「くそっ!こっちの襲撃はバレバレだぜ。こうなったら一気に強襲するっ!」
バティックが先陣を切ってエル・ロークに攻め込んでいく。他のミストも後に続いた。
「あっ!貴様はこの前のっ!」
バティック達を迎撃するB級ミスト隊の中で、一体のミストがバティックめがけて何か叫びながら襲ってくる。
「貴様っ!ノコノコとこんな所までっ!」
「だっ、誰だお前!?」
相手の剣を受け止めながら、バティックは困惑したように声を上げる。
「忘れたとは言わせん!この前、酒場で貴様からミストを奪われた、ジェイラム・ジェイムデーだ。
貴様のおかげで俺は、赤薔薇騎士団筆頭の地位をサナ・ウェレスに奪われ、こうしてB級ミストランナーの一般兵に成り下がってしまった。こうなったら貴様を倒し、俺のミストを取り戻す!」
「詳しいことはわからんが、お前が『デルタ』の前の着装者だってのはよくわかった。残念だが、お前にコイツを返す気はない。」
バティックはジェイラムの突進をはじき返すと、大剣を振り回す。その一撃が、ジェイラムのミストの腕を楯ごとふっとばす。
「おのれっ!やはりB級では勝てんか。だが、次こそは!」
墜落ちていくミストから、彼の声がこだまする。
「ふぅ・・・。」
一息ついたバティックは、大剣を鞘に仕舞い、周りを見る。既にミスト同士の戦いが、至る所で始まっている。
「ミストブレイカーズの奴らはどうしてるんだ?もう侵入しててもいいころだが・・・。」
「くっ、また始まりやがった!」
月夜に響く銃声と、衝撃音でやっと寝ついた子供達が再び泣き始める。そんな子供たちを寝つかせながら、・シン・ウィンダート・は神殿の表へと足を踏み出す。背中では、まだ寝つけない赤子がわんわんと泣いている。
また、外では一体のミストがミストガンの直撃を受けて爆発し、その赤ん坊の鳴き声をもっと激しくさせていた。
エル・ロークには逃げ遅れた子供や、老人がまだ神殿の中に取り残されている。直接的な危害は加えられないものの、ほぼ閉じ込められた状態で、不安感だけが増している。そんな彼らを守るため、励ますために、そして病人達を救うため(彼は武術家にして医者でもあるのだ)、シンは自らここに残ったのである。
彼は円形のペンダントをぎゅっと握る。そんなシンに一体のミストが襲いかかってくる。
「しまった!」
咄嗟に避けようとした彼だったが、背中に赤ん坊がいるため、激しい動きができないでいた。
が、そのミストは一筋の光と共に真っ二つとなる。
「・・・ふん・・・また下らねえもんを斬っちまったぜ・・・。」
ミスト爆発の炎に照らされて、その男の姿が浮かぶ。黒づくめの服に、全身傷だらけの身体。右目は既に失明しているらしく、大きな傷痕があるだけだ。
「すまない、助かった・・・。」
「一般人がこんな時にノコノコ外に出るのは自殺行為だぜ。」
その片目の男は、自分の長刀を鞘に仕舞うと憮然にそう答える。
「じゃあ、あんたは一般人じゃないのか?」
「ああ、そうだ・・・。」
その男は、シンの前でさっきの長刀をもう一度引き抜く。
「俺の名は・ラゼン・ライエン・。今はミストブレイカーズと呼ばれている。そしてこれが俺のミストブレイカー『斬鉄剣』(ザンテツケン)。」
「ミストブレイカーズ・・・他にもいたのか・・・。」
「ん?どうした?」
「いや、何でもない。」
「お前は早くその赤子と一緒に神殿へ戻れ。」
「あんたはどうするんだ?」
「俺は、奴らを叩く!許せねえんだ、罪もない人達の命をこうもたやすく奪う奴らのやり方が!」
ラゼンはそう答えると、敵の中枢、ドラゴン・エンジンへと駆けだしていた。
「頼もしい奴だな。待っていろ、俺もすぐ助太刀に向かうから。」
