New world





3






思いのほか、君は落ちついてボクを迎える。なんの連絡も無く突然尋ねてきたボクをいぶかしむ事無く。真っ直ぐ部屋に通されて、君と向かい合わせに座る。直にドアがノックされて、急な来客にも関わらず、君んちのお母さんはそつ無くお茶を運んで来る。ボクは多少警戒しながら、でもいつもの態度を崩さずに頭を下げつつ言う。

「どうぞ、お構いなく」

すると君に良く似た瞳が、どこか悲しげにそばめられる。
「ごゆっくりね」優しい声でその場を辞して、そして部屋は再び静寂に包まれる。

「それで君は何に囚われてる?」

ボクは君に何を期待してるんだろう。
ボクと一緒にデジタルワールドに居たよね?君がボクを真っ直ぐに見つめるもんだから、うまく言葉が出て来ない。不思議な時間の経過って。黙ったままの君の輪郭が歪む。ぼんやりと部屋の中の物全てが霞む。

「一乗寺?」

君の存在が余りに希薄なんで、不安になって僕は名前を呼ぶ。薄ぼんやりとした空間の向こう側、君の声が聞こえる。

「何?高石」

僕はずっとここに居る。君がそう言うが早いか、視界はクリアに晴れて行く。君が微笑んでいる。ボクだけに向けられた笑顔。そしてボクは強く香る花の匂いに、あたりの様子が一変している事に気付く。君の腕が伸びて、僕の首に絡みつく。君の周りで落ち葉が舞い踊る。どうして?さっきまで君の部屋に居た筈。

「これっていったい?」

混乱して何がなんだかわからないよ。

「喋らないで。説明は後」

一乗寺は体を寄せてボクに囁く。

「話す時間が惜しいから」

開いた唇、赤い舌が覗く。君が今一番望んでいる事、ボクが与えてあげられるなら。記憶の通りの柔かな唇に触れ、舌を絡め取る。それだけで君の体から力が抜けて、しなだれ掛かってくるのを、ボクはゆっくりと横たえる。そして嗅いだ覚えのある草いきれ。昨日と同じ。僕は君の体を覆い尽くす。ぐったりと力が抜けた体は、ともすれば抜け殻のようにも。時折撥ね上がる、それが生きてる証。すっぽりと、君はボクの腕の中。ボクの触れた部分から君は感じて熱を帯びて、喉を晒して体が仰け反る。白くて皇かな、無防備で柔らかい皮膚。君の中に入ったら、ボクはもう忘我の極致。奇妙に捩れる視界をやっとの事で繋ぎ止めて、ボクは溺れる。快楽の淵に落ち込む。君の目の奥に、ボクを惹き付けてやまない光を見つける。それに見とれながら、ボクは君に欲望の楔を打ちつける。愛しくて狂おしくて堪らなく、ボクは君を貪り尽くす。達したと思う間もなく、ぐるぐると目が回る。昨日と同じ、快楽の波に浚われるが否や、よじれてねじれて視界が歪む。

「一乗……寺!」

君の顔が見えない。確かにボクの下には温もり。君の中に全て注ぎ込んだ後で、ボクは空っぽ。体の中を風が吹き抜けていく。見えない君を手探りで、必死に手繰り寄せながら、ボクは焦っていた。辺りは霧が晴れるように徐々に。ぼんやりと白い輪郭、瞼は固く閉じられて、ボクの手に弄られるままに、君は自分の部屋の床の上、静かに横たわっていた。開かれたシャツの隙間から覗く、頼りない首の細さ。

「な、何なの?今の……」

「さぁ、何なんだろうね?」

君はゆっくりと体を起す。僕は君の上から退いて、訳の分らなさに何だか泣きたい気持ちになる。

「デジタルワールドだったよね?」

「確かな事かどうかは……」

妙な歯切れの悪さ、そりゃそうだろう。ゲートを開けた記憶は無いし、瞬きするように移動出来たのだとすれば、一体どうやって。そしてこれにはどういう意味があるのか。あっちの世界から必要とされていたからこそ、ボク等は過去に自由に行き来が出来たのだ。そして忘れかけていた真実を、漸くボクは思い出した。






