「馬鹿か、君は」
「馬鹿ってひどいなあ」

待ってましたとばかりに心底嬉しそうに破顔する彼に、僕は内心吹き出したいのを堪える。彼がどこかおかしいんじゃないかと思う所は多々あるけれど、仮にも「つきあって」いる相手に、こんな風に切り捨てるような物言いをされて喜ぶだなんて、本当にどうかしてる。おおかた僕達の間にあった気まずいものが無くなりつつある証拠だなんて思っているのだろう、慣れれば彼は案外わかりやすい。報酬としての高石式素晴らしきかな嗚呼人生、な笑顔に釣られて、別に減るものでもなしこちらが合わせてやって、あしらっているつもりでいつの間にか、どっちがどっちをコントロールしているのだか。

「せっかくのシチュエーションなのに」
「底の浅い発想するなよ」
「だってえ、こんなとこに用具室だよ?」
「明らかな設計ミス・・やめろよ」

ネクタイの結び目にかかった高石の指を押さえると、不満げに鼻を鳴らして頭に頭を押し付けてくる。

「いいけど、ボクの手、触らない方がいいよ?」
「何だよ、それ」
「マジッ○リン思いきりついてるから」
「は?」

やっぱり本気じゃなかった、少しその気になっていた自分が恥ずかしくて、僕は少し薄れて文字の滲んだゼッケンの所を突き飛ばすように押す。

「なら、さっさと手を洗え」
「大丈夫、ボク皮膚丈夫だもん」

にこにこと悪びれた様子もなく、悪い事などしていないからそれは当たり前なんだが。

「そういう問題じゃ・・」
「一乗寺はすぐ荒れちゃいそうだよね〜」

不審な香料の匂いが強くなって頬に触られそうに、慌てて上体を逸らすと腕を掴んで引き戻される。

「大丈夫、服の上からしか触らないから」
「・・何のつもりなんだ」
「えーーーっと。サッカールール?」
「何だよ、それ」
「手を使っちゃ駄目ってことで。あ、一乗寺はバスケルールね、ボクだけハンデあるのって不平等だから。お互い不馴れな方ってことで」

バスケのルールって何だっただろう、尋ねるのも癪なので黙っていると、手を使わないというルールをあっさり無視してネクタイがシュル、という音をたてる。

「あーー、これ自分で結んだの?失敗じゃない、ココ引っ張ると全部ほどけなきゃ」
「放っとけよ、いいだろ、別に」
「もう、大雑把なんだからあ」

一体誰がどう甘やかしたら中学生になってまでこんな口調になるんだろう、出会った頃はもっとこう、鋭角的な印象で、頬は今よりずっと丸かったけど。

「高石」
「なあに?」

別に解く必要のないネクタイの結び目に集中しているらしい真剣な顔。

「バスケのルールって・・」
「あ、うん」

途端にまた笑顔になったのは首尾良く結び目が解けたからだろうか。

「方向転換以外にボール持って歩いちゃ駄目、だよ」
「ボール?」
「うん、ボクがキミのボールってことで」

一体どういう喩えなんだ、答えあぐねていると真直ぐに目を見つめながら、離さないでね、って、まるで女の子みたいな台詞。それは踏んだり蹴ったり転がしたりして欲しいって事なんだろうか。







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