「あれが、ドラゴン・エンジンか・・・。」
セラ・パラディンからグレイが感慨深げにそうつぶやく。ミスト隊も何とか敵の防衛線を突破し、敵の中枢までたどり着いたのである。
「グレイ殿!後ろでござる!」
「なにっ!?」
突然の光弾がセラ・パラディンを襲う。かろうじてかわしたのも束の間、銀色で細身、女性的なフォルムのミストが、剣を抜いて迫ってくる。
「あなたがリーダーでしょう!あなたを倒せば・・・レィリィが助かる・・・。」
イレイシアだ。彼女のミスト「ニケの翼」がセラ・パラディンを見つけたのである。グレイは彼女の剣を受け止めながらも、その剣に敵意も憎しみも込められていないことに気がついた。
「やめろ!俺はあんたとは戦いたくないっ!あんただって、心から戦いたくないと思っているはずだ!」
「うるさいっ!何も知らないくせに・・・。」
彼女は執拗に突撃を繰り返す。
「グレイ殿!」
一体のミストが助けに入ろうとしたが、その前に一人の男が割り込む。
「お前の相手はこの俺だ。少しは楽しませてくれるだろうな。今までのは歯ごたえさえない。」
漆黒の鎌を持つ男、名無しが無表情で鎌を構える。彼の通ったあとには、何体ものアル・ローク側B級ミストの残骸が、無残に氾濫していた。
「おのれっ!」
サムライ口調の男のミストがミストソードを抜く。普通のミストソードとは違う細身で片刃の剣だ。
月の光に反射して、鎌と刀、二つの武器が交差する。激しい金属のぶつかる音が、何回も何回も、鳴り響いていた。
「もう少し、もう少しでドラゴン・エンジンと戦えるのに・・・。」
少女はくっと歯噛みする。なぜなら彼女の目の前に、鳥のようなミストが立ちはだかったからである。アイロスの「ラジク・マーログ」である。不気味だ。普通、ミストは人型が標準なのだが、このミストには腕も顔らしいものもない。どう見ても接近戦は苦手そうである。逆に機動力はありそうだ。
「だったら接近戦に持ち込むだけ。基本的にボクのターヒールは格闘用だし、機動力だって負けていない。」
少女は両手にミストソードを持つ。彼女のミストは二刀流なのである。その代わり、ミストガンは持っていない。
鳥型のミストに突っ込む彼女だが、彼女の目の前で信じられないことが起きた。
「フッ、この『ラジク・マーログ』が鳥型ミストだと思っていたのか?」
「なっ!変形した!?」
それは突然人型に変形し、片手にミストソード、もう一方にミストソードより強力な、魔力を帯びた剣、マジックサーベルを持っている。この変形ミストも彼女と同じく二刀流なのだ。
「くっ、早いっ!」
彼女のミストも機動力にすぐれたミストだが、アイロスのミストも残像を残すくらいに早い。どうやら同じコンセプトで作られたミスト同士らしい。
と、なると、純粋に武器の性能、着装者の能力によって勝敗は決まってくる。
「うわっ!」
確実にアイロスは押していた。長さ、切れ味、魔力、どれをとってもマジックサーベルはミストソードの上をいっていた。
「消えなさい・・・ダークスラッシュっ!」
彼はそう叫んで、超高速で突っ込んでくる。彼女の力では、ほとんど回避不能である。少女は一瞬死を意識した・・・が、脳裏に両親の顔が浮かび上がる。
「嫌だっ!ボクはまだ、やらなきゃいけないことがあるんだーっ!」
その言葉に呼応して、ターヒールの全身からオーラが発せられる。そしてそれは、両手の剣に凝縮された。
「うぉぉぉぉっ!」
「何っ!?」
ガシィィィッ!!
