ストレッサーズ


7




そうと決まれば話は早い。

「もう起きなくていいからね。」

軽く頭を撫でてやって、作戦開始。えっちらおっちら部屋に戻って、タオルケットだの何だの、リビングのソファのクッションひっぺがし、ダイニングの床に並べる。まあ、襲わなくたって、ここで普通に寝ればいいんだけど、この準備でまた足に負担かけちゃって、選手生命危ないかもだし、第一このままじゃ眠れやしない。何も知らず(当たり前だ)眠ってる一乗寺を脇の下から抱えて受け身を取りつつ仰向けに床に転がる。柔道の授業をありがたく思う日が来るなんて、人生わからないよね。

かなりの衝撃で体中ビリビリする。幸いお腹に乗ってる獲物はまだ夢の中で、う〜ん、なんて可愛い声出して横に転がろうとするところをそっと降ろしてやって。もぞもぞとタオルケットを取り込んで、巣みたいにした挙げ句、抱きついて満足そうな吐息。ぽーっとあったかくなってる耳にそっとキス。最後のチャンスだよ、一乗寺。これで起きたら何もしないでおいてあげる、なんてね、椅子から落としても起きなかったんだから起きる訳ないんだけど。片方の手の平で隠れてしまう整った顔、触れるか触れないかの、ふんわり頬を覆う産毛がくすぐったい。なんだか俄然やる気が出てきちゃう。規則的に上下する胸の辺りに耳をつけて、心臓の音。甘い体温感じて、顔に掛かった髪をそっと退けて。

「・・賢、好きだよ。」

なんちゃって、照れるなあっ!どこまでしたら起きるかな。とりあえずキス、軽いヤツ。唇離すと、一乗寺の口がちょっと開いちゃって、前歯が覗いててエロいったら。何度も何度もそっと繰り返す。反応ないのが段々切なくなって来る。まるで、思い余って薬飲ませてどこかに閉じこめて乱暴してるみたいだ、なんて想像したらすごく興奮して来て。

「こんな事してごめん、好きなんだ。」

耳元で囁くとぴくっと目蓋が動く。これってREM睡眠ってやつだよね、今一乗寺は夢を見てるんだ。

「好きだよ。」

シャツのボタン、一つずつ外す。一乗寺は胸が弱いから、起きちゃうかも知れないんでその辺りは避けて、もやもやと肌を覆う体温を舌で味わう。びくんと小さく体が跳ねて、何かを振り払おうとするかのように手が上がる。括っておいた方がよかったかなんて、幾ら何でも起きたら怒られるか、それでなくても。

「・・賢。」

どうせ聞こえてないから滅多に呼ばない下の名前で。宥めるように口付けて、そっと敏感な所を指でなぞる。一乗寺の唇が開く。薄赤い舌が覗いて、触れようとしたら引っ込んでしまった。無理には追わないで、浅く上下する胸の色づいた薄い皮膚をそっと、そしたら一乗寺の手がゆるゆると胸を上ってボクを止めようと、ではなく。
上半身起こしてその世にも奇妙な、まあそんな事もないか、大体一乗寺はココ、好きな訳だし。繊細な指先がそうっと、薄桃色の周りをなぞる。感じようとか達しようとかっていうんじゃない、眠りの中の気紛れな動き。全部台無しになっても無茶苦茶にしてやりたい気持ちを押さえて、なるべく音がしないよう、ベルトを外して。
シャツの裾引っ張り出して、空いてる手を誘導してやる。ジッパー開けて、脱がせるとさすがに起きるよね、下着の上から包むように。小さい子が不安な時に触ってる、そんな動き。顔は無表情なまんま、時折切なげに眉をしかめる。お留守になってる右の胸を舌でお手伝い。ホントにそっと触ってるだけだからさ、こんなので気持ちいいのかなって余計な心配しちゃう、一乗寺って噛まれたりするの好きだしね。

