あの戦いから、3年の月日が流れていた。
 対馬への侵攻を阻止されたあの国は、停戦交渉のテーブルに就き、連合軍との間に停戦条約が成立し、戦雲は一先ず去った。

 日本の国防軍も停戦の成立確認後、戦時体制を解いて通常体制に戻り、消耗した部隊の再編や人事異動を行っていった。
 最前線となった空軍の北九州基地では、宮下司令官、竹間参謀長をはじめ、戦いを指揮した幕僚の大幅入れ替えが行われ、作戦参謀を務めていた朝倉大佐が、少将に昇進した上で基地司令官となった。

 真田正弘大尉は、後に第1次紛争と呼ばれる前の戦いで捕虜となり女性にされてしまった。“真田正美”として空軍に復帰した真田は、第2次紛争での対馬をめぐる攻防戦では、女性パイロットを集めた飛行隊、ジャンヌダルク飛行隊のF−2戦闘攻撃機16機を率いて戦い、海軍の第2護衛艦隊や、同期の梶谷大尉の率いるユニコーン飛行隊の援護もあり、見事勝利を収めた。

 戦いの中で、いつしか正美を女性として見るようになっていた梶谷は、停戦成立後、正美に結婚を申し込んだ・・・。基地で、一緒に戦った仲間たちに見守られながら結婚式を挙げる2人、命をかけて戦った戦士達に、安らぎの時が訪れていた・・・。



ガールズ・ファイター外伝

ジャンヌ2奮闘中!

(第1話)

原案:ファイターGT(新谷)

:逃げ馬





 空軍・北九州基地

 基地には、ジェットエンジンの音が響いている。
 冬の澄み切った青空の向こうから、2機のF−1支援戦闘機が着陸態勢に入っている。前を飛ぶのは、ジャンヌダルク飛行隊の副隊長を務める“ジャンヌ”2、石部雅子大尉の機体。その後方には、“ジャンヌダルク・リーダー”ジャンヌダルク飛行隊の飛行隊長、真田正美。今は結婚したので、梶谷正美少佐のF−1が飛んでいた。
 石部のF−1が高度を下げていく。コクピットの中では、石部がスロットルレバーを操作し、操縦桿を握っている。その腕に力が入る。機体は滑走路に進入していくと綺麗に着陸した。
 「上手くなったなあ・・・」
 正美がコックピットの中で呟く。彼女が飛行隊の指揮をとるようになって4年・・・パイロット達は、実戦でも幸いな事に戦死者も出さず、その後の訓練もあってメキメキと腕を上げていた。
 石部のF−1が滑走路から誘導路に移動すると、正美はインカムで管制塔を呼び出した。
 「コントロール! こちらジャンヌダルク・リーダー。最終侵入を開始します!」
 「コントロール、了解!」
 正美のF−1が最終侵入をはじめる。正美の視界の中で次第に滑走路が大きくなってくる。F―1の機首を滑走路にひかれた中央を示す白線に向ける。操縦桿を微妙に修正する正美。鋭い眼差しを滑走路に向けている。低い高度で滑走路に進入して行くと機体が綺麗に着陸する。タイヤが滑走路に接地した瞬間、タイヤからは白煙が一瞬上がった。ブレーキをかけながら機体の速度を落としていくと、滑走路にF−1を停止させた。機体の状態をチェックすると正美はF−1を誘導路に移動させていく。
「正美さん、さすがだな・・・」
石部はエプロン(駐機場)で機体から降りると、誘導路を移動している正美のF−1を見ながら呟いた。

 彼女はジャンヌダルク飛行隊が設立された時から、正美を補佐する“副隊長”を務めていた。最初は、正美が“元男”という事と、正美の腕に対する“嫉妬”から、他の隊員達と一緒になって、正美を無視するという行動をとったこともあった。しかし、正美の行動を見ているうちに、自分の行動が恥ずかしくなり、いつしか正美の生き方に共感して行った。
 そして、正美の指導によって彼女の操縦テクニックにはますます磨きがかかり、対馬をめぐる攻防戦では最後まで生き残って、戦いの後は宮下司令官の“飛行禁止命令”に叛いて、墜落した正美を救助するためにジャンヌダルク隊の全機を率いて捜索に飛び立った。
 海軍の第2護衛艦隊や、空軍の航空輸送団、そして、ユニコーン隊やファルコン隊のパイロットたちと共に正美の姿を夜の海で探しつづけた。正美の無事が確認されたときには、言いようの無い嬉しさを感じたものだった。

