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ガールズ・ファイターシリーズ
南洋からの使者
(後編)
作:逃げ馬
同刻・日本・九州南方海上
2機のF-15J戦闘機は、南方から”侵攻”してくる”敵戦闘機”を迎え撃つ体制をとっていた。
「レーダーに反応。 方位1-8-0から3機が接近中!」
海面から高度10000メートルの上空を飛ぶF-15Jのコクピットでパイロットの新谷正孝は、並んで飛ぶF-15 ”ユニコーン2”のパイロット 北田哲彦に呼び掛けた。
「了解、左右から挟み撃ちにするぞ!」
北田の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
彼らの前方、青空に3つの点のように見えていたものが、次第に大きくなり、やがて形がはっきりしてきた・・・・・。
「ブレイク!!(散開)」
北田の号令で2機のF-15Jは、左右に散開をして3機の”敵機”を迎え撃つ体制をとった。
日本空軍、北九州基地司令官、朝倉雄一中将はジャンヌダルク飛行中隊の2機を率いて北に向かっていた。
彼の右にはジャンヌ3・岡村めぐみ中尉が、左にはジャンヌ10・岩田敦子少尉の青を基調とした洋上迷彩を施したF-2Aが並んで飛んでいた。
この日の演習では、朝倉が率いる3機が基地を離陸後、南に進路を取り、演習空域に達した後に北上。
出撃したユニコーン隊2機の迎撃を突破し、九州の演習場の目標を”爆撃”するのがミッションだ。
彼の視線の先には、2つのゴマ粒ほどの大きさの黒い点が見えている。
「目標を視認!」
「「了解!!」」
朝倉のコールに対して、二人のファイターパイロットは即座に反応をした。
「攻撃用意!!」
朝倉が命じると同時に、2機のF-15が左右に散開をした。
肉眼とレーダーでそれを確認した朝倉は一瞬、微笑みを浮かべ、次の瞬間には精悍な顔で命じた。
「全速力で、この空域を突破する!!」
2機のF-2Aと、鮮やかなカラーリングのF-2CCVがアフターバーナーを使って加速を始めた。
彼らとドックファイトをすることを前提として左右に散開をした北田たちのF-15は、朝倉たちの予想外の行動によって、一瞬の隙ができてしまった。
F−15の機動性を活かして挟み撃ちにしようとした北田と新谷は、朝倉達を後ろから追う形になってしまった。
「クソッ?!」
北田がコクピットの中で歯軋りした。
彼らと朝倉の間には高度差はない。 しかもお互いの距離は開いてしまった。
だがF-15とF-2ならば速度の優位は彼らにある。
「行くぞ!」
北田は、新谷の機体を見ながら叩きつけるように言うと、機体を加速させ始めた。
F-2CCVコクピット
「後方から二機が接近中!」
岡村からの通信を、朝倉はレーダー画面を見ながら聞いていた。
「了解・・・」
視線をレーダー画面から後方へ移す。
F−15が並んで距離を詰めてくる。
朝倉の顔に微笑みが浮かんだ。
「ジャンヌ3とジャンヌ10は、このままターゲットに向かえ!」
「それはいけません! 援護します!!」
ジャンヌ10、岩田敦子が鮮やかなカラーリングの朝倉の機体を見ながら叫んだ。
「大丈夫だ!」
言うと同時に、朝倉は操縦桿を引いた。
赤と白・・・・・鮮やかなカラーリングの機体が、陽光を反射させながら宙返りをする。
F−15 北田機コクピット
先頭を飛んでいた機体が宙返りを始めた。
残りの二機は、そのまま北へ向かって飛んでいく。
追うのか、それとも朝倉と空戦をするのか?
