ガールズ・ファイター外伝
ジャンヌ2奮闘中!
(最終回)
企画・原案:ファイターGT
作:逃げ馬
東京・国防省庁舎
「先輩・・・いったい何事なのですか?」
国防省の廊下を、3人の青年士官が歩いている。
「仕方がないだろう? 突然、情報部の宮原部長に呼び出されたのだから・・・」
「まあ、そうカリカリしなさんな!」
髪を短く刈り込んだ長身の士官に向かって、彼と同年代に見えるが落ち着いた風貌の二人の士官が笑いかけた。
「・・・まあ・・・そうですけどね・・・」
長身の士官が口を尖らせながら、先輩らしい二人の後について廊下を歩いて行く。
「オッ?」
前から少将の肩章をつけた精悍な顔つきの将官と制服を着た若い女性が歩いてくる。青年士官は思わず女性に視線が行ってしまった。前を歩く二人の士官がサッと敬礼をした。慌てて先輩に倣って敬礼をする。こちらに向かって歩いてくる将官もゆっくりと敬礼を返した。若い女性も、微笑みながら敬礼をした。青年士官たちが二人とすれ違う。若い女性の階級章を見て彼は驚いた。
『あの若さで・・・空軍の少佐?!』
思わず振り返って女性の姿を見つめてしまう。どう見ても彼より若いはずなのに階級が上?
「小川さん小川さん!」
慌てて彼は、前を歩く先輩士官に声をかけた。
「何だ?」
「今の女の子の階級章・・・少佐でしたよ!」
「エッ? あの若さで?」
小川と呼ばれた若い士官が驚いて振り返った。視線を歩き去る将官と女性に向ける。しかし、二人は廊下を曲がって姿が見えなくなってしまった。
「西村・・・本当なのか? 結構可愛い娘だったから、少尉と見間違えたんじゃないのか?」
「そんなことはありませんよ!」
西村が口を尖らせながら言った。そんな西村の表情を見て思わず吹き出してしまう小川。
「分かった・・・分かったよ! おまえも、それくらいの観察力がないと、宮原部長に呼ばれるはずが無いしな・・・」
「おまえたち・・・知らないのか?」
「なにをですか?」
「さっきの女性のことだよ」
もう一人の士官が、半ば呆れた表情で小川と西村を見つめている。
「・・・じゃあ・・・浜田さんは、あの人が誰だか知っているのですか?」
「ああ・・・」
浜田と呼ばれた若い士官は、振り返って廊下の向こうを見つめると、
「あれが・・・女性パイロットチーム・・・ジャンヌダルク飛行中隊の指揮官、真田正美少佐と、基地司令官の朝倉少将だよ」
「「エッ?!」」
驚いて西村と小川も正美が歩いていった方を振り返った。
「あれが・・・あのジャンヌダルク隊の指揮官・・・」
西村が思わず呟いた。あまりにも正美の外見が、西村のイメージと違っていたからだろう。西村は呆然と誰もいない廊下を見つめていた。小川も小さくため息をつくと、
「・・・人は見かけによらないって言うのは、このことだな・・・」
肩を竦めて小さく笑うと、西村に視線を移した。
「おい・・・いつまでボーッとしているんだ! 宮原部長が待っているぞ!」
西村を促して歩き始めた。
「アッ・・・ハイ!」
西村も慌てて歩き出した。3人が廊下を歩いて行く。小川はチラッと浜田の横顔を見た。彼には気になることがあった・・・。
「浜田?」
「うん? 何だ?」
浜田は、いつもと変わらない笑顔を小川に向けた。
「おまえ・・・国防大学を卒業したら任官を拒否するという噂・・・本当なのか?」
小川は、じっと浜田の澄んだ目を見つめている。西村は驚いて振り返った。
「アア・・・そうだよ」
浜田が微笑みながら頷いた。悲しそうな視線を浜田に向ける小川・・・彼と浜田は、国防大学の同期生なのだ。
「なぜ・・・なぜ主席のおまえが任官を拒否するんだ!」
「そうですよ!・・・浜田さんほどの人ならば、いずれは部隊の指揮官や、国防省の要職に・・・」
浜田は必死に止めようとする小川と西村に微笑みながら、
「俺は出世には興味が無いんだ・・・それに、もう決めたことなんだ・・・」
浜田は寂しそうに笑った。何も言えずに小川は浜田を見つめている。小川は浜田の中に、何か言いようの無い影を見たような気がした。
「いったい・・・なぜなんだ・・・浜田!」
小川が語気を強めて尋ねたが、
「さあ、宮原部長が待っているぞ!」
浜田は、先に立って廊下を歩いて行く。小川と西村は、顔を見合わせて首を傾げると、急いで浜田の後を追った。
「ここには来た事があるかね?」
ドアのノブに手をかけながら、朝倉が笑った。
「はい・・・前の戦いが終わった後に・・・」
「そうか・・・」
朝倉が立派なドアを開けた。ドアが軋みながら開いていく。部屋の中では制服を着た3人の将官がソファーに腰をおろして正美たちを待っていた。
「よう! 久しぶりだね!!」
鬼瓦のような顔を崩して、笑いながら正美と朝倉に声をかけたのは、海軍の小沢総一郎中将だった。
『やはり・・・あの件か・・・』
朝倉の顔に苦笑いが浮かんだ。朝倉の横では、正美が靴の踵を合わせてサッと敬礼をしている。小沢はソファーから腰を上げると、朝倉の前に立ち右手を差し出した。朝倉も手を差し出した。二人が握手を交わす。
「真田君も・・・あ・・・今は梶谷君か。久しぶりだね。結婚式以来かな?」
小沢が微笑みながら正美に右手を差し出した。正美も微笑みながら握手をした。
「お久しぶりです」
「久しぶりだな・・・真田少佐!」
空軍大将の階級章を付けた壮年の将官が正美に右手を差し出した。正美も握手をすると、
「どうも・・・総司令!」
正美と握手をしたのは、空軍総司令官・・・坂井孝之大将だった。坂井は空軍参謀長時代。第2次紛争の始まる直前に北九州基地の作戦参謀だった朝倉の進言で“ジャンヌダルク飛行中隊”を編成する手助けをしていた。結果的に第2次紛争では、それが九州の空軍戦力を守る結果になったのだが・・・。
「今日は、小沢君が君に会いたかったようだぞ!」
坂井総司令が優しく微笑んだ。朝倉は黙って、正美と坂井総司令を見つめていた。
『小沢さんがね・・・』
朝倉は、ニコニコしながら正美を見つめている小沢に視線を向けた。小沢の横には彼の副官だろうか? まだ30代半ばに見える中佐の肩章を付けた男が立っている。
「さあ、腰をおろしてゆっくり話そう!」
小沢に促されて正美と朝倉はソファーに腰をおろした。坂井総司令が正美と朝倉を見つめていた。やがて・・・。
「今日、君たちに来てもらったのは・・・」
坂井は正美たちと、むっつりおし黙っている小沢の顔を見比べながら、
「・・・小沢君が、真田少佐を是非、海軍に欲しいと言ってきてね・・・」
「総司令! その件は以前、私からお断りしたはずですが・・・」
朝倉が遮ろうとしたが、
「まあ、まあ、朝倉君・・・私の話を聞いてからでも遅くは無いだろう?」
小沢がニコニコしながら言った。朝倉も渋々ながら口を閉じて小沢を見つめている。
「まあ、突然で驚いただろうがね・・・」
小沢の笑顔を正美は澄んだ瞳でしっかり見つめていた。
小沢は第2次紛争では、佐世保を母港にしている第2護衛艦隊の艦隊司令官を務めていた。
対馬を巡る攻防戦の序盤で艦隊の半数を失ったが、ジャンヌダルク隊の援護を得て危機を乗り切った。
そして、九州の航空戦力が敵の弾道ミサイルによる攻撃で壊滅状態になり、正美たちジャンヌダルク隊が敵の迎撃に向かったときには、小沢は躊躇うことなく、艦隊を交戦空域と九州の中間に移動させ、正美たちの迎撃を突破して九州に向かう敵を迎撃した。戦いが終わり、正美が“死神”と恐れられていた敵のエースパイロットと相打ちになった時には、空軍の救助部隊が捜索を止めて引き上げたにもかかわらず、小沢は空軍の航空輸送団にも呼びかけて、夜の海で正美の姿を探しつづけた。
紛争終結後、小沢は第2護衛艦隊の司令官から、国防省の海軍部に異動になった。それについてはいろいろな噂があったが、誰もが口を揃えて言うのが、小沢は“海軍きっての智将”、“近い将来の防衛艦隊司令長官”という評価だった。
『・・・その提督が・・・僕に海軍に来いだって?』
驚いて小沢を見つめる正美。
「我々海軍は第2次紛争の戦訓をいろいろな角度から研究した結果、海軍独自の航空戦力・・・空母機動部隊を設立することになった・・・高柳君!」
小沢に促されて、今まで小沢の横に座って口を閉ざしていた中佐の肩章を付けた知的な顔つきの男が一礼して正美たちの方に向き直った。
「我々は、あの戦いの後、小沢提督の提案を元にプロジェクトチームを結成し検討の結果、7万トン級の大型空母を2隻、VTOL(垂直離着陸)戦闘機と対潜ヘリコプターを中心に運用する軽空母を2隻、建造することになりました・・・」
高柳が朝倉と正美の前にファイルを開いて机の上に置いた。中には航空母艦の設計図と完成予想のイラストが綴じてあった。スマートなシルエットの大型空母と、スキージャンプ台を飛行甲板に備えた軽空母・・・。
「スマートなデザインの空母ですね・・・」
正美が呟くと、
「大型空母は、『ずいかく』と『しょうかく』。軽空母は、『ずいほう』と『しょうほう』と命名される予定です」
高柳は正美に視線を戻すと、
「・・・そこで問題になるのが、空母艦載機のパイロットです・・・」
小沢も頷くと、
「残念ながら第2次世界大戦後は、わが国は海上航空戦力は持たなかった。しかし、いまや世界の海を日本の商船が走り、しかもわが国の資源は輸入に頼っている・・・そのシーレーン(海上交通路)を守る必要もあるし・・・」
