「アセンズ、『スピラ・ミラビリス劇場』の歌曲だね。確か題名は『スキ・ピオの夢』・・・。」
満月が門前都市アル・ロークを明るく照らす夜、グレイ・グロリアスが街外れの丘で一人、歌っていた女性に声をかけた。
「そう・・・。良く知っていたわね。」
その女性、・ブロウィン・ウインド・はグレイの声に歌を止め、ゆっくりと振り返る。
「一応、有名に歌だからな。」
「私ね、本当は歌手になりたかったの。親が神官だったから、無理な夢だったのだけれど。」
「綺麗な声じゃん。今すぐにでもなれるさ。」
「無理よ・・・。神官戦士の仕事があるし、今度はミストブレイカーズとしての責任もあるわ。」
彼女はそう答えを返すと、グレイの横を抜けて、宿の方へと戻っていった。彼女の後ろ姿を見ながら、グレイはポツリとつぶやく。
「やれやれ、もっと肩の力を抜いていいのになぁ。仲間はいっぱいいるのにさ。」
神聖都市エル・ローク、「太陽の始まりの地」とも称されるこの都市は今“龍胆公”ミシュラ・レン率いる龍胆騎士団によって制圧されていた。
彼らの操る「ミスト」という巨大な甲冑に、人々は為す術もなく、ここ、門前都市アル・ロークに避難している。
だが、エル・ロークにはまだ逃げ遅れた神官たちや、身体の不自由な者、幼き子供達が残されているのだ。そして、副神官長アズマイラ・ミラージュも・・・。
アル・ロークには今、そんな彼らを救い出すため、そしてエル・ロークを奪回するために、勇気ある戦士たちが集まっていた。
「やはり、ミストの数が足りないでござるな。」
アル・ロークの広場では、夜通しでミストの発掘が行われていた。向こうがミストを使ってきた以上、対抗手段としてこちらもミストの数を揃える必要があるのだ。しかも早急に。
「出てくるミストもロクなものがないしな。」
ミストはヒューム島、フロス島のあらゆる場所に埋まっている。ただ、質の面で違いがある。
基本的に、ヒューム山から離れていくに連れてミストの質は悪くなっている。フロス島の端、アル・ロークではS級はおろか、A級ミストでさえも、2〜3機くらい。後はほとんどB級である。
「ミストの数だけ揃えたって着装する人がいなきゃ話にならないし。頭が痛いよ、まったく。」
グレイは困ったように腕を組む。彼と話をしている男二人も黙り込んでしまった。
彼ら三人の後ろにはそれぞれ三体のミストが立っていた。アル・ロークでは珍しいA級ミストである。グレイの後ろには白銀のミスト、セラ・パラディンが立っている。
「ミストの絶対数が少ない以上、伝説のミストブレイカーズに頼るしかないでござるな。」
妙に時代がかった言葉使いの男、彼の名はシュウスイ・ロケイト。服装も普通の冒険者のものと違い、独特の形状をしている(日本式甲冑、和製南蛮胴具足のような形である)。
彼の漆黒のミスト「御旗楯無」もまた、彼の服装同様、普通の甲冑とは違う、日本の戦国武士の様な甲冑である。この奇妙な服装とミストの出所を彼は知らない。というか、ここ一年程度の記憶しか無いのである。
「だけどよ、こっちにもミストがある以上、向こうにミストブレイカーズがいてもおかしくはないんじゃないか?」
もう一人のA級ミストランナー、・バティック・ライツァ・がシュウスイにそう反論する。彼はアルローク側では珍しい、ミストランナー経験者である(といっても、一ケ月位しか着装していないが)。
なぜなら彼の蒼碧のミスト「龍喰いのルタ(DragonEater=RUTA)」(以下、DE−RUTA<デルタ>)は、一ケ月前、酒場で酔った教団のミストランナーから、ギャンブルのカタとして手に入れたものだからだ。ただ、彼もこのミストの能力を完全に引き出しているとは言いがたい。
「そうは思いたくないけど。今はミストブレイカーズの能力が未知数な以上、新しいミストランナーの育成に全力をあげる必要があるな。」
グレイの不安そうな言葉を聞いて、バティックは新たに入ってきたミストランナーの志願兵達を見る。その中に、彼の目を引く鉛色のセミロングの女性が、自分に供給されたメタルブルーのミスト「クラーケン」の銃を必死に改造している姿があった。ロディ・マーズである。隣には雑用係として、水の精霊モドキの「エルニーニョ」君もいる。
「よう!姉ちゃん、何してるんだ?」
バティックの声に、ロディは面倒くさそうに振り向く。
「ミストガンの改造よ。威力を強くするように、出力を上げてみたの。気が散るから、さっさとこっから離れて離れて。」
