雨の降る場所





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「ってことはつまり…子供たちは、まだデジタルワールドに居るって事?」
「どうやらそうらしいです」
「……帰れないって訳でもなさそうだし。どういうつもりなのかしら」


夏休みに入って初めてみんなで集まる日、ボクは遅れてパソコンルームに入って行った。京さんはいつも声のトーンが高いけど、今日は一段と大きく響いて、廊下からもその緊迫した声の調子を聞くことが出来た。ざっと見渡すと、京さんに向かい合って光子郎さん。椅子に座って足をぶらぶらさせてる大輔くん。傍らの伊織くん、ヒカリちゃん。一乗寺くんはまだ来ていない。ボクは空いてる椅子に腰かけながら、みんなに目で挨拶する。




夏休み直前になって、パートナーデジモンを持つ子供たち数人がデジタルワールドに入っていったままだ……という情報を得て以来、ゲンナイさんにその後の動向を探ってもらっていた。そして、ボク達がそのパートナーと離れる原因になったデジタルワールドの今の状況。夏休みも数日過ぎて動きも少しは好転したかというと、あまりそういうわけにも行かないようだった。ボクは光子郎さんと京さんの会話に集中した。

「食事とか……どうしてるんでしょう。それに家の人だって心配しているでしょうし」
「そうよね。食べ物はなんとかなるとしても。長い間帰らないでいたら騒ぎになるわ」

その言葉で、前のことを思い出した。前といってもまだ一年ほどしか経っていない。3ヶ月間行方知れずになった彼の事。他の子供の身の上に何かが起こり、同じことが繰り返されるのだろうか?嫌な予感が胸を掠めた。

「探しに行くというのは?戻ってくるまでただ待ってるというのは……。ボク達はデジタルワールドの地理に明るいし」
「私も賛成よ。その子達、帰るに帰れないのかもしれないわ」
「そうなのかもしれませんが。今はゲートが開かないのです」
「また不安定なの?」

そうなのだ。ボク達の冒険が終わった後、しばらくしてから自由にデジタルワールドへ行き来が出来なくなった。ゲートが閉じたままになったのだ。きっとそれは、荒廃したデジタルワールドが再生されて、その新しい世界が安定するまでの準備期間なのだと、ボク達は考えていた。現にすぐに自由に行き来出来るようになったからだ。以前にも増して美しく穏やかになったデジタルワールドに、ボク等は足を踏み入れた。なのに。春が終わり夏になろうかという頃から、ゲートは何日かおきに閉じっぱなしになったり、かと思うとずっと開いたままであったりしたそうだ。

「ゲンナイさんとも連絡が取れない今、向こうの状況がどうなっているか全く未知数です。とにかくゲートが開いたら、再び召集をかけますから」

この後、用事があるらしい光子郎さんは、申し訳なさそうにPCルームを辞していった。ボクはしばらく帰りがたい気持ちのまま、椅子に座ってぼんやりしていた。京さんが勢いよく立ち上がって言った。

「心配だけど、ゲートが開かないんじゃどうしようもないわね。あたし、これから家の手伝い頼まれてるの。ごめんね、お先に」
「あっ!僕も帰ります。何か変化があったら、連絡してくださいね」
「えー、みんなで帰りましょうよ〜。ここ暑いもの」



******



京さんのとこでアイスを買って、大輔くんに促されるまま海岸へ降りていく。PCルームの中はパソコンの熱ですごく暑く感じたけれど、こうして風に吹かれて砂浜を歩いていると、心地よさに心が浮き立つ。なんでか今年の夏はぐずついた天気が多くて、あまり暑くなくて過ごしやすい。風に飛ばされないように、片手で帽子を押さえた。すると、今まで黙っていた大輔くんが不意に口を開いた。良く聞き取れなかったボクは、振り返って大輔くんにもう一度聞き直した。

「なんだって?」
「それが……。昨日の夜から姿が見えないっておばさんが」
「なんでさっき言わなかったの?」
「誰か友達のとこかもしんねえかなって……」
「そういうの言わないで出かけるタイプじゃないでしょ?」

大輔くんは、食べ終わったアイスの棒を銜えて真っ直ぐ前を向いたまま。黙ってじっと凝視してると、ようやくボクの方を見た。それで疑惑は確信に変わった。絶対に、この件の鍵は大輔くんが握ってる。

「いい加減にしなよね、毎回毎回。犬も食わないって、そろそろ学習しなくちゃ」
「いや、違っ……つうか。なんで俺なんだよ?」

慌てた大輔くんは、アイスの棒を取り落とす。あーとかうーとか言って頭掻いて、落とした棒を拾うために屈んで。しゃがみこんだそのままで、頭抱えて唸る。
やっぱり犬系だなってボクは微かに。

「んでさ。理由はともかく……あいつ、どこ行っちまったんだと思う?」
「まさか、デジタルワールドに?」
「じゃねえかなってだけ。多分……他に行くとこねえだろうし」

ゲートが開いたほんの僅かな時間に?ありえなくはない。だって、彼は以前にもデジタルワールドへは自由に行き来していたのだし。無言の数秒。大輔くんの上目遣い。言葉を待つまでもなく。これは、緊急を要するんだから、それに帰ってこない子供たちだって心配なわけだし……。ボクの表情を読んで、勢い良く大輔くんが伸び上がる。砂を蹴って、大きく腕を広げて。

「こうなったら、もう行くっきゃねえだろ!」

確信に満ちた瞳が煌めいてる。こんな時、いつもボクはただ羨しく見ているだけ。言い切れる強さがボクにあったなら。




大輔くんと別れて、走って家に帰る。真っ直ぐ部屋に入って、パソコンを立ち上げると同時に、リュックの中にその辺の着替えを押し込む。何日くらい掛かるかとか、どれくらいの着替えが必要かなんて瞬時に判断して、それなりに適当に荷物を作る。キッチンで食べるものを探して、食パン齧りながら部屋に戻って、食料も詰める。そして、おもむろにデジヴァイスを掲げる。パソコンのモニターに向けて。相変わらず、沈黙したままのゲート。祈るような気持ちで何度も試す。パートナーの名前を呼んで、どうか出てきて欲しいと。そうこうしているうちに、大きな荷物抱えて大輔くんが到着する。二人並んでデジヴァイスをモニターに向けた。何度も何度も。回線が混んでて通じない電話番号にだって、何度も何度もリダイアルすれば、いつかは必ず通じるじゃないか。それに、今はボク一人じゃない。たとえ何万分の一かの確率だったにしても、諦めず向かい合う強さ。強引な力技で不可能を可能にしてしまう大輔くんが隣に居る。それぞれ自分のパートナーの名前を呼んで、最初大声だったのがしまいには囁くような調子に変わって。それでもボク達は諦めず、声の枯れるまで。そして遂に掲げた腕の先、見覚えのある暖かな光。ボク達は吸い込まれる。懐かしい光の中へ、ボク達が必要とされたあの頃のように。あの頃となんら変わることなく。穏やかな温かい空気がボク達を余すところなく包み込んで、ボクはその感覚に身を委ねた。しばらくそのまま目を瞑って力を抜いて、その至福を全身で享受していた。










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