小沢は正美の顔をしっかり見つめると、
「・・・3年前のような危機があるとね・・・」
正美も小さく頷いた。3年前・・・たまたま弾道ミサイルは北九州基地の滑走路の外に落ちたが、それが滑走路に落ちていれば正美たちは迎撃には向かえず、九州は敵の攻撃隊によって蹂躙され対馬は陥落していただろう。
「そこで・・・君に海軍の空母艦載機・・・戦闘機部隊のパイロットたちを育てて欲しいんだ!」
小沢は鬼瓦のような顔で正美をしっかり見据えると力強く言った。正美は大きな瞳を見開いて、小沢の顔を見つめていた・・・。
空軍・北九州基地
「あ〜あ・・・」
格納庫に置かれたF-2の主翼の上で、岡村が大きくため息をついている。主翼の上に座り込んで両足をブラブラさせていると、
「メグ! どうしたのよ?!」
突然呼ばれて岡村が翼の上から下を見ると、石部が腕を組んでこちらを見上げている。
「アッ・・・石部さん!」
「落ち込んだ顔をしちゃって!」
悪戯っぽく微笑む石部の言葉に、岡村は苦笑いをすると頭を掻いていた。
「どうしたの?」
岡村は、小さくため息をつくと、
「いえ・・・昨日はあっさりと朝倉司令官に“落とされて”しまったので・・・」
肩を落としながら苦笑いした。小さくため息をつくと、
「ダメですよね・・・私たちは現役のパイロットなのに、ライセンスを維持する時間しか飛んでいない司令官に負けるようでは・・・」
「相手が悪すぎるよ!」
いつの間に来たのか・・・格納庫の入り口で整備班長の服部が二人の会話を聞いて笑っている。
「相手は、第1次紛争の撃墜王・・・“石川の騎馬武者”だぞ! たとえ司令官が普通のF-2に乗っていても、君達が8対1でも勝てるかどうか怪しいものだな!」
服部はF-2の主翼の下までやってくると岡村を見上げながら笑った。
岡村は瞳を大きく見開いてF−2の翼の上から彼女を見上げる服部を見下ろしている。
「まさか・・・」
「本当だよ!」
ニコニコ微笑む服部を、石部も驚いて見つめていた。
「服部さん・・・8対1なら・・・いくらなんでも・・・」
「いやいや・・・相手は第1次紛争で“北九州のユニコーン”と撃墜王を争った名パイロットだ。朝倉さん程のレベルになれば、乱戦になればなるほど強くなるからな・・・・。まだまだ岡村君たちでは・・・」
服部は小さく笑うと、
「そう落ち込みなさんな・・・昨日は良い経験が出来たと考えて、もっと訓練を積んで腕を磨くんだな。なんたって君はジャンヌダルク隊のメンバーだ・・・指揮官は、あの正美君だぞ。すぐに腕は上がるさ!」
岡村はF−2の翼の上から服部たちを見つめている。やがて、
「そうですね! 私たちには正美さんがいたんだ・・・」
岡村の顔に笑顔が戻った。
「そうよ! 一緒にがんばろうね!」
石部が微笑みながら声をかけると、岡村は力強く頷いた。
石部は、格納庫で岡村と別れると、ブリーフィングルームに向かった。
「アッ?!」
石部の前で、米村が浅原と高村と話をしながら歩いている。やがて、浅原と高村は米村に向かって一礼をすると、右手にヘルメットを持って格納庫に向かって走って行った。米村は二人の後姿を見つめながらため息をついている。石部は、足音を忍ばせながら米村に近づいていった。
「米村さん♪」
石部は、声をかけると同時に米村の肩を後ろからポンと叩いた。
「・・・なんだ・・・・君か・・・・」
驚いて振り返った米村が笑った。どことなく淋しさを感じさせる笑顔だった。
「どうか・・・したのですか?」
石部が尋ねたその時、格納庫からエンジン音が響き始めた。石部が音の聞こえる方向に視線を移すと、浅原と高村の乗った2機のF−2が格納庫から出てきて誘導路に移動をしていく。二人がコクピットから米村に向かって敬礼をしている。米村も微笑みながら敬礼を返すと、誘導路から滑走路に入っていくF−2を見つめていた。
「米村さん?」
石部は米村の横顔を見上げながら声をかけたが、米村の耳には入らなかったようだ・・・・。2機のF−2は軽快なジェットエンジン音を響かせながら並んで離陸をしていく。米村は、眩しそうに離陸をしていくF−2を見つめていた。その米村の横顔を真剣な表情で見つめる石部・・・。
やがて米村が石部に向き直った。
「浅原の奴・・・・ファルコン隊のリーダーになってから・・・ちょっと自信をなくしたらしくてさ・・・」
米村は右手の掌を庇の様にかざしながら、青空に溶けこむように小さくなっていく2機のF−2を見つめていた。
「・・・高村と一緒に喝を入れてやったんだ・・・・もっと自分に自信を持て・・・・とね」
「・・・そうなんですか・・・・・」
米村が石部に向き直った。
「今日は、もう上がりかい?」
「はい」
「そうか・・・お疲れさま!」
米村はニッコリ笑うと、司令部の建物に向かって歩き始めた。歩き去ろうとする米村の後姿を見ていた石部は一瞬躊躇ったが、
「米村さん?」
「・・・?」
「今日は・・・・なにか予定は・・・・?」
「いや・・・・別にないけど・・・・」
米村は肩を竦めて笑いながら、
「・・・寮に帰ってビールでも飲んでるよ」
「あの・・・」
石部は頬を赤く染めて俯きながら、
「あの・・・・わたしも寮に帰るだけなので・・・あの・・・一緒に・・・お食・事・・・でも・・・・」
「なんだ・・・・」
米村が笑い出した。
「よし・・・・じゃあ、さっさと帰る準備をしようか」
石部は喜び一杯の表情で米村の顔を見上げた。米村が微笑みながら彼女の顔を見つめている。
「・・・ハイ!」
米村が石部の肩をポンと叩いた。石部の顔に自然に微笑が浮かぶ。二人は一緒にロッカーに向かって歩いて行った。
『ガラガラガラ・・・・』
古い木の扉が音をたてながら開いた。
「ヘイ、らっしゃい!」
カウンターの中から、頭に捻り鉢巻を締めた初老の男が入り口を見ている。がっしりとした体つきの男が店の暖簾を分けている。
「大将・・・お久しぶり!」
米村が入り口からカウンターの中の男に向かって声をかけた。
「やあ・・・・米村さん、久しぶりだね!」
カウンターの中の男が笑った。
「さあ、入れよ!」
米村に促されて石部が暖簾をくぐる。
「こんばんは・・・」
「おお・・・珍しいね。米村さんが女性を連れて来るなんて」
カウンターの中に立つ男の言葉を聞いた石部が頬を赤く染める。米村の顔を見上げると、米村が微笑みながら、
「まあ、座ろうよ」
米村に促されて、二人はカウンターの前の席に腰を降ろした。カウンターの中で、ねじり鉢巻の男が笑っている。
「さあ、何から握ろうか?」
「エッ?」
石部が驚いて男の後ろの壁に貼られたメニューに視線を移した。
「エッ・・・・え〜っと・・・・」
戸惑う石部の横顔を見つめる米村。やがて、
「大将・・・・今日はお任せでやってもらえるかな?」
ねじり鉢巻の男が力強く頷く。
「あいよ!」
男が慣れた手つきで二人の前で寿司を握り始めた。その様子をみてほっとする石部。そんな石部を見て苦笑いをする米村。
「ごめんよ・・・・女性を連れて食事に行くことなんて無いからさ・・・・結局行き慣れたこの店にしたんだ」
「いえ・・・・そんな・・・・」
石部が笑う。それをカウンター越しに見ていた男は、二人の前に握った寿司を置きながら、
「全くねえ・・・・米村さんがここに来る時は、いつも厳つい顔つきのパイロット達しか連れて来ないからねえ・・・・」
「大将・・・・」
苦笑いしながら頭を掻く米村。石部は悪戯っぽく微笑みながら、
「でも、わたしもパイロットですよ!」
「エッ、あんたがかい?」
「はい」
ねじり鉢巻の男が、首をかしげながら二人の前にまた寿司を置いた。やがて、何かに思い当たったのか厳つい顔に笑いが浮かんだ。
「そうか・・・分かったぞ! さてはあんた・・・あの真田さんと一緒に・・・・」
「はい!」
石部が微笑む。
「なるほどねえ・・・・・」
ねじり鉢巻の男が納得顔で頷く。
「真田さん・・・・いいパイロットだからねえ・・・・・」
「ええ・・・・・そうですね」
石部も頷く。
「あの基地のパイロット達は・・・みんな良い男たちだった・・・」
男が米村に視線を移した。視線に気がついた米村が箸を動かす手を止める。
「米村さんは面倒見が良いからね・・・・ユニコーン隊やファルコン隊のパイロットたちを、良くここに連れて来てくれてね・・・・」
男が懐かしそうな口調で話し出した。
「最初の戦いの前なんて・・・・ここの座敷で、よく忘年会とかやっていたものだよ・・・・」
石部も頷きながら聞いていた。やがて、男の表情が曇ってきた。
「それが・・・あの戦いで・・・・・」
「大将・・・・!」
米村が遮ろうとしたが、
「・・・戦いに行った男たちの・・・半分以上が戻って来なかった・・・・・」
男は石部の瞳をしっかりと見つめると、
「分かるかい・・・・お嬢さん! いつもこの店に来て楽しく寿司を食って、馬鹿を言って笑い転げていた男たちの半分以上が命を落としてしまったんだよ!!」
一気に話すと大きく息をついて、
「真田さんは・・・・まだ良かったよ・・・・とにかく生きて帰ってきて・・・・こうしてあんたたちと一緒に空を飛んでいる・・・」
男は石部の方を見て、にっこり笑った。石部も頷く・・・・咄嗟に返す言葉すら思いつかなかった。男が視線を石部から米村に移した。米村が寿司を口に頬張るとお茶の入った湯のみを口に運んでいる。