 正美の操るF―1が、駐機場に移動してきた。キャノピー(風防)を上げて周りを見ている。停止位置に機体を止めると、整備員が手早く車輪止めで機体を固定していく。正美は、エンジンを止めると機体に取り付けられたステップを降りてきた。整備員に微笑みながら声をかける正美。その綺麗な長い髪が冬の風になびいている。
 「本当に上手くなったわね!」
 正美は、ヘルメットを取りながら石部に微笑んだ。
 彼女たちは、今日の訓練で模擬空中戦をこなしてきた。部隊の設立時から彼女たちを見ている正美は、実戦をくぐりぬけたパイロットたちの進歩が、訓練を通して確実に感じられていた。
 「ありがとうございます!」
 石部も正美を見つめながら微笑む。二人は整備員に機体を預けると、待機所に向かって歩いて行った。格納庫の前を歩いていると、突然、
 「よう! 帰ってきたのか!」
 声をかけたのは、整備班長の村田好治中佐だった。格納庫の中には真新しい2機のF―2が格納されている。村田は、その2機のF―2の機首に、可愛らしい猫のペイントを描いていた。
 「アッ・・・リーダー! お疲れ様です!」
 正美に声をかけたのは、ジャンヌ3・・・ジャンヌダルク隊の3番機に乗る岡村めぐみ中尉と、ジャンヌ7に乗る内田かおる中尉だった。彼女たちは新しく受け取ったF―2の整備状況を見に来ていたのだ。
 「二人ともご苦労様! 整備状況を見にきたの?」
 石部が、二人に声をかけた。
 「はい! やっぱり新しい機体が気になって!」
 内田が嬉しそうに笑った。
 「リーダー・・・よろしいのですか? わたしたちが新しい機体を先に受け取っても・・・」
 岡村が、心配そうに正美を見つめている。

 ジャンヌダルク隊は、“第2次紛争”と呼ばれている前の戦いが終わった時点で、7機のF―2を残していた。その後、紛争終結に伴って、ジャンヌダルク隊の保有していたF―2は、同じ北九州基地のファルコン飛行隊や、他の基地の飛行隊の損失機の穴埋めに転用されていった。そのため彼女たちは、旧式のF―1支援戦闘機で訓練を積むことになったのだった。しかし、戦いから3年経って、ようやく彼女たちにも少しずつだが新しいF―2がまわされてきたのだ。

 「もちろんよ! それに、あなたたち二人は、もうすぐ戦技競技会に行くでしょう。新しい機体で、いい成績を上げてきてね!」
 正美が、二人を励ますように言った。
 『こういう人なのよね・・・うちのリーダーは・・・』
 石部が正美の横顔を見つめながら頭の中で呟いた。
 普通は、上官から新しい機体を受け取りたがるものだ。それを正美は、練度の低いパイロットから、新しい機体に慣れさせるために新しいF―2を与えていった。
 「石部君、君の新しい機体もさっき運ばれてきたぞ!」
 村田が石部に声をかけて、石部の想像を破った。
 「アッ・・・ありがとうございます!」
 石部の反応に、村田が苦笑いした。
 「リーダー・・・本当にいいのですか?」
 正美を見つめる石部。
 「もちろんよ!」
 正美も、ニッコリ笑った。その笑顔を眩しそうに見つめる石部。
 石部は知っていた。正美が自分の腕を落とさないために、訓練メニューが終わった後に、乗員の機種転換訓練用に使われている複座型のF―2Bで飛行をしたり、皆が寝静まった後にシュミレーターで訓練を重ねているのを。
 「大事に使ってくれよ!」
 村田は、眩しそうに格納庫に置かれた2機のF―2を眺めていた。
 「ジャンヌダルク隊、16機のF―2がこの基地に揃うころには・・・」
 村田は無骨な手で、F―2の機体をポンポンと叩いた。
 「わたしは、もうここにはいない・・・」
 寂しそうな笑顔をみんなに向けた。
 「頼むぞ、良い成績を上げてきてくれよ!」
 岡村と内田に声をかける村田。二人は、必死に泣くのをこらえている。
 「「ハイ!」」
 二人が答えると、村田は優しく二人の肩に手を置いた。
 『そうだ・・・村田さんは、もうすぐ定年になるんだ・・・』
 石部は村田を見つめながら思った。

