ウー、ウー・・・という音が、エル・ロークに響きわたる。
「誰かが『侵入警報』に引っかかったようだ。」
ガイはすぐに目を覚ますと、ミストの準備を始める。
「ミスト隊、すぐに現場へ行くのだ。絶対に侵入させてはならない!」
「・・・私はどうするの・・・?」
そんな彼に、一人の少女が近づく。
「・アメジスト・ローゼ・、君はミシュラ様をお守りするのだ。私が迎撃に行く以上、君のミストの腕だけが頼りなんだ。」
「・・・わかりました・・・。」
アメジストは淡々と答える。その表情に変化は無い。いつも無表情なのだ。
「でも、負けたら私は逃げる。だって私はまだ死にたくないもの。これっておかしい・・・?」
「ううっ・・・ここはどこだ・・・?」
デューン・バッサはサイレンの音で目を覚ます。真っ暗闇だ。どうやらずっと意識を失っていたらしい。
「確か昼間の戦いで、家ごとミストにつぶされて・・・。そうだ、ディーンは!?」
彼は妻の名を呼ぶ。だが何の返事も無い。
「にしても、こんな洞窟が家の下にあったなんて・・・。」
ディーンは少しづつ現状を把握する。彼は妻と一緒にエル・ロークに住む普通の男であった。
だが、昼間の戦闘が彼の生活を変えてしまった。
ミストに家ごと潰された彼は、偶然にも地下の洞窟に落ちたのであった。
「ここはいったい・・・。」
「この声は・・・アズマイラ様!?」
途端、激しい光が彼を包み込む。次に目を開けたとき、ディーンは崩壊した家の外にいた。
そんな彼に、数体の教団側ミストが降り立つ。
「妻の生死が不明な以上、私は教団に手を貸そう。それが妻の情報を手に入れる最高の手段ならば・・・。」
彼の手には、光り輝くミストブレイカーが握られていた。
「ああっ、あれはセラ・パラディン!?」
上空を見て、小さな男の子が驚いたように声を上げる。
彼の名はドルチェ・ジェンティーレ。ミストブレイカーズである。昼の戦いのとき、一度はエル・ロークから逃げ出したドルチェであったが、ワプス達に神官たちが倒れていくのを見て、逃げることをやめ、途中で引き返してきたのだ。
天帝はそんな彼にミストブレイカーを与えたが、結局捕まり、捕虜になってしまったのである。殺されなかったのは、彼がミストブレイカーズとして、使い道があるからであろう。
実際ドルチェは、今回アル・ロークにいるセラ・パラディンを取り戻す、アル・ローク侵入部隊に参加しているのだから・・・。
「でも、セラ・パラディンはエル・ロークに向かっている・・・。引き返さなきゃ!」
彼らは進路をエル・ロークに変える。ドルチェも自分の背程もある大剣(ミストブレイカー)を抱えて後を追っていった。
「うう・・・ボクはどうしたらいいんだろう。このまま逃げることもできるのに・・・。」
「はぁぁぁっ!たぁっ!!」
ブロウは思い切りミストブレイカーを振る。
その一撃で、また一体のミストが爆発する。これで三体目。さっきの侵入警報に引っかかったのはブロウであった。
だが、そこから戦闘状態は硬直していた。なぜなら彼女たちの前に、ガイの「フリドハイス」が立ちふさがったからである。
強い。今までのB級とは違うA級ミストである。フリドハイスは周りを囲むB級の一般兵を彼の後ろに下げさせる。
「お前達では無理だ。ここは私に任せ、皆はミシュラ様の護衛にまわれ。」
彼の一声で、他のミスト達がここから離れていく。
「余裕だわね。・・・。あなた一人で私に勝てると思っているのだから・・・。」
「フフ・・・伝説のミストブレイカーズ、一度手合わせしてみたかった。」
「うるさいっ!」
ブロウの一撃は、しかしガイのミストの剣に軽く弾かれる。
「ぐっ・・・。」
倒れ込んだ彼女の鼻先に、フリドハイスの剣が突きつけられる。
「甘いな・・・。まだミストブレイカーの力を十分に引き出していないと見える。それではS級はおろか、A級でさえも倒せない・・・。」
が、そんなガイのミストの肩を光の矢が貫く。
「なにっ!?」
そこには弓矢を引く少女の姿があった。
「えいっ!えいっ!」
続けざまに矢を放つ少女。ビーム状の矢が次々とガイを襲う。
「くっ、まだ仲間がいたとは・・・。」
紙一重で彼女の矢をかわしたガイに、一体のミストが近づく。
「ガイトラッシュ様、ミシュラ様が敵の攻撃を受けています。至急護衛にまわれとのことです。」
「なんと、既にそこまで攻め込まれているとは・・・。わかった、いますぐ行こう。」
彼は一度だけブロウ達を見ると、すぐさま羽を広げ、上空へと舞い上がっていった。
「助かった・・・のかな。確かガイトラッシュとか呼ばれてたけど、もう会いたくないなぁ、強そうだし・・・っていったーいっ!」
感慨深くしゃべる少女の後ろどたまを、思い切りひっぱたくブロウ。
「もう、最初からミストブレイカーズだったんなら、そう言いなさいよ。」
「えー、でもボク一回もそんなこと聞かれてなかったし・・・あー、ごめんなさいっ!」