「米村さんのファルコン隊は、真田さんのユニコーンとは気風が随分違うようだったね・・・・」
男が俎板を布巾で拭いている。石部は首をかしげながら、
「・・・どう違ったのですか?」
「真田さんのユニコーン隊は、若いパイロット達が多かったからね・・・明るい陽気な雰囲気だったよ」
男の視線が米村の顔で止まる。
「米村さんたちは、ミサイルや砲弾の飛んでくる中を爆弾を抱えて突っ込んで行く・・・」
男は冷蔵ケースからヒラメを取り出すと、包丁で綺麗に刺身にしていく、
「そんな死と隣り合わせの胆の座った男達だからね・・・・酒を飲む時も静かなもんだよ」
男は刺身を皿に並べると、二人の前に置いた。
「今日は良い物が入ったからね・・・・じっくり味わって食べてよ!」
「ありがとうございます」
石部は一礼すると、出された刺身に箸をつけた。米村も黙々と箸をつけている。男はカウンターの中から黙って米村を見つめていた・・・やがて、
「なあ、米村さん・・・・」
男の声に、米村は箸を止めてカウンターの中に立つ男を見た。
「あんた・・・結婚はしないのかい?」
予想もしなかった男の突然の質問に、米村は大きく咳き込んだ。慌てて石部が米村の背中をさする。その様子を見ていた男がニヤニヤと笑っている。
「た・・・・たいしょ・・・う・・・・」
「こんな可愛いお嬢さんがそばにいるのに・・・・あんたもいい年だろう?」
石部の頬が、たちまち赤くなっていく。
「いえ・・・・わたしは・・・そんな・・・・」
「どうなんだよ・・・・米村さん!」
「どうなんだよって・・・・・?」
咳き込みながら、涙目の米村が男を見上げる。
「いや・・・・このお嬢さんのことさ・・・・」
「エッ・・・・それは・・・・・」
困惑した表情で見つめあう石部と米村・・・・男はニヤニヤ笑いながら二人の横顔を眺めていた・・・。
「いやあ・・・・災難だったな・・・・」
店を出た二人が、夜の街を歩いていく。 時間は夜の9時を過ぎていたが、夜の繁華街はたくさんの人たちが行き交っている。
「いえ・・・・」
石部が頬を赤らめた。 上目遣いに米村を見ると、
「米村さんこそ・・・・迷惑じゃなかったですか?」
「いや・・・・」
二人は交差点で足を止めた。
「それじゃあ・・・・わたしはここで・・・・」
石部が俯きながら言うと、
「ああ・・・今日はありがとう!」
米村が微笑む。 石部は一礼すると小走りに駆け出した。 米村は微笑みながら石部の後姿を見つめていた。 その時、
「・・・?!」
突然肩を叩かれ、驚いて振り返ると、
「よう!」
見慣れた顔が後ろに立っていた。
「班長!」
「どうしたんだ・・・・・こんなところで?」
壮年の男が、驚いた表情で見つめる米村を見て、にっこり微笑んだ。声をかけたのは、北九州基地の前整備班長・・・村田好治だった。
「ああ・・・・いえ・・・・」
米村は頭を掻きながら、
「ちょうど晩御飯を食べて、これから寮に帰るところです・・・・村田さんは?」
「ああ・・・・ちょっと人と会ってきたところなんだ・・・・そうだな・・・」
村田はあたりを見回した。 夜の街は、相変わらず人通りが多い。 米村に向き直ると、
「どうだ? そこで・・・・」
そう言うと、右手で酒を飲む真似をした。 米村がにっこり笑って頷いた。 村田は米村の肩をポンと叩くと、先に立って居酒屋の暖簾をくぐって行った。
「いらっしゃいませ! 2名様ご案内です・・・・」
若い店員の声が響く・・・・。
石部は夜の街を寮に向かって歩いていた。
「ありがとうございました!」
ケーキ屋から出てきた若い女性と石部はぶつかりそうになった。咄嗟に身をかわす。
「「アッ?!」」
「石部さん?」
ケーキ屋から出てきたのは、村田圭子だった。
「石部さん・・・こんな時間にどうしたの?」
ニッコリと微笑む圭子に、石部はちょっと戸惑った。
「エッ・・・? ええ・・・・食事を済ませて寮に帰るところよ」
「そう・・・・それなら、これから私の家に来ない?」
圭子が手に持っている小さな箱を掲げて見せた。
「ここのケーキ・・・・美味しいのよ!」
ニッコリ微笑むと、
「一緒に・・・・ネッ♪」
圭子が微笑む。 石部が頷くと、圭子は先に立って歩き出した。
「本当に美味しいのよ・・・・いつも売り切れで、なかなか手に入らないんだから♪」
楽しそうに歩いていく圭子の後ろから、石部は困ったような微笑を浮かべながら歩いていった・・・・。
同刻・国防省庁舎
立派な樫で出来た扉がゆっくりと開いた。 正美と朝倉が部屋から出て来た。 部屋に向かって向き直ると、二人はさっと敬礼をした。 部屋から小沢が高柳を伴って廊下に出てきた。
「まあ・・・・慌てず、ゆっくりと考えてくれたまえ・・・・」
小沢が、少し疲れた笑みを顔に浮かべながら声をかけると、正美も一礼をして、もう一度敬礼をした。 小沢はゆっくりと頷き、脇に立つ高柳は見事な敬礼を返している。
正美と朝倉が一緒に廊下を歩いて行く。 小沢は二人の後姿を見送りながら小さくため息をつくと、高柳に向かって、
「やっぱり・・・・あの二人は手強いな・・・・」
肩を竦めて小さく笑った。 高柳も笑顔を浮かべて頷いた。 小沢は歩き去る二人の背中に視線を戻すと、その厳つい顔に微笑を浮かべた。
「しかし・・・ますます海軍に欲しくなった・・・な・・・・」
「あれで良かったのかい?」
「エッ?」
廊下を並んで歩いていた正美が、驚いて朝倉を見上げた。
「・・・せっかくの誘いを断ってしまったことだよ・・・・」
「確かに空母艦載機のパイロットも魅力的ですけど・・・」
正美はニッコリ笑うと、
「私は、まだジャンヌダルク隊でやるべき事がありますから」
朝倉は正美の横顔を見ながら満足そうに頷いた。
「そうか・・・・」
窓の外に目をやる朝倉。 夜の街をたくさんの車が行き交い、家路を急ぐ人たちが足早に歩いている。
「今日は東京に泊まって、明日帰ることにしよう」
朝倉が言うと、正美は小さく頷いた。
福岡・村田の自宅
圭子はバッグからキーホルダーを取り出すと、玄関の鍵穴に差し込んだ。 石部は圭子の後ろで家の様子を見ようとした。 中は真っ暗・・・・電気は点いていない。
「村田中佐は?」
「今日は退役した先輩達と一緒に飲んでくるって出かけているわ」
圭子はドアを開けると、壁についたスイッチを押した。 玄関の天井につけられた蛍光灯があたりを明るく照らしだした。 圭子は振り向くと石部に向かって、
「散らかっているけど・・・・上がって」
石部は頷くと、玄関で靴を脱いで圭子の後から廊下を歩いていった。
「ごめんね・・・・散らかっていて・・・」
「いえ・・・・私の部屋に比べたら全然綺麗ですよ」
圭子はテーブルの上に置いてあった分厚いファイルを本棚にしまっている。 ファイルに付けられたラベルを見た石部が、
「あ・・・・それは、F-2CCVの整備マニュアルですか?」
「うん・・・わたし・・・担当になったから・・・・」
圭子はファイルを棚に片付けると、
「コーヒーを入れてくるね」
圭子はケーキの箱をテーブルに置くと、階段を下に下りていった。 スリッパの音が遠ざかっていく。 石部は部屋の中を改めて見渡していた。 きちんと片付けられ、女性らしさの漂う室内。
「圭子さんらしいなあ・・・・」
部屋の外からスリッパの音が近づいてきた。 ドアが開くと、
「お待たせ!」
圭子がコーヒーをテーブルの上に置いた。良い香りが室内に漂っている。
「さあ・・・食べよう!」
圭子がニコニコしながら、ケーキを皿に取り分けている。 ケーキを載せた皿を石部の前に置くと、
「さあ、どうぞ!」
思わず笑顔になる石部。
「石部さん・・・・明日はF-2CCVのテストフライトをするんでしょう?」
美味しそうにケーキを頬張りながら圭子が尋ねると、
「うん・・・1号機は朝倉司令と正美さんが使っているから2号機をね・・・」
ケーキを一口頬張った・・・たとえ音より速く空を飛び回っていても、石部もやはり若い女性だ。 甘いケーキを食べると自然に笑顔が出てくる。
「明日は整備班の人に一人同乗してもらって、ファルコンの浅原さんにも一緒に飛んでもらうことになっているわ・・・一応通常の訓練メニューだけどね」
「じゃあ、わたしは明日は石部さんに乗せてもらうのね・・・・」
「エッ?!」
驚く石部に向かって、
「データ収集のために、明日は一緒に飛ぶ事になったの」
圭子が悪戯っぽく笑った。
「後席に乗せてもらうわね♪」
「わたしの操縦は、荒っぽいですよ♪」
「大丈夫よ、わたしは正美の操縦でなれているから!」
二人は思わず笑い出した。 圭子がふとテーブルの上に視線を落とした。
「あ・・・・コーヒー・・・お代わりはいる?」
「あ・・・・うん!」
「ちょっと待っててね!」
空になったコーヒーカップをトレーに載せると、スリッパの音を響かせながら廊下を歩いて行く。石部は小さなため息をついて圭子の後姿を見送ると、部屋の中を見回した。 ふと、本棚に置かれた写真たてに目が止まった。
「これは・・・・?」
本棚には、以前にこの部屋に来た時と同じように、二つの写真立てが置かれていた。
一つは以前に来た時にもあった、F−15の前で男性と並んで写っている写真。 そして、今日は以前倒してあった写真立てが、そのままになっていた。そこに入っていた写真は・・・・?
