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秋も深まり、木々の葉も色づいてきた。
街を行き交う人々も、自分たちなりの『秋』を楽しんでいるようだ・・・・・。
会社帰りに美味しい料理やスイーツを食べて『食欲の秋』を楽しむ者。
応援しているアーティストのライブに出かけて『芸術の秋』を楽しむ者。
そして・・・・・。

ここ・・・・・純愛女子学園高校では、『スポーツの秋』恒例の行事が始まろうとしていた。



学校の聖母シリーズ


体育祭の秘密兵器


作 逃げ馬




三崎由佳(みさき ゆか)は、憂鬱そうな顔で、黒板に書かれた文字を見つめている。
そこには、体育祭の出場種目が書かれていた。
スポーツが苦手な彼女にとっては、一年で最も憂鬱な学校行事といえるだろう。
「由佳・・・・・?」
誰かが彼女の肩に、手を置いた。
彼女のクラスメイト、中野美穂子(なかの みほこ)が、微笑みながら彼女を見つめている。
「・・・・・由佳、帰ろう」
「・・・・・うん・・・・・」
由佳は、スクールバッグに教科書やノートを入れると、席を立った。
日直の生徒が、黒板に書かれた文字を、綺麗に消していく。
由佳は黒板を見ながら、憂鬱そうにため息をついた。
二人は教室を出ると、廊下を歩いていく。
一日の授業が終わり、部活が始まったようだ。
ブラスバンドの楽器をチューニングする音が、校舎に反響している。
窓の外に視線を向ければ、テニスコートでラケットの素振りをする人、バスケットボールやバレーボール部の部員達は、続々と体育館に集まっている。
いつもと違うのは、グランドを使う陸上部やソフトボール部の姿が見えないことだろう。
そして今、グランドには白線でトラックが描かれ、花で飾り付けられた大きな門が二つ設置されている。
トラックのホームストレートにあたる場所の横には、白いテントが三つ、先生たちの手によって組み立て中だ。
そう、明日は純愛女子学園高校の体育祭だ。
校舎を出て、石畳の通路を門に向かって歩いていく。
途中には、煉瓦造りの立派な礼拝堂がある。
この学校に通う生徒や教職員は、登下校する時、必ず礼拝堂にある聖母像に祈りを捧げるのだ。
中学生や大学生も一緒に礼拝堂に入る。
ちょっとした混雑になっているが、「今日のお祈りはパス!」と、帰ってしまう人はいない。
由佳たちの順番が回ってきた。
美穂子と一緒に聖母像の前で膝をつき、祈りを捧げたのだが・・・・・。
「聖母さま・・・・・明日は雨になりますように!」
横で祈りを捧げていた美穂子は、驚いて由佳の横顔を見た。
後ろで順番を待っていた大学生は、二人を見ながら懸命に笑いを噛み殺している。
美穂子は、由佳の横顔を見ながら思った・・・・・聖母様も、きっと困惑しているに違いない・・・・・と・・・・・。
礼拝堂を出た二人が、家路につく。
美穂子は鎌倉駅へ、由佳は歩いて家に向かう。
別れ際に、
「由佳・・・・・聖母様にお願いしていたけど、明日は晴れだよ・・・・・」
美穂子が空を見上げながら言った。
由佳も空を見上げ・・・・・そして、大きなため息をついた。
美しく晴れ渡った秋の空・・・・・この空が突然、どしゃ降りの雨になるとは考えにくい・・・・・。
「やっぱり・・・・・そうかな・・・・・?」
沈んだ声で言う由佳に、
「たった一日じゃない♪」
美穂子が明るい声で言った。
しかし由佳は、やはりため息をついた・・・・・。

二人が通う純愛女子学園高校では、明日は体育祭が行われる。
生徒たちが出場する『競技種目』は、順位ごとに獲得ポイントがあり、その合計によって『クラスの順位』が決まる。
スポーツが苦手な三崎由佳にとっては、自分の順位がクラスの順位を左右しかねないというだけでも気が重くなるのに、今年は個人種目の100メートル走に加えて、なぜかリレーの選手に選ばれた・・・・・スポーツが苦手なのに・・・・・?!
「順位なんて、気にすることはないよ・・・・・」
中野美穂子は、俯いたままの由佳の肩をポンと叩くと、
「また、明日!」
明るく言って、改札口を通ってホームに向かって歩いていく。
由佳は、彼女の後ろ姿を見送りながら、またため息をついていた。