激しい衝突音が響きわたる。アイロスの剣はターヒールの肩を貫いていたが、少女の剣もまた、そのミストの肩を切り裂いていた。
「まさか私のダークスラッシュを、相討ちにまで持ち込むミストがいたとはな。この勝負、引き分けとしておこう。」
アイロスはそう言って、戦線を離脱する。
「これがターヒールの本当の力なの・・・。」
彼女はフラフラになりながらも、何とかターヒールを地上に着地させた。全身から力が抜けていく。さっきの技のせいであろうか。
「でも・・・この力があれば・・・両親の仇が討てる・・・。」
「む、もう始まってやがるぜ。」
全身傷だらけの男がドラゴン・エンジンに向かっていく。だが、彼の狙いはドラゴン・エンジンそのものではない。
「あのハチさえ無くなれば、あいつのミストはただのデカブツだ。悪い臭いは元から断つ!」
ドラゴン・エンジンを防御するワプスを次々斬り払いながら、彼はドラゴン・エンジンの背後に回る。ワプスの発射口、「蜂の巣」を破壊するためである。
「おじさんっ、危ないっ!」
女性の声に反応して、男は素早く振り向き、刀を構える。その行為が、物陰から襲ってきた剣を何とか受け流す幸運に結びついた。
「誰がおじさんだ!俺はまだ26なんだよ。・・・でも危なかったぜ。こいつ、隠密奇襲型ミストか?」
何とか戦う態勢を整えた男は、暗闇から出てきたミストを見て、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「やれやれ、昔の人間はよっぽどヒマだったんだな。あんな悪趣味なもん作りやがって。」
「わお、SMみたい。」
妖艶な女性のストレートな言葉に、男は苦笑を浮かべるが、それが最も当てはまっているようにも見えた。
なぜならこのミストは、両腕を背後で縛りつけられ、剣、ミストガンなどを口にくわえて使用しているからだ。そのため、舌が異様に長い。首もまた、かなり伸ばせそうである。
だが、縛られたミストのその異様な太刀筋に、男は翻弄される。いくらミストでも剣を手に持って振る以上、ある程度の動きは読める。だが、このミストは舌や口を使って剣を振るため、次に何が来るのか予想できないことがあるのだ。
「ちっ!」
少しづつ、男はドラゴン・エンジンから離されていく。そういう意味では、ドラゴン・エンジンを護衛するこのミストの任務は成功と言えるだろう。だが・・・。
「別にさ、隠密奇襲戦法はあなたの専売特許じゃないのよ。」
影から影へ、女性のミストブレイカーが、ラゼンへの攻撃に集中していた縛られたミストの間接部分を切り裂く。
「はぁっ!」
動きの止まった一瞬を見逃さず、男の居合がミストのコックピットを直撃する。
何とか簡易魔力炉への直撃はさけたが、その斬った裂け目から、ミストランナーの姿が見えた。
「なっ・・・。」
普段は物怖じしない彼が、驚愕の目でそのミストの裂けたコックピットを見つめていた。
ミストの胸の裂け目から、このミストのミストランナーの姿が見える。少女だ。13歳位の・・・。そう、それはアメジストであった。そして、この縛られたミストこそ彼女のミスト「ハングドマン」である。
「殺さないの・・・?」
アメジストは無表情のまま、そうつぶやく。
「・・・俺は、女、子供は斬らねぇ・・・。」
「見逃す・・・ってこと?手加減は、いつか自分の首を締めるよ・・・。」
少女の大きな目が、じっと男を見つめる。
その言葉には、まったくと言っていいほど感情がこもっていなかった。
「うるせぇ、今回の勝ちはこっちの嬢ちゃんが余計な邪魔をしたから得たようなもんだ。それじゃあ、俺の気持ちが許さねえのさ。」
「ちょっとぉ、何よ助けてあげたのにさ。」
「・・・・・。」
アメジストは何も言わずに、ミストの黒い羽を広げ上昇していく。結局彼女は、一度も表情を変えることは無かった。
「私・・・負けたの?逃げているの?死んではいないのね・・・。」
「出た!昼の・・・黒い蝗(バッタ)だ!」
教団の一般ミストランナーが、大声をあげて逃げ出す。
その視線の先には、漆黒の鎧を身につけた男が立っていた。鎧といってもミストのような巨大なものではなく、人間大のである。しかし、その形状は不気味だ。バッタを人形にしたような姿なのだから。昆虫などにある外骨格を人間につけたらこうなる・・・といった感じだ。
その男が、一体のミストを捕まえている。
「あれ程子供たちのいる神殿に近づくなと言ったものを・・・。この左腕を折るか?こうやって・・・。」
バキィン!という音を立てて、ミストの腕が破壊される。
「やはり・・・昼間に出てきた、バッタの化け物だ・・・。」
一人のミストランナーが恐怖に震える。
龍胆公のエル・ローク襲撃、ブロウィンたちの脱出。だか、それにはまだ続きの話があった。