北田が迷っているうちに、朝倉の機体は、彼らの頭上にいた。
ループの頂点から高度差を利用して、朝倉の機体が急降下してくる。
「北田さん、後ろにつかれます!!」
新谷が北田に注意を喚起する声が、レシーバーに響く。
後ろを見ると、赤と白のツートンカラーの機体が、猛スピードで距離を詰めてくる。
「北田さん、回避して下さい!」
新谷が操縦桿を右へ、北田が左へ・・・・・機体を加速させながら旋回する。
F−15 新谷機コクピット
新谷が振り返ると、朝倉は北田機を追っている。
援護しなければ・・・・・。
旋回を続ける。
Gが体を締め付ける。
歯を食い縛って耐えながら機体を旋回させる。
視界が一瞬暗くなる。
機体を旋回させ終わった時には、彼の機体は朝倉を追う形になった。
頑張ってくれ、北田さん・・・・・新谷が朝倉を追う。
E−767機内
「交戦空域」から5000メートル上空では、E−767空中警戒管制機が、この演習の様子を見守っている。
「ジャンヌ3と10は、ターゲットに侵攻中。 ユニコーンの2機は、完全にGTとの空戦に入りました」
管制員の報告に士官は、
「あの二人は、朝倉さんの挑発に乗ったな・・・・・」
苦笑いしながらモニターを見つめていた。
「さて、石川の騎馬武者を相手に、何分間持ちこたえられるかな?」
F−15 北田機コクピット
「北田さん、このままではバックをとられます?!」
レシーバーに新谷の声が響く。
「わかっているよ!!」
わかっているとは言ったものの、朝倉の操るF−2CCVは懸命に回避をしようとする北田機の後ろから離れない。
いや、更に距離を詰めて来ている。
「ダメだ!振りきれない!!」
思わず叫んだ北田の耳に、
「ユニコーン2をキル!」
朝倉のコールが響いた。
またやられた・・・・・北田が唇を噛み締めた。
F−2CCVコクピット
北田機を「撃墜」した朝倉が、素早く辺りを見回す。
後ろから新谷機が彼との距離を詰めてくる。
朝倉が左に旋回を始めた。
「こちらGT ユニコーン2をキル」
「こちらジャンヌ3、ターゲットへの攻撃を開始します!」
岡村からの通信を聞いた朝倉の顔に笑みが浮かんだ。
彼が囮になり、岡村と岩田にターゲットを攻撃させる。彼女達の腕前ならば、ターゲットを仕留め損ねる事はないだろう。
旋回を終えた朝倉のF−2CCVと、新谷のイーグルが猛スピードですれ違う。
お互いにガンカメラに捉えることはできなかった。
九州・演習場
2機のF−2は、低空飛行で山間の演習場へ進入した。
「目標視認!」
岡村がコールし、
「わたしは目標αを、ジャンヌ10は目標βを攻撃」
「了解!」
2機のF−2が左右に別れると、爆撃体勢に入った。
岡村の視界に、白い幕に黒い円が描かれた『ターゲット』が見えてきた。
岡村が素早く爆撃装置を操作する。
「ジャンヌ3、ターゲット・ロックオン! 」
ターゲットがスコープの中心に入り、管制システムの電子音が鳴る。
「投下!!」
機体から爆弾が落下し、重たい爆弾を切り離した機体が一瞬浮き上がる。
爆弾は正確にターゲットをとらえて爆発した。
岡村が機体をひねりながら宙返りをした。
機体を水平飛行に戻した岡村の視界の隅に、黒煙が立ち上っているのが見えた。
どうやら岩田のF-2も、ターゲットの撃破に成功したようだ。
岩田のF-2が岡村と並んだ。
岡村が左手で岩田に合図を出すと、二人はF-2を緩降下させながらバルカン砲を発射した。
演習場に土煙が立ち上り、バルカン砲弾を受けた標的が、あっという間にバラバラに砕け散った。
「これは、朝倉さんの分ね♪」
二人が操るF-2が、残ったターゲットをバルカン砲で次々に撃破していく。
演習場でその様子を見ていた監督官が、苦笑しながら通信機のスイッチを入れた。
「ジャンヌ3、ジャンヌ10へ。 ターゲットの撃破を確認。 現空域を離脱されたし・・・・・」
「了解!」
岡村と岩田は旋回をしながら演習場の様子を見渡した。
演習場のあちこちで、黒煙や土煙が漂っている。
ちょっとやりすぎたかな・・・・・岡村は思ったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「ジャンヌ3よりジャンヌ10へ。 これより、GTの援護に向かう!」
「了解!!」
2機のF-2はエンジン音を響かせながら、急角度で青空に向かって上昇していく。
F-15 新谷機コクピット
新谷は愛機F-15Jを左旋回させていた。
急激な旋回のため、Gが体を締め付けてくる。
旋回を終えると、前方に鮮やかなカラーリングのF-2CCVが見える。
彼は唇を噛み締めるとスロットルレバーを操作して、F-15を加速させた。
スコープに朝倉の機体をとらえようとしたが、次の瞬間、彼は舌打ちをした。
スコープにとらえる直前で、朝倉は機体を巧みに彼の“射線”から逸らせたのだ。
2機は猛スピードですれ違い、新谷は機体を右に旋回させる。
旋回を終えると、エンジンにパワーを与え、「騎馬武者が操るF-2」に挑みかかっていった。
F-2A 岩田機コクピット
「地上攻撃」を終えた2機のF-2Aは、朝倉を援護するために交戦空域に到着した。
到着した二人が見たのは、猛スピードで挑みかかり、急旋回と加速を繰り返すF-15と、低速で飛びながら攻撃を巧みにあしらうF-2CCVだった。
どうする・・・・・?