三崎由佳は、駅から自宅に向かって歩いていた。
秋の日は、日が暮れるのが早い。
既に辺りは薄暗くなり、街灯が灯り、行き交う車やトラックは、ライトを点灯して走っている。
由佳は、彼女の前に見慣れた背中を見つけた。
小走りに駆け寄り、背中を叩く。
「今、帰り?」
由佳が声をかけると、
「オッ?!」
驚きの表情で由佳を見ると、
「なんだ・・・・・由佳か・・・・・」
おどかすなよ・・・・・と言いながら手に持っていた、コーラのペットボトルを口にした。
肩にしたスポーツバッグを揺らしながら歩いていく。
由佳も、横に並んで歩きながら、日に焼けた少年の横顔を見た。
「今日は、早いのね・・・・・」
「監督が出張でいなかったから、今日は早く終わったんだ・・・・・多分、練習の疲れを取れ・・・・・って、気を使ってくれたんじゃないかな?」
うちの練習は、キツイからね・・・・・少年が笑った。
「剛気体育大学付属高校・・・・・スポーツが強いからね・・・・・」
由佳が呟いた。少年の横顔を見ながら、
「和也は、中学の陸上部で速かったから、剛気体育大学付属高校に入ったでしょう?」
「うん・・・・・」
少年は答え、そしてまたコーラを口にした。
「今も速いの?」
「陸上部の中では、そこそこ・・・・・かな?」
少年は、首をかしげながら由佳の顔を見た。
少年の名前は、竹井和也・・・・・ 由佳とは幼なじみの17歳の高校生である。
彼が通う高校は、剛気体育大学付属高校。
スポーツの分野では、多くの一流選手を輩出した名の通った学校である・・・・・ただし、男子選手ばかりだが・・・・・。
剛気体育大学付属高校は、『男女共学』の学校だ。
女子トイレも、女子更衣室もある・・・・・もちろん、女子学生用の制服も準備はされている。
しかし、入学希望者も教職員も男性ばかり・・・・・理由は、学校内に入れば一分以内にわかるだろう。
そして、その影響は大学にもおよんでいる。
大学の影響が、高校に及んだとも言えるのだが・・・・・。
「そうか・・・・・速いんだね・・・・・」
由佳が頷いた。
「和也は、小学生の頃から、走ることは誰にも負けなかったよね・・・・・」
「今は、そうでもないよ・・・・・」
速い人は、たくさんいる・・・・・だから頑張らないといけないんだ・・・・・和也が笑った。
由佳は、夕陽に照らされて赤く染まった、和也の横顔を見つめた。
竹井和也は、陸上競技をする男性としては小柄で、身長は165センチほどだ・・・・・つまりは、由佳より少し高い程度だ。
身体は細く、厳つい顔つきの多い剛気体育大学付属高校の学生らしからぬ『童顔』だ・・・・・由佳は、中学校を卒業するときには、なぜ和也が、あんな学校に進学したのかと、彼の気持ちを理解できなかったのだが・・・・・。
今は、彼の判断に感謝をするべきなのかもしれない・・・・・なぜなら、彼女の頭の中に、アイディアが浮かんだのだ。
「和也、お願いがあるの・・・・・」
由佳は、和也の手を握り、彼の目を見ながら真剣な表情で言った。
「どうしたんだ・・・・・?」
何かあったのか?・・・・・幼なじみの真剣な表情を見て、和也が心配そうに尋ねた。
「明日の日曜日、わたしたちの学校に来てくれないかな?」
「日曜日・・・・・?」
和也はしばらく考えていたが、
「明日、何かあるのか?」
「体育祭があるの・・・・・」
「フ〜ン・・・・・」
和也は、夕陽に赤く染まった空を見上げながら、
「純愛の体育祭は、華やかだろうね・・・・・」
でも・・・・・と、由佳の横顔を見ながら、
「純愛は確か、男子禁制じゃなかったか?」
「うん、基本的には男性は、校舎の中には入れないの・・・・・」
でも・・・・・と、由佳は微笑みを浮かべながら、
「それでは宅配便や郵便も、職員室に届かなくなるわよね」
由佳と和也が笑う。
「確かに、そうだ・・・・・」
「だから、事務局や職員室のある校舎は、男性の立ち入りはできるの・・・・・グランドもね・・・・・」
来てくれる?・・・・・由佳が和也の顔を覗きこんだ。
「うん・・・・・見に行くよ」
「良かった♪」
由佳が足を止めた。和也が彼女を振り返った。
「どうしたんだ?」
「ちょっと用事を思いだしたの・・・・・」
じゃあ、明日ね・・・・・由佳は小さく手を振ると、スカートの裾を揺らしながら走って行く。
和也は、その後ろ姿が小さくなって行くのを、しばらく見つめていた。

三崎由佳の聖母像への祈りもむなしく体育祭当日、空は美しい秋晴れだった。
今日は三崎由佳と中野美穂子は、袖口に濃紺のラインが入った体操服と、濃紺のブルマを着ている・・・・・相変わらず由佳は憂鬱そうな顔をしているが・・・・・。
彼女が憂鬱なのには、『スポーツが苦手』ということ以外にも理由がある。竹井和也の姿がないのだ。
彼女たち二年生の最初の種目であるダンスが終わり、もうすぐ個人競技の100メートル走が始まる。
焦る由佳の視線が体育祭を見に来た保護者や友人の顔を忙しく見ていたが・・・・・。
「?!」
突然、由佳が立ち上がり、クラスの列から離れ、観覧席に向かって走って行く。
「由佳?!」
中野美穂子が声をかけると、
「すぐに帰ってくるから!」
由佳は、そのまま観覧席に姿を消した。

三崎由佳は、観覧席につめかけた人たちを掻き分けて、小柄な少年の手首を掴んだ。
「遅いじゃない!」
「ごめん・・・・・場所がわからなくて・・・・・」
竹井和也が謝ると、由佳は彼の手を引いて観覧席を離れた。