「・・・・」
石部の顔が次第に厳しくなってくる。 彼女の耳に、廊下からスリッパの音が聞こえてきた。
「お待たせ!」
廊下から聞こえてきた声で、石部は慌てて床に座った。 圭子が直ぐに部屋に入ってきた。
「ごめんなさい・・・・待たせちゃって・・・・」
圭子はテーブルの上にコーヒーを置いて石部を見つめて手を止めた。
「・・・・どうしたの?」
「エッ?」
「・・・なんだか・・・怖い顔をしているから・・・・」
「エッ・・・・なんでもないわよ」
石部は無理に笑うと、話題を変えた。
「ところでね・・・・」
同刻・福岡の繁華街
居酒屋の中は賑やかだった。 若い店員が注文を取って元気に返事をする声が店内に響いている。
村田と米村はテーブルで向かい合うと、酒を酌み交わしている。
「それじゃあ・・・・」
二人が酒の入った杯をひょいと持ち上げると、一気に飲み干した。
「アアッ・・・・」
村田が美味そうに声を出すと、米村を見つめながら笑っている。 米村も微笑を浮かべながら杯を置いた。
「いかがですか・・・・退役後の生活は?」
「ハハハッ・・・・」
米村の質問に村田は少し困ったような顔になった。
「いやあ・・・・悠々自適と言えば聞こえはいいけどね・・・・」
村田の飲み干した杯に米村が酒を注いでいる。 村田は軽く頷くと、また一気に飲み干した。
「一日が長くてね・・・・時間を持て余すよ」
「班長・・・・今までが働きすぎだからですよ・・・・」
「だから・・・昼間にはこの年でパソコン教室に通っているんだよ」
「本当ですか?」
二人が笑っている。 米村がまた杯に酒を注いでいる。
「今までハイテク戦闘機を整備していた班長が・・・・パソコンですか?」
「ああ・・・・同年代の人たちといろいろ話ができるからな・・・これはこれで、なかなか楽しいぞ」
村田が微笑みながら酒を一気に飲み干した。目尻の皺が深くなった。 小さく笑うとあたりを見回した。 どのテーブルもアベックや若者達のグループ・・・会社帰りのサラリーマン達で埋まり、通路を店員が料理や酒を持って忙しく動き回っている。
「しかし・・・・ジェットエンジンの音が聞こえない生活は・・・・やはり淋しいものがあるな・・・・」
村田が小さく笑った。米村は咄嗟に返す言葉が見つからずに頷くだけだった。 今度は村田が米村の杯に酒を注ぎながら、
「そういえば、君も大佐に昇進したんだってな・・・・おめでとう!」
「あ・・・・ありがとうございます!」
「そうなれば・・・・君もいいかげんに身を固めないとな・・・・」
「・・・・・」
米村は黙って酒を飲んでいる。そんな米村を村田は優しい眼差しで見つめている。
「・・・君の想いは・・・・分かるけどね・・・・」
米村は苦しそうな表情で村田の顔を見つめた。
「・・・私は・・・・戦争で多くの部下を死なせてしまいました・・・」
「しかし・・・それは・・・・」
米村は大きく首を振った。
「・・・事情はどうあれ、私はまだ若いパイロット達を指揮して作戦を行ない、結果として多くの若い命を奪ってしまいました・・・・私は彼らを生きて日本に連れ帰ることが出来ず、まだこれから人生を楽しむべき若者達の命を奪ったのです。 それなのに、私だけが・・・・」
「しかし・・・・それは君一人の責任ではないのではないかな?」
「・・・・」
「君の隊のパイロット達は、君に大きな信頼を置いていた。 それは整備を担当している私から見てもよくわかった・・・」
村田は酒を飲み干すと、自分でもう一杯注いだ。
「正美が撃墜された後に行なわれた“ドッカ反攻作戦”・・・ファルコン隊が壊滅に近い打撃を受けたあの作戦が、君の心の重石になっているんじゃないかな?」
米村が厳しい表情を浮かべて頷くと酒を飲み干した。
「ですから・・・・」
「あの戦いは、第一次紛争での最大の激戦だったな・・・・」
米村にかまわず、村田は遠くを見るような眼で話を続ける。
「正美の撃墜された戦いで大きな打撃を受けたあの国は、新たな作戦を計画しているような行動を起こした・・・」
「そう・・・・」
米村も頷いた。
「そして連合軍は、石川基地のオリオン・カペラ飛行中隊とユニコーン・ファルコンの両隊、そして海軍・陸軍の上陸部隊を投入して反攻作戦を行ないました・・・」
「しかし・・・・」
村田がまた酒を飲み干した。思わず咳き込んだ。心配そうに見つめる米村を手で制しながら、
「・・・それはあの国によって周到に準備された逆情報だった・・・出撃した部隊は敵の罠にはまり、大きな損害を受けてしまった・・・・」
「私は、あの戦いで多くの部下の命を奪いました・・・・ですから・・・」
「それは違うな・・・」
村田が目尻の皺を深くしながら笑っている。
「君は大切なことを忘れている・・・」
「大切なこと?」
「ああ・・・・大切なことを忘れている・・・・」
首を傾げる米村を見つめながら、村田は微笑んだ。
「彼らはこの国に住む人たちを救おうとして戦った・・・・この国に住む人たちの幸せな未来を信じて・・・・」
村田が周りを見回した。 夜の居酒屋の店内は、さっきよりもますます賑やかになってきている。 賑やかに酒を飲んでいる若者達のグループ。二人で楽しそうに話しているカップル。 一日の疲れをビールで癒そうとしているサラリーマン達・・・・。
「彼らは人々の幸せな未来を信じて戦い・・・・そしてまだ若い命を散らせた・・・・」
村田が厳しい視線で米村の目を見つめた。
「・・・・君は自分の責任で彼らを死なせたと言って自分の未来を閉ざそうとしている・・・・彼らはそんな君を見てどう言うかな・・・?」
村田は小さく笑うと米村の杯に酒を注いだ。
「まあ・・・・ゆっくりと考えてみることだな・・・・」
翌日・空軍・北九州基地・格納庫
「よし・・・・OKだ!」
コクピットから服部が合図をすると格納庫の中に響いていたジェットエンジンの轟音は次第に小さくなり、やがて止まっていった。
「ヒュ〜・・・いい音だな!」
格納庫の前でF−2CCVの暖機運転の様子を見守っていた新谷が肩を竦めた。
「さすがは新型だな・・・・」
新谷の横に立つ浅原も頷いた。 エンジンの止まったF−2CCVに整備員達が駆け寄る。 服部は後を部下達に任せて機体に付けられたステップを降りてきた。
「どうですか?」
いつのまに来たのか、岡村がスポーツドリンクの入ったペットボトルを服部に差し出した。 服部は礼を言って一口飲むと、
「もともと原型になっている機体の素性が良いからね・・・良い機体だと思うよ」
「ですから朝倉さんもあれだけ暴れることが出来たのですね・・・・」
一緒に来ていた内田が呟く。
「おいおい・・・・」
浅原と新谷が3人に駆け寄った。
「あれは朝倉さんの腕だぞ」
「だ〜か〜ら〜!」
岡村がニッコリと笑って、
「それだけ凄い腕の人をあの機体に乗せれば・・・」
「それはそうだな!」
新谷が笑った。
「何しろ、第一次紛争の時の撃墜王・・・“石川の騎馬武者”だからな」
服部が頷いた。 若い整備員が小走りに服部に駆け寄るとクリップボードにつけられた書類を手渡した。 服部が書類に目を通している。
「でも、“北九州のユニコーン”が乗ればどちらが勝つかは分かりませんよ」
若い整備員が新谷たちを見てニッコリ笑った。
「北野!」
服部が苦笑しながら若い整備員にクリップボードを手渡した。
「“北九州のユニコーン”・・・か・・・・」
浅原が呟いた。
「そうですよ。 朝倉司令と“北九州のユニコーン”は戦技競技会でも直接対決はありませんでしたし・・・・実際に同条件で戦えばどちらが勝つかは分かりませんよ」
北野が得意そうに話しつづけている。 新谷は首を傾げながら、
「ところで・・・“北九州のユニコーン”って・・・誰? まさかうちのリーダー?」
「嫌だなあ・・・・冗談きついっすよ!」
北野が爆笑している。服部の顔にも苦笑が浮かんだ。
「真田さんですよ・・・・真田さん! もちろん男性だった頃の真田さんですけどね!」
「なるほどね!」
岡村や内田たちが納得したように頷いた。 ヘルメットを手にした石部がそんな服部たちを格納庫の入り口から呆然と見つめていた。
「“北九州のユニコーン”・・・・正美さんの事だったんだ・・・・」
「暖気運転開始!」
服部の合図でF-2CCVのエンジンが格納庫に轟音を響かせ始めた。 石部がコクピットで計器類のチェックをはじめている。 まるで体を包むように響くパワフルなジェットエンジン音・・・・石部の顔には自然に微笑みが浮かんでいた。
後部座席に付けられたステップをジェットスーツに身を包んだ圭子が上ってきた。 石部はチラッと視線を向けて軽く会釈をするとチェックを続けた。 圭子が後部座席に座ると、整備員の北野がシートベルトを締めていく。
「ファルコン・リーダーよりGT2へ・・・準備はどうだ?」
インカムに浅原の声が響く。 石部はチラッと後部座席の様子を見ると、
「こちらGT2・・・・いつでもどうぞ!」
「よし・・・行くぞ!」
浅原の声を聞いて石部は機体の脇に立つ北野に合図を出す。 北野が車輪止めを外すとニッコリ微笑んで石部に向かって敬礼をした。 石部も敬礼を返すとキャノビ−(風防)を閉めた。 エンジン音が高まり、ゆっくりと格納庫の外に向かって動き出す。 北野が右手の親指をぐっと立てて石部に向かって突き出した。 石部も微笑みながら小さく頷いた。
F-2CCVが誘導路を移動していく。 その後方には浅原の乗るF-2が続いた。 石部はコクピットの中で機体のチェックに余念がない。
「石部さん・・・今日はよろしくね♪」
インカムに圭子の声が響く。 石部はちょっと困ったような表情を浮かべたが、
「了解! よろしくお願いします」
滑走路にF-2CCVが入った。左後方に浅原のF-2が入る。
「コントロール・・・・こちらGT2・・・テストフライトに出発します!」
「こちらコントロール・・・・GT2・・・離陸を許可します」
石部がスロットルを操作するとF-2CCVは滑走路を滑るように滑走していく。 やがて2機の戦闘機はふわりと浮き上がると、青空に溶け込むように小さくなっていった・・・。
