もう全て終わりだった
だって私の態度は最悪だったし、
連絡もこない所からして
やはりかかしは本気じゃなかったようだ

盛夏、地元でクラブ活動があった。
時々出入りしていたので
クラブの方と顔見知り程度には
なっていた。

8月15日、
少し大きな催しを行うため
オーディエンスの飛び入り参加を
募集していたのでDJ志望の友達と
参加することになってしまった。

しまった、というのは他でもない
私はサブvo.だったからだ
元々人前に出るのは得意じゃないし
即興で上手いことなんてやれない。
友達に押し切られる形で
必死に練習したけど
本当に不安だった。

でも今回はゲストとして
東京から実力派のmcが来るというので
友達のチャンスの手助けをしたかった

14日に大量の機材やスピーカーが
運び込まれるのを見た。
もうやるしかない。

15日、夜11時
いつものようにハコ入りして
わずかばかりの力にしようと
酒を煽った。苦しかった

会場はざわつき
いつもの倍のキャパで人が集まっている。
皆ビールを手にはじけまわり
早いくらいにハイテンションの挨拶

やばい、絶対無理だ。
今になって立ちすくむ程の恐怖に見舞われる
嫌だ嫌だ嫌だ、心でブツブツ唱えていると
途端にワッと大歓声が響いて体が波打った。
ビクっとして前を向いた

mcがステージに現れたのだ
彼はツタといい、坊主で
いかついけど人のよさそうな
感じだった。
のっけからビール片手に
前列の客と握手を交わす

 
照明は暗転明転を繰り返し
目の前がちらつく。 
アルコールの影響もあるんだろうか

ツタが流暢なmcぶりで
次のゲストを呼んでいる
ふいにライトが上がった瞬間
ツタに続いて誰かが出てきた




        かかし!



のどまで言葉が飛び上がってきた

かかし、また痩せた。
切なさで胸が
面積を無くしたように苦しくなる

かかしは出てくるなり自分が王様という感じで
体を乗りだし、客の声を集中させる
私のよく知っている声が頭に響き渡る

でももう声を掛ける事も
掛けられる事もないだろう。
三度目の偶然を感謝しながらも
気分はどんぞこだった

吐き気もする

かかしはいつもの
メンバーと
一緒じゃなかったけど
曲が始まると彼だけの
独特な音楽世界が繰り広げられた
すごい
彼はこの世の中で
最も客の心を捉える事が
できるんじゃないか

この空間に居る限り
そう思わざるを得なかった




その後ステージは最高潮を迎え、
いよいよ飛び入りを
呼ぶ時間が来た。
もう頭に歌詞はほとんど浮かばない
隣を見ると友達も舞い上がってしまっている
私達はステージへ呼び出された
いや処刑台の間違いかも知れない



一変に照明が暗くなり
人々の嬌声だけが響く。
明るくなった時 かかしは私に気付くだろうか
どんな顔で私を見る?再び吐き気を催す
情けない 私は臆病で頼りない
好きの一言も言えない


ライトが私達を照らした時
私の顔は意志に反して
かかしの方を向いてしまった
目をつぶりたい・・助けて


5m先にかかしの 靴が見えた
次に黒いズボンが見えて
少しずつ見上げる
1秒の間に
どれだけの密度があるのか分からない程
時がゆっくりだ
白いTシャツと
そして




かかしは こっちを見ていた



私の顔をまっすぐ 見ていた

想像していたどの顔でもなく
あの時と同じように
目いっぱいに笑みをためて

がんばれってことなの?
私を許しているの?
それともどうでもいいことなの?

2秒間に沢山の質問を頭にため込んだ
音楽は待ってくれない
鳴り出した キュっキュと
今は歌う それしかない

だが曲の序盤、
友達のテーブルさばきは
緊張のせいかいつもと違う
顔には玉の汗が吹き出している
こする手に微妙な震えを見た気がした
いつもは冷静な彼だけに
私は悔しく思えた
どうか成功して欲しい

そこへツタが寄ってきて
声をかぶせる
そのしっかりとした強い歌声のお陰で
何とか落ち着きを取り戻したようだ
ほっと息を飲む
ツタの顔色も上々だ きっと気に入られる


そんな事を考える暇はないことに
気付き我に返る。
次は私だ
サブとはいえ手は抜けない。
吐き気を振り払い 耐えて歌う
なのに声がかすれている
何度も練習した簡単なフレーズなのに
鎖につながれたように
喉にひっかかりがある。
とりあえずはサポートできればいい
私は、私の精一杯をできれば・・

ところが今度はツタが私に寄ってきて
声を強要した
気後れする私を横目に
強いリードでひっぱり指さしてくるので
尚のこと声が途切れる
もうダメかも知れないいっそ倒れようか・・





「大丈夫」

サイドに寄ってきたかかしが
小声でそう言った。
それから私の代わりに
重圧感はあるが高く通る声を放つ



こんな至近距離で
かかしを見たのは初めてだ。
彼はすでに耳元から首筋を
大量の汗でしめらせ
ライトが当たらない側から
見てもよく分かった。
相変わらず
目の下のくぼみが深い。
この距離で見ると
まつげが長くて
ものすごく切れ長な瞳だと分かる

ステージから眺めると
客の顔は最前列くらいしか
見えないけど、
彼は一人一人に語りかけるように
呼応を求めていく


完璧とも言えるフロウが響く


かかしが掛け声と共に
手を大きくかかげ、客を煽った

振り下ろす時に
客側から見えない角度で
髪に触れられた気がした。






今日はよかった、最高
ツタが汗を心地良さそうに頭で光らせて言った
私達の出番がやっと終わった
完全燃焼とはこのことだろう吐き気も失せてしまった
こんな非現実的空間に居られた事に
満足と快感を覚えたのは確かだ

だけど依然、かかしの方は見れずにいた


照明が薄暗くなると
かかしは何もなかったように
私の側を離れ元の位置へ帰ろうとしていた
さっきのは酒による幻覚、幻聴だったのかも知れない
それともプロとしては見ていられなかったんだろうか
情けない
こんな私はかかしを好きでいてもしようがない。


ツタが私達にエールを送ると
完全に照明が落ちた。
暗い。友達の所へ歩み寄ろうにも何も見えない。
とりあえずステージのすそを目指して
客席へ戻ろう、そう思った瞬間



ぐっと腕を掴まれたと思うと
人間の息のような温かさで顔が包まれた
そして次にはもっとつよい 温かさが
頬と唇の間の曖昧な部分に触れた。

驚いて声を出そうとすると
「あ、失敗した ハハ」
他の誰でもない、かかしの声がした


終わったら待ってて。
そう言い残し、かかしは脱兎のように
元の位置へ飛んで帰ったようだった。
照明がまぶしくなった時には
それは2人だけの秘密になっていた














つづく
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