由佳と和也は、事務局や職員室がある純愛女子学園高校の『本館』にいる。
由佳は、倉庫の扉を開けると、和也と一緒に中に入った。
「オイッ?! 由佳?!」
こんなところに・・・・・竹井和也は、何も言わずに彼を倉庫に引っ張ってきた由佳に戸惑っていた。
こいつ・・・・・いったいなにを・・・・・?
由佳は、倉庫に置かれた荷物の間から、大きな紙袋を取り出した。
「和也、これに着替えて」
紙袋の中から出てきたのは、由佳が着ているのと同じ、体操服とブルマだ。
「なぜだよ!」
「わたしの代わりに走ってほしいの・・・・・」
だってわたし、小さい頃から走るのが遅かったでしょう・・・・・お願い・・・・・泣きそうな顔で自分の目を見る由佳の顔を見ながら、和也は大きなため息をついた。

倉庫では由佳による、和也の『着替え』が始まった。
「こんなことは、やめた方が良いよ・・・・・」
君の代わりに走るなんて、絶対にみんなにバレるって・・・・・和也が懸命に抵抗するが、
「もう・・・・・男らしくないわね!」
乗りかかった船でしょう!・・・・・由佳が情け容赦なく、和也の服を脱がせていく。
パンツ一枚だけを身につけただけの和也に、
「はい、これに履き替えてね」
薄い布地でできたパンツを手渡した。
トランクスを脱ぎ、由佳が渡したパンツを履いた。
股間が圧迫される。
「はい、次はこれね」
ニコニコしながら和也に手渡したのは、紺色のブルマだ。
「これ・・・・・僕が履くのか?」
困惑しながらブルマを見ている和也に、
「当たり前でしょう!」
履かないと走れないじゃない・・・・・由佳が頬を膨らませながら言うと、和也はムッとした顔をした。
「僕は、見に来たんだ・・・・・走りに来たんじゃないよ・・・・・」
だから、こんなことはやめようよ・・・・・和也が言うと、由佳は俯いてしまった。
「・・・・・由佳・・・・・?」
「・・・・・」
由佳は何も言わない。
「おい、由佳・・・・・?」
和也は、俯いた由佳の顔を覗き込み、そして・・・・・何も言えなくなった。
由佳が泣いていた・・・・・小さな肩を震わせながら、泣いていた。
「和也はいいわよ・・・・・スポーツが得意だから・・・・・でもね・・・・・」
由佳が顔を上げて、涙で潤んだ瞳で和也を見ると、
「わたしはスポーツが苦手・・・・・走れば、いつもビリ・・・・・だからクラスの仲間の足を、引っ張りたくはないの・・・・・」
だから和也に頼んだのに・・・・・由佳が立ち上がり、ドアに向かって歩いていのを、和也は訝しげな視線で見ていた。
「どこに行くんだ?」
和也が尋ねると、
「クラスの席に戻るの・・・・・」
今日は、ごめんね・・・・・ドアのノブに手をかけた由佳に・・・・・。
「わかった・・・・・代わりに走るよ・・・・・」
和也が言うと、
「本当に・・・・・」
ドアノブに手をかけたまま、由佳が尋ねた。
「本当に・・・・・だ・・・・・」
子供の頃から、由佳との約束を破ったことはないだろう?・・・・・和也が笑った。
「ありがとう♪」
さすがは和也だね・・・・・振り返った由佳が、満面の笑みを和也に向けて言った。
あの涙は、どこに行ってしまったのだろう・・・・・楽しそうな由佳を見て、戸惑っている和也を、由佳は着替えさせていく。
サポーターと一緒にパットを入れて、『女子高生のヒップ』を作った。
和也が渋々ながらブルマを穿くと、紺色のブルマに包まれた、キュッと上を向いた丸いヒップが現れた。
それを見た由佳は、紙袋の中から、2つの『塊』を取り出した。
「はい、これを胸に貼るからね・・・・・」
そう言いながら、和也の目の前に差し出したのは、シリコン製の『女の子の胸』だった。
「これを・・・・・ね・・・・・」
由佳が和也の胸に、『女の子の胸』を貼り付けた。
色といい、触感といい、本物の胸のようだ・・・・・和也は触ったことはないのだが・・・・・胸の尖端についている、鮮やかなピンク色の乳首と乳輪が生々しくて、見ていると恥ずかしくなってくる。
「男の子は、大きな胸が好きでしょう? 『和也君の胸』はFカップ位だと思うな・・・・・」
「うるさい!」
恥ずかしさを隠すために、和也は声を荒げた。
「走らないといけないから、ブラはスポーツブラね・・・・・」
可愛くないけど、ごめんね・・・・・由佳は和也にスポーツブラを着けさせると、『豊かな胸』を、その中に入れた。
和也は、襟と袖口に濃紺のラインが入った、純愛女子学園高校の体操服に袖を通す。
由佳は、和也の唇にリップクリームを塗った・・・・・艶やかな女の子のような唇になった。
ボブカットのウィッグを被り、赤いフレームのだて眼鏡をかける。
「かわいい♪」
これなら、絶対ばれないわよ・・・・・由佳が満足そうに言い、指を指した。
倉庫の中にあった古ぼけた鏡に、体操服とブルマを着た二人の女の子が映っている。
一人は由佳・・・・・そして、由佳と並んでいる赤いフレームの眼鏡をかけた、ボブカットの黒髪の女の子・・・・・それは、まぎれもなく和也だ。
体操服の胸の辺りは、下から大きな膨らみが押し上げ、『2つの頂』の間は、体操服がピンと張りつめている。
「これが・・・・・」
信じられないという思いで鏡を見ている和也に、
「和也君、時間がないから・・・・・」
由佳は和也の手を引いて倉庫を出ると、グランドに急いだ。