「ねえ、気持ちいい?」

今起きたらすごいだろうな、ボクの目の前で眠りながら自分で、なんてさ。発狂しちゃうかも。それはまずいなあ。

考えてみれば、夢精なんていじらなくてもイけちゃう訳だし。溜まってるんだろうな、そういやボクも昨日三回だっけ、それでもしたくてたまんない。おざなりに動く指の下、触ってみたら熱くなってて、手に手を添えてちょっと強めに、きゅっと体に力が入って、寝返り打とうとするのを押さえ付ける。顎掴んで乱暴にキスして、こっちだって破裂しそう、イって目が覚めてボクがいたら、一乗寺はボクを許さないだろうし。こっちはこの足だからね、一乗寺の協力なしにできないから。乳首齧って、声が上がるまで。喜んで悪者にでも何でもなるよ、君とこうしていられるなら。

すごいな、まだ寝てるよ。目蓋が震えて、今にも開きそうだけど。やんわり自分を握ってる手を退けて、効率よく刺激してやって。頭より先に目覚めちゃったそこは、すぐにぬるぬるになって、すごい、なんていうか。
「やらし・・」
行き場に困ってるらしい指にキスしながら囁いて、不意に見開かれる目、叫び出しそうな口を塞ぐ。びくん、びくん、って手の中で跳ねたのにそのまま動かし続けて、抗議の声に泣きが入るまで。悪者になるんなら、徹底しなきゃ、なんてね。

「な・・っ」
咳き込みながら体を起こして、喉を押さえてすっごい目でボクを睨んでる。好きなんだ、この目も。
「すごいね、イくまで起きなかった。」
何がすごいんだか、無理な体勢ばっかで疲れたんで、腹ばいになって頬杖ついて一乗寺の顔を見上げる。
「信じられない・・」
呆然と呟いて、うん、恥ずかしいだろうけど。ホントはコレ、半分は自分でやったなんて言えないか。言えないな。言わないでおいてあげる、その代わり何かご褒美が欲しいよね、なんて無理か。
「高石、これは一体何のつもりなんだ?」
「えっち、って言うか。前戯、かな。」
一乗寺は額に手を当てて息を吐くと、蹲ってしまった。
「一乗寺?」
ずり下げたズボンがひっかかったままの膝に手を掛けて揺さぶる。 「高石・・」 「何?気持ち良くなかった?やっぱ眠ったままだと・・」
「そういう問題じゃないっ!」
膝をかかえてる腕に乗った黒い髪が細い束になって、一乗寺の頭の動きに合わせて揺れる。洗ってやりたいな、なんてさ、下半身なんか髪どころじゃない、それこそベタベタで。
「高石。君は本当に・・どうしようもない子供だよっ!」
お風呂に入るにはやっぱり協力して貰わないと、ホントはできるんだけどなんて考えてたボクは。
「・・へ?」
間抜けな声を出すしかなく。
「いいか?こんな事言いたくないけど、だいたい君は。」
「うん、ボクが何?」
これ以上機嫌損ねるのは、得策とは言えない。取り敢えず一乗寺の話に耳を傾ける事にする。
「人の話は聞かないし、ヘイキで嘘はつく。立場が強いと高圧的て、少しでもまずくなれば同情を引くための芝居までする。バレてないと思ってたのかもしれないけど、いい加減、わかるようになったんだからな!」
一気に言って、ボクを睨み付ける。誰が子供だって?それって昔ボクが一乗寺に言った台詞、今頃仇でもとってるつもり?さっきだって、ボクは手伝ってやっただけじゃないか。それに、捻挫したのはわざとじゃない。死にやしないんだから放っておけばよかったんだ。

「少しは大人になったらどうなんだ、全く」
言い終えてまたため息を吐く。
「結構大人な部分もあるんだけどなあ、これでも」
「言わなくていいっ」
「一乗寺、気持ち悪いでしょ?お風呂入った方がいいよ?」

あは、頭の中に豆電球?こんなにくるくる分かりやすく表情が変わる君に言われたくないね、大人になれなんてさ。じゃ、悪いけど、って立ち上がろうとするとこに甘え声で、こんな子供の面倒見る方が悪い。どっちも二回も選ばれた生粋の子供なんだし。



