ストレッサーズ


6




「じゃあ、何なのさ。」
一乗寺はベッドに腰掛けてて、僕達の距離は50cmといったところ。まだ全然遠い。
「もちろん、確約はできないよ、ずっと一緒だなんて。ワームモンとだって、あの世界以外では。」
どうしてワームモンが出てくるんだ、膝の上で絡めたり解いたりしてる細い指、まとめて掴んで引き寄せようとして。
「・・痛っ!」
「高石、大丈夫か?」
・・捻挫した方の足にちょっとだけ体重かかってしまった。
「あは、ヘイキ。」
ぎゅっと抱き締める、柔らかい髪に頬を押しつける。
「話、聞いてないんじゃないのか?」
「え?うん、ちゃんと聞いてるよ。」


ずずって洟を啜って。鼻のあたり敏感になっちゃってて、押しつけた髪の柔らかさがすごく気持ち良くて。やっぱり離れられないよ、例え君が望んでなくても。座ってるとどうしても足に力入っちゃう。よいしょって寝転んで、ついでに一乗寺も引きずり倒す。

「大体君は・・信用できない、さっきまであんなに泣いてて・・」
一乗寺の声が胸の辺りで響いてる。
「信じられない?」
少し汗の匂いがする地肌に鼻を擦り付ける。
「だって、そうだろ、言う事とやる事がいつも。」
髪の流れに沿って唇を降ろしていく。
頬に触れると、身じろぎ。
「一乗寺はどうなのさ。」
見えない頬をそっと辿っていく。
「僕が。何?」
一乗寺の口の動きが伝わってくる。今、ボク等の間の距離は単位は何であれ、ゼロ。それでもやっぱり。
「ボクはちゃんと自分の気持ち、言ったよ?」
「だから。それが信用できな・・」

必然的にというか、流れの都合上というか。一乗寺はそれ以上しゃべれなくなってしまって、ボク等の間の距離は丁度舌の長さ位マイナスになる。君は煽るみたいに弱々しく頭を振って毛先が軽く頬に当たる。しなう背中の窪みに手を当てて、どうしよう、困った。この足じゃ。

「高石っ・・」
「何?」
冷たい滑らかな頬、くっつけてくまなくキスを降らせて、というのもボクの顔は相当ひどい筈、実はこれでも少しは顔にプライドかけてるんだ。
「い、今だって。」
もう息が上がってきてるみたいで、これだから一乗寺は。
「また、期待してしまうじゃないか、あんな。」
「あんな?」
ひどくは暴れられないんだ、なにせこっちは怪我人だから。冷たい指がボクの顔を押し退ける。わざとらしい呻き声、いい加減気が付くよね、こんなのは只の捻挫な訳だし。
「まさかわざと・・」
「違うよ、ちゃんと痛いんだって。」
疑わしそうに一乗寺は黙ってしまって。

はあ、ってため息、抱き寄せて指先を口元に。どこかにキスしてないと不安だから。とりあえずボクはそうなんだ。いまだに甘えっ子が抜けないらしく。

「もう、長い付き合いなんだし。いい加減わかってよ、一乗寺も。」
「何をだよっ」
「君の言う通り、ボクは言ってる事とやってる事と、それから多分。思ってる事が別々で。」
「何だよ、それ。」
「いいから聞いてよ。」

少し滲んだ黒い目がボクを見てる。この際、腫れているだろう自分の顔の事なんか忘れておこう。
「だからさ、信用できないって言うの、すごくわかるよ。」

多分、一乗寺は誰かにずっとキスされてないと不安なんだ。
知っててわざと不安を煽ってた。君がもっと欲しがるように。欲しいものを欲しいって言わないから。言わせたかった。それだけ。