太平洋上空・F-2CCVコクピット
澄み切った青空をバックに、赤と白・・・鮮やかに2色に塗り分けられたF-2CCVが飛んでいる。
「コントロールよりGT1・・・ルート130に変更願います」
「GT1了解・・・・ルート130を西へ向かいます・・・各レーダーサイトへ連絡願います」
「コントロール了解!」
正美がスティックを軽く動かすとF-2CCVは機敏に反応をし旋回をはじめる。 正美の顔に自然に微笑みが浮かぶ。
「なかなか反応が良い機体ですね」
「ああ・・・・完成度は高い機体だとは思うがね・・・」
朝倉は後部座席で苦笑交じりに、
「小松崎が言っていたが、この機体を実戦配備するための最大の“敵”は“予算”だよ」
「“予算”・・・ですか?」
「ああ・・・・第2次紛争でノーマルタイプのF-2で充分な戦果を上げたからね・・・いまさらフルCCVにする必要はないという意見が多いらしい」
「しかし、必要になってから生産・配備をしても実戦には間に合いませんよ?」
「国防省もある意味ではお役所だからね・・・・そのあたりが分からない役人も多いわけだよ」
正美が思わず苦笑した。 あれだけの戦いを経験したはずの国防省の背広組も、なかなかその考えを急激に変えることは出来ないのだろう。 その中で航空母艦建造を了承させた小沢の交渉手腕に、正美は改めて頭が下がる思いだった・・・。
同刻・日本海上空・F-2CCVコクピット
「北九州コントロール・・・・こちらGT2・・・現在ルート221を北に向かって飛行中・・・・」
石部の顔に、少し緊張した表情が浮かぶ。
「これより訓練メニューに従い電波管制に入ります」
「こちらコントロール・・・・GT2・・・了解した。 石部! 借り物の機体なんだ、くれぐれも無茶はしないでくれよ」
「こちらファルコン・リーダー・・・GT2・・・了解! コントロール・・・・俺がしっかり見張っておきます!」
通信を聞いている石部の顔には微笑みが浮かんでいた。
「圭子さん・・・・飛行データ記録システムを作動させてください」
「了解!」
圭子が座席の前にセットされたコントロールパネルを操作していく。
石部が左横に並んで飛ぶ浅原のF-2に向かって左手で合図を出した。 コクピットの中で浅原が頷く。 やがて浅原のF-2は左に旋回をして離れていく。 石部もスティックを右に倒すとF-2CCVを旋回させ始めた。
「圭子さん・・・・驚かないで下さいよ!」
「大丈夫・・・しっかりデータを取らせてもらうわよ!」
石部がニッコリ笑った。 正面から猛スピードで浅原のF-2が迫る。 石部はCCVシステムのスイッチを入れると機体を旋回させた。 F-2CCVは機首を浅原のF-2に向けたまま旋回する。 浅原はロックオンされるのを避けるため機体を横倒しにすると急降下をしてかわした。
「さすが浅原さん・・・・」
思わず呟く石部。 ファルコン飛行中隊は、本来の任務は対地・対艦攻撃のための飛行中隊だ。 しかし、対空戦闘においてもその腕は非凡なものを持っている。 それは、前任者の米村の指導方針の成果もあるのだろうが・・・・。
再び高度を上げてきた浅原が正面から突っ込んでくる。 石部がスティックを操作するとF-2CCVは機敏に機体を旋回させて浅原のバックを取ろうとした。 浅原は懸命に機体を振って振り切ろうとしているが、速度性能に勝るF-2CCVを振り切れない。 スコープの中心にF-2を捕らえると石部はニッコリ笑ってガンカメラのボタンを押した。
「ファルコン・リーダーを“キル”!」
切れ切れに白い雲が漂う日本海の空。 高度1万メートル上空の冷え切った冷たい空気を切り裂きながら、2人乗りのスマートなジェット機が飛んでいる。 T-4ジェット練習機。 国産の2人乗りのジェット練習機で、国防軍のアクロバットチームにも使用されている優秀な機体だ。
前の座席では、若い女性パイロットがスティックを握っている。
「岩田! コース変更。 230を北九州基地へ向かえ」
「了解! コース230!」
岩田がスティックを倒すとT-4が旋回をはじめる。
「北九州基地は、ジャンヌダルク隊のベースですよね」
「ああ・・・そうだ」
「そう言えば、木村教官は指揮官の真田少佐とは同期でしたよね」
「そうだ。 第1次紛争ではユニコーン隊で一緒に戦った・・・」
後部座席で木村はニヤッと笑うと、
「岩田・・・そう言えば君はジャンヌダルク隊配属が希望だったな」
「はい!」
岩田は少し緊張した表情で前方を見つめている。
「あそこに入るのは大変だぞ」
「どうしてです?」
「ジャンヌダルク飛行中隊は、空軍で唯一の女性パイロットによる飛行中隊だ。 入隊希望の女性パイロットは多い。 そのためにわざわざ回転翼機から固定翼機のパイロットに機種転換をした女性パイロットもいるくらいだ」
「・・・」
木村はあたりに浮かぶ雲に視線をやりながら話しつづけている。 しだいに雲が増えてきているようだ。
「あの隊のパイロット達にしても、真田に心酔しているからね・・・・なかなか空きは出来ないと思うよ」
「・・・でも、わたしは戦闘機で空を飛びたいのです」
「そのためには、ちゃんとカリキュラムを終わらせることだな・・・話はそれからだ」
木村が後部座席で笑った。 しかし、その表情から笑いは直ぐに消えた。 黒いサングラス越しに前方を見つめる視線が鋭くなる。 操縦桿を握る岩田もそれに気がついたようだ。
「前方に戦闘機2機!」
模擬空戦を終えた石部がF-2CCVの機体を水平に戻した。 浅原の操るF-2もその横にピッタリついた。あたりには雲海が広がっている。
コクピットの中から浅原が合図を送ってきた。石部も左手を振って答えた。
「圭子さん、大丈夫?」
「これくらい平気よ! 言ったでしょう・・・正美に鍛えられているから♪」
圭子の声を聞いている石部の顔から笑みが消えていく。 ミラーでそれを見ていた圭子が首をかしげた。
「・・・石部さん・・・どうしたの?」
「・・・・」
「気分でも悪いの・・・大丈夫?」
「・・・・」
「ねえ・・・・・どうしたの?」
石場が辺りを見渡す。 左後方には、雲海の上を飛ぶ浅原のF-2が見える。 訓練プログラムに従ってレーダーや無線を切っているので二人の会話は浅原には聞こえない。 石部の視線が宙を泳ぐ。 額には汗が浮かび、唇を硬く噛み締める。 意を決したようにミラー越しに後部座席に座る圭子を見つめた。
「石部・・・さ・・・ん・・・?」
「圭子さん・・・・どう思っているの・・・・?」
「エッ?」
「・・・米村さんのこと・・・・どう思っているの?」
「どうって・・・・」
「・・・・」
石部が再び唇を噛み締めた・・・・意を決したように、
「・・・米村さんのこと・・・・好きなの?」
「それは、ファルコンのリーダーをされていたし、みんなと同じように・・・・」
「そうじゃなくて!」
苛立ったように大きな声になっていく石部。
「一人の男性としてよ!」
「・・・・それは・・・・」
「どうなの?!」
「そんなの・・・・分からないわよ・・・・」
小さな声で呟くと、圭子は困惑した表情を浮かべて外に広がる雲海を見つめた。
「わからないって・・・・」
「分からないものは・・・・分からないわよ・・・・」
「何やってんだ・・・・石部の奴・・・・」
F-2CCVの左後方を飛ぶ浅原は、石部から合図が無いことに戸惑っていた。 電波管制をしているためレーダーはもちろん無線を使うことも出来ない。
「この後は、高度を上げて基地に帰る筈だろう・・・?」
浅原はスロットルレバーを少し動かして速度を上げた。 真横について石部に合図を出すつもりになったのだ・・・。
「分からないって・・・・自分の気持ちでしょう?!」
「そんな事をいわれても・・・・」
ミラー越しに圭子を見つめる石部は、しだいにその圭子の態度にイライラしていた。
「いいかげんにしなさいよ! 人の気も知らないで!!」
スティックを大きく動かす石部。 たちまちのうちに、圭子の視界の中で青空と雲海が入れ替わった。
「キャ〜〜〜〜ッ?!」
「石部? おい! 石部ッ?!」
聞こえないとは分かっていても、浅原は思わずコクピットの中で叫んでいた。 たちまちF-2CCVが雲海に突っ込んで彼の視界から消えていく。 浅原も迷わず自分の機体を急降下させて雲海の中に突っ込ませる。
「接触した?!」
「なにっ?!」
T-4のコクピットの中で岩田は思わず声を上げていた。 教官である木村も前方に目を凝らしている。
二人の乗るT-4は石部の乗るF-2CCVを横から見る形になっていた。 突然F-2CCVがまるで落下するように雲海の中に急降下し、その時に反射した光がまるで2機が接触したように・・・・? 次の瞬間、もう一機のF-2も雲海の中に消えていった。
空軍・北九州基地
「あれっ・・・消えた?!」
レーダーオペレーターの岩佐が首を傾げながらレーダー画面を見つめている。 いろいろスイッチを操作しているが、目標物は発見できないようだ。
「土橋・・・GT2の訓練メニューはどうなっているんだ?」
「高度1万2千まで上げて基地に帰投することになっています。 電波管制は、基地の30km圏内で解除することに・・・」
「でも、今レーダーから消えたんだ・・・」
「エッ?」
土橋康子は、席から立ち上がるとサラサラのショートカットの髪を揺らしながら土橋の見つめるレーダースクリーンの脇に立った。 困惑した表情で顔を見合わせる2人。
「・・・ファルコン・リーダーも消えている?」
「そうだな・・・・」
「どうした?」
二人の様子に気がついた当直の責任者・・・小野中佐が2人に声をかけた。
「テストフライトに出ているGT2とファルコン・リーダーがレーダースクリーンから消えました!」
土橋の答えに、
「電波管制をしているはずだな」
「そうです!」
「土橋・・・・かまわん、無線で呼びかけろ!」
「了解!」
土橋は席に戻ると、
「こちら北九州コントロール・・・GT2、応答してください!・・・」
呼びかける土橋を横目で見ながら小野は、