やっと泣き止んだ背中の赤ん坊を、シンは神殿に寝かしつけると、彼は再び神殿を飛び出し、闇に消えていった。
「はぁぁぁっ!たぁっ!!」
ブロウは思い切りミストブレイカーを振る。
その一撃で、また一体のミストが爆発する。これで三体目。だが、そこから戦闘状態は硬直していた。なぜなら彼女たちの前に、威圧的な青いミストが立ちふさがったからである。
強い。今までのB級とは違うA級ミストである。そのミストは周りを囲むB級の一般兵を彼の後ろに下げさせる。
「お前達では無理だ。ここは私に任せ、皆はミシュラ様の護衛にまわれ。」
彼の一声で、他のミスト達がここから離れていく。
「余裕だわね。・・・。あなた一人で私に勝てると思っているのだから・・・。」
「フフ・・・伝説のミストブレイカーズ、一度手合わせしてみたかった。」
「うるさいっ!」
ブロウの一撃は、しかし青いミストの剣に軽く弾かれる。
「ぐっ・・・。」
倒れ込んだ彼女の鼻先に、青いミストの剣が突きつけられる。
「甘いな・・・。まだミストブレイカーの力を十分に引き出していないと見える。それではS級はおろか、A級でさえも倒せない・・・。」
が、そんな青いミストの肩を光の矢が貫く。
「なにっ!?」
そこには弓矢「ストーム・バインド」を引くリーベライの姿があった。
「えいっ!えいっ!」
続けざまに矢を放つリーベライ。ビーム状の矢が次々と青いミストを襲う。
「くっ、まだ仲間がいたとは・・・。」
紙一重で彼女の矢をかわした青いミストに、一体のミストが近づく。
「ガイトラッシュ様、ミシュラ様が敵の攻撃を受けています。至急護衛にまわれとのことです。」
「なんと、既にそこまで攻め込まれているとは・・・。わかった、いますぐ行こう。」
彼は一度だけブロウ達を見ると、すぐさま羽を広げ、上空へと舞い上がっていった。
「助かった・・・のかな。確かガイトラッシュとか呼ばれてたけど、もう会いたくないなぁ、強そうだし・・・っていったーいっ!」
感慨深くしゃべるリーベライの後ろどたまを、思い切りひっぱたくブロウ。
「もう、最初からミストブレイカーズだったんなら、そう言いなさいよ。」
「えー、でもボク一回もそんなこと聞かれてなかったし・・・あー、ごめんなさいっ!」
いきなりブロウに両肩をつかまれたリーベライは、頭をぶんぶん振って謝る。
「ううん、ありがとう。おかげで助かったわ。」
ブロウは彼女の額にそっとキスをする。困惑するリーベライに、彼女は優しく言葉をかける。
「さ、急ぎましょ。他の人達ももうドラゴン・エンジンに接触しているらしいし・・・ね。」
そのドラゴン・エンジンの周りでは、特に激しい攻防戦が始まっていた。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
アーウィンが「メガブレイド」と共に、ドラゴン・エンジンに突進していく。
その彼に集中するように、ワプス達が攻撃を開始する。
「任せてくださいっ!」
ルクスのミストブレイカー「ライア」の弓から、光の矢が発射され、ワプス達を次々と墜落としていく。人殺しが嫌いなルクスは、こうしてみんなを支援にまわったのである。
「させるかっ!」
ルクスの前に、黒と銀のミストが現れる。黒い翼、不気味な姿。それは正に「堕天使」を連想させた。
「まずはお前から叩く方が正攻法だな。」
ドラゴン・エンジンの警護にあたっていたこの黒銀のミストは、アーウィンよりも、ルクスの方に攻撃の狙いを定めていた。彼の剣がルクスを襲う。
「うわっ!」
思わず目をつぶるルクス。だが、ガキーンという音がしただけで、彼自身痛くもかゆくもない。恐る恐る目を開く彼の前には、ブレイクの背中があった。彼の棍「疾風のディルヴィッシュ」が黒銀のミストの剣を受け止めているのだ。