岩田敦子は並んで飛ぶ、岡村めぐみ中尉の機体に視線を向けた。
岡村さん・・・・・どうしますか?
彼女は心の中で問いかけた。
合流をした彼女たちとともに機数3対1の数的優位で戦えば、F-15の機体性能の優位性はなくなり新谷は文字通りの「袋叩き」になってしまうだろう。
どうする・・・・・?
迷う岩田の前方で、F-15が何度目かの攻撃を仕掛ける。
しかし、闘牛士が襲い掛かる猛牛の攻撃をかわすように、F-2CCVは華麗に攻撃をかわしてしまった。
F-2 岡村機コクピット
岡村の視線の先で、朝倉が操るF-2CCVが新谷の攻撃を何度もあしらっている。
それはまるで、若武者が刀を振り回して襲い掛かってくるのを、全く相手にしない歴戦の武者との戦いのようだ。
岡村は岩田の操縦するF-2に視線を向けると、
「旋回をして、しばらく様子を見るよ」
「了解!」
岡村たちは朝倉達の交戦の様子を見守りながら、交戦空域の周囲を旋回し始めた。
F-15 新谷機コクピット
「クソッ!!」
何度目かの攻撃も、朝倉に軽く避けられてしまった。
相手はウイングマークを持っているとはいえ、今ではライセンスを維持する時間しか飛んでいない『超ベテラン』。
自分たちは現役のファイターパイロット。
先の「東シナ海事件」でその腕の一端を見たとはいえ、自分たちの持つテクニックが全く通用しないとは・・・・?
それでも、現役の彼らが負けるわけにはいかない。
機体を急旋回させて再攻撃を試みる。
空戦の疲れで呼吸が荒くなる。
スロットルを開いて機体を加速させようとしたその時、
「?!」
突然、機体が大きく振動し、コクピットに警報音が鳴り始めた。
速度と高度が落ちていく。
左エンジンの異常の警報ランプが点灯した。
「クソッ!!」
一矢報いたいのに・・・・・頭上を飛ぶF-2CCVを見上げながら思わず叫ぶ。
それでも懸命にスロットルレバーを操作し、操縦桿と格闘しながら機体をコントロールしようとした。
F-2CCVが急降下してくる。
攻撃をしてくるのか? 新谷はコクピットの中で唇をかみしめたが、F-2CCVはそのまま新谷の機体の下に回り込んだ。
「左エンジンから煙が出ている。 自動消火装置を作動させろ!」
朝倉の声がレシーバーに聞こえた。
新谷がスイッチを操作してしばらくすると、
「煙は消えた、基地に帰投するぞ・・・・・」
朝倉の指示に新谷は思わず、
「まだやれます! 演習の継続を!」
「演習を継続するために戻るんだ!」
戻ればまた飛べるんだ・・・・・朝倉の静かな・・・・・しかし、有無を言わせない声がレシーバーに響く。
私に続け・・・・・朝倉が先に立って北に進路をとる。
いつの間にそばに来たのか、左に岩田。右に岡村が寄り添い、北田が後方を固める。
仕方なく新谷も北九州基地に進路を取った。
基地上空に戻ると、朝倉や北田たちに先に着陸するように指示が出た。
4機が着陸すると、新谷のために滑走路わきに消防車や救護班が待機をした。
管制塔のスタッフや整備員。パイロットたちが息をつめて見守る中、新谷のF-15Jは基地に着陸をした。
北九州基地・格納庫
「まったく・・・・・君は、どんな飛ばし方をしたんだ?!」
戻ってきた新谷の機体をチェックしていた整備班長の服部が呆れながら言った。
新谷は何も言えずに、服部に対して頭を下げた。
無理もない・・・・・新谷は思った。
日本で飛ぶF-15は、大きな事故の少ない信頼性の高い機体だ。
そのF-15のエンジンを壊したのだ。呆れられても仕方がない。
「基地航空祭で飛ぶ予定だったのに、機体のチェックにエンジン交換。 この機体の復帰は航空祭には間に合わない・・・・・航空祭では君は地上待機だな・・・・・」
服部がため息をつきながら言ったその時、視線を滑走路に向けた。
C-1輸送機が滑走路に着陸をした。誘導路を移動してきた機体がエプロンに止まり、機体から様々な荷物を降ろし始めた。
輸送機の便乗者らしい背広姿の男性と制服を着た女性隊員は機体から降りると、基地司令部のある建物に向かった。
北九州基地・基地司令官室
輸送機から降りた男女は、参謀長の米村に司令官室に案内されていた。
米村がドアをノックして、
「お着きになりました」
司令官室の中に声をかけた。
「どうぞ」
中から声が聞こえた。
失礼します・・・・・米村がドアを開け、「客」を司令官室に招き入れた。
「ようこそ!」
椅子からすっと立ち上がり、制服姿の北九州基地司令官・朝倉雄一はスーツに身を固めた国防省次官・沢田孝則と握手を交わした。
「朝倉、元気そうだな」
沢田も顔に微笑みを浮かべた。
沢田と朝倉は、国防大学の同期生。 この年は「独特なキャラクターの学生」が多い年だった。
おかげで先輩・後輩たちからは「変人輩出の年」などと言われたものだが。