バスマットってこの為に発明されたのかも、なんてさ、石鹸でぬるぬるの膝でなんとか体支えて、ボクの上で震えてる一乗寺を眺める。やっぱり疲れてるらしくて、受け入れてるだけで精一杯、閉じた睫毛も苦しげに寄せた眉も、半開きの唇の中央のつまみ上がったような所も、ひっきりなしに雫を湛えては落として、水蒸気ばかり吸い込む喉が時折しゃくり上げるような音を立てて仰のけられる。体が暖められて、治まっていた足の痛みが快感のカウンターになっちゃって、すぐ済むから、なんて言ったボクは、またしても嘘つきなヤツになってしまってる。

「きもち、い?」
あんまり一乗寺が黙ってるもんだからまた寝ちゃった?なんて、まさかね、頭を上下に、それから思い出したように、もどかしく腰が揺れて。なんとか体起こして抱きかかえる。濡れて滑る唇を捕まえる。湯気と一乗寺に包まれて、ぼーっとなりそうなとこにズキッと来て、これって一種のSMかなあ、なんて。

「ね、どっか掴まってもうちょっとちゃんと動いてよ」

うっすらと目が開いて、そろそろと回転を始めるもんだから、一気にがーってきちゃって、もう足なんかどーでもいいやって、尖った腰骨のとこ掴んで、腹筋だけで打ち付ける。


欲情が去った後、痛みだけがリアルだ。なんでこんな事しちゃったんだろう。余計痛くなるだけなのに。置いていかれた子供みたいにずぶ濡れで、萎えてく性器の上なんかに座ってる一乗寺はホントに可哀相だ。物足りなさそうにもぞもぞとお尻が動いて、そのはずみで抜けちゃって、マヌケさ倍増。フォローもできずに冷えてく死体でも見るような目つきに耐えられなくて、まだ強ばってる体を引き倒す。
「ありがと、一乗寺。」
こんなのは、君が傷つく言い方だって分かってるんだけど。黙ってお腹に押しつけてくるのにそっと触れて。

泡まみれのつるつる滑る体が押しつけられて短い吐息がイきそうだって事訴えてるみたい。ゆっくり、ご期待には沿えないだろうけど、二人の間で震えて熱くなってる性器から手を離す。イヤだ、って聞こえたような気がして、ボクは冷たいびしょ濡れの髪に口付ける。
「今イっちゃったら君、ここで寝ちゃうでしょ?」
一乗寺が頭を振ったもんだから、髪の先が鞭みたいにぴしっと頬に当たる。
「いったあ・・」
あは、今度は掴み損ねちゃった。尚も腰を擦り付けて来るんで、困ったなあ、ふらふらなのに、やっぱイきたいですか、そりゃそうか。
「ホント、ヤらしいんだから。」
まあ今回はボクのせいでもあるしね。
「しょうがないなあ。」
ボクは片手で一乗寺を抱いたまま、片手を頭の上に伸ばす。しばらく探って、プラスチックの柄のボディブラシを掴んで、太さを確かめる。石鹸の泡を塗り付けて、一乗寺にまわした手を背中に沿ってすべらせて。
「気持ち良くしてあげるから、おしりこっちに向けて?」
「何?」
一乗寺の目が揺れる。ボクは自分の思いつきにわくわくしてしまって、いいから♪って、腰のあたりを掴んで無理矢理姿勢を変えさせようと。僅かな抵抗の後、観念したのか面倒なのか、一乗寺はゆっくり四つんばいになって、位置を変えようと床に目を遣って。
「・・高石、それ・・。」
あは、みつかっちゃった?
「だって、一乗寺だってイきたいんでしょ?これだったら一杯動かせるし、手の力だけで済むしさあ。」
言い訳なんだか開き直りなんだか、一乗寺はボクの手の中のそれとボクの顔とを交互に見て、しんじられない、と口の中で呟いた。
「お〜い?」
ボクは固まってる一乗寺の目の前で掌を上下させる。
「なるほど、その手が。」
「うん。・・え?」
「なら、もう、高石を煩わせなくていい訳だ。」
「いちじょ・・」
一乗寺の手がボディブラシに伸びる。
「だ・・ダメッ!」
慌てて頭の上に持ち上げる。しばらく睨み合って、ああ、もう何なんだよ。