「岩佐・・・GT2とファルコンリーダーはどんな消え方をしたんだ?」
「レーダースクリーン上では、急激な消え方を・・・・」
「う〜む・・・・」
小野は腕を組みながら少し考えると、電話を手に取った。 今は朝倉は不在・・・小野はボタンの一つを押した。
「参謀長ですか・・・・小野です。 今レーダー上から・・・」
「石部と浅原がレーダーから消えた?」
参謀長が困惑した表情を浮かべた。 連絡事項の伝達のために部屋に来ていた米村の表情ががさっと曇る。
「2機は無線封鎖をしている? とにかく呼びつづけろ。 周りを飛行している航空機からも情報を集めるのだ。 必要ならば捜索のために・・・・」
米村がソファーからさっと立ち上がるとドアに向かって走って行く。
「おい? 米村!」
参謀長の声を背中で聞きながら米村は廊下を走っていた。
日本海上空・T-4コクピット
「こちら北九州コントロール。 Tバード10・・・・応答願います」
前席に座る岩田が通信機のスイッチを入れた。
「こちらTバード10.」
「レーダーから2機のF-2が消えました・・・・何か見ましたか?」
岩田はちょっと首をかしげると、
「・・・F-2は雲の中に突っ込んでいきました。 ひょっとすると空中接触をしたかもしれません」
「空中接触だと?」
管制室にやってきた米村が唇を噛み締めた。 小野中佐や岩佐、土橋も沈痛な表情を浮かべている。 小野が気を取り直してマイクを手にした。
「こちら北九州コントロール・・・Tバード10・・・そこから海面の状況はわかりますか?」
「こちらTバード10、雲が厚く海面の状況は分からない」
木村が答えるとチラッとメーターに視線を投げかけた。
「燃料の残量があまり無い・・・残念だがこの空域に留まっての捜索は出来ない・・・・」
「コントロール了解」
「教官・・・?」
ミラー越しに岩田が厳しい表情を見せている。
「・・・残念だが仕方が無い・・・・後は捜索隊に任せよう」
「・・・はい・・・・」
「岩田・・・コース230! 高度を徐々に5000まで落とせ」
「了解! コース230。 高度5000まで落とします」
岩田がスティックを動かす。 T-4は翼を翻して旋回すると現場空域から離れて行った・・・。
「接触事故・・・・なのか?」
米村が呆然としながら呟く。 ふと気が付くと、硬く握られた右手はじっとりと汗ばんで、自分の意思でもなかなか開くことが出来ない。
「直ぐに出せる航空機はあるのか?!」
管制室で小野中佐が大きな声でスタッフ達に声をかけた。
「ファルコン隊とユニコーン隊から4機ずつ・・・間もなく対地攻撃訓練に出発します!」
土橋が可愛らしい声で答えた。
「よし・・・訓練中止! 現場空域の捜索に向かわせろ!」
「了解しました!」
小野と土橋の会話を聞きながらじっと立ち尽くす米村。 その時、米村の脳裏に、何かが浮かび上がってきた。
「・・・?」
押さえつけていた感情が、猛烈な勢いで理性の鍵を吹き飛ばしていく。 管制室のドアを開けて廊下を走る米村。 管制室にいたスタッフ達は、呆然と米村の後姿を見送っていた。
駐機場ではジェットエンジンの轟音が響いていた。
ダークブルーとスカイブルーの迷彩塗装を施したF-2が4機。 そして、ライトグレーに塗られたF-15Jイーグル4機が暖機運転を始めている。
8機の戦闘機の前では、8人の若いパイロット達が集まっていた。
「いいか・・・俺と戸田が正面から突っ込む。 佐々木は左。 沢田が右から目標に突入する」
輪の中心で、高村が3人のパイロットたちを見回した。 3人が頷いた。
「目標はここ・・・ポイントC38に展開中の“敵機甲師団”だ・・・・」
高村の顔に笑みが浮かんだ。
「・・・進撃中には、新谷たちユニコーン隊の“迎撃”がある・・・・そこを突破しての攻撃だ!」
高村たちの視線を向けられた新谷が笑った。
「・・・しっかり飛んで来いよ」
「俺達の迎撃網を突破できるかな?」
ユニコーン隊の野口が挑発的な視線を向けて笑う。
「おいおい・・・・あまりファルコンを甘く見ないで欲しいな・・・」
ファルコン5に乗る・・・・佐々木が苦笑する。
「あまり甘く見ると返り討ちにあうぞ!}
ファルコン7に乗る沢田が厳つい顔を向けながら野口を睨みつける。
突然、8人が笑い出す。
「まあ、そういうわけだ・・・よろしく頼むぞ!」
高村が言うと、
「「「よろしくお願いします!!」」」
全員が一礼した。 高村が微笑む。
「よし・・・・発進準備だ!」
「「了解!!」」
8人がそれぞれの愛機に向かって歩き始めた、その時、
「高村君!」
服部が大きな声で叫んだ。 高村が怪訝な表情で振り返った。 服部の表情を見た瞬間、
「何か・・・・あったのですか?」
服部は無言で走り書きをしたメモを高村に向かって手渡した。 高村の顔から血の気が引いていくのが、7人のパイロット達には見て取れた。
「高村・・・さ・・・ん?」
若い戸田が心配そうに声をかけた。
「・・・うちのリーダーと石部と圭子さんの乗ったF-2がレーダーから消えたらしい・・・・」
話を聞いていた新谷の顔が凍りつく。
「レーダーから消えたって・・・・高村・・・・それは・・・?」
「そう・・・・事故の可能性もある!」
高村は大きく息をつくと、
「訓練は中止だ・・・・俺達はこれから3人の捜索に出る!」
「「「了解!」」」
8人が再び愛機に向かって走って行く。 高村は操縦席の横に取り付けられたステップに足をかけた。
「・・・?」
誰かが強い力で高村の肩を掴んだ。 振り返ると、
「・・・リーダー・・・・?」
「高村・・・おまえのF-2を貸せ!」
米村が緊張感を漂わせた顔つきで高村を睨みつけていた。
「なぜ・・・?」
「・・・・」
困惑した表情の高村に、米村は何も言わない。
「何故なのですか?」
「言わなければ貸せないのか?」
「リーダーらしくないですよ!」
高村が声を荒げた。
「・・・リーダーは、いつも言っていたではないですか・・・規則は守れ。 そして、自分に厳しくあれ・・・と・・・」
高村の表情が悲しげになってくる。
「理由も言わずに、『貸せ』と言われても、俺は・・・たとえリーダーにでも貸せません・・・それに・・・・」
高村はニッコリ微笑むと、
「浅原さんは、必ず見つけて見せます・・・」
「浅原だけじゃない・・・・」
米村が呟くように言った。
「一緒に飛んでいるF-2CCVには・・・・」
米村が苦しそうな表情で呟いた。 高村は何も言えずに米村を見つめている。
「・・・圭子が乗っているんだ・・・・」
「・・・リーダー・・・・?」
高村は唇を噛み締めた。 どうすれば良いのか・・・・しばらく迷っていた。やがて、高村はステップから降りて米村に向かって頷いた。
「・・・ありがとう・・・高村!」
米村は苦しそうに一礼すると、ステップを駆け上がりコクピットに座って計器のチェックを始めた。 整備員がシートベルトを締めると、米村はキャノビーを閉め、整備員に合図を出す。 整備員が車輪止めを外していく・・・・。
F-2CCV・GT1・コクピット
「北九州コントロール・・・こちらGT1・・・ポイントNRを通過・・・基地まで30km・・・これより、着陸態勢に入ります」
「コントロール了解!」
正美はスティックを動かしてF-2CCVを旋回させ、機首を滑走路の方向に向けた。 スロットルを操作し、徐々に高度を落とし始める。 辺りには厚い雲が垂れ込め、地上の様子は全く見えない。 正美はレーダーと地上からの誘導電波を頼りに着陸態勢に入っていく。 その時、
「?!」
雲海の中から何かが飛び出してきた。 正美は機敏にスティックを動かし機体を旋回させた。 コクピットのすぐ上を何かが猛スピードで通過して行く。
「今のは・・・?!」
後部座席の朝倉が振り返った。
2機の戦闘機が、正美と朝倉の乗る機体を追い越し、北九州基地に向かって飛んでいく・・・。
「これは?!」
管制室のレーダースクリーンを見ていた岩佐が声を上げた。
「どうした?!」
「レーダー上に、2機の“国籍不明機”が!」
「なにっ?!」
「基地に接近します。 距離、15km!」
土橋が細く綺麗な指で、すばやく通信機のスイッチを入れた。
「こちら北九州コントロール・・・“識別不明機”へ! 所属・基地への接近目的を知らせてください!!」
「スクランブルは、間にあわん・・・対空警戒!」
小野がマイクで叫ぶ。
「距離10km・・・・さらに接近します!!」
岩佐の声が緊張感を帯びてきた。
「警報!!」
小野が叫ぶと同時に、土橋がプラスチック製の透明なカバーを開けてボタンを押した。 サイレンの音が基地に鳴り響く。
「?!」
誘導路をF-2で移動していた米村は、突然鳴り響いた警報を聞き、その表情に緊張感を浮かべた。 インカムで叫んだ。
「コントロール・・・どう言うことだ?!」
「識別不明機が接近中!」
「なにっ?!!」
「対空戦闘用意!」
号令と同時に、パトリオットミサイルを装填したランチャーが大空から迫る“敵”を睨む。
要員達はレーダーから送られてきたデータをミサイルのコンピューターに入力していく。
「迎撃準備完了!」
「よし!」
指揮官の園田郁夫大尉は、部下の声に答えると、緊張した表情を浮かべたまま、次の指示を待っていた。
彼の脳裏には、3年前の出来事がまるで昨日のように甦って来た。
あの日、彼の所属していた部隊は、あの国の弾道ミサイル攻撃を迎撃したが、基地への着弾を許してしまった・・・・たとえ、基地の機能には影響が無かったとしても・・・・。
「今度は・・・・基地には損害は出させないぞ・・・」
彼は静かに闘志を燃やしながら、次の指示を待った・・・。
「滑走路に迫ります!」
岩佐が叫ぶ。
「迎撃しますか?」
土橋が落ち着いた声で小野を振り返る。
小野は窓の側に立ち、双眼鏡で迫る“識別不明機”を見つめていた。
「待てっ!」
小野の声に、岩佐と土橋は顔を見合わせた。
滑走路の僅か上空を2機のジェット機が轟音を響かせながら猛スピードで飛び去っていく。 誘導路上のF-2からその様子を見守っていた米村は、思わず叫んでいた。