 村田は北九州基地で長年、整備班長を務め、その腕はパイロットたちから絶大な信頼を得ていた。あるパイロットにいたっては、真面目な顔で、
 「村田さんの整備したイーグル(F―15)は、性能以上の能力を出すんだぜ!」
 とまで言っていた。その村田も、あと数日で定年を迎える。例えその腕を惜しむ声が多かったとしても・・・。

 村田は優しい眼差しを岡村と内田に向けていた。
 「さあ、この機体は出発までにバッチリと整備をしておくからな!」
 ニッコリ笑うと、可愛らしいイラストをペイントしたF―2の機体をポンポンと叩いた。
 「班長!」
 整備副長の服部が、チェックリストの束を持って格納庫の奥から声をかけた。
 「ああ・・・今行く!」
 村田は片手を上げて石部たちに挨拶をすると駆け足で服部のところへ走っていく。石部は、そんな村田を見て小さくため息をついた。
 石部と正美は、格納庫で岡村たちと別れると待機所に向かって歩いて行く。その時、後ろから足音が聞こえてきた。
 「正美! 石部さん!!」
 聞きなれた声に二人が振り返った。整備班の村田圭子が走ってくる。帽子から出たセミロングの黒髪が揺れている。
 「ご苦労様! 二人とも今日の訓練メニューは終わりかな?」
 ニコニコ笑いながら二人に話し掛ける圭子。微笑む正美。石部も自然に笑顔になる。
 「うん、今日はもう上がりよ!」
 石部が答えた。
 「どうしたの?」
 正美が首をかしげる。そんな正美と石部を見つめながら圭子がニッコリ微笑む。
 「もうすぐバレンタインでしょう? どう? 一緒にチョコを作らない?」
 「いいですね! 賛成!!」
 石部がはしゃいでいる。その横で、正美は顔が強張ってしまっていた。
 「そんな・・・女の子みたいな真似・・・・」
 「今なんて言ったの? ま・さ・み・ちゃん、今のあなたは女の子なんですからね〜」
 圭子が正美の方を指差しながら笑う。そして一言、
 「しかも“人妻”!!」
 圭子と石部が大笑いしている。正美は、ばつが悪そうに頭を掻いている。

 圭子は、かつては男だった正美・・・真田正弘の婚約者だった。
 第一次紛争で正弘が撃墜された後、国防軍に入隊し、父親である村田好治中佐の下で、今も整備員として活躍している。
 女性になってしまった“正美”を親身になってサポートしたのも圭子だったし、ジャンヌダルク隊の指揮をとっていた正美と隊員たちの対立を解消するために努力をしたのも圭子だった。そんな圭子と正美の間は、かつての婚約者という関係から、いつしか“姉妹”のような関係に変化していった。もちろん、正美が妹だが・・・。

 「チョコなんてさ・・・」
 正美がぶつぶつ言っていると、
 「え・・・正美さん、ひょっとして梶谷さんにチョコを・・・」
 石部が少し驚いたように尋ねると、
 「そんなもの、男の人にあげた事なんて・・・」
 「エーッ? 梶谷さんにも?!」
 圭子が驚いて尋ねた。
 「うん・・・」
 正美は、恥ずかしそうに下を向いている。
 「信じられなーい!」
 石部が声を上げると、
 「よし! じゃあ、正美も一緒に作ろう!」
 「エッ?」
 「それはいいですね! 正美さん、一緒に作りましょうよ!!」
 石部が声を弾ませながら、正美の右手を掴んだ。
 「エッ?」
 正美の顔が強張る。圭子がニッコリ笑った。
 「さあ、早く着替えて一緒に買い物に行きましょうね! ま・さ・み・ちゃん!!」
 石部が正美の腕を掴んだままロッカーに連れて行く。
 「さあさあ、早く! 正美さん!」
 石部に引っ張って行かれる正美を、圭子はクスクスと笑いながらそれを見送った。