沢田の目の前に立つ男は、いつもと変わらない。 この男が1時間ほど前まで高度1万メートルの空を飛び、模擬空戦を戦っていたなどとは思えない。
目の前に立つ男は、彼にとってはいつもと変わらない知的な男だった。
「こちらは、君の部下かな?」
朝倉は沢田の後ろに立つ中尉の徽章を付けた空軍の制服を着た女性士官に視線を向けて言った。
女性士官は一礼すると、
「司令官、私は空軍の人間ではありません。 国防省情報部から情報をお伝えするために次官に同行させていただきました」
この制服は、これを着ていた方が目立たないだろうということでして・・・・・国防省情報部員の小川は、朝倉の目を見つめながら言った。
「なるほど・・・・・」
確かにそうだな・・・・・朝倉は小川から沢田に視線を向けた。 沢田が小さく頷いた。
「まずは、腰を下ろして話を聞こうかな?」
朝倉がソファーを指さし、3人はそれぞれ腰を下ろした。
「まずは、私からだな・・・・・」
沢田はブリーフケースからクリアファイルに入った書類を取り出すと、テーブルの上に置き朝倉の前に差し出した。
朝倉はクリアファイルから書類を取り出し、目を通した。
「5日後、サザンランド王国海軍と、海軍の南西艦隊が南西諸島近海で合同演習を行う」
「南西艦隊?・・・・・吉岡が率いる艦隊か?」
「そうだ・・・・・サザンランド海軍は、空母1隻とフリゲート艦2隻を派遣して合同演習を行う」
「なるほど・・・・・」
朝倉は書類を読み進め、視線を目の前に座る沢田に向けた。
「サザンランドの空母艦載機を、うちの航空祭に展示だって?」
一週間後だぞ?・・・・・朝倉が困惑したように言った。
「今日、外務省から連絡があった。 空母オーシャンの艦載機F-4を展示し、パイロットも派遣をして日本国民と交流をさせたいと要請があったそうだ」
「要望はわかるが、すでに展示をする機体や装備類の配置場所、飛行展示のプログラムも決まり、パンフレットなども準備は終わっている・・・・・今の時点では、会場の端に機体を置いて展示をするしかないし、パンフレットなどの手直しも出来ないが・・・・・?」
それではサザンランドに対して失礼に当たるのではないか? 朝倉はため息をつき、
「来年度にお願いしますと、断るのが良いのではないか?」
「展示場所や告知関係の件は、サザンランド側も了承をしている。 そして・・・・・」
沢田は、横に座る空軍の制服姿の小川に目配せをした。
小川はクリアファイルを二つ取り出し、沢田と朝倉の前に置いた。
国防次官と空軍の中将はファイルから書類を取り出し、目を通し始めた。
「サザンランド海軍の空母艦載機、F-4は二人乗りの艦上戦闘機です。 サザンランド海軍から外務省に対して派遣をするパイロットについて通知がありました」
二人の男は、言葉を挟むことなく書類を見ている。書類に男性二人の写真と軍歴などが書かれていた。
資料を見ている国防次官と空軍中将の様子を見ていた小川だったが、書類を見ていた朝倉の眉間に皺が刻まれたのを小川は見逃さなかった。
「ファントムの操縦士の名前はピーター・ステーシー中佐。 サザンランド海軍第1飛行戦隊所属のパイロット・・・・・」
小川が言葉を切り、二人の男が書類から顔を上げた。
朝倉が首をかしげた。 その様子を見た小川の顔に、微かな笑みが浮かんだ。
「・・・・・と、サザンランド海軍は我が国政府に通知をしてきました」
「でも、君たちは何かあると思っているのだね」
朝倉が尋ねると、
「はい、私たちの得た情報では、このピーター・ステーシーという人物は、サザンランド政府につながる人物である可能性があります」
「そのような人物を、なぜ北九州基地のイベントに送り込むのだろう?」
沢田が小首をかしげた。
「わが国の空軍の腕を見たい・・・・・というのならば、わざわざファントムで乗り込んでくることはないのだがな・・・・・」
普通に来日をしても、十分に見学ができる・・・・・それに・・・・・と、朝倉はもう一度ステーシーの写真を見ていたが、
「司令官、彼に何か?」
小川が静かに尋ねたが、
「いや、何でもない・・・・・」
朝倉はあいまいに笑った。 沢田に向き直ると、
「要望は受け入れることにしよう。 こちらとしてもできる限りの対応をする」
そして小川に、
「情報をありがとう。 ピーター・ステーシー氏には、十分に注意をするので安心してくれたまえ」
5日後・南西諸島沖海域
「手隙総員、上甲板!!」
合同演習を終えた第11護衛艦隊・・・・・南西艦隊と呼ばれている艦隊の護衛艦5隻に号令が響く。
その時手隙だった乗員たちが甲板の舷側や、艦橋のウイングに整列をしていく。