「貸せよ。」
「ヤだ。」
「高石が言い出したんだろ。」
落ち着き払った声音で一乗寺が言う。
「もー気が変わったのっ!」
ひっそり一乗寺がため息をつく。ずりずりいざって行って、冷たい肩に腕を回す。
「捻挫してる癖に変な事するからだ。」
「ごめん、一乗寺。」
「自業自得だ。」
「ね、ホントにボクなんかいらない?」
肩口に鼻をすりつける。そういや同情を引くための芝居とかなんとか言われたっけ。お見通しか、ま、いいけど。
「・・だったらラクでいいのに。」
一乗寺がぽつんと言って、ボクはぎゅっと一乗寺を抱き締めて。
「・・っくしッ!」
「クシュン!」
二人で同時にクシャミした。




濡れた頭のまま、バスタオルにくるまって、ダイニングでとっちらかってるパジャマやらタオルケットやら。大荷物を運び込んでぐっちゃぐちゃのベッドの上、半分以上一乗寺は眠ってしまっていて。
「一乗寺、パジャマ着なよ。」
「う〜。」
やっぱハダカはまずいよ、足がこんなでなけりゃ、大歓迎だけどさ。のろのろとされるがままにパジャマに腕を通してる一乗寺に、お疲れ、ってキス。
「・・疲れた、ホントに。なのに、何も変わってない気がする。」
パジャマのボタン、ずらして二、三個ひっかけて、ずるずるとタオルケットの山に崩れていきながら君が呟く。
「そんな事ないよ、変わったよ、ボク達。」
ちゃっちゃとパジャマ着て、一乗寺の髪を拭いてやる。窓からの薄ぼんやりした明かりを一杯に湛えてる大好きな黒い髪。
「・・ハッ。」
ひどいなあ、鼻で笑う?普通?
「大人になったよ、うん。」
やけに自信たっぷりなボクに一乗寺が懐疑的にならない筈もなく。
「それだけは有り得ないな。」
「大人になったんだってば。」
「例えば?一日分トシを取ったなんてなしだぜ?」
タオルケットの中、くぐもって聞こえる眠そうな声。
「例えば。一乗寺はボク以外のヤツとはデートしない。ダブルデートだったら、ボクを連れて行く事。」
「あれは本宮が、そう呼んでるだけだ。」
「それでも駄目。」
「いいけど。それの何処が大人なんだ?」
ボクは一乗寺の自由を制限しようとしてるって言うのに。眠いってすごい。
「だって、カミングアウトだよ?これってすごく大人な事じゃない?」
「・・そうだろうか・・」
「自分のやる事に責任持つっていうか。大変だよ。」
言ってて気分が高揚してきちゃって、ボクは一乗寺の髪をぐちゃぐちゃにしたり、三つ編みにしたり。
「別に全世界に公表する事ないけどさ、取り敢えず仲間内?大輔くんから広まるなんて最ッ低だしね、皆冷やかすだろーな、お兄ちゃんなんか泣いちゃうね。でも、そんなの問題じゃ・・一乗寺?聞いてるの?」
返事なし。頭に頭をくっつけるとすーすー寝息が伝わってくる。
「ちゃんとわかった?ボクの言った事。どこまで聞いてた?」
四本目の細い三つ編み。この調子で行くと、全部編んでしまいそう、絶対怒られる。でも、それだからこそやりたくなっちゃう。どういう訳だか、一乗寺はそれでもいいんだ。あ、よくないか。だって怒るんだもんね。お休み、って言ってそっとキスしてから、ボクはしばらく孤独な作業に熱中して、ようやく眠りについたのは、夜も明けようかという頃。泥のように眠って眠って、目が覚めたのは昼過ぎで。














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