「離れなかったら・・・ってうわっ!」
バシン!という平手打ちがバティックを襲う。
「こうなるから気をつけること。」
「やれやれ・・・気の強い姉ちゃんだ。でも・・・。」
バティックは笑みを漏らす。
「アル・ロークのミストランナー達も、結構捨てたもんじゃないな・・・。」
「グーレーイーさんっ。」
セラ・パラディンを整備するグレイの前に、美しい青いロングの髪をした妖艶な女性がやってくる。
「こんにちわ。私、エンジェル・テンプリースというの。ねぇグレイさん、私と遊ばない?今なら100ロークスで私を思うがままよ。」
「けしからん!非常にけしからん!女子はもっと清楚でしとやかでいなければいけないでござる!」
グレイの近くにいたシュウスイは、彼女の話を聞いて二人の間に割り込んでくる。
「何よ、カタブツなお兄さんね。別に私はそれだけが目的でここに来たわけじゃないわ。」
そう言って、彼女は一振りの剣を抜く。ブロウの剣に似て、月の光に照らされ、銀色に輝いていた。
「それはミストブレイカー!!おぬし・・・。」
「ふたりとも、この街の神殿に集合して。そこでエル・ローク奪回の作戦会議を行うわ。」
彼女は二人にそう伝えると、また夜の街へと消えていった。彼女を見送るシュウスイは、愕然とした表情をしていた。
「まさか・・・あんな破廉恥な女が・・・ミストブレイカーズの一人でござるとは・・・。」
ここはアル・ロークにある神殿。ここにエル・ロークから撤退してきた神官戦士たち、志願兵達、少数のミストランナーとミストブレイカーズたちが集まってきている。
「どうぞ、あまりおもてなしもできませんが、この神殿で戦いの疲れを癒してくださいね。」
その神殿の神官戦士であるルクス・シャウリィが、そう言って皆にお茶とお菓子を配っている。
「こらこらそれは私の仕事ですから、きみは外でこの神殿を警備していて下さい。」
この神殿の神官、ブレイク・ベルウッドがルクスにそううながす。
「はーい。」
彼は素直に神殿の外へと出ていく。
「さて、これから作戦会議を始めたいと思いますが、何か具体的な作戦を考えている方はいらっしゃいますか?」
「短期決戦だな。一般兵をいくら叩いても意味がない。短期間で決着をつけるためにも、あの「ドラゴン・エンジン」を優先的に破壊する。」
ブレイクの言葉に、アーウィン・ブレイザーがそう言葉を返す。脇には彼のミストブレイカー「メガブレイド」が立てかけてある。
「そうでござるな。ミストの数、質が向こうに圧倒的に劣る以上、奇襲攻撃が一番でござる。」
シュウスイは自分の席を立つと、前のボードに図を描きはじめる。
「我々ミスト隊は機動力を生かし、敵のミスト隊、ミストブレイカー隊を引きつけるでござる。その間に、ミストブレイカー隊は敵の中枢を叩く!」
「でもさ、お兄さん。ミストは機動力があるから奇襲が出来るかもしれないけど、ブレイカーズの方は普通の人間なんだからね。連帯で行動したらすぐ見つかるわよ。」
エンジェルの言葉に、シュウスイは少しムッとしながらも、話を続ける。
「ミストブレイカーズの人達には、個別で行動してもらうでござる。」
「なるほど、ミストブレイカーズ一人の能力はB級ミスト隊一個中隊の能力に匹敵するからな。」
「え?そうなんですか?」
グレイのぽつりとした一言に、ブレイクは驚いた顔をする。
「え?ああ、昔の文献とかに書かれていたし・・・。」
「そうですか、僕は一応小学校の教師もしているのですが、まったく知りませんでした。まだまだ勉強が足りませんね。」
「いや、知らなくていいことだよ・・・。」
「よし、じゃあ俺はシュウスイの作戦に乗る。問題はうまく侵入できるかどうかだが。」
「あ、それなら下水道があるよ。」
アーウィンの懸念に、ロディが答える。
「あたしずっとアル・ロークに住んでいたから、エル・ロークに関しても詳しいんだ。」
「そうですね。僕も、それから神官戦士のルクスさんも多少エル・ロークに詳しいのですから、案内くらいはできると思います。」
ブレイクが笑顔で案内役を買って出る。
「しかし、普通の神官をこの戦いに巻き込ませる訳には・・・。」
そう言うバティックの目の前に、ブレイクの持っている棍が突き出される。
「これって・・・。」
「僕たちが普通の神官と神官戦士に見えますか?この『疾風のデルヴィッシュ』を見ても?」