「よっし、今のうちっ!」
剣を受け止められ、動きの止まったミストに向かって、シャインの巨大な十字手裏剣「ディーク・ディーク」が襲いかかる。
「おのれっ!」
黒銀のミストは素早く上空に逃れ、シャインの手裏剣をかわす。
「戦う相手の順番が、変わってしまったな。」
黒銀のミストは、キッと剣先をシャインに向ける。
「おもしれぇ。俺は孤児や子供がいること承知で、ミストを送り込んだあんたらが大っ嫌いなんだ。ぶちのめしてやるぜ!」
手元に戻ってきたディーク・ディークを構え、シャインは大声でそう叫んだ。
大神殿の最上階、副神官長アズマイラ・ミラージュの部屋である。ここには強力な結界が展開しており、エル・ロークを攻略したミシュラにしてみても、この結界を破れず、攻めあぐねていた。
だが、コツコツコツ・・・と、その部屋に近づくひとつの足音があった。
「どなたです・・・?」
部屋の中央でひとり、祈りを捧げるアズマイラは、表情も変えずに部屋の入り口に立つ青年を見つめる。
「副神官長殿、一緒に来て頂けませんか?・・・大神殿へ・・・。」
彼の腕の中では、一人の赤ん坊が泣きじゃくっていた。
「なぜ結界を抜けてここまで・・・?」
「名前も名乗らず失礼いたしました。私の名はレオンハルト・ミュンツァー。菫公テフェリー様の部下です。」
「なるほど、テフェリーの・・・。あの者は確か『対抗呪文』『魔力消沈』『呪文破』などの使い手。結界を破ることは造作もないか・・・。で、その赤ん坊をどうするつもりですか?」
「どうするつもりもありませんよ。偽善者の貴公が、この子を見殺しにすることなどできないはずですから。」
「なるほど・・それはなかなか考えられた作戦ですね。」
「はっ!?」
突如レオンハルトの後ろから、女性の声が聞こえた。振り向こうとした途端、レオンハルトは彼女の杖に吹き飛ばされる。
そこには空色の髪をした女性が、笑顔でたたずんでいた。
隠密行動の得意なレオンハルトでさえ、彼女の存在に気づかなかった。更に、彼女から計り知れない魔力が発せられていることは、魔術を嗜まない人間でさえも素肌に感じるほどであろう。
「ごめんなさい、わたしはどうも魔法制御が苦手でね。手加減が出来そうもないのですよ。それでもやりますか?」
彼女の腕の中にはいつの間にか、レオンハルトが人質として取っていた赤ん坊の姿があった。
「まさか・・・私は何の準備も無しに化け物二匹と戦う程、愚かではありませんよ。」
「化け物とはひどいですねぇ。」
彼女はそれでも笑顔を崩さず、その場から立ち去るレオンハルトを見つめていた。
レオンハルトの姿が見えなくなると、ふと、彼女はアズマイラの方に顔を向ける。
「アズ、大丈夫だった?」
「久しぶりですね、セシア・フェリアム。こんな辺境に何のようですか?」
「分かっているくせに。わたしの杖『風幻の杖』が再び光を発しだしたのよ。つまり、再びミストが活動を開始した・・・。」
「で、わざわざ助太刀に来たと。やめなさい。若いミストブレイカーズに混ざって、あなたみたいなお婆さんが出てったって、けむたがれるだけですよ。」
「アズだってお婆さんでしょうが。ま、わたしだって手助けはするけど、自分で直接戦う気はないわ。でも、今いるドラゴン・エンジンがあのドラゴン・エンジンだとしたら・・・。」
「『ネビニラルの円盤』・・・ね。その可能性は十分にあるわ。下手をすれば、この街ごと消滅してしまう・・・。」
彼女たちは不安そうに、窓から激しい戦いを眺めていた。
「あれが、ドラゴン・エンジンか・・・。」
セラ・パラディンからグレイが感慨深げにそうつぶやく。横にはシュウスイの御旗楯無が並んで飛行している。ミスト隊も何とか敵の防衛線を突破し、敵の中枢までたどり着いたのである。