エル・ロークを占領し、子供たちのいる神殿を破壊しようとしたその時、彼らの前に現れたのが、さっきの黒い蝗である。そのパワーは凄まじく、ミストの被害を考えたミシュラは、結局病人や子供たちのいる神殿を放置するしか無かったのである。
「むっ!」
鋭い殺気を感じ、その蝗はその殺気の元を探る。
「なるほど、強化外骨格・・・と言った所か。」
神殿の壁に寄り掛かって、眼鏡をかけた鋭い目つきの男が、じっと彼を見ていた。マルセルだ。
「あんたもこいつらの仲間か?」
「だったらどうする?」
「ならば、この蝗の鎧『黒蝗』の力であんたも粉砕してやる!」
「やめな。ミストブレイカーズ同士が戦っても、不毛なだけだぜ。」
マルセルはそう言って両手のグローブをかざす。うっすりとそれは光を放っていた。
「関係ない。ならば純粋に格闘だけで戦えるはずだ。」
「だったらもっとやめたほうがいいな。貴様じゃ、俺を倒せない・・・。」
マルセルは薄笑いを浮かべ、黒蝗の前から去っていった。
「まてっ!それはどういう意味だっ!」
黒蝗の声が響く。だが、その問いに答えるものは既に誰もいなかった・・・。
「きみたちが、ここに攻め込んできた人達ですね・・・。」
神官の男の前に、一人のがっしりした体格の男、ディーンが現れる。
近くではドラゴン・エンジンが、そしてルーファーの戦いが行われているなかで、そのディーンの柔らかい物腰は、少し場違いにも思われた。
「はぁ・・・そうですけれど・・・。」
神官の青年がそう答えると同時に、ディーンの剣が彼の棍を吹き飛ばす。
「その剣はミストブレイカー!?何で・・・。」
「昼の戦闘で、家が潰されてしまった。かろうじて助かったものの、妻の行方が・・・。街を破壊したあの鎧は憎い。だが、今は彼らに手を貸し、妻の情報を集めなければならないのです。」
「そんな・・・。」
返す言葉を出す間にも、ディーンの剣が青年を襲う。が、その間に割ってはいる小さな影があった。
「ぐっ・・・。これは・・・。」
「ヒュー!なぜここに!?」
「ガルルル・・・。」
ディーンの腕には一匹の子ツンドラオオカミが、唸りを上げて噛みついていた。
「今は退いてください。今僕たちは、この街の為に戦っているのです。奥さんは、この街を解放したら必ず探しますので・・・。」
「むぅ・・・今は・・・わかった・・・。」
強引にオオカミを振り払った彼は、小さく答えてこの場から消えていった。
「頼みますよ皆さん。あの人の為にも、ドラゴン・エンジンを破壊しなければ!」
「覚悟っ!」
グレイを襲うイレイシアは、執拗にヒット・アンド・アウェイを繰り返す。執念とも思える攻撃を行うイレイシアと、戦いたくないグレイ。グレイが押されてしまうのは当然であろう。
「くっ・・・やめるんだ・・・君とは・・・。」
「うるさいっ!」
女性の声がグレイの耳に響く。
そんな膠着した戦いに、一体の教団側のミストが入ってくる。
「やめろ!これは私とセラ・パラディンの戦い。手出しをするなっ!」
「・・・手出し?するよ。だって解放軍のミストの方が押されてるじゃん。」
「なにっ!?」
突然、そのミストは彼女に襲いかかってくる。
「あなた、裏切ったのね!」
「別にボクはどっちの味方でもないさ。」
二つの教団側ミストがもつれ合っているうちに、グレイは戦いの用意をかためる。
「えっと・・・何か他の武器はないのか?」
セラ・パラディンが素早く答えを返す。
「ホーリーソードか・・・。よし、行くぜっ!そこのミスト、どきなっ!」
「え?」
イレイシアのミストと戦っていた、そのミストランナーは、一瞬グレイの方を見て、直ぐさまそこから遠ざかった。なぜなら、彼の新たに抜いた剣は普通のミストソードと違い、強い光を帯びていたからだ。
「くらえっ!ホーリーブレイク!!」
剣から放たれた閃光が、ニケの翼の右足を切り落とす。
「わざと、はずしたの・・・?」
「言っただろ、君とは戦いたくないって。」
「ふざけたまねを・・・。この借りはいつか返すっ!」
彼女はゆっくりと戦線を離脱していく。
「やれやれ、逃げちまったのか・・・。」
「おぬしはどうするでござる?」
大鎌を持った青年は、男の言葉に皮肉な笑みを浮かべると、彼らに背を向けて歩きだす。
「別に俺はどっちが勝っても構わない。ただ、自分が死ぬのはごめんだからな。」
二つの強敵が消えた後で、グレイのミストに近寄ってくる教団側のミストがあった。さっきのミストだ。
このミストは彼の前で、自らコックピットを開ける。それはバンダナを着けた、18歳くらいの女の子だった。
「やぁ、ボクは・エスリン・ノベル・。ね、このミスト活躍したでしょ?どう、このミスト買わない?お兄さんなら安くしとくよん。」