第11護衛艦隊旗艦、護衛艦「かつらぎ」の艦橋から『かつらぎ』艦長・南西艦隊司令官代理・吉岡貴弘大佐は、並んで航行をするサザンランド海軍・空母『オーシャン』に視線を向けた。
空母オーシャンの艦上でも、フリゲート艦『コーラル』と『ブリザード』の艦上でも、乗組員が整列をしている。
「敬礼!!」
『かつらぎ』の艦上に号令が響き、乗組員たちがサザンランド艦隊に対して敬礼を行う。
サザンランド艦隊の乗組員たちも、第11護衛艦隊に向かって敬礼をしている。
両艦隊は、少しずつ距離が離れていく。
第11護衛艦隊は沖縄の基地に向かい、サザンランド艦隊は東京を目指す。
いつしかお互いの艦上からは、艦影が見えなくなっていた。
『かつらぎ』や『さつき』、『きさらぎ』など第11護衛艦隊の各艦の甲板に整列をしていた乗組員たちは、それぞれの持ち場に戻っていく。
『かつらぎ』の艦橋からサザンランド艦隊を見送った吉岡は航海長に沖縄基地に向かうように指示を出し、艦長席に腰を下ろした。
前方に広がる大海原を見ながら、吉岡は思った。
どうして・・・・・急遽、この合同演習が行われたのだろうか?
確かにサザンランドは日本の友好国だ。
しかし外交的に「突然」合同演習を申し入れるというのは、外交上も国防上もサザンランドには大きなリスクがある。
当然、「突然」申し入れられた相手国が断る可能性があるからだ。
それを承知の上で、サザンランドは合同演習を申し入れてきた・・・・・それは何故か?
眼前に広がる大海原を見つめながら『かつらぎ』艦長、吉岡貴弘の思索は続いた。
同刻・サザンランド海軍・航空母艦『オーシャン』艦上
F-4ファントムがエレベーターに載って、格納庫から飛行甲板に上がってくると、整備員たちが駆け寄って機体の点検と同時に暖機運転が始まった。
井出俊博は、飛行甲板の艦橋の脇に立ち、その様子を見守っていた。
ファントムがエレベーター上から飛行甲板を移動をして、発艦位置に向かっていく。
移動中も整備員がコクピットに座り、機体のチェックをしているようだ。
「井出先生」
声をかけられた井出が振り返ると、パイロットスーツに身を固めたピーター・ステーシーが、ヘルメットを手にして立っていた。
「先生、いろいろとお骨折りいただき、ありがとうございました」
ステーシーが、ナビゲーターを務める士官とともに頭を下げた。
「いえ、私は特に何かをしたわけでは・・・・・」
アイディアを出しただけです・・・・・井出はそう言った後、真顔に戻り、
「しかし、何もあなたが自ら行かなくても・・・・・?」
「この”ミッション”・・・・・言い出したのは、私ですから・・・・・」
ステーシーは、さわやかに笑うと、
「それでは先生、東京まで良い航海を!!」
ステーシーはナビゲーターとともに井出に向かって敬礼をすると、にっこり微笑みファントムに向かって歩き始めた。
「成功を祈ります!!」
井出はステーシーたちの背中に向かって叫んだ。
本当に叫びたい言葉は、口には出せなかった。
そう、彼が会ったのは「ピーター・ステーシー」、たとえ「真実」を知っていたとしても口に出すのは憚られる。
彼自身が井出に対して「ピーター・ステーシー」として接しているのだから・・・・・。
ステーシーたちは井出を振り返り、右腕を突き出して親指を立てた。
二人はファントムの機体に取り付けられたステップに足をかけて機体に乗り込んだ。
エンジン音が高鳴り、ファントムの機体がゆっくりと前に進み、カタパルトが接続された。
井出の視線の先にある二人が乗ったファントムのエンジン音が、さらに高まる。
発艦要員が大きな身振りで合図をすると同時に、ステーシーたちの乗るF-4ファントムは、カタパルトの巨大な力と、ファントムの強力なエンジンの推進力で空中に打ち出されて青空に向かって上昇をしていく。
ファントムは井出が見守る中、空母オーシャンの上空を一周しながら高度を上げると、針路を北にとって九州に向かった。
鹿児島南方空域・F-2コクピット
「ファルコン2より北九州コントロール。 お客を確認した」
ファルコン2のパイロット、高村進一郎は、基地に連絡をすると、並んで飛ぶ機体に向かって、
「ファルコン5、丁重にお出迎えをしよう!」
「ファルコン5、了解!!」
ファルコン5のパイロット、佐々木幸太朗が答えると、
「散開(ブレイク)!!」
高村のコールとともに、2機のF-2Aは左右に分かれた。
大きな円を描き、F-4の前で合流をすると大きく翼を振った。
「我に続け」
ファントムに合図をすると、2機のF-2が並んでF-4を先導する。
「機敏な動きだな」
ファントムのコクピットの中で2機のF-2の動きを見たピーター・ステーシーが呟いた。
「良く訓練されている・・・・・良い動きだ」
「わが国も、あのレベルの機体があればよいのですが」
.