 勤務を終えた3人が、街にやって来た。
 街の繁華街は、バレンタインが近いこともあって賑わっていた。たくさんの人で賑わう街を3人が歩いて行く。
 「さて・・・それじゃあ、材料を買いましょうか・・・」
 圭子が先頭に立って店に入っていくと、石部と一緒におしゃべりをしながら材料に使うチョコレートを選び始めた。
 「そんなのを選ばなくても、こっちにあるじゃないか・・・」
 正美が指差した先には、綺麗にラッピングされたチョコレートが並んでいた。
 「わかってないですねえ・・・」
 石部が腰に手をあてながら正美を見つめている。その顔には苦笑いが浮かんでいた。
 「男の人は、やっぱり手作りのものが嬉しいでしょう・・・どうだったんですか? 正美さん?」
 「そ・・・それは・・・まあ・・・」
 正美が困ったような、複雑な表情を浮かべている。圭子がクスクスと笑い出した。
 「まあまあ・・・良いじゃない。さあ、選びましょう!」
 圭子は、正美に視線を向けた。
 「正美は、初めてだから私に任せてくれるかな?」
 今の正美に、選択の余地などない。
 「うん・・・」
 圭子と石部が一緒に材料を選んでいく。
 「このチョコが良いんじゃないかなあ・・・」
 「でも・・・これも評判が良いそうよ・・・」
 おしゃべりをしながらあれこれ選ぶ二人を、正美は不思議そうに見つめていた。

 3人は、チョコの材料とラッピングの材料を両手に抱えて圭子の家・・・村田中佐の自宅にやって来た。
 「ただいま・・・」
 「「こんにちは!」」
 3人の声が玄関から聞こえると、
 「よお! いらっしゃい!!」
 ラフな格好の村田中佐が、ニコニコ笑いながら茶の間から玄関に出てきた。
 「おお・・・凄い荷物だなあ・・・何をはじめるんだ?」
 「な〜いしょ!」
 圭子が笑った。
 石部と正美も、村田と圭子のやり取りを見ているうちに自然に笑いが出てきていた。
 「さあ、上がって!」
 圭子に促されて石部と正美が家に上がる。
 「お邪魔します・・・」
 正美の言葉に、
 「他人行儀な奴だな!」
 村田が正美の背中を『ポン』と叩いて笑った。