由佳は和也の手を引いて、グランドに走って来た。
グランドへの『入場門』の前には、100メートル走に出場する選手達が集まっている。
校舎の陰からその様子を見ながら、由佳は和也の耳もとで囁いた。
「話かけられるかも知れないけど、何も話さなくていいからね・・・・・」
お願いね・・・・・そう言うと由佳は、体操服を着た和也の背中を押して送り出した。

竹井和也は、困惑していた。
無理やり女装をさせられて、多くの女子生徒がいるなかに放り込まれたのだから・・・・・。
集合地点では、先生が名簿を見ながら点呼をとっている。
「三崎由佳さん・・・・・」
由佳の名前を呼ばれると、和也は先生が手で示した場所に向かった・・・・・周りの視線が自分に集中し、和也の心臓の鼓動が高鳴る。
だが、周りの生徒たちは首を傾げただけで、和也が心配した「先生! この人、男なのに女の子の格好をしています!」と、叫ぶような生徒はいなかった。
和也達・・・・・選手が入場し、100メートル走が始まった。
一度に7人の選手がスタートする。
グランドにはスタートピストルの音と、生徒達の応援の声が響いている。
ピストルの音がなる度に、和也の目の前で女の子達が、健康的な足でグランドを蹴って走っていく。
「次、準備して!」
スタートピストルを手にした『美人教師』の指示に従って、三崎由佳=竹井和也の組が、スタートラインについた。
女の子の格好をしているとはいえ、和也の目が鋭くなる。
「用意!」
ピストルを手にした、スターターの腕が上がった。
和也の目は、100メートル先のゴールラインを見ている。
和也は、自分たちの順番が回って来るまでに、スターター役の先生の『リズム』を把握していた。
彼は、自分の体のリズムに従った。
ピストルの音が鳴ると同時に、三崎由佳=竹井和也は、絶妙なスタートを切った。
低い姿勢でスタートをした『彼女』が、体を起こした時には、既に2位とは2メートルの差をつけていた。
『彼女』は、そのまま加速すると、あっという間にゴールしていた。
グランドに大歓声が響き、既にゴールをしていた生徒・・・・・由佳の同級生たち・・・・・が拍手で迎える。
『彼女』・・・・・和也は、笑顔で1位の旗の列に加わったが、内心では冷や汗をかいていた。
『やり過ぎた・・・・・』和也は思った。
スタートラインに立つと、闘争本能に火がついて、『いつもと同じように』走ってしまった・・・・・女の子の格好をさせられているのに・・・・・。
ゴールをしていた生徒たちは、「三崎さんって、速いのね」、「走るフォームが綺麗だったよ・・・・・陸上をしていたの?」
などと、三崎由佳=竹井和也に尋ねてくる。
和也の顔が赤くなり、適当に相づちをうっていた。
100メートル走を走り終えた選手達が、退場してきた。
退場門をくぐり抜けると竹井和也は、列をスッと離れて校舎の陰に立っていた三崎由佳に駆け寄った。
「和也君、ありがとう♪」
格好よかったよ・・・・・由佳は大喜びだ。
その表情を見ていると、和也も嬉しくなってくる。
「楽勝だったよ・・・・・」
相手は女子だったしね・・・・・和也が笑うと、由佳も笑った。その時、
「そういう事だったの・・・・・」
突然聞こえた声に、二人は驚き、振り返った。
そこには、中野美穂子と由佳のクラスメイト達がいた。
「由佳がいないし、見慣れない娘がいると思ったら・・・・・」
男の人だったなんて・・・・・美穂子が呆れたような視線で和也を見ると、和也は真っ赤になり、その場を離れようとした・・・・・が、由佳が和也の着ている体操服を掴んでいた。
「わたしが彼に、無理やり頼んだの・・・・・今年の体育祭の秘密兵器としてね・・・・・」
スポーツが苦手なわたしが出るよりポイントが稼げるでしょう? 彼にはこんな格好をさせてしまって、悪い事をしてしまったけどね・・・・・由佳が言うと、
「由佳・・・・・気持ちはわかるけど、それはだめだよ・・・・・」
美穂子が言うと、
「そうだよ・・・・・」、「やめた方がいいわよ・・・・・」と、クラスメイト達が口々に言った。
「聖母さまの怒りに触れるわよ・・・・・」
美穂子が心配そうに言った。
「大丈夫!」
由佳が力強く言った。
人懐っこい笑顔を、クラスメイト達に向けながら、
「100メートル走で、勝ったのよ・・・・・リレーだって大丈夫!」
「由佳、そうじゃなくて・・・・・!」
美穂子がさらに何か言おうとしたその時、リレーに出場する選手に対して、集合するようにと、アナウンスが流れた。
「和也君、お願いね♪」
さっきの走りを、もう一度見せて・・・・・由佳が言うと、
「いや・・・・・」
和也は手を振りながら、
「やめておこうよ・・・・・」
みんなも、やめた方がいいと言っているし・・・・・和也が言った。
「和也君、走ってよ・・・・・お願い!」
由佳は両手を合わせながら、
「和也君は、わたしたちのクラスの秘密兵器なの・・・・・期待しているのよ」
お願い!・・・・・と、和也に頼む由佳を見ていた美穂子が、ため息をついた。
和也を見ると、
「・・・・・もう一度、走ってあげてもらえませんか?」
「エッ?」
和也が驚き、
「だって、君たちは・・・・・」
和也は戸惑い、中野美穂子をはじめ、集まっている由佳のクラスメイト達を見た。
「君たちは、言っていたじゃないか・・・・・やめた方が良いと・・・・・」
「でも・・・・・由佳が気の毒になってしまって・・・・・」
美穂子が言うと、
「わたしたちも・・・・・やっぱり勝ちたいし・・・・・」
「走ってください」
「わたしたちも、秘密は守ります!」
クラスメイト達が口々に言った。
「和也君!」
由佳に言われると、和也は大きなため息をついた。
「さあ、行こう♪」
由佳に背中を押され、和也はため息をつきながら歩いて行く。
「頑張って下さいね!」
中野美穂子が声をかけた。
「お願いします!」
「応援してますからね♪」
由佳のクラスメイトたちの『声援』を背中に受けながら、竹井和也はリレーの集合地点に向かった。
集合地点では、先生が点呼をとっていた。
登録名簿を見ながら、各クラスの出場選手を確認していく。
「三崎由佳さん」
先生が名前を呼ぶと、三崎由佳=竹井和也は、俯きながら手を挙げた。
先生が手で並ぶ場所を示すと、和也は顔を見られないように、その場所に座った。
座った場所を見て、和也は驚いた。
由佳は、このリレーのアンカーに選ばれて(押しつけられて?)いたのだ。
和也の顔に、フッと笑みが浮かんだ。
スポーツが苦手な由佳が、リレーのアンカーをする・・・・・そんなことになれば、彼女が代役をたてたくなるのも、無理はないだろう・・・・・和也にすれば、代役は女の子を選んで欲しかったが・・・・・。
彼の前に座っていた女の子が振り返った。肩にかかる髪が揺れる。
由佳をたしなめていた女の子だ・・・・・。
「うちのクラス・・・・・みんな遅いんです。お願いしますね・・・・・」
中野美穂子が微笑みなから、和也の耳元で囁いた。
和也は、小さく頷いた。