「グレイ殿!後ろでござる!」
「なにっ!?」
突然の光弾がセラ・パラディンを襲う。かろうじてかわしたのも束の間、銀色で細身、女性的なフォルムのミストが、剣を抜いて迫ってくる。
「あなたがリーダーでしょう!あなたを倒せば・・・レィリィが助かる・・・。」
女性の声だ。グレイは彼女の剣を受け止めながらも、その剣に敵意も憎しみも込められていないことに気がついた。
「やめろ!俺はあんたとは戦いたくないっ!あんただって、心から戦いたくないと思っているはずだ!」
「うるさいっ!何も知らないくせに・・・。」
彼女は執拗に突撃を繰り返す。
「グレイ殿!」
助けに入ろうとしたシュウスイだが、その前に一人の男が割り込む。
「お前の相手はこの俺だ。少しは楽しませてくれるだろうな。今までのは歯ごたえさえない。」
漆黒の鎌を持つ男は、無表情で鎌を構える。彼の通ったあとには、何体ものアル・ローク側B級ミストの残骸が、無残に氾濫していた。
「おのれっ!」
シュウスイがミストソードを抜く。普通のミストソードとは違う細身で片刃の剣だ。
月の光に反射して、鎌と刀、二つの武器が交差する。激しい金属のぶつかる音が、何回も何回も、鳴り響いていた。
「もう少し、もう少しでドラゴン・エンジンと戦えるのに・・・。」
ミラはくっと歯噛みする。なぜなら彼女の目の前に、鳥のようなミストが立ちはだかったからである。不気味だ。普通、ミストは人型が標準なのだが、このミストには腕も顔らしいものもない。どう見ても接近戦は苦手そうである。逆に機動力はありそうだ。
「だったら接近戦に持ち込むだけ。基本的にボクのターヒールは格闘用だし、機動力だって負けていない。」
ミラは両手にミストソードを持つ。彼女のミストは二刀流なのである。その代わり、ミストガンは持っていない。
鳥型のミストに突っ込むミラだが、彼女の目の前で信じられないことが起きた。
「フッ、この『ラジク・マーログ』が鳥型ミストだと思っていたのか?」
「なっ!変形した!?」
それは突然人型に変形し、片手にミストソード、もう一方にミストソードより強力な、魔力を帯びた剣、マジックサーベルを持っている。この変形ミストのランナーも、ミラと同じく二刀流なのだ。
「くっ、早いっ!」
ターヒールも機動力にすぐれたミストだが、向こうのミストも残像を残すくらいに早い。どうやら同じコンセプトで作られたミスト同士らしい。
と、なると、純粋に武器の性能、着装者の能力によって勝敗は決まってくる。
「うわっ!」
確実にミラは押されていた。長さ、切れ味、魔力、どれをとってもマジックサーベルはミストソードの上をいっていた。
「消えなさい・・・ダークスラッシュっ!」
男はそう叫んで、超高速で突っ込んでくる。彼女の力では、ほとんど回避不能である。ミラは一瞬死を意識した・・・が、脳裏に両親の顔が浮かび上がる。
「嫌だっ!ボクはまだ、やらなきゃいけないことがあるんだーっ!」
その言葉に呼応して、ターヒールの全身からオーラが発せられる。そしてそれは、両手の剣に凝縮された。
「うぉぉぉぉっ!」
「何っ!?」
ガシィィィッ!!
激しい衝突音が響きわたる。男の剣はターヒールの肩を貫いていたが、ミラの剣もまた、そのミストの肩を切り裂いていた。
「まさか私のダークスラッシュを、相討ちにまで持ち込むミストがいたとはな。この勝負、引き分けとしておこう。
男はそう言って、戦線を離脱する。
「これがターヒールの本当の力なの・・・。」
ミラはフラフラになりながらも、何とかターヒールを地上に着地させた。全身から力が抜けていく。さっきの技のせいであろうか。
「でも・・・この力があれば・・・両親の仇が討てる・・・。」