いきなりブロウに両肩をつかまれた彼女は、頭をぶんぶん振って謝る。
「ううん、ありがとう。おかげで助かったわ。」
ブロウは彼女の額にそっとキスをする。困惑する少女に、彼女は優しく言葉をかける。
「さ、急ぎましょ。他の人達ももうドラゴン・エンジンに接触しているらしいし・・・ね。」
そのドラゴン・エンジンの周りでは、特に激しい攻防戦が始まっていた。
「うぉぉぉぉぉっ!!」
大剣を持った男が、その剣を振り回し、ドラゴン・エンジンに突進していく。
その彼に集中するように、ワプス達が攻撃を開始する。
「任せてくださいっ!」
おとなしそうな少年の持つ弓から、光の矢が発射され、ワプス達を次々と墜落としていく。人殺しが嫌いな彼は、こうしてみんなの支援にまわったのである。
「させるかっ!」
少年の前に、ルーファーのミスト「堕天使」が現れる。黒い翼、不気味な姿。それは正に「堕天使」といえるであろう。
「まずはお前から叩くほうが正攻法だな。」
ドラゴン・エンジンの警護にあたっていたルーファーは、大剣の男よりも、弓の少年の方に攻撃の狙いを定めていた。彼の剣が少年を襲う。
「うわっ!」
思わず目をつぶる少年。だが、ガキーンという音がしただけで、彼自身痛くもかゆくもない。恐る恐る目を開く彼の前には、彼と一緒にいた神官の青年の背中があった。彼の棍「疾風のディルヴィッシュ」がルーファーの剣を受け止めているのだ。
「よっし、今のうちっ!」
剣を受け止められ、動きの止まったミストに向かって、ハーフエルフの少年が持つ、巨大な十字手裏剣が襲いかかる。
「おのれっ!」
堕天使は素早く上空に逃れ、その手裏剣をかわす。
「戦う相手の順番が、変わってしまったな。」
ルーファーは、キッと剣先を手裏剣の少年に向ける。
「おもしれぇ。俺は孤児や子供がいること承知で、ミストを送り込んだあんたらが大っ嫌いなんだ。ぶちのめしてやるぜ!」
手元に戻ってきた十字手裏剣を構え、少年は大声でそう叫んだ。
大神殿の最上階、副神官長アズマイラ・ミラージュの部屋である。ここには強力な結界が展開しており、エル・ロークを攻略したミシュラにしてみても、この結界を破れず、攻めあぐねていた。
だが、コツコツコツ・・・と、その部屋に近づくひとつの足音があった。
「どなたです・・・?」
部屋の中央でひとり、祈りを捧げるアズマイラは、表情も変えずに部屋の入り口に立つ青年を見つめる。
「副神官長殿、一緒に来て頂けませんか?・・・大神殿へ・・・。」
彼の腕の中では、一人の赤ん坊が泣きじゃくっていた。
「なぜ結界を抜けてここまで・・・?」
「名前も名乗らず失礼いたしました。私の名はレオンハルト・ミュンツァー。菫公ティフェリー様の部下です。」
「なるほど、ティフェリーの・・・。あの者は確か『対抗呪文』『魔力消沈』『呪文破』などの使い手。結界を破ることは造作もないか・・・。で、その赤ん坊をどうするつもりですか?」
「どうするつもりもありませんよ。偽善者の貴公が、この子を見殺しにすることなどできないはずですから。」
「なるほど・・それはなかなか考えられた作戦ですね。」
「はっ!?」
突如レオンハルトの後ろから、女性の声が聞こえた。振り向こうとした途端、レオンハルトは彼女の杖に吹き飛ばされる。
そこには空色の髪をした女性が、笑顔でたたずんでいた。
隠密行動の得意なレオンハルトでさえ、彼女の存在に気づかなかった。更に、彼女から計り知れない魔力が発せられていることは、魔術を嗜まない人間でさえも素肌に感じるほどであろう。
「ごめんなさい、わたしはどうも魔法制御が苦手でね。手加減が出来そうもないのですよ。それでもやりますか?」
彼女の腕の中にはいつの間にか、レオンハルトが人質として取っていた赤ん坊の姿があった。
「まさか・・・私は何の準備も無しに化け物二匹と戦う程、愚かではありませんよ。」
「化け物とはひどいですねぇ。」
彼女はそれでも笑顔を崩さず、その場から立ち去るレオンハルトを見つめていた。
レオンハルトの姿が見えなくなると、ふと、彼女はアズマイラの方に顔を向ける。
「アズ、大丈夫だった?」
「久しぶりですね、セシア・フェリアム。こんな辺境に何のようですか?」
「分かっているくせに。わたしの杖『風幻の杖』が再び光を発しだしたのよ。つまり、再びミストが活動を開始した・・・。」
「で、わざわざ助太刀に来たと。やめなさい。若いミストブレイカーズに混ざって、あなたみたいなお婆さんが出てったって、けむたがれるだけですよ。」
「アズだってお婆さんでしょうが。ま、わたしだって手助けはするけど、自分で直接戦う気はないわ。でも、今いるドラゴン・エンジンがあのドラゴン・エンジンだとしたら・・・。」
「『ネビニラルの円盤』・・・ね。その可能性は十分にあるわ。下手をすれば、この街ごと消滅してしまう・・・。」
彼女たちは不安そうに、窓から激しい戦いを眺めていた。