『悪かったな、普通でなくて』

机に向き直って乱暴にカバンに教科書を放り込む。

『へえ、キミ、普通じゃないんだ』
『君だって』
『・・大輔くん?それとも他の誰か?』

僕は言葉に詰まる。黙っていた方が得だと、本能のようなものが教えるから。

『ボクの言いたいこと、わかってるんでしょ』
『わからない』
『ウソ』
『言ってもないことがわかるわけないだろ』
『言わせてどうするのさ、もし・・』

曖昧なまま続く言葉遊びを阻止するために、僕は黙って彼の顔を注視する。その場に座り込んでしまいそうな体を支えるためにだらんと垂れた袖にすがると、思いのほか体重がかかって二人とも倒れそうになる。

『言えよ』

できるだけ高圧的に聞こえるように、それから肩に頭をぐりぐりと押し付ける。

『いちじょ・・』

やんわり押し戻す腕は優しくて、声にも見開かれた目にも揶揄の色はなく、僕は自分が間違っていなかったことを確信する。胸につかえていた甘い塊は全身に及んで、呆れたことに、僕は軽く勃起していた。

『高石』
『うん』

間近で見上げると、そう呼んで欲しいと言っていただけあって、高石タケルはそれは嬉しそうに、勘ぐろうとするのが無意味な程の黄金の笑みを浮かべていた。

『もう、帰ろう』
『えーー』
『えーじゃない』
『じゃ、一緒に帰ろうよ』

我ながら浅ましいことだけど、それがどういう類いの誘いなのか僕は充分承知の上で頷いていた。

そんな風に僕達は始まって、互いの名前は符牒のようになんでもない日常の隙間を飛び交っている。







「どうしたの、ぼーっとしちゃって・・うわっ」

オレンジ色のボールはよく弾む。

「汗臭い」
「仕方ないじゃない、ボール磨きの前はランニングで・・」

高石は僕の襟元に顔を埋める。

「キミはいい匂いだよね」
「そんなわけないだろ、ホコリだらけで」
「あはは、ごめん、こっちにおいでよ」

ホコリをはたきながら誘導されたのは、ぞんざいに積み上げられたマットの上。

「お約束だって思ってるでしょ」
「思ってるのは君だろ」

暗がりでも、高石が無気味なくらいにこにこしているのが見て取れる。

「思ってないよ〜」
「ここだってホコリが・・」
「床よりマシだから」

言っちゃ悪いが、あまりマシなようにも思えない。けれどそんな事本当は問題ではなく。

「キミだって部活やってたら、汗臭くもなるよ」
「それはそうだけど」
「一乗寺が帰宅部でよかったあ」

肩に乗った頭はけして不快ではないのだけど、やっぱり汗の匂いがした。

「まあ、止めるつもりではあったんだ、うちの柔道部なんてさあ」
「柔道部?」
「最初はね、髪型自由なんて言ってるんだけど、入部しちゃったが最後、強制丸刈りで」
「高石、僕は・・」
「でね、まず先輩のシゴキがあるんだよね〜」
「高石」
「それが、意地でも二年になって絶対後輩に味合わせてやるってくらいひどくて」
「たかい・・」

くすぐったくなるくらいの耳もとでこんなバカな話を聞かされる身になって欲しい、いつ僕が柔道部に入るだなんて。

「挨拶がまたすごいんだよ、こんにちはが・・」
「・・高石」

精一杯の不機嫌な声。これで伝わらなかったらどうしてくれようとにらみつけたら、またあの笑顔。

「・・いいとこなのに」
「用件は済ませたから、僕は帰るぞ」
「えーーーー」
「えーじゃない」
「じゃ、一緒に帰ろうよ」

またこのパターンだ、断る理由を思い付けないでいると、駄目押しのように高石は言った。

「それとも、ここでってのがお望み?」









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