授業中(3) 『君以外の誰にも触らせたりしない。でも君には僕の全てを。僕は君のものだから。君の好きにしていい……』 一乗寺君の綺麗に整った筆跡が、僕の瞳に写っていた。僕はぎゅと口を結ぶと、白いメモ用紙に手を当てた。 頑張らなくちゃ。僕だって……。 授業では教科書の音読がやっとで終わり、先生が黒板に新出漢字を書き出していたが、僕は漢字をノートに書き移す代わりに、恋人への愛しい思いを言葉にする事に全力を注いでいた。 『うん。だから優しくするよ。君の肩から髪をどけて、口を寄せる。うなじにそっと歯を立てて、軽く噛んで、唇で挟み吸い上げる。君の命を僕に預けてくれるんだね?僕の身体が芯から熱くなってくるみたい。堪らなくって、君を後ろから抱きしめる。ぎゅっと、強く両腕で。両手が君の滑らかな肌の上を滑り回って、もう止まらないよ。』 メモを届けて返事を待った。マジでもう止まらなくなっていた。 僕達は一体何をしようとしてるんだろ? テレホンセックスなら聞いた事あるけれど、強いてこれを言うならば……お手紙セックス、とか? やだなあ!そんなつもりじゃないんだけどさ。あは。いやでも、そうなのかな? メッセージを読んだ一乗寺君は、耐え忍ぶように顎を伸ばし、鉛筆を持つ右手だけをゆっくりと動かした。 『どうしよう……本当に感じてしまう。そこをそんな風にされたら。僕だってもう。熱が上がり始めてる。君の抱擁で。』 戻ってきた返事に目を通し、胸の中が熱くなった。 ホントにホントに? 感じてくれてる?君は熱くなってくれてるの? 僕の気持ちで?僕の言葉だけでもう? そんな事言われたら、僕はますます調子に乗るよ? よーしと気合を入れると、恋人の背中をじっと見つめた。この前触れた白い素肌を目に浮かべ、その感覚を一生懸命に思い出す。目線でじっくり撫で回して、その手触りを。温度を匂いを質感をもっともっと鮮明に、もっともっと艶やかに。頭ん中で触れて感じて存分に味わうと、紙の上で待っていた僕のシャーペンが、勢い良くスタートを切った。 『すべすべで気持ち良い、君の肌。肩を甘く噛みながら、広い胸を撫でていると、両方の手の平に小さな突起が当たるんだ。右と左に、ちょこんとふたつ。気になるから指先で摘んじゃうよ。きゅっと、どお?』 一乗寺君は頭をピクリと振り上げた。 『やだよ、そんな。そんな所、恥ずかしい。女の子じゃないんだから。お願いだよ。』 返事を読んだ僕は、間髪入れずに書き足した。 『関係ないよ、そんなの。僕は君が好きだから、全部愛してあげたいだけ。君をもっと良く知りたい。感じる所はどこなのか。どこをどうされるのが好きなのか。だから君は力を抜いて、僕のことだけを頭に思い浮かべていて。僕の笑顔を、僕の唇を、そして僕の手の感触を。ねえ、指先で可愛いそこを掠めるよ。両方一緒に、撫でる様に上下にさらさら。気持ちいい?』 メモに目を落とした一乗寺君の肩は、ふるふると震えていた。 『恥ずかしくて顔が熱い。でも正直言うと……身体が酔ってしまっている。君が僕を愛してくれてる、そう思っただけで嬉しくて。止めないでって。それ処か、もっとしてって。自分がこんな人間だったなんて……』 メモを見た僕は、うわあ、と大きく驚嘆した。 嬉しい、だなんて。まさか言われると思ってはいなかった。 僕だってこの状況に、すっかり酔っ払ってしまっていた。くらくらする頭に手を当てて、今すぐこの席を立ち上がり、目の前の恋人を抱き締めてしまいたいもどかしさを押さえながら、夢中で手を動かした。 『どんな人間でもいい。君が君でありさえすれば、僕は君が好き。大好き。君の頬に片手を添えて、顔をこちらに向かせよう。 ちょっと後ろを振り向いてよ? 君の唇が欲しいんだ。僕の肩に凭れかかって? 片手で胸を撫でながら、君の唇を僕のものにしたいから。』 ドキドキしながらメモを回した。それを読んだ一乗寺君は、気持ち体を椅子の背に凭れさせた。もちろん本当に後ろを向く事なんてできない。だって今は、正真正銘の授業中。でも、最初は躊躇っていた一乗寺君も、今ではすっかり大胆になっている。 