入場門から選手が入場してくる様子を三崎由佳は、校舎の陰から見ていた。
選手たちは、ホームストレートとバックストレートに別れていく。選手は一人100メートルを走り、4人でバトンを繋いでいく。
学年別のクラス対抗リレーだ。
先に一年生のリレーが始まった。
後から走る二年生、三年生たちは、いわゆる体育座りをして観戦している。
剛気体育大学付属高校では陸上部員の和也にとっては、居心地は悪い状態だ。
彼は走ることに関しては、こだわりがある。
たとえ相手が女の子や子供であっても、『競争』ならば、全力で走る・・・・・それが和也の流儀だ。
本来なら、ウォーミングアップを始めたいところなのだが・・・・・これは純愛女子学園高校の体育祭。しかも和也は『女装』をさせられているのだ・・・・・目立つ行動は出来ない。
落ち着かない和也の前で、一年生の女の子・・・・・リレーのアンカーがゴールテープを切った。
歓声が上がった。
それを聞いていると、和也の中で闘志が沸き上がってきた。
「次は二年生です・・・・・第一走者は、準備をしてください!」
役員の声を促されて、二年生の各クラスの第一走者が、スタートラインについた。
グランドには応援の声が響いている。
「用意・・・・・」
スターターの腕が挙がる。
ピストルの音と共に、第一走者がスタートを切り、その背中に応援の声が降り注いだ。
二年生・・・・・5クラスの第一走者がスタートを切った。
和也の視線が、選手達を追いかける。
美穂子は『みんな遅い』と言っていたが、由佳たちのクラスは、先頭争いから僅かに遅れた3位につけている。
和也は、自然に立ち上がり、ストレッチ運動を始めた。
選手達がリレーゾーンに駆け込んできた。先頭が・・・・・そして、ほとんど同時に2位の選手がバトンを渡す。
僅かに遅れて、由佳たちのクラスがバトンを渡した。
4位・・・・・そして、5位の選手がバトンを渡し、追い上げを開始する。
由佳のクラスの選手も懸命に走るが、4位の選手に捕まり、追い抜かれて次の走者・・・・・中野美穂子に、バトンを渡した。
美穂子が走り出す。
しかしその時には、5位の選手が彼女に並びかけていた。
美穂子は、全力で走った。コーナーを二人の選手が並んで走る。
和也がリレーゾーンに立った。
その場で足を動かして筋肉を解している。
和也の横で、トップと2位のクラスのリレーが立て続けに行われた。
少し開いて3位のクラスが・・・・・そして、ストレートに入ったところで、美穂子は僅かに離されて最下位になってしまった・・・・・しかし、差はほとんどない。
和也はリレーゾーンで軽くジャンプをしていた。
なんだか身体がムズムズする・・・・・集中していないのか?・・・・・確かに髪の長いウィッグなんかつけられ、しかも、だて眼鏡までつけて走る・・・・・だが、勝負だ・・・・・和也は腰を落として、白く細い腕を美穂子に向かって伸ばした。
美穂子は4位の選手と、ほとんど同時にリレーゾーンに駆け込んだ。
「ごめんなさい!」
バトンを和也に渡しながら、美穂子が苦しそうに叫んだ。
「まかせて!」
和也がバトンを受け取りながら叫んだ。
緊張をしているのか、まるで女の子のような声だ。
走りだして、たちまちスピードにのって走る和也が、僅かに前を走っていた4位の選手を抜き去り、3位の選手に迫っていく。
和也は思った・・・・・クソッ! なんて走りにくいんだ・・・・・いつもは整備されたトラックの上を、スパイクを履いて走っている。
しかし今日はスニーカーを履いて土のグランドを走っている・・・・・それでも和也は、コーナーのカーブを巧みに走り、三位の選手に迫る。
彼は気がついていなかった・・・・・グランドを力強く蹴る彼の足が、まるで『女の子の足』のように変わりつつあることに。
日に焼けていた彼の足は白くなり、鍛え上げた筋肉が減り、柔らかい皮下脂肪が筋肉を包みこんでいく。
足も小さくなり、不思議なことに履いていたスニーカーも、それに合わせるかのように小さくなってしまった・・・・・真剣に走っている和也は気がついていない・・・・・。
コーナーで外側から前を走る三位の選手を抜き去り、先頭争いをする二人の選手に迫る。
和也が歯を食いしばりながら走っている。
歯を食いしばる和也の顎が小さく、そしてほっそりとしていき、唇は厚さと艶やかさを増していった。
クソッ・・・・・和也は思った・・・・・由佳のやつ、『男の子は胸が大きい女の子が好きでしょう?』だなんて言いやがって! あんな大きな『塊』をくっつけられると重いし、走ると揺れる・・・・・走り難くて仕方がない・・・・・しかし、何か変な物を食べたかな? お腹の具合が・・・・・?