「だからさ、もう。ボクの言動なんかを判断材料にしないでさ。」
ボクが変われないように一乗寺だって変わる訳がないんだ。
「とにかく、まあ、なんて言うか。ボクを信じて。」
我が暮らし楽にならざり?じっと目をみる。
「・・無茶苦茶だ。」
「うん、ボクもそう思うんだけど。」
「納得できない。」
「まあ、そうだろうけど。」
仕方ないんだよ、もう君とは離れられないんだから。妥協も時には必要、君の性格じゃ難しい事だろうけど。


なんでこう、言葉っていい加減なものなんだろう、どっちを信じるかって、ボクなら目の前で甘く溶けてく現象の方を信じたい。それも不可能なんだ、単にどっちもそういう性格だってだけなんだけど。

「だってしょうがないじゃない。それとも一乗寺は。これで全部終わりにしたい?」
息を飲む気配。ボクの方は終わるつもりなんてこれっぽっちも、これは一乗寺賢っていう厄介な車を操縦する数あるギアの切り替えのうちのひとつ。信じるなって言ったのに、「終わり」なんて言葉に早速反応しちゃって。

「高石は。どうなんだ?」
真っ黒な目の吸引力といったら。思わず唇を寄せると、避けられるのを更に追う。
「さっきも言ったけど、ボクがどう思ってるかなんて。」
「ずるい。」
「それも関係ないから。」
見つめ合って、にらめっこじゃないんだけど、一乗寺が先に目を伏せる。
「なんだか。疲れた。」
ぽつんと言って、ボクの胸の辺りに頭をすりつけてくる。鳩尾直撃、ホントに、ずるいのはどっちだよ、叫ぶよ、もう。

「眠い?ここで寝たらいいよ。」
そっと髪をなでてやる。ボクの思ってる事とやる事が一致してたらどうなる事やら。ホント、呑気なんだから。
「高石は?足はどう?痛み止めか何か。」
足の方は大分収まったし、今この場を動きたくない。
「う〜ん。晩ご飯食べてないから、やめておくよ。」
がばっと一乗寺が起き上がって、あちゃー、しまった、余計な事を。
「まずいぞ、それ。何か胃に入れた方が。」
「この時間だしさ。」
「何か、ないかな、レトルトのお粥とか。なんなら、牛乳だけでも。」
・・立ち上がってしまった。

「いかないでよ!」
ドアの前で一乗寺か振り返る。
「行って欲しくない?」
「うん、行かないで。」
「もう、君の言う事なんか聞かないって決めたんだ。」

君がそうしろって言ったんだからな。

髪を翻し、笑顔を残して。ボクはベッドにとり残され、一人で、あはは、まいったな、なんて笑ってみたり。とりあえず、パジャマに着替えようと起き上がる。足を庇いながらダラダラ着替えて、一乗寺の分も用意して、待つ事数分、もしや妙な料理でも拵えて尚且つ爆発なんかさせてるんじゃ、それにしては静かだ、なんて、足を引きずってダイニングに辿り着いてみれば。テーブルに突っ伏して一乗寺が眠っていて、電子レンジが時折ピーピー鳴って終わったから中身を早く出せと催促している。

「うるさいな、今行くってば。」
のろのろ部屋を横切ってレンジの扉を開けてカップを取り出す。

よいしょ、と一乗寺の向かいに座る。ホットミルクとは言い難い代物、いいんだ、ボクは猫舌なんだから。
「起きなよ、一乗寺。風邪引くよ。」
くたんとテーブルに垂れた髪を引っ張る。時計を見たらとんでもない時間で、無理もないんだろうけど。
「一乗寺ってば。」
この足じゃ、運べないんだからさ。揺すってみてもむにゃむにゃ言うだけで、頭腕で囲んじゃって、起きる気配ゼロ。
「襲うよ?」
言うだけ虚しい。テーブル越しに腕を伸ばして頭をはたく。
「一乗寺!」
ようやく顔を上げたと思ったら、うるさいあっち行け、だってさ、ムカツクなあ、もう。決めた。



・・襲ってやる。











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