「何もしないのか?ミシュラ様がここまで苦戦しているというのに。赤薔薇騎士団と菫騎士団の筆頭がじっと見ているだけというのは・・・。」
リオは今にも飛び出したい衝動を抑えながら、隣でじっと見ているサナに語りかける。
確かにリオの深青のミスト「ダンス・オブ・マニー」(あまたの舞い)とサナの真紅のミスト「カルメジンロット・ハインリゲ」(真紅の聖者)二つが並んだ姿は、それだけで相手に威圧感を与える。彼らが動かないことに、解放軍も疑問を感じていた。
「落ちつきなよ。リオだって情報収集以外の命令は受けていないんだろ。だったら下手に動かないほうがいい。まったく・・・テフェリーの部下だったら、もっと冷静になりなよ。」
サナの淡々とした口調に、リオは少しムッとする。
「あなただってハールーン様の部下なら、少しは熱くなりなさいよ。今だって変な銃を持ったミストが、ドラゴン・エンジンの背後にまわったのよ・・・あっ!」
暴発気味な音を上げて、そのミストの放った強力な光弾が、ドラゴン・エンジン背後の「蜂の巣」に直撃する。
大音響と共に蜂の巣が炸裂、炎上した。
「よし、これで邪魔な蜂がいなくなったぜ!」
大剣を持った男が、ドラゴン・エンジンに飛び掛かる。
「ふざけるな!蜂の巣が破壊されたごときで、私はやられん!」
ミシュラは楯で剣を払うと、その男を吹き飛ばす。
「ブロウさん、ドラゴン・エンジンが燃えてるよっ!」
「でも、まだドラゴン・エンジンは動いている。戦いは終っていない・・・。」
ブロウ達はやっとここまで来た。不安そうなブロウを見て、弓を持った少女が気をかける。
「どうしたの、ブロウさん?」
「ううん、さっきの戦いでね、ミストブレイカーズって本当に強いのかな・・・って。S級やA級には全く歯がたたないんじゃないかなって思っちゃったから・・・。」
「だめだよ!自分を信じなきゃ。そしてボクたちも信じて。ひとりじゃダメでも、みんなでなら何とかなるかもしれないもん。」
「うん、そうだね。」
必死で戦う大剣の男の元へ、ブロウが駆け寄る。
「でも、あの分厚い装甲をどうすれば・・・。くっ、ダメよ弱気になっちゃ。自分を信じなきゃ・・・。」
「この声は・・・。」
「ミストブレイカーの?」
ブロウは突然動きを止め、目を閉じる。
「おいブロウ、何をしているんだ。」
「わかったわ・・・。この子は稲妻を出したがってる。今、解放してあげる・・・。」
ブロウは男の前に立つと、ドラゴン・エンジンに向かって剣を構える。
「はぁぁぁっ!ボール・ライトニング!!」
剣先から出現した稲妻の龍が、ドラゴン・エンジンの装甲を切り裂く。
「馬鹿なぁっ!!」
コックピットの中で、ミシュラが叫ぶ。
「今よ、全員突撃!」
「おおっ!」
ブロウの声に、全員が続く。
「くっ・・・この私が・・・負けるはずがない・・・。赤薔薇や黒薔薇、菫公の手の者が来ているのだ。これ以上、ウルザ様へ失態を見せたくはない・・・。」
ミシュラはドラゴン・エンジンから輝くディスクを取り出す。それはドラゴン・エンジンの頭上で、少しづつ回転を始める。
「なぜ、ドラゴン・エンジンがA級程の能力しか持っていなくても、S級ミストと呼ばれているか教えてやろう。このディスクがあるからだ。」 ディスクを見たサナとリオが同時に叫ぶ。
「馬鹿な!あのディスク、『ネビニラルの円盤』を回転させるだと!?あれを高速で回転させれば、この街が消滅するぐらいわかっているはずだろ!」
どちらからでもなく、リオとサナはドラゴン・エンジンに飛び掛かっていく。特にリオの両親は、ここ、エル・ロークに住んでいるのだ。まだ逃げられずに、ここに残っているかもしれない。
リオに冷たいと言われたサナだって、騎士に反する行動を見逃す程、冷めた人間ではない。
が、彼女たちの前で、二つの光の矢が、同時に放たれ一つとなる。その矢は少しづつ、鳥の姿へと変貌し、回転しはじめていたネビニラルズ・ディスクを一撃で粉砕した。
「そ、そんな・・・。はっ!?」
驚愕するミシュラの目の前に、大剣を持つ男の姿があった。
「往生際が悪すぎるぜ、あんた。」
男の大剣が、ドラゴン・エンジンの簡易魔力炉を貫く。
「わ、私はまだ・・・。」
ミシュラが最後の言葉を言いおわらないうちに、ドラゴン・エンジンは爆裂の閃光を放っていた。
「うっわぁ、お前と戦ってたら、先に敵の大将やっつけられちまったじゃないかぁ。」
ハーフエルフの少年は、キッとルーファーを睨む。
「おれもだ。お前のせいでミシュラ様を助けることができなかった。」
「堕天使」は、明けはじめた空に向かって翼を広げる。
「こら、逃げるのかよっ!」
「もはや守るものが無い以上、ここに残っていても無駄だからな。」
朝焼けが東の空を焦がす。長い夜は今、やっと明けようとしていた・・・。