「これがあの白銀のミスト『セラ・パラディン』か!くーっ、トレジャーハンターの血が騒ぐなぁ!!でも、こんなの他の国にもってったら大変だよなー・・・。」
待機中のセラ・パラディンの前で、少女の様なハーフエルフの少年が、何やら考え込んでいた。
「あれ?そこの君?何しているのですか?」
「びくっ!」
調度神殿の周りを巡回していたルクスが、その少年を見つけ、声をかける。
「あ・・・別に俺、これを盗みに入ったわけじゃ・・・。」
あたふたと言い訳をする少年の右手にある物を見て、ルクスは笑顔を見せる。
「あなたもミストブレイカーズですね。どうぞ作戦会議は始まっていますよ。」
そう言ってルクスはその少年の手を強引に引っ張っていく。
「あ、いや・・・その・・・。」
で、
「えーと、俺の名はシャイン・ウィッシュ。世界を股に掛けるトレジャーハンターだ!このでっかい手裏剣は俺の武器で「ディーク・ディーク」。突然胸から出てきたからびっくりしたんだぜ。」
結局彼はルクスに連れられ、皆の前で自己紹介をするハメになっていた。だが、そこはシャイン得意の誰とでも仲良くなれる性格で、すっかり皆に溶け込んでいたりする。
「そういえばさ・・・。」
「どうしたんだ?」
きょろきょろ辺りを見回すグレイを不思議がって、バティックが彼の所へ寄ってくる。
「ブロウの姿が見えないんだ。もうすぐ作戦が始まるのにさ・・・。」
「あれ?あすこにいるのって、ブロウさん・・・だよね?」
闇夜に紛れて走っている女性を見つけて、まだ幼さの残る少女、・リーベライ・ルート・が首を傾げる。なぜって、彼女の向かっている方角は、龍胆公達のいる神聖都市エル・ロークだから。
「ねぇブロウさん、どこ行くの?もうすぐ作戦が始まるってみんな言ってたよ。」
リーベライは大声で彼女の後を追いかけ、呼び止める。
「ゴメン、見逃して。ちょっと敵の様子を見に行くだけだから。」
「えー、だめだよぉ。一人で行くよりみんなで力を合わせようよぉ・・・。」
「私、最初にミストブレイカーとして覚醒したのよ。でも、エル・ロークを守り切れなかった。私の力が不甲斐ないばかりに、アズマイラ様や街の人達がこうして閉じ込められているの。だから、自分が何とかしなきゃいけないのよ。これ以上、みんなに迷惑は掛けられないの。」
ブロウはそれだけ言うと、再びエル・ロークへと走っていった。
「あっ、ちょっと待ってよぉ・・・。」
で、
「ふみーん☆だから行かない方がよかったのにぃ・・・。」
「だからぁ、あれ程ついてくるなって言ったじゃない。」
数時間後、激しいサイレン音の中、数体のミストに囲まれるブロウとリーベライの姿があった。
「まさか、あれが『侵入警報』だったなんて知らなかったんだよう。」
ブロウの背中に隠れて、リーベライが困った声を出す。
「とにかく、この包囲網を突破するわよ。」
「はーい・・・。ぐす。」
彼女達はミストの大群に向かって、ブロウは剣をリーベライは弓を、それぞれ構えた。
ウー、ウー・・・というサイレン音が、エル・ロークの全体に響きわたる。その中を、闇に隠れて飛行する一体のミストがあった。
「誰かが侵入警報に引っかかったようだね。ま、敵の目が向こうに引きつけられるのはいいことだ。ボクの行動がしやすくなるからね。」
彼女、・ミラ・カタロニア・はエル・ロークの人間である。今日の昼に起きたエル・ローク攻防戦。そこに彼女の両親も参加していた。そして、再び彼女のもとへ戻ってくることはなかった。
必死で逃げ込んだアル・ロークで、彼女はミスト「ターヒール」を供給される。先鋭的な、スピード重視の白色ミストである。
「これさえあれば、両親の仇討ちもできる。頼むよ『ターヒール』。じゃ、ミラ・カタロニア、出ますっ!」
「これでアル・ローク側は強襲を余儀なくされたな。さて、アル・ローク側はどうするか?教団側はどう対応するか?見物だな・・・。」
小高い丘の頂上で、がっしりとした男が仁王立ちで事の状況を見つめている。口許には笑みも見える。この男、状況を楽しんでいる様だ。
そんな男の前に三体の教団側ミストが降り立つ。周辺警備隊のB級ミスト隊である。一体のミストがその男に向かって剣を突きつける。
と、同時に男の持つリング状の剣が、弧を描いた。
炸裂したミストの隣で、残り二体のミストも剣を引き抜く。
「動くな!死にたくなければな。俺はリンチュウ・モウ。ただの観客だ、何もせん。だが・・・見物の邪魔をする奴は、誰でも構わず排除する・・・。」