『君のものだよ。君だけの。高石、僕も……僕も欲しい。だからお願い。君の唇を僕の上に……』 僕の脳内はもう、只事じゃなくなっていた。 一乗寺ったら!(僕の名前まで出しちゃって!) 隣人に聞こえやしないかと心配になる位鳴り打つ胸を手で押さえたら、前の方からガンガン響く煩い雑音が耳に入ってくる。黒板の前で、新出漢字を一通り書き写させた先生が、皆に何か説明し始めたのだ。 ああ、もう。煩いなあ。折角いい処なのに、先生邪魔! え?何っ? 何だって? 第一印象? 初めて「少年の日の思い出」を読んだ感想を、短くまとめてノートに書けって? 周りを見回してみると、いつの間にかクラスメート達は皆ノートを広げ、頭を落として感想文を書き始めている。とにかく書く時間になったらしい。どうにか状況を把握した僕は、気持ちを取り直してメモ用紙の端を握った。 初めての感想か……。初めて。うん、この前が初めてだった。 ビデオ再生するように、それは生々しく思い出された。 先日初めて、僕達は……。 あの時、両腕に抱きしめた一乗寺君の体がしなやか過ぎて。コントロール不可能になった僕は、息を上げながら髪の生え際を頬ずりしていた自分の頬を移動させ、一乗寺君の唇に触れてしまったんだ。そこはふわふわのオムレツみたいに当たりが良くて、つい魔が差して軽く噛んだら、驚いた彼の吐息が顔の間近に広がった。恥ずかしいから目を閉じて、僕はそのまま知らん振りして、黙って唇を当てていた。両腕の中の愛しい身体も、新しい自分の居場所に落ち着くと、それで満足したかのように、僕にじっと身を任せていた。 この唇は僕のもの。君の全ては僕のもの。可愛い瞼も、愛らしい眼差しも。両腕の中に安心して蹲る、この身体の全てが僕の。だって君がそう言ってくれたから。 そうだった……。 うっとりと息を吐くと、シャーペンを握り締めた。 『うん。じゃあ、後ろからゆっくり口を近づけるよ。君が目を閉じ、僕を待っててくれてるから。僕も瞳を閉じて、唇で唇を探し当てる。ほら、あった。ここに、君の柔らかい。温かくって、ちょっとだけ濡れてるの? この前と同じこの感じ。君も感じてくれている? 僕の息を、僕の鼓動を。僕の気持ちが動きとなって現れる。』 とろけそうな妄想で一杯になりながら、願いを込めて、前に回した。 それを読んだ一乗寺君の頭は、倒れるように卓上に深く沈み込んだ。書き物に集中している。でも多分、テキストの感想文じゃないと思う。 『うん……感じる。君の口づけ。動悸が乱れて苦しいよ。気持ちが動きとなって現れるって、君は一体どんな動きをしてるんだ?』 よしきたと、僕は唇を軽く舐め、夢中で続きを書き連ねた。 『重ねた僕の唇が、少しずつ強く、広く、君の上で円を描く。唇の形を覚えたくて、舌で表面をなぞってみる。でももっと深く知りたくて、いつの間にか僕の舌が、君を割って中に入るんだ。つるつるの歯の上を、困ったように行ったり来たり。ねえ、もう少し開いてよ?』 メモを受け取った一乗寺君は、ふらつく体を抑える様に片腕を握り締めていたけれど、頭が微かに揺れていた。 『いいよ、高石。僕も口を開くから。入ってきて。僕の中に、深く深く……』 うわあ……。 僕だってもう。 僕も僕だけど、君も君。煽りすぎだよ。止めらんないよ。一体どっちの責任問題? 鼻から震える息を吐き、歯の裏側を念入りに舐めながら、僕の右手は勢いの途絶えを知らなかった。 『舌をゆっくり絡ませ合おう。君が愛しくて愛しくて、君の中が気持ち良過ぎて、そこを撫で回す舌の動きが止まらない。頭ん中が溶けて、舌先から流れ出てくるみたい。君もとても潤ってる。気持ちいい? 僕が好き? 二人でこのまま溶けて、混ざり合っちゃおうか?』 我ながら、すごいなあ。 でも僕はマジだ。真剣だ。冗談でこんなの書いてる訳じゃない。XXX小説の読み過ぎでも何でもない。(本当だよ!) 返事は直ぐに戻ってきた。薄く小さめの一乗寺君の筆跡で。 『好き……君が……君とのこれが……こんなの口では言えない。』 |