 3人は台所にあるテーブルの上に材料を置くと、圭子はエプロンをつけて腕まくりをした。
 「さあ、はじめるぞ〜!!」
 「オー!!」
 石部が応じる。そんな二人を見て、顔が引きつる正美。
 「ハイ! 正美さん、これを着てくださいね!!」
 石部が、ネコのイラストが描かれたピンク色の可愛らしいエプロンを手渡した。
 「エッ・・・?」
 エプロンを持ったまま呆然とする正美。
 「エプロン・・・着けないと服が汚れちゃうわよ!」
 圭子が笑った。
 「特に正美の場合は!」
 「・・・そんな事言わなくても・・・」
 正美は唇を尖らせ、頬を膨らませながらエプロンをつけた。
 石部と圭子が一緒にチョコを作り始めた。二人がおしゃべりをしながら手を動かしている。正美はそれを不思議そうに見つめていた。
 「ほら! 正美さんもボーッとしていないで!」
 石部の声に、正美が我に帰った。
 「あっ・・・うん」
 正美が手を出した瞬間、
 「熱い!!」
 思わず手を引っ込める正美。手に、溶かしたチョコレートが付いてしまっていた。
 「大丈夫ですか?」
 驚く石部。
 「もう・・・そそっかしいんだから・・・」
 圭子が苦笑いをしている。
 「そんな事いったってさ・・・」
 正美は水道の蛇口から出る水でやけどをした手を冷やしている。
 「ふう・・・こんなにそそっかしい人が、なぜ空に上がると音より速く飛んでエースパイロットになるんだろう・・・」
 圭子は石部と顔を見合わせると二人でニッコリ微笑んだ。
 「「不思議よねぇ!!」」
 そんな二人を見ながら、正美は苦笑いをするだけだった。
 悪戦苦闘しながら、何とか正美はトリュフチョコを作り上げた。
 「うん・・・初めてにしては上々ですよ! きっと梶谷少佐・・・喜びますよ!」
 石部がニコニコしながら笑っている。正美の顔にも笑顔が浮かぶ。
 「さあ、こっちも出来たわよ!」
 圭子の声に二人がそちらを見た。圭子が鉄板を持ってこちらに歩いてくる。
 甘い香りが台所に立ち込めた。鉄板の上には、クッキーがずらりと並んでいた。
 「さあ、ラッピングをしましょう!」
 石部の声に促されて3人はおしゃべりをしながら袋にクッキーとチョコを入れていく。袋に可愛いリボンをつける3人。
 「あれ? 正美さん、2つ作っているんですか?」
 石部の声に。
 「うん・・・」
 正美が頬を赤く染めた。
 「一つは梶谷さんでしょう・・・もう一つは?」
 「・・・」
 正美は応えない・・・ニコニコ笑っているだけだ。
 「圭子さんは、誰にあげるの?」
 「フフフッ・・・内緒よ!」
 微笑む圭子。
 「そう言う石部さんは、誰にあげるの?」
 「そうですねぇ・・・貰い手がいないから空から撒こうかな?」
 みんなが笑う。正美が時計に目をやった。
 「アッ・・・そろそろ帰らないと・・・晩御飯作らなきゃ!」
 少し慌てた正美を見た圭子は、
 「あらあら・・・すっかり主婦しちゃって」
 「一応は・・・“人妻”ですからね!」
 正美は笑いながら身支度を済ませると、
 「それじゃあ、また明日ね!」
 「アッ・・・私はもう少ししてから帰りますから」
 石部の言葉に正美は頷くと、手を振って部屋を出て行った。
 「よお・・・また、ちょくちょく遊びに来いよ!」
 玄関で村田中佐が正美に声をかけているようだ。
 「じゃあ、私の部屋に行く?」
 「うん」
 圭子と石部は台所から圭子の部屋に移動した。
 「ここが私の部屋よ」
 圭子がドアを開けて石部を部屋に招きいれた。
 「綺麗にしていますね・・・私も見習わなきゃ!」
 石部が部屋を見回している。圭子は部屋に置かれた本棚のところに歩いていくと、何かを片付けた。
 「ちょっと待っていてね!」
 圭子が部屋を出て階段を下りていく。石部は再び周りを見回した。本棚に写真たてが一つ置かれている。石部は立ち上がるとその写真たての写真に見入った。F−15戦闘機をバックにパイロットスーツを着た精悍な顔つきの若い男と圭子が微笑みながら写っている。その脇には、もう一つ写真たてが写真が見えないように倒してあった。
 「これは、うちの基地よねぇ・・・」
 F−15を使っているのは、北九州基地ではユニコーン隊だ。しかし、写っているパイロットは石部には見覚えがなかった。
 「圭子さんも・・・私服だしなあ・・・」
 部屋のドアが開いた。
 「お待たせ!!」
 圭子がトレーにコーヒーとケーキを載せて部屋に戻ってきた。部屋に置かれたテーブルにケーキとコーヒーを並べていく。
 「さあ、食べてね!」
 圭子が石部に笑顔を向けた。
 「圭子さん・・・この写真に写っている男の人は・・・?」
 「エッ?」
 圭子が慌てて石部の指差す方向を見た。たちまち圭子の頬が赤くなった。
 「かっこいい男の人ですね・・・圭子さんの彼なの?」
 悪戯っぽい瞳で石部が圭子を見つめている。
 「エッ・・・うーん・・・」
 俯いてしまう圭子。そんな圭子にかまわず、石部は、
 「でも・・・あの写真はうちの基地ですよね。写っているのはイーグル(F−15)。でも、ユニコーンにはこの人はいないですよ・・・」
 石部は圭子に向き直ると、
 「転属した人ですか?」
 「う・・・うん・・・まあそんなとこかな?」
 圭子が曖昧に笑った。
 「うーん・・・でも、かっこいい人だなあ・・・この人、操縦は上手いんですか?」
 「うん・・・“北九州のユニコーン(一角獣)”って言われていたわ」
 「そうなんだ・・・そんなことを言われるほどなら、ものすごいパイロットなんですねぇ・・・会ってみたかったなあ・・・」
 写真を見上げる石部の後ろで圭子が悲しそうに俯いている。石部が圭子の方を向いた。
 「・・・どうかしたの?」
 「・・・う・・・うん・・・なんでもない!」
 圭子が笑った。
 「さあ、食べよう! さっき買ってきたケーキ。正美は帰っちゃったけどね!」
 「うん」
 二人はケーキを食べ始めた。また、二人が楽しそうにおしゃべりをはじめる。
 外はすっかり暗くなってきていた・・・。