ナビゲーターを務めるリンランド中尉がため息をついた。
「ファントムやタイガーでは・・・・・」
「そこは、パイロットの腕でカバーだな・・・・・」
ステーシーは、リンランド中尉に明るい声で答えながらも、
もちろん・・・・・それには限界はあるが・・・・・と、前方を飛ぶF-2Aを見ながら思っていた。
どんなに腕の良いパイロットでも、乗っている戦闘機の性能以上の能力を発揮させることはできない。
しかもその機体が、経年劣化が進んでいる機体だとすればどうなるか・・・・・?
前方を見つめていたステーシーは思索を中断して、リンランド中尉に向かって、
「後に続くぞ!」
「了解!!」
空母オーシャンの艦載機、F-4ファントムはファルコン隊のF-2Aに先導されて、夕焼けに染まった空を飛び、北九州基地の滑走路に着陸をした。
着陸をしたサザンランド海軍のファントムは、管制塔からの指示にしたがって誘導路を移動して行く。
ステーシーが機体の向きを変えると、エプロンに止まっている機体が見えてきた。
2人のパイロットは、思わず感嘆の声をあげた。
彼らを先導してきたF-2Aがいる。
F-15Jイーグルがいる。
彼らの乗る機体をバージョンアップした、F-4EJ改がいる。
C-2輸送機が、US-2飛行艇がいる。
どの機体もサザンランド軍にとっては、喉から手が出るほど欲しい機体だ。
「羨ましいですね・・・・・」
後部座席からリンランド中尉のため息交じりの声が聞こえた。
ステーシーは、その声には答えなかった。
彼らの機体の前方で、整備員が彼らの乗るファントムを誘導している。
ステーシーは巧みに操縦桿を動かしながら、誘導に従ってファントムをエプロンの指定の位置にぴたりと止めた。
整備員たちが駆け寄り、車輪には車輪止めがつけられ、コクピットの外側にはステップが取り付けられた。
ステーシーはキャノピーを上げると、ファントムのエンジンを停止させた。
ステーシーとリンランドはシートベルトを外すと、機体につけられたステップを降りて北九州基地に降り立った。
整備員たちが整列をすると、ステーシーとリンランドに敬礼をした。
ステーシーとリンランドは、ヘルメットを取り答礼を返した。
二人の前に女性士官が歩み出た。
士官は敬礼をすると、
「北九州基地へようこそ。 空軍中佐・真田正美です。 基地司令官がお待ちです。 これからご案内いたします」
二人を先導して歩き出した。
二人のパイロットは、そのあとに続いた。
正美の後を歩く二人の視界には、展示用に駐機しているF-15JやF-2Aが見える。
少し離れた場所には、F-2が4機ずつ駐機している。
ステーシーは、そのうちの4機の尾翼のマークに気が付いた。
「あの機体は?」
ステーシーはF-2を指さして正美に尋ねた。
「はい、F-2A・・・・・私たちジャンヌダルク隊所属の機体です」
明日の航空祭での展示飛行のために、ファルコン隊所属機とともに、あの場所に駐機しています・・・・・正美は答えると、「では、参りましょう」と、先に立って歩き始めた。
ステーシーとリンランドは、お互い顔を見合わせた。
彼女が戦闘機のパイロットだと?