「・・・あの・・・馬鹿!!」
正美のF-2CCVが着陸態勢に入る。 その両横に2機の戦闘機が付いた。
「先に行かせて貰うわよ」
正美は微笑みながらインカムで言うと、2機の戦闘機に合図をした。 F-2CCVの機首が滑走路の中心線に向かう。 機首が僅かに上がる。 正美がスロットルを絞っていくと、高度が下がり、やがてタイヤが滑走路に接地をして一瞬白煙が上がった。 正美が滑走路から誘導路に移動をすると、2機の戦闘機が次々滑走路に下りてきた。 F-2を駐機場に止め、その様子を見守っていた米村は、厳しい表情を浮かべると司令部の建物に入っていった・・・。
「そういうことだったのか・・・」
朝倉が苦笑を浮かべながら呟いた。 ここは北九州基地の司令官室。 そして、朝倉の立派な机の前には、石部と浅原が立っていた。
責任を感じているのか、浅原は朝倉の顔をまともに見ることが出来ない。 石部は口を真一文字に結んで、正面から朝倉の顔を見つめている。
「そして、村田君は?」
朝倉の問いに、参謀長が、
「急降下の時に気を失って・・・着陸後に医務室に運びましたが、その後、意識を回復したので今は自宅に帰らせました」
「そうか・・・・」
朝倉が席から腰を上げた。 浅原と石部に緊張した表情が浮かんだ。
「・・・しかし、緊急事態に遭遇したわけでもないのに、なぜ飛行計画に従って飛ばなかったのかな・・・?」
「・・・・」
石部は唇を噛み締めて何も言わない。 浅原は、石部の横顔をチラッと見ると、
「急降下後、海面すれすれを低空飛行・・・その後、基地直前で急上昇し、規定の高度まで上昇しました・・・私が同行していながら、こんな騒ぎになってしまいました・・・・全ての責任は私にあります。 申し訳ありません」
「ふむ・・・」
頭を下げる浅原を見つめながら、朝倉は首を傾げた。
「・・・分かった・・・・浅原君・・・・少し席を外してもらえるかな?」
「しかし、私は・・・」
「いいから・・・・少し外してくれないか・・・?」
浅原は厳しい表情を浮かべると、朝倉に向かって一礼してドアに向かって歩いて行く。 振り返りざまに石部の背中を右手でポンと叩いた。 朝倉の顔に微笑みが浮かぶ。 朝倉は参謀長に目配せした。 参謀長も小さく頷くと部屋の外に出て行った。 司令官室のドアが閉まると、朝倉は石部の前に立った。
「石部君・・・・なぜ、あんな操縦をしたのかね・・・?」
「・・・・」
「答えたくないのなら、それでもいい・・・・」
朝倉は静かに言うと、司令官室の窓に向かって歩いて行く。ブラインドを上げると、窓の外には基地の滑走路が見えた。
「君が乗っているのは、街の若者達が乗るようなバイクや車ではない・・・・この国に住む人たちを守るために、いわば君に預けている高価な戦闘機だ・・・」
窓の外をF−2・F-15Jが次々に訓練のために飛び立っていく。 石部は、何も言わずにじっと朝倉を見つめている。
「・・・実戦でもないのに、自分の気持ちを抑えきれずに操縦されては困る・・・そのようなパイロットに大事な戦闘機を預けるわけにはいかない・・・・たとえ君のような凄腕のパイロットでもね・・・・」
朝倉は大きく息をつくと、
「処分は追って通知する・・・以上だ」
石部は唇を噛み締めながら、朝倉に一礼をした。 サラサラの綺麗な髪が大きく揺れた。 司令官室のドアが閉まると、直ぐにノックをする音がした。
「どうぞ!」
「「失礼します」」
ドアが開き、部屋に入ってきたのは、米村と正美だった。
「司令官、この度の事は・・・・私の指導力不足です・・・・」
申し訳ありません・・・と、頭を下げる正美に、朝倉は優しく微笑んだ。
「彼女達も、まだまだ若いな・・・・ところで・・・」
朝倉は、視線を米村に移した。
「・・・君は、"行方不明"になった3人を探そうと、高村君のF−2を借りたそうだね・・・」
「はい!」
米村は身じろぎもせず、正面から朝倉を見つめていた。
「ふむ・・・」
朝倉がニッコリ笑った。
「正美君! 浅原君は、お咎めなし・・・・石部君は、一週間の飛行停止だ・・・・そう言っておいて貰えるかな?」
「わかりました!」
正美は敬礼をすると、司令官室を出て行った。 ドアが閉まるのを見届けると、朝倉はニッコリ笑って、
「いつもは冷静な君が、なぜ、自分で"捜索"に行こうとしたのかね?」
「・・・・」
「作戦の検討・指揮を行う者が、一時の感情に押し流されては困る・・・これだけは覚えておいてくれたまえ」
「はい!」
米村は一礼すると、部屋を出ようとした。 その背中に向かって、
「・・・自分の大切なものに気が付いたのならば、迷いを捨てて攻めるのみだ・・・・」
驚いて振り返る米村に、朝倉は笑いながら言った。
「・・・それは、作戦でも人生でも同じではないかな?」
「飛行停止・・・ですか?」
正美から処分を聞いた石部は、表情を変えずに頷いた。
「でも・・・石部さん、いったい・・・なぜあんな真似を・・・・?」
「・・・・ごめんなさい・・・・・」
石部はまるで呟くような声で謝るだけだった・・・・。
「・・・・分かったわ・・・・」
正美は大きくため息をつくと、石部に背を向け廊下を歩き始めた。
「正美さん!!」
「・・・?」
「圭子さん・・・・米村リーダーのこと・・・・好きみたいです・・・よ・・・」
「エッ?」
「・・・でも、かつての正美さんのこと・・・忘れられないみたいで・・・・」
「そんな・・・」
突然、想像もしないことを言われ、正美は戸惑った。
「・・・それだけです!」
正美に一礼すると、廊下を走って行く石部。 正美は、かける言葉もなくその背中を見つめるだけだった・・・。
「・・・お話って・・・・なんですか?」
夜の格納庫の前に、米村と圭子が立っている。 格納庫の中では、赤と白の鮮やかなツートンカラーのカラーリングをされたF-2CCVが照明に照らされて光り輝いている。
「いや・・・・・その・・・」
米村は、額に汗を浮かべながら、
「体は・・・もう、大丈夫・・・かな?」
「ハイ・・・ご心配をおかけしました・・・大した事は無かったので、こうして戻ってきました・・・」
圭子は俯きながら答えた。 米村の顔を、まともに見ようとはしない。
「じれったいなあ・・・リーダー・・・なにやってんだよ!」
格納庫の影で、高村が苛立ちながら呟いた。
「全くだよな!」
「ズバッと言っちゃえよ・・・リーダー!!」
突然、後ろから聞こえてきた男達の声に驚いて、高村は振り返った。 浅原をはじめ、ファルコン飛行中隊・・・16人のパイロットたちが、高村と同じように二人を見守っている。
「おまえ達・・・いったい、いつのまに・・・?(^^; 」
苦笑する高村。
「圭子さん・・・・自分は・・・・」
米村の緊張した声を聞いて、圭子が顔を上げた。
「・・・・自分は・・・・・」
「はい?」
「戦いの中で、たくさんの部下の命を奪い、自分だけが幸せになってはいけないと思っていました・・・・」
「・・・そうなのですか・・・」
圭子が小さくため息をついた。
「リーダー・・・なぜそんな堅い話をするんだよ?!」
格納庫の影から聞いている浅原が歯軋りをしながら呟いた。
「じれったいな・・・・!」
佐々木が呟いた。 右手は硬く握られ、今にも飛び出していきそうな表情だ。
高村が周りを見回した。 浅原を始め、佐々木・戸田・沢田・・・・ファルコン飛行中隊のパイロット全員が、真剣な表情で2人を見つめ、会話に耳を傾けている。
「・・・・おいおい・・・みんな、他にやることがあるだろう?」
苦笑する高村。 そういう高村自身、いつの間にか米村たちの様子に視線を戻しているのだが・・・・。
「しかし、今日・・・分かりました」
米村は圭子の大きな瞳をしっかり見つめると、
「・・・自分は・・・・」
米村のただならない様子を見ている圭子は、ちょっと緊張した表情で米村を見つめている。
「・・・自分は、あなたが好きです!」
「・・・そんな・・・・」
「・・・よろしければ、付き合ってください!」
米村は、がっしりした体を折り曲げ、一礼すると高村たちの前を通って走り去っていく。 圭子は、呆然とその後姿を見送っていた。
「おい・・・押すな?!」
「「「「「ウワ〜〜〜ッ?!!」」」」」
突然、格納庫の影から、ファルコン隊のパイロット達が折り重なるように倒れてきた。
「みんな?」
「痛てぇ〜・・・」
ばつが悪そうに、圭子を見上げる浅原たち。 しばらく圭子の顔を見つめていた浅原が、
「ファルコン隊・・・・整列!」
弾かれたように、パイロット達全員が起き上がり、圭子を囲むように整列し、気を付けをする。
「村田さん・・・・うちのリーダーは、真田さんにだって決して負けない男です!」
浅原が言うと、
「そうです! 決してあなたを粗末にしたり、泣かせるような男ではありません!」
高村が真剣な表情で続く。
「リーダーは・・・必ずあなたを幸せにします。 あなたを裏切るような男ではありません!!」
「・・・お願いです・・・・リーダーの気持ちを・・・・あの不器用な男の気持ちを受け止めてやってください・・・・お願いします!」
浅原が圭子に向かって頭を下げた。
「ちょっと・・・・浅原さん・・・?」
「「「「「お願いします!」」」」」
ファルコン隊のパイロット達全員が、圭子に頭を下げた。
「行くぞ!」
浅原の号令で、全員が夜の滑走路に向かって走って行く。 圭子は、“愚直で不器用な男達”の背中を見つめたまま、小さなため息をついた。
深夜・村田宅
深夜・・・圭子は部屋で一人、電気も点けずにフローリングの床に座り込んでいた。
あまりに多くのことが起きた一日・・・石部の一言、そして、その後の米村の真剣な一言・・・・圭子は、自分で自分が分からなくなっていた。
「・・・分からないよ・・・・どうすれば良いのか・・・・分からないよ・・・・」
圭子は、手で顔を覆って泣き出した。 突然、ドアをノックする音が聞こえた。
「圭子・・・・入るよ・・・」
返事を待たずに、ドアが開いた。 スイッチを触る音がして、蛍光灯が明るく部屋を照らし出す。