君とヒカリちゃんは、不思議と別の世界と繋がってしまえる能力を有していた。『望まなくても見えてしまうの』搾り出すようにそう言った、小動物を思わせる少女。それ以上に闇に取り込まれ易いのは。不吉な予感を感じて、ボクは君の肩に触れる。薄い肩の線、どこもかしこも華奢で頼りなくて、触れれば心を打たれずには居られない。その体で我が身を労わる事無く、がむしゃらに突き進むその姿に、ボクは胸を掻き毟られて、居ても立っても居られなくなったものだった。君の顔とかその高潔な精神とか、ボクはそんな物に惹かれたわけじゃなかった。自分の弱さを否定せず、それすら内包した君の強さ。精神面での脆さ表裏一体な、説明しがたき強情さ。ボクはそれだからこそ、その正体を見極めたいと。君を手に入れたいと痛切に。

「大丈夫、今回は愁うべき事態にはならない筈だ」

少し微笑んでさえ見える君の肩を、ボクは抱き寄せる。

「これは君が望んで起きた事態なんだね」

「そういう事になるのかな、やっぱり」

ボクは抱きしめる腕に力を込めて、君に口付ける。君がボクにされるままになってるのは、諦めているからだと思っていた頃。あの頃も今も、君は抱きしめられると体を震わせるんだ。いつからボクはその反応が拒絶を意味してる訳じゃないと気付いたのか。しばらく抱き合って、先程まで分け合っていた熱を思う。ボク等は魔法の世界の扉を開けたのかな。いや、そうではないだろう。君の腕は滑々していて、その感触に僕は悲しくなる。確かめるまでも無く、君には傷一つ無くて、それは君が現実を否定しているようにボクには感じられる。

「駄目だよ」

だってまた、君はこの世界から目を背けようとしている。あの世界はボク等にとって何の意味もない。デジタルワールドとも違う。ボクは君とこうして抱き合ってるという実感が欲しい。

「あの世界が駄目だと言うなら、僕はどうしたらいいだろう。君と会える日を指折り数えて居ろと?」

君の目をじっと見ながら言葉を発しようとした時、部屋の外から遠慮がちな声が掛けられる。

「ごめんなさいね、これからパートの時間なの。賢ちゃん、高石くんにはゆっくりしていってもらってね」

ボク等は体を離して、ドアを開けた。いつまでも振り返りながら出るに出られないといった風の君のお母さんを見送る。何もお構い出来なくてって恐縮してるから、ボクはあなたの息子に会いに来たんだから、そんな事は気にしないでって心の中で思う。もちろんそんな事はおくびにも出さずに、微笑んで見送る。重々しい音と共に扉が閉まった。そして。この家の中にボクらは二人きり。君に向き直ると微かに頬を赤くして、君は視線を外す。

「ボク達の邪魔をするものは無くなったね」

少しふざけてそう言って、うつむいた顎に指を掛けて上向かせる。

「邪魔って…」

視線が合うと、君はきりりと眦をあげた。大事なママを椰喩されて、気分を害した君の抗議に答える気も無いし、君だってボクの弁解を聞きたい訳じゃないって分かってるから。ボクはそっと君の唇を塞いだ。本気で怒ってるんじゃない証拠に。柔らかい唇は、薄く開かれてボクを迎え入れてくれる。ボクは、腕の中でどんどん変わっていく君を見てる。こわばる体から序々に力が抜けていって、ボクだけの柔らかな特別製。今度こそ確かに、君のリアルな声と体を思いのままに。白い肌の弾力、暖かな温もり。柔らかくボクを包み込んで、細かく震える。君の体を労って、なるべくやさしく絶頂に導いたものだから、終わった後でもボクは意識がはっきりしていて、果てた後にぐったりとそのまま眠りにつく君の顔を眺めてる。頬の薔薇色がいまだ顕著に残っていて、情事の後だという事をまざまざと見せつける。




このまま君を連れて、どこか知らない場所へ逃げてしまいたいと、ふと思う。君が目を覚ました時、傍らに居て、その柔らかな髪を撫で、夢の名残にぼうっと煙った瞳に自分を映し込んでみたい。それはあの世界なら可能なのだろうけど、不思議とボクはその思いつきにはさして捕らわれる事が無かった。どんなに短い間でも、ボクは君に向かい合って真摯に君と愛し合いたい。だからボクは眠る君の額に口づけをして立ち上がり、起こさないようにそっとドアを締める。玄関の扉を外から旋鍵して、新聞受けから鍵を滑らせ、そしてボクは空っぽの胸に大きく息を吸い込んだ。








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