無防備に白い喉をさらして一乗寺くんは何か小さく叫んで、それと同時に手の中に溢れてくるとろりとした感触。少し熱くてぬるつくそれは、君が感じてそして果てた証で、ボクはほんの少し満足感を覚える。でも、それも充分味わう間もなく、じきにボクも極まってきて、頭の中が真っ白になる。






                            
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気が付くと、君はいつもボクを見ていた。そのくせ視線を合わせようとすると、目を逸らす。今までの経験上、他人の不躾な視線とか、それに付随する諸々の不愉快な出来事とか、そういうのに慣れているとはいえ、今回に関しては、ボクはやり過ごすことが出来なかった。

(なんで見ているのかなあ?ねぇ……君はボクの事が苦手なんじゃなかったっけ?)

言いたかった言葉は、喉元に引っ掛かって、結局ボクの胸の内でだけぐるぐると。ボク等の間にはあんな事があったんだもの、何も無かったかのように振舞ったり出来ないのは、先刻承知。ボクにだって、そりゃ触れられたくない過ちの一つや二つはあるし。そう……それは、君とボクの間に起きた、突発的なあの日の出来事から全て始まっている。あれからかなり経つけど、お互いにあの事には、決して、決して触れない。だから余計に、不自然極まり無い君とボクの間柄。君が仲間になって少し経った頃から、ボクは君との間に友情を育もうと、精一杯空しい努力を続けたけれど。いや違うな。君と仲良くなりたいとか、そういう純粋な気持ちで動いてたんじゃ無かった。罪を償いたいと言った君の真意を量りきれず、闇雲に疑い、排除しようとした自分の狭量さに気付いたものの、それを謝罪する事も出来ず、ただご機嫌伺いよろしく優しくしたかったんだ。でもそれは決して君の為じゃなく。ボクが自分を取り繕う偽善の一つの手段に過ぎなかった。あの事を避けて、無かった事のように振る舞って、ボク達は仲間だ、友達になろうだなんて。君の真っ直ぐな視線は、そんなボクの醜い保身を暴くかのように思えた。何も言わずに、視線だけでボクを責めてる、そんな気がした。大人しそうな外見とは裏腹に、君はとても頑固で勝ち気な気性を内に秘めていたから。大輔くんが強引にボク等の集団に引き入れてしばらく経った頃から、君は少しずつみんなに馴染んできて、と同時に年相応とも言えるいろいろな面を見せるようになった。思慮深そうな控えめな微笑み、大輔くんの前での快活な表情。ボクにとっては、君の仕草のどれにも決まり悪い思いを増長させられるだけ。それなのに離れて行く事も出来ない、気まずい思いを抱えながらも、君の側で顔色を伺ってしまったりする。それは何故なんだろうって、ずっと不思議に思っていた。





とうとうボクは、ある放課後の、人もまばらな教室で君の腕を掴んだ。そして初めて真剣に向き合った。思えば、二人だけになる機会も今まで何度かあったけれど、こんな風に真剣に君と対峙するなんて事は無かった。驚いて見開かれるその瞳を覗き込んだ。居心地の悪そうな様子、そんな彼を見ていたら熱が上がってくるというか、何故だかボクの頬も熱くなる。それを隠そうと、問い詰めるような声音で君に質す。

「ボクに何か言うことあるんじゃない?」

大きく被りを振って、君は沈黙して項垂れる。俯いたせいで、普段は長めの髪に覆われたうなじが露になって、ボクはちょうどそれを見下ろすような格好で立っている事になる。背の高さは、以前はほぼ同じくらいだったのに。一乗寺くんは何も言わないから、ボクはその姿を間近で観察してしまう羽目になった。日に当たってないうなじは細くて真っ白で、それがどこかしら哀れさを誘う。こんな弱々しげな彼の姿を見たのは、果たしてボクが最初だったんだろうかとか、彼は大輔くんの前でこういう仕草をするのだろうかとか、取りとめも無い思いが後から後から沸いてきた。いつまで待っても答えはなく、ボクは憂鬱に全身を覆われてしまったような気持ちになる。