コーナーを周り、3人の選手がだんご状態でストレートに入った。前にゴールテープが見える。
和也は鍛え上げられた本能に従った。
2位の選手をたちまち抜き去り、1位の選手に並びかける・・・・・。

ゴールテープを睨み付ける和也の目は大きく可愛らしい『瞳』になり、瞼の睫毛が伸びて、眉が細く弓のような弧を描いていた。
そして・・・・・和也の身体から『男性の象徴』が溶けるように消えていく・・・・・後には、身体の中に生まれた新たな器官へと続く『女性の器官』が作られていった・・・・・。

2人の選手が並んでゴールテープを切った・・・・・和也は体を前に倒して胸を突き出した・・・・・陸上短距離選手にとっては慣れた動作だ。
1着・・・・・由佳たちのクラスが優勝だ。
代役を果たしてホッとしている和也のもとに、走り終えた3人の選手が駆け寄り、和也に抱きついた。
和也も自然に笑顔になる・・・・・『クラスの仲間たち』と共に優勝を勝ち取った和也は、喜びを感じていた。
リレーの出場選手達が退場門から引き上げてきた。
竹井和也に、校舎の陰から三崎由佳が駆け寄った。
「和也君!」
由佳は和也に抱きついて、
「凄いよ・・・・・和也君・・・・・」
嬉しそうな由佳に、和也は照れながら、
「これくらいは普通だよ・・・・・」
と笑った。
由佳も笑いながら、
「でも、この胸・・・・・本物みたいだね・・・・・」
「冗談はやめてくれよ」
和也は笑いながら言うと、
「リレーも終わったし、着替えていいかな?」
「うん・・・・・良いわよ」
和也君・・・・・今日は、ありがとう・・・・・クラスメイトたちの声を聞きながら、二人は校舎に向かった。



