗寺くんは体を仰け反らせた。あとは頂点を極めるまで、君から抵抗の言葉は出ない。ボクの手の中で、跳ねるようにそこは震えて、君の喉からは官能的な喘ぎ声が漏れるだけ。




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