ブリア・サヴァランかく語りき


8



「コレはさ、お前らじゃねーとダメなんだよな〜」
本宮が意外に器用な手つきで、生麺らしきものをおたまで投げ上げて受けとめる。
「ただうまいだけじゃなくてさ、あの味を再現したいわけよ、オレとしては」
なるほどね、あの店でホーリーストーンから染み出た(?)スープを味わったのは僕達だけだ。
「ま、材料なんかわかんねーし、近けりゃいーんだけどさ」
あいよ、と湯気の立った丼が突き出され。
「遠慮はナシだぜ、バシッと批評してくれ!」
「・・頂きます」
スープの批評をしろと言うだけあって、丼の中は見事にスープと麺だけだ。
「どーだ?」
「ちょっと待てよ、熱くて味なんかわからないよ」
「んじゃ、オレがふーふーしてやる」
「やめろ、唾が入る!」
傍らで息を詰めて反応を伺っている本宮に閉口しながら、鼻の頭に汗をかきつつ僕は麺をたぐっていった。

「な、どーだ!?」
「美味しいよ」
「じゃなくて。似てるか?」
正直、僕はあのラーメンの事は父が時折作るインスタントより美味しかった程度にしか憶えていない。更に言うなら、外でラーメンを食べた事もないのだ。本宮の努力の結晶の毒味役としては一番不適格ではないかと思うのだが。

「どーなんだよ〜」
「似てない、と思う」
言ってしまってから悪かったかな、と本宮の顔色を伺うと、案外平気そうなので少しほっとする。
「だよな、まだまだ全然」
「味覚には自信ないんだ、本当に」
言い訳のように付け加える。
「あまり外食ってしないし。家の味に慣れすぎちゃって」
「あー、お前んトコおかーさんそうゆうのちゃんとしてそーだよな」
「ちゃんとっていうか」
「そいや、オレんち結構外で食うかも。かーさんとねーちゃんが雑誌とか見てぎゃーぎゃー言ってて」
「大変だな、本宮も」

残りのスープを啜りながらあの時の味を思い出そうと試みる。あの世界が再構築されて、もうあの店も存在しないのだろうか。だとすれば、本宮の試みは、失われてしまった『僕等の』デジタルワールドを偲ぼうとするものかもしれない。

「何ぼーっとしてんだ?おかわりか?」
「いや、向こうの中華街の事をちょっと」
「あー、肉まんも旨かったよなー」
本宮が自分の分をよそって猛烈なスピードで食べ始めた。
「僕は半分しかありつけなかったけどな」
「あれ?そうだっけか」

そうだ、その肉まんは本宮と京さんの争奪戦に目を奪われていた僕に高石君が差し出してくれたものだった。本当に僕はいつも貰ってばかりだ。

「そういやな、タケル」
「え?」
一瞬考えを読まれたかと鼓動が跳ね上がる。
「あいつもすげー味音痴で」
「・・へえ。意外だ」
「オレがラーメン屋志望ってバレたじゃん?」
「ああ」
麺を啜るのと喋るのを同時にやってのける本宮に今更ながら感心する。
「そいでさ、京やなんかが面白がってさ、ラーメン道でやってたとかってさ、スープの利き味コンテストやろーって。」
「すごいな、京さん」
「いや、よーするにアイツんちの賞味期限寸前のラーメン使っただけだけどな、食いモンで遊ぶなつーて教わんなかったんかよ、京のヤツ」
「それで?」
本宮はチュル、と最後の麺を吸い込んだ。
「それで、も何も、インスタントじゃん。楽勝つーか。意味ねーっつーか。でまぁ、そん時わかった訳、タケルが全然味の区別ついてねえって」
「そうなんだ」
「まー、あれでグルメだったりすっとまたすげー嫌味なんだろーけど」
丼を持ち上げて、最後の一滴まで飲み干して、勢い良くテーブルに置く。
「・・やっぱさぁ、具とかあったほーがいーよな」
「今更言うなよ」
「いやん」
妙なしなを作って体をくねらせると、本宮は丼を流しに運んだ。
「それで?」
「んあ?」
「その・・高石君は」
「ああ、京がさ、そーゆーのTVで見たって。何か足りねんだと。滅茶苦茶な生活してる若い女の子に多いとかで」
丼を洗う水音で発言の後半部分が聞き取れない。
「足りないって」
咄嗟に愛情?等という凡庸且つ失礼な言葉が頭に浮かんで慌てて打ち消す。こんなのは偏見だ。
「当の本人はよ、ケロッとしたもんでさ、『ボクはジャンクの申し子だからね』と来たもんだ」
本宮の物真似は寒気がする程似ていなかった。
「それってまずいんじゃ」
「だろ?まぁオレらもさぁ、見て見ぬフリもアレなんで」
「うん」
本宮は丼を食器乾燥機に突っ込むと、戻ってきて椅子に座った。
「チクったさ、太一さんに」
「八神さんに?」
「ヒカリちゃんがそれとなーくな」
「どうしてお母さんやお兄さんじゃ・・」
「う〜」
本宮は頭を掻いてソッポを向く。
「アイツ、なんてかその。怒りそーじゃん。京でさえ二の足踏んだんだからな。なんかさ、あの童話みてえ、ネズミの嫁入り?」
「・・誰がネコに鈴をつけるか?」
「そう!それそれ」
少々頭痛がしたが、構わず続ける。
「高石君はお兄さんと仲いいんじゃなかったのか」
ああ、気色悪いよな、あの兄弟、と言った本宮の語気が荒かったのは気のせいかな。
「だからな、それとなーくヤマトさんの耳に入るようにだな」
「・・なるほど」
高石君がここまで腫物に触るように扱われているなんて、意外だった。彼はとても上手くやっているように見えるから。
「それからのヤマトさんは素早かったな、さすがに」
「はは」
上手くやってる?まるで何か誤魔化さねばならない事があるみたいじゃないか。
「太一さんにケツ叩かれたってのがよっぽどむかついたみたいだな、ヤマトさん」
「八神さんと、その。ヤマトさんは親友なんだろ?」
「あ?そーだけど?」