うちのジャジャ馬娘たちとは、ずいぶん違いますね。
『女性戦闘機パイロットは、わが国にもいますが・・・・・?』
スプリングフィールド空軍基地での井出の言葉を思い出し、前を歩く正美の背中を見ながら、この”ミッション”について改めて考えていた。
パイロットスーツからサザンランド海軍士官の制服に着替えた二人の士官は、正美の案内で司令官室で基地司令官の朝倉雄一と対面をした。
ステーシーは、北九州基地航空祭への突然の参加要請への謝罪。
そして、翌日行われる展示飛行参加への骨折りへの感謝を伝えた。
朝倉は遠路はるばる日本までやってきた二人を労い、翌日の航空祭への参加を歓迎した。
ステーシーは、展示されている機体について、日本の空軍力を称賛した。
微笑みながらステーシーの話を聞いている朝倉の制服を見たステーシーは、制服のある一点を見て、事前に調べた情報と頭の中で照合をした。
「失礼ですが、司令官はパイロットですか?」
「ええ・・・・・私もパイロットのライセンスを持っています」
朝倉は微笑みを浮かべながら答えた。
その視線は、ステーシーの目に向けられている。
「先日発生した『東シナ海事件』では、自ら陣頭に立たれたと伺っていますが?」
ステーシーの質問に、朝倉は苦笑をした。
「・・・・・いったい誰が、そんな噂を・・・・・?」
ステーシーの顔に微笑が浮かんだ。
「世界各国の空軍士官で、あの戦いに先頭を切って駆け付け、あっという間にフランカー2機を撃墜したパイロットを知らない者はいないでしょう」
「私は、たまたま飛行訓練に出ていただけです」
通信を聞いて、近くにいたので駆け付けただけですよ・・・・・朝倉が言うと、ステーシーとリンランド中尉は、お互いに顔を見合わせた。
ステーシーは朝倉に向き直り、その知的な瞳に視線を向けた。
頭の中で国防省から得た朝倉雄一の情報を目まぐるしく検索していた。
朝倉雄一・・・・・隣国の半島国家間で起きた第一次紛争では、石川基地所属のオリオン飛行中隊を率いて戦い、撃墜王になった男。
第一次紛争後、一時的に国防省に勤務をした後、北九州基地に作戦参謀として着任し、女性パイロットを集めた飛行中隊を創設した。
それがあの女性士官の所属する部隊・・・・・ジャンヌダルク飛行中隊だ。
その後に起きた第2次紛争では、この部隊を創設していたことが幸いし、対馬海峡と九州の制空権を何とか確保することができた。
第3次紛争では、基地に所属する3部隊を率いて戦った。
サザンランド国防省が得た情報では、戦いの帰趨を決することになった敵の司令部を直接攻撃する作戦を立案したのは、彼の目の前にいる男だということだ。
そして、惨めな敗北となった第一次紛争の『ドッカ反攻作戦』での、退却戦の殿(しんがり)を務め、参加部隊の犠牲を最低限度に収めた男でもある。
サザンランド国防省の朝倉に関する評価報告書は、こう締めくくっていた。
『現在、日本国空軍では最高の指揮官。 数年以内に空軍の最高指揮官になると思われる』
ステーシーの目の前に座る朝倉は、微笑みながら言った。
「明日は飛行展示を通じて、日本国民との親睦を深めてください。楽しみにしています」
翌朝・空軍・北九州基地
「これは?」
「みんなが、この基地にいる空軍を見に来たのか?!」
司令部施設の屋上から、エプロンや格納庫の前を見渡したステーシーとリンランド中尉は、驚きの声を上げていた。
彼らの視線の先、いつもならば飛行機を駐機している広いエプロンは、今朝は老若男女問わず多くの人たちに埋め尽くされている。
そして、すべての人たちが今日の航空祭を見るために、この場所に集まったのだ。
「これより、北九州基地航空祭、オープニングフライトを行います!」
アナウンスが流れると、エプロンに駐機していたF-15JとF-2Aのエンジンが始動した。
整備員が機体のチェックを始めると、二人のパイロットがそれぞれの機体に乗り込んだ。
「まったく・・・・・新谷さんがやらかしてくれたから・・・・・・」
F-15Jのコクピットに座ったパイロット、野口明史はコクピットの計器をチェックしながらぼやいていた。
もともと野口は、この後行われるユニコーン隊の4機が行う機動飛行展示のメンバーだった。
それが新谷機のトラブルのため、オープニングフライトに回されたのだ。
「野口、気持ちを切り替えろ!」
レシーバーにオープニングフライトのパートナーを務めるファルコン2・・・・・高村進一郎の声が聞こえた。
「わざわざここまで来て見てくれる人たちが、たくさんいるんだ。 良いフライトを見せようぜ!」
高村の言葉を聞いた野口は、視線をエプロンに向けた。
暖機運転をしている2機の戦闘機に向かって、たくさんの人たちが手を振っている。
コクピットから野口が手を振ると、たくさんの人たちが大きく手を振り返してきた。
野口の顔には自然に微笑みが浮かんだ。