「ごめん。……これじゃいじめてるみたいだね」

自分でも何がしたいのか分からないまま、君の前から身を翻す。結局後味の悪い思いをしただけ。こんな思いをするくらいなら、放って置けば良かったのに。やっぱり一乗寺くんの前だと、ボクはどこかおかしくなる。いつもみたいに、笑顔を作る事も出来ない。それでも小学校は別だったから、前はまだ良かった。小学校卒業後、一乗寺家はお台場に引越ししてきて、私立へ通っていたかつての天才少年は、ボク等と一緒にお台場中学に進学した。ボク等は子どもだったけど、薄々は気付いていたんだ。誰も聞かなかったのは、それが暗黙の了解だったから。引っ越したのは、お父さんの転勤があったとか、住宅事情でとか、そんなんじゃなかったのは言われなくてもみんな知っていた。私立の進学校で繰り広げられる生存競争は、ボク等が想像するよりも殺伐としていたらしい。





そんな事情があったものの、もはや大きな事件や胸躍る冒険とは縁が無くなったボク等の日常生活は、つつがなく穏やかに過ぎていく。二人きりにならなければ、一乗寺くんはその控えめな笑顔を、ボクに向けてくることもあるくらいに。そしてまた……視線がボクを追いかけてきて、ボクはその意味をもう一度考えてみたりする。それは、その答えは、唐突に訪れた。本の中の難しい言い回し、意味が良く掴めないながらも、一定期間、大事に温めてある程度それを咀嚼した後、ある日ついに、言葉とその言葉の持つ意味が、ぴたりと符合するみたいに。そしてそれは、予告もなくいつも突然やってくる。赤い血を拭って、その傷に包帯を巻いていたその時。白い包帯に覆われた君の手を撫でていたまさにその瞬間に。その発見に驚いたボクの手は、実際僅かに震えていただろう。そしてボクは、ここでようやく、自分の気持ちに正直に向き合うことになる。君と居ると、何故か言わなくていいことまで言ってしまう。抑制が効いていて人当たりがいいって評判のボクが、なぜ君に対してはこうも感情的になってしまうんだろう。気付かなかったのか、あるいは気付きたくなかったのか、どっちにしろここにきて明らかになった自分の気持ちに、ボクはもう逆らわなかった。






                            
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ベッドに二人して横たわって、ボクの体の下にはもう一つの体。体重を掛け軽く押さえ込むようにして、僅かに触れ合わせた唇は驚くほど柔らかくて、ボクは全身の力が抜ける程の感動さえ覚えた。抵抗がまるで感じられなかったことにも、お互いの顔が近づくにつれて、君の瞼が閉じられたことにも、軽く衝撃を受ける。それまでいろいろ悩んだり、考えてたりした事も、全てどこか彼方に弾けてしまい、ただただ目の前の身体を抱きしめて、唇の感触に溺れて、ボクは幸せだった。熱っぽく見上げてくる瞳を覗き込んで、昂る気持ちそのままに額に頬に口付けて、肌の弾力を感じる。我ながら自分の性急さに驚き、それでも行為を止める事は出来ず、一乗寺くんの素肌の感触や髪の手触りに、未知の興奮が呼び覚まされるのを感じた。ボクは躊躇することなく、いまだかつて覚えた事の無いその感覚に、思う存分に翻弄された。ボタンを外すのももどかしく捲り上げた白いシャツ。彼の唇に口付けて、舌でその柔らかな感触を味わいながら、僅かに薄い筋肉の付いたその胸板をまさぐる。何度も肌を撫で上げるうちに、硬く尖ってくる胸の突起を軽く摘んで、指の間で押しつぶすように動かすと、君は耐え切れないといったふうに、小さな声を上げる。そのことに自分自身で驚いて、声を漏らすまいと堅く歯を食いしばるその様子。強張らせた体と、浅く短く吐く息がどこか苦しそうで、ボクは今度はやさしく掌全体で胸を撫で回した。何度か繰り返すと、食いしばった歯の間から、安堵の息が漏れた。ぎゅっと閉じられた瞼がうっすらと開く。ボクは君の準備が整うのを、ほんの少しじれったく思いながら待っている。与えられる刺激によって、緊張と弛緩を繰り返し徐々に上気していく一乗寺くんの体を見ている内に、ようやくボクは、このまま触れ合っているだけでは済まないところにまで来てしまったのだということを知る。キスしたり触れたりする以上に、相手を近くに感じたいと思う、そんな領域にお互い踏み込んでしまったのだと。引き返すか、あるいは踏みとどまる事なんて、絶対に出来そうもない。どうか君も同じ気持ちであって欲しい。ボクは祈るような気持ちで、ボクの下の細い体を見下ろしていた。




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