開幕戦:ウェールズ対アルゼンチン
<試合前の予備知識>
かつて世界最強といわれたアルゼンチンのスクラム。SH・ピショットの俊足を生かし、FW・BKのコンビネーションを効率よく生み出すアルゼンチンの全員ラグビーはミーハーでないファンなら応援したくなるチームだろう。一方、知将・グラハム・ヘンリー監督が率いる連勝中のウェールズはそのアルゼンチンのスクラムをめくり上げる力を着けてきた。事実、6月のテストマッチではスクラムは押しかった。SO・ジェンキンスが浅くポジショニングするBKラインは練習で積み重ねられた全員の組織力と個人の決められた仕事に対する責任が大きな機動力となっている。サインプレーやポジショニングなどの数々の決め事の中で個人が縛られているにもかかわらず、セットプレー・ルースプレーともにしっかりと個性を発揮できるチームである。SO・ジェンキンスのキックにも注目したい。
思った以上にしまった試合だった。敵陣に食い入ると、アルゼンチンはウェールズから反則を奪い着実にPGを決めていった。ディフェンスにおいても、個人のパワーで優位に立てないアルゼンチンは速い出足と、内からの分厚いカバーディフェンスでスペースを埋めて行く。このディフェンスは「強い」という言葉より「厳しい」といったほうがふさわしい。時折、体格とパワーによる個人差で、ゲインを行かれるが、次に行くタックラーが確実その死角から飛びつく。基本的に低いタックルだが、その場面場面で、スマザーやハイタックルを使い分ける。よくボールを殺しに行くために、ハイタックルが最近日本でも奨励されてきたが、アルゼンチンのそれらの目的はそうではない。簡単にいえば、確実に相手のボールキャリアに「勝つ」ことである。要するボールキャリアが一番重心の弱い方向と、タックラーの助走から生まれる一番強い方向を換算し、一番のパワーが発揮できるポイント狙う。彼らがどこまでコーチングを受けたかは分からないが、チームとして言えることは、ベストのタックルポイントに入ることである。個人が持っている本能かもしれない。
ウェールズの連続攻撃になっている要素は、BKのモール・ラックへのからみである。パスしてフォローが原則。これは日本の初心者の高校生一年生でも知っているし、だいたい2年生から出来る。しかし、ウェールズBKが他と大きく違うのは、モール・ラックに入るかは入らないかの見切りの判断である。もっと細かく言えば、いったんモールに行くと決めたBKは、2次3次のアッタクは全く思慮にいれず、完全にFWとなりボールを出すことに専念する。まさしく「継続」最優先のラグビーである。見切りが速すぎ、時には判断ミスも起こし、必要のないモールラックに参加することもあるが、行けば必ず大きな仕事はして帰るBK陣。
見切りということでもうひとつ。
FB・ハワースのハイパントのキャッチングに注目したい。スキルはもちろんだが、他のFW陣(ナンバーエイトやロック)がバッキングに間に合う位置であっても、迷わず最初にコールする。この見切りの早さが、他のプレーヤーのサポートコースをスムーズに決める。これも、先のBK陣のモール・ラックへの見切りと同じく、FWに任せた方が良いときもある。いわゆるその場の判断としてはベストではないケースがある。しかし、チームの流れを造るという意味では、迷いの時間を出切るだけ短くし、プレーをする時間を多くするほうが起動力は大きくなるのだ。たとえば、ハイパンがあがったときに、5人がそのボールを取れる位置にいるとする。ナンバーエイト、オープンロック、スクラムハーフ、ブラインドウイング、そしてフルバック。これをフルバックが一番見える位置から誰が一番いいか?考える。体格的にナンバーエイトか、ロック。しかしだいたい彼らは、横走りの状態か後ろに走っているので、相手と競りにくい。ハーフは小さいから危ない。ウイングもいいが、2次が危ない。フルバック本人は、もっと後ろが気になる。逆に、ナンバーエイトかロック自身も、自分のボールか?フルバックが走りこんでくるのか?迷う。ここでその状況を分析するのに要する時間のロスが、一番いい判断と2番目にいい判断の差から生まれるのアドバンテージをはるかに上回るときが多くある。この判断を下すまでの時間はいわゆる誰も他の人をサポートできない状態だからである。これをたとえばフルバックが一瞬で見切ることで、ナンバーエイトとロックは深めにすばやく戻ることが出来、ブラインドウイングもフルバックのオープンスペースをカバーしやすくなる。
判断の正確さより、判断の早さ。これはチーム全体・ゲーム全体の判断を正確なものにして行く。
アルゼンチン、ウェールズ。この二点が今回の開幕戦で光った部分だった。
結果:ウェールズ23対18アルゼンチン
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