「了解! 良いフライトをしましょう!!」
二人のパイロットがコクピットから合図をすると、車輪止めが外されエンジン音が高まっていく。
整備員が合図を出すと2機の戦闘機はゆっくりと動き出して観客の前を誘導路に向かって移動をしていく。
観客たちはコクピットに乗るパイロットに手を振っている。
その様子を見ていたステーシーは、驚きを隠せなかった。
2機の戦闘機が滑走路から離陸をして、上空で急旋回や急上昇などの機動飛行を披露している。
ステーシーとリンランドは屋上からその動きを目で追い、感嘆の声を上げていたが、
「いかがですか?」
後ろから聞こえてきた声に二人が振り返ると、スピーチを終えた基地司令官、朝倉雄一が立っていた。
「空軍と国民の距離が、ここまで近いというのは、正直なところ驚きです」
ステーシーの言葉に、朝倉は肩を竦めながら答えた。
「わが国の国民すべてがそうではありません」
朝倉は空を飛ぶF-15やF-2を見上げる人たちを見ながら、
「だからこそ、我々の存在を正しく理解してもらうために、このような機会が必要なのです・・・・・」
私たちが国民とともにいるということを示すためにも・・・・・朝倉は微笑みながら、
「ですからお二人も、この機会にサザンランドと日本の国民との友好関係を深めてください」
それでは・・・・・と、朝倉は二人に敬礼をして立ち去った。
ステーシーとリンランドも答礼を返す。
基地上空では、ユニコーン隊のF-15Jの編隊飛行が始まった。
エンジン音があたりに響いている。
ステーシーとリンランドは、しばらくその様子を目で追っていたが、
「私たちも下に降りよう」
ステーシーはリンランドを促して建物を降り、彼らが乗ってきたF-4ファントムに向かって歩いて行った。
サザンランド海軍のパイロットスーツに身を固めた二人が、エプロンの展示スペースに駐機してあるファントムに歩み寄っていく。
その横には、日本のF-4EJ改が並んで駐機されている。
日本では目にする機会がめったにないサザンランド海軍の空母艦載機を目にして、多くの航空マニアは立派なカメラで写真を撮っている。
そんな様子を二人のパイロットは驚いてみていたが、観客の一人が二人に気が付くと、
「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」
日本語で話しかけながら、身振り手振りで二人にアピールをしてスマートフォンで写真を撮った。
二人の周りには、たちまちのうちに人の輪ができていく。
写真撮影を頼む人。
二人の乗ってきたファントムについての説明を求める者。
ある意味では日本人にとってなじみの薄い、サザンランドという国について質問する人。
日本語で、あるいは片言の英語で話しかけられて二人が困惑していると、空軍の制服を着た女性士官が頭のポニーテールを揺らしながら二人の側にやってきた。
「はい皆さん、落ち着いてください。 おちついてくださいね〜〜!」
明るい大きな声で観客を見まわしながら声をかけると、
「突然、失礼しました。 私はジャンヌダルク飛行中隊のパイロット、岩田敦子といいます。 よろしくお願いします!」
突然目の前に現れた女性パイロットに、観客たちから歓声が上がる。
周りの人の関心は、二人から完全に岩田に移った。
「サザンランドは太平洋にある国で、今回は親善のためにお二人が北九州基地での航空祭に参加をしてくださいました。 皆さん、お二人に大きな拍手を!!」
岩田に促されて、観客が拍手をする。
ステーシーとリンランドは、戸惑いながらも手を振ってこたえている。
岩田は二人に一礼すると、
「それではお二人には、あちらのファントムに移動していただきます。 ご質問や写真を撮られる方は、そちらでお願いいたします」
岩田が先に立って歩き、二人が後に続く。
人の輪が途切れて三人の前に自然に「通路」ができていた。
ファントムの前では、北九州基地の管制官を務める岩佐則夫中尉が待ち構えていた。
再び始まった航空祭の観客と、ステーシーとリンランド、サザンランド海軍のパイロットとの会話を、岩佐が的確に英語に通訳して伝える。
時にはステーシーが片言の日本語でおどけて見せ、観客を笑わせる。
その様子を人垣の後ろから見ていた岩田敦子は、安ど感から大きなため息をつき、後ろを振り返った。
少し離れた場所から、制服姿の朝倉と、パイロットスーツに身を固めた正美が岩田を見守っていた。
朝倉が小さく頷き、正美が右腕を突き出し親指を立てた。
岩田は満足そうにうなずくと、小走りに二人のもとに向かった。
この後は、彼女も仲間たちとの展示飛行が待っている。
ステーシーは人垣越しに歩き去る三人の姿を見て、ある考えが浮かんでいた。
続きは執筆中 しばらくお待ちを!
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