倉庫のドアを開けて、二人が中に入った。
「さあ、やっと脱げるぞ!」
和也が嬉しそうに言うと、
「可愛い女の子になっているから、もう少しそのままでいたら?」
由佳が悪戯っぽく言った。
「それなら、女の子のままでいようかな?」
和也がおどけた口調で言うと、由佳が笑いだした。
和也が体操服を脱ぐと、スポーツブラに包まれた豊かなふくらみが現れた。
スポーツブラを外すと、そのふくらみはプルンと揺れた。
和也は胸に指をあてて、何かを探している。
「由佳・・・・・この胸、どうやって外すんだ?」
由佳が、『和也の胸』に指をあてる。
「おかしいなあ・・・・・継ぎ目がない・・・・・?」
由佳の指が和也の体と胸のふくらみの『継ぎ目』を撫でると、
「くすぐったいよ・・・・・」
和也が由佳から体を離そうとした、その時、由佳の指がピンク色の胸の頂にあたった。
「?!」
和也の唇から、甘い叫びが漏れた・・・・・まるで女の子のような・・・・・?
由佳が驚きに変わる。
和也は、その感覚に戸惑った・・・・・なぜ『作り物』の胸を触れられて、『触れられている感覚』を感じるのだ?
和也がブルマを脱いだ。次の瞬間、彼の表情が凍りついた。
『男性の象徴』を隠すために履いていたはずのサポーターが、白いショーツに変わっていた。
しかも・・・・・股間には膨らみはない・・・・・彼は手のひらを、そっとあててみた。
「・・・・・ない・・・・・」
なくなってしまっている・・・・・その感覚は、彼の脳細胞にまで伝わっていた。
彼は両手でお尻を触ってみた。
キュッと上がった大きなヒップ・・・・・これもパッドのはずなのに、『触られた感覚』が伝わってくる。
和也はウィッグを外そうとした・・・・・高校生の女の子らしいボブカットの黒髪のウィッグだ。
しかし、外れない・・・・・まるで『自分の髪を引っ張る』ような痛みを感じるのだ。
「そんな・・・・・」
震える声で和也が呟く。
「和也君・・・・・?」
由佳が和也の顔を覗きこむ。
まさか・・・・・和也と由佳は、和也が着て来た服・・・・・つまりは男性の和也の服を掛けたハンガーを見た。そこには・・・・・。
「そんな・・・・・」
二人の口から、ため息が漏れた。
そこにあったのは、ブルーのチェック柄のプリーツスカートと、皺一つない純白のスクールブラウス。そして赤いリボンタイだ・・・・・クリーム色のベストまである。
そうだ・・・・・由佳たちの純愛女子学園高校の制服だ。
「そんな・・・・・ボクは・・・・・」
和也は、ヘナヘナと床に座りこんでしまった。
「和也君・・・・・」
由佳が小さくなった、和也の肩に手を置いた。
「由佳・・・・・」
大きな瞳に涙をためながら、和也が由佳を見つめる。
「これで和也君も、わたしたちの学校の生徒だね」
「ハッ・・・・・?」
呆気にとられる和也に向かって、由佳は、
「来年の体育祭も、頑張ってね♪」

「違うだろう!」

倉庫から可愛らしい叫びが、学校中に響いた。





制服を着た美少女が、玄関でローファーの革靴を履いていた。
「行ってきます」
玄関から奥に向かって言うと、
「行ってらっしゃい」
台所から母の声が聞こえた。
彼女は微笑みを浮かべると、ドアを開けて朝の街に出た。

秋の朝・・・・・爽やかな空気が、彼女・・・・・竹井和美の頬を撫で、ブルーのチェック柄のプリーツスカートを揺らしている。



あの日、由佳に頼まれて、こっそり?体育祭で走った・・・・・その結果、『女の子に見せるため』に付けていたパッドなどが、そのまま身体の一部になってしまった。しかも、身体の『器官』までもがだ・・・・・。
彼女が女の子になってしまったとわかると、由佳はクラスメイトたちを呼びに行った。
彼女は倉庫の中で、由佳のクラスメイトたちに囲まれてしまった。
彼女たちは、和美が男の子・・・・・和也であった事を覚えていた。
しかし、和也は女の子の身体になり、彼女のサイズの純愛女子学園高校の制服があり、置いてあったスクールバッグの中からは、『竹井和美』の学生証まで出てきた・・・・・その時、中野美穂子が言った・・・・・「きっと、聖母様の怒りに触れちゃったのよ・・・・・」
由佳に付き添われて、竹井和也だった和美は、家に戻った。
家の玄関に立った和美=和也は、母親にどのように説明しようかと、頭の中で目まぐるしく計算をしていた。
しかし和也の母親は、玄関に立つ二人を見ると、
「お帰りなさい。体育祭は、どうだった?」
さあ、入って・・・・・と言うと、娘になってしまった息子を、いつもと同じように迎えたのだ。
いつもと違っていたのは、和也の部屋だった。
そこは完全に『年頃の女の子の部屋』になってしまっていた。
和美=和也は、『自分の痕跡』を懸命に探したが、服はすっかり女の子のものに変わり、教科書は純愛女子学園のものに・・・・・アルバムに入っている子供の頃の写真までもが、女の子の姿になっていた。
途方にくれる和美=和也だったが、由佳は明るく言った。
「わたしは和也君だった事を覚えているよ・・・・・これからも応援する・・・・・だから、明日からは一緒に学校へ行こうよ・・・・・」

由佳が家に帰り、和美=和也は家族と夕食を食べた・・・・・和也は、いつもなら夕食後にはテレビの前に直行するのだが、今日の和美=和也は違っていた。
『いつものように』食器をテーブルに置いたままテレビの前に行こうとすると、なぜか落ち着かないのだ・・・・・。
結果、母親と一緒に食べ終えたあとの食器を洗うことになってしまったのだが・・・・・不思議なことに、それが楽しく感じられたのだ。