 数日後・空軍・北九州基地

 今日は、バレンタインデー・・・・基地内の男性たちは、みんながそわそわしている。
 「ハァ〜・・・バレンタインかよ〜!」
 ユニコーン隊の北田と新谷がスクランブル要員で待機所にいた。待機所に隣接した格納庫には、彼らの愛機、対空装備をしたF−15イーグルが2機、いつでも発進できるように格納されている。
 「どうしたんですか・・・北田さん?」
 椅子に座ってコーヒーを飲んでいた新谷が、落ち着かない北田に視線を向けた。
 「今日は2月14日・・・バレンタインデー・・・それなのに何が悲しくて俺たちはスクランブル要員にならなきゃいけないんだよ・・・」
 北田は新谷に向かって一気にまくしたてると、窓の外に視線を向けた。滑走路からF−2が離陸していく。
 「お嬢さんたち、戦技競技会に出発だな!」
 岡村と内田が操るF−2がジェットエンジンの音を響かせながら離陸して行った。
 「僕たちも明日、出発ですよね」
 新谷が尋ねると、
 「ああ・・・お嬢さんには負けられないよ!」
 北田が笑った。
 「ところで、北田さんがそんなに怒るということは・・・もらえる相手がいるのですか?」
 北田がムッとした表情を新谷に向けた。
 「・・・いないから怒ってんだよ!!」
 北田の答えに新谷が笑い出した。その時、
 「ご苦労様!」
 「あ・・・正美少佐!」
 新谷が弾かれたように椅子から立ち上がった。北田も慌てて立ち上がって敬礼した。
 「二人とも、ご苦労様・・・」
 正美がニコニコ微笑みながら、袋の中から小さな箱を二つ取り出した。
 「ハイ! 新谷君!」
 かわいいリボンがつけられた小さな箱を見た新谷の顔が赤くなってくる。
 「あ・・・ありがとうございます!!」
 嬉しそうに手の中の箱を見つめる新谷を、羨ましそうに見ている北田。
 「北田君?!」
 「エッ?」
 「ハイ・・・これ・・・」
 差し出された正美の手の中に、小さな箱を見た北田の顔が嬉しさのあまり笑顔になる。
 「あ・・・どうも・・・その・・・ありがとうございます!!」
 北田が頭を下げてチョコを受け取った。そんな北田を見て、正美と新谷がクスクスと笑った。
 「それじゃあ、二人ともご苦労だけど、頑張ってね!」
 正美が待機所を出ていく。北田たちは敬礼をして送り出した。正美の姿が見えなくなると、二人は顔を見合わせると大急ぎでリボンを外して箱の包装紙をはがして箱を開けた。
 「うう・・・売っている奴だけど・・・」
 北田の顔が自然に笑顔になる。
 「良かったですね! 北田さん!!」
 「おまえ・・・正美さんに貰えるなんて・・・最高だぜ!」
 北田が新谷の箱からチョコをつまんだ。
 「あ・・・北田さん! 自分のを食べればいいじゃないですか!」
 「いただきまーす!」
 北田が新谷の箱から摘んだチョコを口に入れようとした瞬間、
 『ビーーーーッ』
 警報ブザーの音が、待機所に響いた。スクランブル(緊急発進)だ。
 「くそっ! なにも、こんな時に!」
 二人は弾かれたように立ち上がると、ヘルメットを掴んで格納庫に走る。
 「「まわせ〜!!」」
 二人が叫ぶ。整備員たちは、既にF−15の周りで発進準備を進めていた。ジェットエンジンの音が格納庫に響いている。北田と新谷がコックピットに飛び乗った。ベルトを締めると二人が計器のチェックを進めていく。
 「くそ・・・せっかくだから、食べてから出たかったぜ!」
 北田は、すばやく計器のチェックを終えると、
 「オールグリーン! ユニコーン2、スタンバイ!」
 「ユニコーン3、スタンバイ!!」
 二人がコックピットからお互いを見つめる。北田は小さく頷くと、
 「発進!!」
 精悍な顔で前を見つめる北田と新谷、視線は鋭い、その表情には、さっきまでのおちゃらけた表情はない。二人は完全にファイターパイロットになっていた。
 2機のF−15イーグルがジェットエンジンの音を響かせながら格納庫を出て行く。誘導路を移動して滑走路に入ると、アフターバーナーを全開にして離陸して行った。
 誰もいなくなった待機所に置かれたテーブル。その上には、包装紙をはがされた箱の中に入ったチョコレートが残されていた。