どうもこの辺りは僕にはまだ複雑過ぎる。ヤマトさんは僕が知る限りはちょっとおっちょこちょいだけど温厚な人だ。

「でな、とりあえずタケルにはコンビニとファーストフード禁止令が出たらしい」
「あは、あはは」
僕は上手く笑えたんだろうか。本宮が訝しげに目を上げる。
「賢、どした?」
「いや、辛いだろうなと思って」

・・その禁断の食品を昨日一緒に食しました、とはさすがに言えない。

「ヤマトさん、料理得意なんだと。そんでなんだかんだ持ってこーとしたらしいんだけどな」
「・・うん」

どちらかと言えば、これは本宮にとって笑える話の筈だ。だが、頬杖をついたその顔は真剣そのもので。

「そういうのも嫌味じゃねーかって。」
「嫌味?」
「なんでそんなうだうだゆーのかわかんなくてさ、味がわかんねーからって死ぬわけじゃあるまいし」
「そうだよね」
なんだか話が不穏な空気を孕んできたようで、僕は少し居たたまれない気分になる。
「あすこんちさ、おかーさんが何もしてくんねーとかそんなんじゃねんだよ、だから嫌味になっちまうんじゃねーかって」
「ああ、なるほど」

一度だけ訪ねた事がある高石君の家は、取り立ててだらしない等という印象はなく、むしろ逆で。

「太一さん達、結構深刻に考えててさ、つまりその」
本宮は言葉を切って値踏みするように僕に視線を合わせた。
「・・悪りい。なんか変な話になっちまったな」
「悪いだなんてそんな」

察するところ、僕はテストに失敗したらしい。元より受ける資格もなかったという所か。

「大袈裟だよ、味覚音痴ってだけでさ」
必要以上に朗らかに僕は言う。
「だよなー、先輩達タケルには甘過ぎだぜ〜。ヤマトさんはわかっけど、太一さんまでさ〜」
本宮がテーブルに突っ伏す。
「僕だって食物の味なんかわからないけど、別にコンビニやファーストフードばかりなわけじゃないぜ?むしろ高石君がうらやましいよ」
本宮が顔を上げる。例の読めない目をして。僕はどうしてだか全て見透かされているような落ち着かない気分になる。
「バーカ。だから心配なんじゃねーか」
本宮の手が伸びて僕の手を探る。
「もとみ・・」
「ったく、どいつもこいつも」

ため息と共に握った手に力がこもる。高石君は言った、僕達は離れ離れにならないようにいつも互いに手を取り合っているようだと。僕が不安なように本宮もまた不安なのかもしれない。僕が本宮のことをわからないように、本宮も僕のことを。いや、誰だって他人のことなんかわからない。言葉はただその場の雰囲気を撫で回して去っていき、僕達は途方に暮れて手探りに相手に触れ、推測するだけなんだ。

「本宮、僕は大丈夫だよ」
「ん〜」
「手を離してもどこにも飛んでいったりしない。高石君だって」
ぱっと手が離れる。本宮の顔が赤い。
「バーカ。誰があんなヤツの心配なんかすっか」
「食べさせてやりなよ、ラーメン。具もちゃんと入れてね」
「具入りはヒカリちゃんだけ〜」
「京さんと伊織君は?」
「アイツ等は麺だけ!」
「ひどいな」
「あー、もータケルの話なんかやめよーぜ」
「きみが始めたんじゃないか」


本宮は大きく伸びをして立ち上がる。

「外行こーぜ、外」
言うが早いか、足にまとわり付いているサッカーボール。
「気にすんなよ、賢。コイツはオレのパートナーだかんな!」
「はは。青く塗ってやろうか?」
本宮は笑ってボールに足を取られてよろめいた。
「散歩連れてかねーと怒るんだよな〜」
僕も立ち上がって荷物をまとめる。
「お前、カッコいいパンツ穿いてんだなぁ」
「・・はぁ?」

そうだ、洗濯物。

「今度オレもあーゆーの買ってもーらおっと」
「本宮!」
「夕方迄乾かねーだろーし。お前、晩飯までいろよな。かーさんもねーちゃんも楽しみにしてたんだからな」
「本宮、悪いけどその。宿題まだなんだ」
「・・わーったよ」
鼻の下を擦って恨みがましげな顔。
「オレ、これから土日会えねーかもしんねーんだ」
自慢げになってしまうのを隠すためなのか、不機嫌そうにFCのキャプテンになった事を告げる。
「すごいじゃないか、おめでとう!」
「すごいって。お前FCトップになったの何年だよ」
しまった、という顔をする本宮に笑いかける。
「あれはズルだもの。」
僕のパートナーはボールじゃない。例え緑色に塗ったとしても。
「行くんだろ、散歩。何か貸してくれよ、このままじゃ・・」
「おう!」





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