食器の後片付けをした後、なぜか和美=和也は、自室の机の前に座っていた。
女性用の細いメガネを直すと、自分でも信じられないことに、勉強を始めたのだ?!
和也にとっては、信じられないことだが、不思議なことに『いつもやっていることだから、勉強をしておかないと落ち着かない』という思いもあるのだ・・・・・そう、まるで自分の中に、『二人の和也』がいるように・・・・・。

和美=和也が、朝の街を歩いて行く。
背筋をピンと伸ばし、颯爽と・・・・・。
すれ違う男性たちは、和美=和也を見ると、みんなが振り返り、そして感嘆のため息を漏らしていた。
和美=和也は思った。
『二人の和也』・・・・・そう、あの時までは、わたしの中には『二人の和也』がいた・・・・・。

あの夜、勉強を終えてお風呂に入った。
『だて眼鏡』のはずのメガネを外すと視界がぼやけてしまった・・・・・どうやら本当に目が悪いらしい。
『女の子の身体』に戸惑いを感じながらも、なぜか『慣れた手つき』で身体を洗った・・・・・この場合は目が悪かったことが幸いしたと言えるかもしれない。
もしも浴室の鏡に映った裸体を、まともに見ていたら・・・・・?
浴室を出て、バスタオルで身体を拭き、濡れた髪の毛の水分を取り、ドライヤーで丁寧に乾かした・・・・・昨日までとは大違いだ・・・・・。
『いつものように』下着を身につけて、パジャマを着て、メガネをかけた。
部屋に戻った和美=和也は、ベッドに腰をおろした。
その時・・・・・。
「?!」
和美=和也は、声にならない声をあげた。
彼女の視線の先には、クローゼットの横に置かれた大きな鏡がある。
鏡には、ボブカットの髪の女の子が、メガネをかけてこちらを見ている。
和美=和也は、自分でも気がつかないうちに立ち上がり、鏡に全身を映していた。
鏡の中の女の子は、大きな瞳を和美=和也に向けていた。
透き通るような白い肌。
艶やかな唇。
パジャマの上からでもわかる、豊かな胸のふくらみ・・・・・。
和美=和也の心臓の鼓動が高鳴った。
白く細い指で、パジャマのボタンを一つ、また一つ・・・・・ゆっくりと外して行く。
そして・・・・・下も・・・・・。
和美=和也が顔を上げた時、鏡には下着姿の女の子が映っていた。
パステルグリーンのブラジャーに包まれた豊かな胸のふくらみ。
キュッと括れたウエストから形の良いヒップに続く美しいライン。
ムッチリとした太股から引き締まったふくらはぎは、男性なら目を奪われる『美脚』だ。
「これが・・・・・」
僕なのか・・・・・和也が思ったその時・・・・・。
『そう・・・・・これがわたし・・・・・竹井和美の身体・・・・・』
「エッ・・・・・?!」
突然、頭の中に聞こえてきた声に和也が戸惑っていると、下腹部の左右に赤い光が淡く光った。
「な・・・・・なに・・・・・これ・・・・・?!」
和也は呻いた・・・・・しかしその声は、女の子の甘い声だった。
和也は思わず、女の子になってしまった自分の柔らかい身体を抱き締めた。
それだけでも、艶やかな唇から甘い吐息が漏れる。
胸のふくらみから・・・・・新しく生まれた下腹部の器官から・・・・・悩ましげにこすり合わせている滑らかな太股から・・・・・今までに感じた事のない感覚の大波が和也の『男の子の心』を揺さぶり、何度も頂に押し上げる・・・・・そして・・・・・。



『あの時・・・・・ボクからわたしに・・・・・なったんだ・・・・・』
和美は思った・・・・・しかしそれは、彼女にとって悲しくなるような事とは思えなかった。
彼女は赤い煉瓦造りの純愛女子学園高校の門を見ながら思った。
『男の子から女の子に変わっても、わたしはわたし・・・・・』
彼女の肩を、誰かがポンと叩いた。
「おはよう!」
振り返ると、三崎由佳と中野美穂子が微笑みながら、彼女を見つめていた。
「今日から、よろしくね」
和美が言うと二人は頷き、お互いを見つめあうと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
由佳が和美の耳元で囁いた。
「女の子になって、昨夜はエッチなことをしたんじゃないの?」
昨夜のあの感覚を思い出して、和美はたちまち耳まで真っ赤になってしまった。
やっぱり・・・・・と、由佳と美穂子が頷いた。
「そんなことは、しないわよ!」
和美が怒ると、二人は笑いながら駆け出した。
「待て!」
和美も笑いながら追いかける・・・・・。

礼拝堂の中では、聖母像がステンドグラスから射し込む光に照らされながら、微笑んでいた。



学校の聖母シリーズ

体育祭の秘密兵器

(おわり)



作者の逃げ馬です。
今年もあっという間に10月・・・・・体育の日がやってきます。
最近でこそ春に体育祭をする学校も増えましたが、やはりイメージとしては『秋の行事』のような気がします。
純愛女子学園高校にも、体育祭はあります。
そして、スポーツが得意な生徒もいれば、憂鬱な気分になる生徒もいます。
そんなこんなで書き上げた、『秋の季節ネタSS』です。

今回も、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、次回作でお会いしましょう。


なお、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは関係がありません。


2014年10月 逃げ馬




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