雨の降る場所 5 気のせいか密度の濃いように感じる空気に、体全体を包み込まれる。目を開けると、鮮やかな世界が眼前に広がっていた。ボクのパートナーが腕の中に飛び込んでくる。パタモンは腕の中からボクを一瞬見上げ、腕から離れて羽ばたいた。久しぶりに頭の上に重みを感じて、不覚にもボクは胸が一杯になった。 「会いたかったぜ〜大輔ぇ!」 「俺だって、一瞬たりとも忘れたことなんか……」 腕を広げて抱き合って、大きな身振りで再会を祝しあう傍らの二人を見てボクは微笑み、頭の上の柔らかなお腹も緩やかに震えるのを感じる。小さな足が帽子を引っかいて、斜めにずれた帽子をボクは直しながら。 「ね、ボク達がここに来たのには大事な理由があるんだ。まずは……一乗寺くんを探さなきゃ。昨日の夜からこっちに来てるらしいんだけど、何か知ってる?パタモン?」 「そうだ!ワームモンはどこに居るんだ?賢と一緒だろ?」 大輔くんが、いまだ興奮冷めやらないって様子で振り返る。デジタルワールドに来れさえすれば、もう一乗寺くんを見つけたも同然だって思ってるのは明白で。一乗寺くんに会えたのなら、ワームモンがそれを黙ってるわけはないのだから。 「それが……。僕たちもここ何日か、ワームモンがどこにいるかわからないんだよ」 「オレたち、いつも皆がどこに居て何してるか、だいたい分かるように行き来してたりするんだけど……」 パタモンもブイモンも声の調子を落として言うから、これは思ったより捜索に時間が掛かりそうかなと、不安な気持ちが心の隅をちょっとよぎる。それを追い払うように、努めて明るい声を出す。 「そうとなったら、ワームモンを探しに怪しいと思われる地区に、早速潜入しよう!君たちがまだ探してない所はあとどの辺?」 遠く望めば、淡く霞んで見える懐かしいデジタルワールドの景色。ボク等は森の中に歩を進める。大輔くんが話して聞かせる近況報告に、ブイモンが嬉しそうな合いの手を入れている。 「ふ〜ん、大輔くんは一学期の身体測定で身長が2センチも伸びたのがそんなに嬉しかったんだ?あんまり変わらないみたいだけどねえ?」 からかうように言ったら案の定怒って、今に追い抜いてやるだの、泣きを見るなだの顔赤くして大輔くんは追いかけてきた。 「この先の区域がワームモンの担当してた地区だよ」 鬱蒼とした森の奥。パタモンの言葉に、ボクは一瞬言葉を失った。前に来た時、こんなに森は深かったっけ?日の光を遮るよ うに生い茂った枝を見上げて、そしてボクは大輔くんの顔を見た。さっきまでとは別人みたいな、真剣な表情。 「ワームモンになんかあって、それで賢は呼ばれたのかもしんねえ」 「だろうね。ただ事じゃない何か……」 何か大変な事が起こっていて、この先何が待ちうけているか分からないけど、ボク等は行かない訳にはいかない。意を決して進む。一人じゃないって事が、これほどまでに心強い。でも、本当なら……。一乗寺くんの危機に駆けつけるのは、ボクだけだったら良かったのに。 かなり歩いて、頭の上にあった太陽が斜めに傾いてきても、ボク等はまだ何の手がかりも見つけられないでいた。 「日が暮れるよなー。野宿の準備とか……した方が良くね?」 「それよりさ。大輔くんは家の人になんて言って出てきたのさ。ボクは一応書置きしてきたけど」 足元の草を踏み固めた上に腰を下ろして、持ってきたペットボトルに口をつける。いくら書置きを残してきたからって、そう何日も家を空けるわけにはいかないだろう。せいぜい2日。それ以上掛かるようなら、いったん戻って出直して……。でも、次も上手くゲートが開くだろうか。もし一乗寺くんも見つけられず、もう一度ここに来れなかったとしたら。 「俺、お前んち泊まるって言って出てきた。俺んちの親、お前んとこみたいに理解あるわけじゃないからなー。2度と危ない真似は止めてって言われてさ」 ブイモンに自分の飲みかけのペットボトルを渡しながら、大輔くんは頭を掻いた。うちだって100%オッケーって訳じゃないよ。こんな森で迷って、一週間も帰れないでいたとしたらどうなるだろう。なんとなく薄気味悪く思える森の中、周囲に頭を巡らす。 「この先、食べられる実がなる木があった筈だよ!道が狭まってて、枝が毛皮に引っ掛かるんだよ。タケリュ、抱っこしていってね」 パタモンの声に励まされるように立ち上がる。服に付いた草を払った。パタモンを腕の中に抱え数歩歩きかけて、そしてボクは気付いた。獣道みたいに踏み分けられた道は、他のデジモン達が通るからだと思っていたけど。ちょうどボクの目線の高さでこうして折られている小枝は、デジモンたちの仕業じゃない。念のために、折れた部分を調べてみると、まだ折られてからそんなに時間が経っていないようだった。 「もしかして!」 「おっ?どうしたんだよ、タケル!」 ボクの足は自然小走りになる。腕の中のパタモンが抗議の声をあげるのにも構わず。大輔くんが慌てて追いかけてくる気配を背中に感じる。間違ってない、多分正解。こういう直感って、ほとんど神がかりみたいなもんで、たいがい当たってる。っていうかボクが冴えてるんじゃない?狭かった道の先、開けた場所にひときわ太い木が数本、眼前に飛び込んでくる。なるほど、見れば赤い実が生っている。どこに居る?必ずここに居る筈だから。揺さぶられて目を回したらしいパタモンが、腕の中から逃れて飛び立つ。ボクはぐるりと辺りを見回した。そして、ボクは一点を凝視してぎょっとした。血が滴り落ちているのかと思ったからだ。 濃い緑の草の上、点々と落ちた赤い木の実。幹に寄りかかった人影が身じろぎした。膝の上から落ちた実が、ボクの足元まで転がってくる。すぐに駆け寄りたいのに、ボクは固まってしまったように動けなかった。だから、声を限りに叫んだ。大輔くんを呼ぶために。 「見つけたよ!!一乗寺、ここにいた!」 やっと探し出した一乗寺くんは、夢でも見てるんじゃないかっていうような顔つきで、ボクを見つめていた。 |