「正美・・・?」
「圭子らしくないな・・・・部屋を真っ暗にして・・・・そんなに塞ぎ込んじゃって・・・・」
正美は圭子の部屋の本棚の前に立った。 「アッ?!」と声を上げる圭子。 そんな圭子にかまわず。 正美は本棚に置かれた二つの写真立てを手にしていた。 一つは、女性になってしまう前の正美・・・・真田正弘とF-15イーグルの前で撮った写真。 そして、もう一枚は、米村と一緒にF-2の前で撮った写真・・・・。 二つの写真立てを手にした正美がニッコリと微笑んだ。
「ごめんよ・・・圭子・・・」
「エッ? なぜ・・・正美が謝るの・・・?」
「僕は女性になってしまってから・・・・自分のことに戸惑うばかりで・・・・圭子のことまで考えていられなかった・・・・」
「それは、あたりまえ・・・」
「いや・・・・違うよ・・・」
正美は、大きく首を振った。
「圭子は・・・・いつも僕を助けてくれた。 それは、女性になってしまった時にも、ジャンヌダルク隊の仲間と上手く行かなかった時にも、空戦で撃墜されてしまった時にも・・・・いつも、圭子は助けてくれた」
正美は、大きく息をつくと、
「僕は・・・・女性になってしまっても、結婚をして今は幸せになっている・・・・・」
正美は、大きな瞳で圭子をしっかり見つめると、
「・・・僕は、圭子にも幸せになって欲しい・・・・しっかり自分の幸せを・・・掴んで欲しい!」
圭子は正美をしっかり見つめていた。 圭子の前に立つ若い女性の姿に、かつての正美・・・・真田正弘の精悍な姿が重なって見えた。 いつしか、圭子の瞳から涙が溢れ出していた。
「圭子・・・・」
「ごめんなさい!」
圭子は正美に抱きつくと、声を上げて泣き出した。
「ごめんなさい・・・・正弘さん、ごめんなさい・・・・!!」
正美は、圭子を抱きしめると、優しく頭をなでてあげた。
ドアの外では、村田好治が優しく微笑みながら、階段を下りていった・・・・。
翌日・空軍・北九州基地
夕日の赤い日差しが、格納庫の前に立つ圭子を照らしている。 司令部の建物から、がっしりした体つきの男が、格納庫に向かって歩いてきた。
「どうも!」
圭子がぺこりと頭を下げた。
「いや・・・こちらこそ・・・・昨日は・・・」
米村が、緊張した表情で頭を下げた。
「おい・・・押すなよ・・・」
「どうなっているんだ・・・・?」
「見えないって・・・!」
浅原たちは、格納庫の中の様子を何とか見ようと折り重なるように中を伺っている。
「みんな・・・・なんで、また集まってくるんだよ?(^^; 」
高村は、苦笑しながらみんなを見回すと、その視線を二人に戻した。
「・・・圭子さん・・・頼むよ・・・」
高村が呟く。
「米村さん」
「・・・?」
「昨日、米村さんに言ってもらった一言・・・・嬉しかったです・・・・」
「それじゃあ・・・?」
圭子は、ニッコリ微笑むと、米村に向かって右手を差し出した。
「・・・よろしくお願いします・・・・」
「「「「「やったあ〜〜〜っ!!」」」」」
格納庫の脇から、ファルコン隊のパイロット達が、米村に向かって駆け寄ってきた。 驚く二人をよそに、あっという間に米村を取り囲むと胴上げを始めた。
「「「「「わっしょい! わっしょい!! わっしょい!!!」」」」」
胴上げを終えて米村を降ろすと、全員で拍手を始めた。
「「「「「リーダー・・・・おめでとうございます。 良かったですね!!」」」」」
「ありがとう・・・って・・・?」
米村は、集まったパイロット達を睨みつけると、
「おまえ達・・・・ずっと見ていたのか?!」
「やばい・・・逃げろ!!」
パイロットたちが、雲の子を散らすように、一斉に走り出す。 圭子は、クスクス笑いながら、その様子を見つめていた。
「全く・・・・あいつ達は・・・・」
怒りの収まらない米村に、
「みんな・・・優しいですね・・・」
驚いて振り返る米村に、
「・・・みんな・・・・米村さんのことを心配してくれていますよ・・・・」
「・・・そうだな・・・」
思わず笑い出す2人、そんな2人を、格納庫の入り口から見つめている視線があった。
「あ〜あ・・・石部さん・・・失恋しちゃいましたね」
内田が小さなため息をつきながら振り返った。
「なに言っているのよ・・・わたしは関係ないわよ」
石部が頬を膨らませながら言うと、
「無理しちゃって・・・・それじゃあ、なぜ見に来ているのですか?」
岡村が悪戯っぽく笑った。
「だって、後押ししなきゃあ、あの二人はなかなか進まないでしょう? 本当にじれったいんだから・・・」
「やせ我慢しちゃって・・・」
「何よ!」
石部の言葉に、岡村は肩を竦めた。 石部が扉を離れて歩き出した。
夕日をバックに、F-15イーグルが離陸をしていく。 石部は足を止めて飛び去っていくイーグルを見送っていた。
「あ〜あ・・・・やっぱり早く飛びたいな〜・・・・」
一週間後・空軍・北九州基地
「ようやく届いたね」
圭子が、正美の顔を見つめながら微笑んだ。 二人の前には真新しいF-2Aが、太陽の日差しを浴びて光り輝いている。
「整備は万全、エンジンの試運転の結果も良好・・・・」
服部がクリップボードに付けられた書類をチェックしながら歩いてきた。一緒にやってきた北野にクリップボードを手渡すと、
「・・・早速テストフライトと行きますか?」
正美が服部に頷いた。
「おはようございます!」
格納庫に元気な声が響く。
「おはよう!」
「おはようございます!!」
正美と圭子も挨拶をした。 格納庫にジェットスーツを身に付けた石部がやってきた。
「やっと新しい機体が届いたのですね・・・」
真新しいF-2を見ながら呟くと、
「石部さんも、今日から飛行再開だね・・・・」
正美がニッコリ笑った。 石部も悪戯っぽく微笑むと、
「・・・テストフライト、お供します・・・・・」
「暖気運転開始!!」
北野の号令で、2機のF-2Aから甲高いジェットエンジンの音が響き始める。
「油圧チェック・・・・油温チェック・・・・排気温度チェック・・・・」
ジェットエンジン音に全身を揺さぶられながら、正美と石部がコクピットの中でそれぞれの機体をチェックしていく。
「チェック・オール・グリーン!」
前を見つめる正美の視線が鋭くなる。
「ジャンヌダルク・リーダー・・・・出ます!」
正美がスロットルをゆっくり開くと、F-2がゆっくり前に進み始める。 機体の脇に立つ服部が、正美に向かって敬礼をする。 正美もスッと敬礼を返す。
「チェック・オール・グリーン・・・・」
石部も大きく息をつくと、
「ジャンヌ2・・・・続きます!!」
石部がスッと合図を出すと、北野と圭子が車輪止めを外す。 圭子はニッコリと微笑むと、石部に向かって右手を突き出し、グッと親指を立てる。 石部もニッコリ笑うと頷いて、さっと敬礼を返した。 スロットルを開くと石部のF-2が動き出し、正美のF-2の後ろにつく。 誘導路を移動していくと、正美のF-2が先に滑走路に入り、石部のF-2が左後方に入った。
「コントロール・・・・こちらジャンヌダルク・リーダー・・・・テストフライトのため離陸します」
「こちらコントロール・・・・離陸を許可します・・・」
滑走路で待機中の2機のF-2Aをじっと見つめる視線があった。
「教官・・・・必ずあの飛行中隊に入って見せます!」
ポニーテールの髪を揺らしながら、まだ20歳そこそこに見える若い女性が傍らに立つ精悍な顔つきの男に向かって言った。
「・・・その気持ちを大事にしろ・・・岩田・・・・」
男はそう言うと、
「よし・・・俺達も行こう!」
「はいっ!」
二人は、駐機場で既にエンジンを始動させているT-4に乗り込んだ。
「石部さん・・・行くよ!」
「了解!!」
2機のF-2が、滑走路を滑るように走り出す。 テールパイプからは、アフターバーナーの赤い炎が見える。 強烈な加速が、二人の体をシートに押し付ける。 正美と石部が操縦桿を引くと、2機のF-2は急角度で上昇して行った。 2人の視界から住宅や建物が消え、青い空と白い雲だけになる。 時々白い雲の切れ端が、キャノピーの外を猛スピードで後ろに流れていく。 あっという間に、2機のF-2は高度1万メートルに達し、二人は機体を水平飛行させた。
「石部さん・・・久しぶりの空はどうかな?」
石部は、並んで飛ぶ正美のリーダー機を見ながら、優しく微笑んだ。
「そうですね・・・・やっぱりここが最高ですね!!」
正美が頷いた。 悪戯っぽく微笑むと、
「よし・・・それじゃあ、加速テスト・・・行くよ!!」
正美の元気な声がインカムに響く。
「了解!!」
二人が同時にスロットルを開く。 強烈な加速を始めたF-2は、あっという間に青空の彼方に消えて行った・・・・。
ガールズ・ファイター外伝
ジャンヌ2奮闘中! (おわり)
こんにちは!逃げ馬です。
遅れに遅れた「ジャンヌ2奮闘中」の最終回が・・・・1年半ぶりに?! 書きあがりました。
掲示板に応援カキコをしてくれた皆さん、そして、時々メールで「まだですか〜?!」と、作者にやる気を起こさせてくれた皆さん(爆笑) どうもありがとうございました! 感謝をしています・・・おかげで、何とかこの作品を書き終えることが出来ました。
この作品は、他のサイトでこのシリーズをご覧になった皆さんにとっては、「ガールズ・ファイター」と、「サイバー・ウエポン」・「ファイナル・オペレーション」を繋ぐ作品になります。 このサイトでも、この後順次アップをしていきたいと思っています。
今は・・・なんだか"夏休みの宿題"を終わらせた小学生の気分ですが(笑) これから、心置きなく? いろいろな作品を書いていきたいと思います。
それでは、今回もお付き合いいただいてありがとうございました。 また、次回作でお会いしましょう。
なお、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係の無いことをお断りしておきます。
2004年8月 逃げ馬
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