 正美は、格納庫脇の整備員詰所にいる村田好治中佐のところへやって来ていた。既に先客がいた。
 「あれ? 正美さん?」
 石部が少し驚いた表情を正美に向けている。
 「お・・・どうしたんだ?」
 椅子に座っている村田中佐が、少し驚いた顔を向けた。正美が少し顔を赤らめながら、
 「今までずっとお世話になりっぱなしだったから・・・」
 正美が袋の中から自分で作ったチョコの入った可愛らしいラッピングをした袋を取り出した。
 「ハイ・・・これ・・・」
 村田はしばらくそれをじっと見つめていた。ニッコリ笑うと。
 「ありがとう!」
 受け取って自分の机に置いた。そこには既にリボンのついた可愛らしい箱が15個・・・。
 「あれ?」
 驚く正美。
 「うちの隊のパイロット、これで全員が村田さんにチョコをあげたみたいですよ!」
 石部が笑う。目を細めながら、
 「もう一つの“本命チョコ”は、村田さんだったんですね!」
 正美の耳元で囁いた。ニッコリ笑って頷く正美。石部は村田に向き直ると、
 「村田さんは・・・現役でいるのは、明日までなんですね・・・」
 「仕方がないよ!」
 村田が苦しそうに笑った。
 「私だって、もっと飛行機の整備をしていたい・・・」
 村田はすっかり白くなった頭をぽりぽりと掻いていた。
 「しかしね・・・やはり定年という節目には勝てないよ」
 「でも・・・朝倉司令官はおっしゃっていましたよ『村田さんに嘱託として残ってくれと頼んだけど、固辞された』って・・・」
 「うん・・・しかし、どういう形にしろ私が残れば、若い奴の依頼心が抜けないだろう・・・若い奴を育てるためにも、年寄りはいつまでもいちゃダメなんだよ!」
 村田は寂しそうに笑った。複雑な表情で村田を見つめる石部と正美。
 「高校を出てから今まで42年間、ずっと飛行機の整備一筋で働いてきた・・・」
 村田が石部と正美に微笑みかけた。
 「その間・・・私が整備した飛行機が事故を起こさなかった事は、私の誇りだ。あんな戦争が起こらなければ、もっと良かったんだがな・・・出撃していった戦闘機が戻って来なかった時には・・・そりゃあ悲しかったぞ」
 正美が俯いてしまった。石部は、村田を見つめたまま身動ぎもしない。
 『村田さんは42年間も、こうしてパイロットたちを見つめ・・・支えてきたんだ・・・私たちは一人で飛んでいるような気になっているけど・・・・』
 村田は明るく笑った。
 「しかし、こうしてこの歳でパイロットたちからこんなにチョコレートを貰って・・・どんな勲章よりも私は嬉しいよ!」
 石部は頷いた。正美は瞳を赤く張らしている。
 「・・・本当に・・・ありがとう!」
 石部と正美は村田を見つめたまま黙って頷いていた。

 石部は正美と別れると、ブリーフィングルームに向かった。突然、
 「アッ?!」
 石部の前に、ファルコン飛行隊のリーダー、米村中佐が現れた。
 「おっとっと・・・よお!」
 米村がにっこり笑って手を上げた。その笑顔を眩しそうに石部は見つめていた。石部の視線が米村の腕の中にいった。そこにはたくさんのチョコレートの箱が・・・。
 『先を越されたか・・・』
 苦笑いする石部。その中の一つは・・・。
 『あの包みは・・・?』
 それは、石部たちが数日前に買ってきたラッピング・・・。
 『正美さんは、さっき村田さんに渡していた・・・もう一つは当然、旦那様の梶谷さんだ・・・と言うことは・・・?』
 石部の顔が強張った。
 「ん?・・・どうしたんだ?」
 米村の言葉に、我に帰る石部。
 「あ・・・今日はバレンタインですよね・・・ハイ! これを・・・」
 「おっ・・・ありがとう! 嬉しいよ!」
 「それでは・・・」
 石部は米村を振り返りもせずに歩いて行く。
 「まさか・・・圭子さんが・・・」
 石部の心に、さまざまな疑惑が湧いてきていた。



 同日、北九州・梶谷夫妻の自宅

 正美と梶谷は夕食を終えた。後片付けを終えると正美はリビングにいる梶谷のところへ行った。
 「今日は、チョコをたくさんもらえた?」
 正美が優しく微笑みながら尋ねた。
 「うん? まあ・・・いくつかね・・・」
 梶谷が複雑な表情で笑った。
 「そうかぁ・・・それじゃあ・・・」
 正美が台所の戸棚から包みを持ってきた。
 「ハイ! これは私から」
 正美がリボンの付いたラッピング袋を梶谷に渡した。
 「エッ?! これは・・・?」
 「私が作ったんだよ! 大変だったんだから!」
 正美が微笑む。梶谷は正美の手を見つめた。綺麗な指先には火傷の跡があった。
 「そうか・・・初めてだよな・・・正美にチョコを貰うのは・・・」
 「うん・・・ねぇねぇ・・・食べてみて!」
 「今?!」
 「うん!」
 梶谷はリボンを外すと袋を開けた。中に形は悪いがトリュフチョコとクッキーが入っている。梶谷がチョコを口に入れた。正美はそれをじっと見つめている。
 「美味しい?」
 不安そうに梶谷を見つめる正美。
 「うん・・・美味しいよ!」
 梶谷は、優しく正美を抱き寄せた。
 「ありがとう・・・正美!」
 梶谷は、正美に優しくキスをしていた・・・。



 翌日・空軍・北九州基地

 「総員整列!!」
 号令がかかり、その時に手隙だった基地のパイロット、職員たち全員が格納庫の前に整列していた。
 その前に制服に身を包んだ村田中佐が現れた。朝倉司令官が、整列した職員たちの前に進んだ。
 「村田中佐・・・あなたが国防軍でこれまで積まれて来た功績には、本当に敬服します」
 朝倉が村田をしっかり見つめている。その声は震えていた。
 『・・・本当に、定年とはいえこの人を失うのは惜しいのだが・・・』
 朝倉は、村田がこれまで縁の下でこの基地で果たしてきた役割を良く知っていた。その腕もさることながら、パイロットや職員たちの相談相手になり、時には厳しく叱り、時には優しく労わってあげていた・・・いわばこの基地の“父親”役を果たしてきていたのだ。
 「ありがとうございます」
 村田が優しく微笑みながら礼を言った。
 朝倉が姿勢を正した。
 「最高のメカニック、村田好治中佐に・・・」
 朝倉の張りのある声が格納庫に響く。
 「・・・敬礼!!」
 『ザッ』
 整列していた全員が村田に向かって敬礼した。
 ジャンヌダルク隊のパイロットは、皆が瞳に涙をためている。
 「ウッ・・・ウッ・・・」
 奥田は、肩を震わせて泣いている。石部や正美も、敬礼をしている手が震えていた。
 「村田さん・・・」
 石部が震える声で呟いた。
 彼女がジャンヌダルク隊に入って最初に乗ったF−1支援戦闘機、そしてF−2。その陰には、いつも村田の姿があった。
 夜、正美と一緒に話をしながら、古いF−1を整備していた村田。新しいF−2をいつも最高の状態にしていた村田。いつも優しく彼女たちを見守っていた・・・その人がついにこの基地を去る。
 いつのまにか、石部の頬を熱い涙が流れていた。

 「みんな・・・ありがとう! これからもみんな・・・がんばってくれよ!」
 村田が元気な声でみんなを見回しながら言った。
 「よし・・・村田さんを胴上げだ!」
 米村が叫んだ。
 「「「オー!」」」
 ユニコーン隊、ファルコン隊のパイロット、そして整備員たちが駆け寄る。たちまち村田の周りに集まると、抱き上げて胴上げをはじめた。
 「「「そ〜れ! そ〜れ!」」」
 村田の体が軽々と中を舞う。たちまち被っていた帽子が飛んでいった。胴上げは終わらない。石部や正美は、その光景をじっと見つめている。
 「お父さん・・・」
 瞳に涙をためた圭子が村田を見ながら呟いた。正美が優しく圭子の肩に手を置いた。二人が微笑む。
 夕日に照らされた格納庫の前で、年老いたメカニックを囲んだ人垣はいつまでも途切れなかった。



 ガールズ・ファイター外伝
 ジャンヌ2奮闘中(第1話)
 おわり

 こんにちは! 逃げ馬です。
 一部の方のリクエストに答えてガールズ・ファイターシリーズの外伝を書き始めました。この作品は、シリーズの中間あたりの時間軸に位置する作品になります。
 ファイターGTさんが感想のメールで下さった。『正美たちの普段の姿をみてみたい』と言うリクエストや、いろいろな意見を作者なりに取り入れて書いていきたいと思います。
 さあ、この後の展開は・・・以前に他のサイトでこのシリーズを読まれた方、そして今回はじめて読んでくださった読者の方にも楽しんでいただけるように書いて行きたいと思います。
 では、第2話でお会いしましょう!

 尚、この作品に登場する団体・個人は、実在する団体・個人とは一切関係のないことをお断りしておきます。

 2002年2月 逃げ馬







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