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2011年のお正月
作:逃げ馬
2011年の元旦。
部屋の窓の外から除夜の鐘の音が聞こえてくる。
久野祥吾(くの しょうご)は自分の部屋のパソコンの画面を見ながらその音を聞いていた。
祥吾は公立高校の1年生。
成績は並み、容姿も良くはないが、悪くもない。 スポーツも・・・。
というわけで、一言でいえば『目立たない生徒』ということになる。
その祥吾の楽しみはTSFサイトのネットサーフィンだ。
別に女の子になりたい・・・というわけではない。
いや・・・祥吾も興味がないとは言わないだろうが・・・・。
クラスでも目立たない祥吾は、女子と話す機会がなかなか無い。
思春期真っ只中の祥吾だって女の子に興味がないわけではないのだが・・・。
その反動だろうか? TSFサイトを見つけてから、そこに公開されている小説を読むようになっていったのだ。
いつもチェックをするサイトを見終えた祥吾は、パソコンのスイッチを切るとベッドに入った。
窓の外から聞こえる除夜の鐘を聞きながら、祥吾は眠りに落ちて行った。
翌日は元旦。
両親とともに朝食を食べ終えた祥吾は、さっそく初詣に出かけた。
祥吾の家の近くには、大きな神社がある。
家族そろって、そこへ初詣に出かけるのが恒例行事だった。
今年は前日からの雪で街は雪化粧をしていた。
歩き慣れない雪道を、祥吾は両親と一緒に向かって歩いて行った。
元旦の神社は前日の大雪にもかかわらず、たくさんの人で賑わっていた。
参道の両側には、たこやきや綿菓子、子供向けの金魚すくいやくじ引き、そうかと思うと“大人”を狙った焼き鳥やおでんがお酒と一緒に売られている。
ソースやお酒の臭いが立ち込める参道を、祥吾は両親と一緒に本殿に向かった。
本殿はやはりたくさんの人でごった返している。
祥吾はまるで野球の遠投のように賽銭箱に向かってお賽銭を投げて、柏手を打って祈った。
『今年こそ、可愛い女の子と出会えますように・・・』
祥吾は両親に「縁日を見て帰るよ」と言って、一人でいろいろな屋台を見て楽しんでいた。
参道の人混みに疲れた祥吾は、参道を外れた神社の裏手の森にやってきた。
『こんなさびしいところには、屋台は無いか・・・』
そう思っていたのだが・・・・?
祥吾は立ち止まるとその先の不思議な光景をじっと見つめていた。
誰もいない神社の裏手の森の中に一軒だけ、射的の屋台が出ている。
そこで射的をしているのは、アイドルの着るような膝上20cmのミニスカートの衣装をきた体のがっしりとした大学生くらいの男や、ショートカットの髪の女の子・・・いや、ちょっと違う・・・・。
顔は女の子なのに、その人は体は男だった。
「なんなんだ・・・」
理解できない状況なのに、祥吾は引き寄せられるようにその屋台へ向かって歩いて行った。
「いらっしゃい!」
60歳くらいだろうか・・・短く刈り込んだ白髪頭のおじさんが、祥吾に声をかけた。
「1回100円で5発・・・お兄ちゃんもやるかい?」
悪戯っぽく笑いながら祥吾に声をかけるおじさんに、祥吾は思わずうなずいていた。
銃は屋台の射的と同じだった。
レバーを引いて、銃の先にコルクの『弾』を込める。
引き金を引くとレバーが戻って、空気の圧力で『弾』が飛ぶ・・・。
祥吾が弾をこめていると、おじさんがたくさんの筒の並んだ棚を指差した。
「これが的だ・・・一番上の段が『顔』・・・その下が『上半身』で、その下が『腰から下』・・・一番下は服というか・・まあ・・・その人の生活環境だな」
そう言うとおじさんは笑った。
「当てたらどうなるの?」
「それは的が落ちてからのお楽しみだ」
祥吾は一番上の棚の的の一つに狙いを付けた。
引き金を引くとコルクが飛んでいくが、的は揺れるだけでなかなか落ちない。
「くそ〜〜〜」
悔しがる祥吾に、横で狙いを付けているアイドルの衣装を着た男が、
「俺なんか、もう1000円も使っているよ・・・」
「エ〜〜〜ッ?!」
驚く祥吾。
男が引き金を引くと弾は筒にあたって、人形の顔の部分の入った筒が落ちた。
「おみごと!」
おじさんが筒を男に渡した。
男が筒を開けると、白煙が男を包む。
「なんだ?!」
祥吾が思わず逃げだした。
煙が消えた時、そこにはあの男の姿は無かった。
そこにいたのはロングヘアの女の子・・・可愛らしいアイドルの衣装を着た女の子だった。
「あの男の人は・・・?」
そう言った祥吾に向かって、祥吾と年が変わらないくらいに見える女の子がクスクスと笑った
「俺だよ・・・」
「エッ?」
キョトンとする祥吾。
「ここの的はな・・・当てて筒を開けると、その姿になれるんだよ」
姿や声に似合わない言葉遣いで話す『女性アイドル』・・・信じられないが今、目の前で男が女になった。
「お前も女になれば、女の子をお前の自由にできるぜ」
こんな風にな・・・そう言うと、男は自分の胸を揉み始めた。
「ちょっと・・・!」
祥吾が慌てると、男だった『アイドル』はケラケラと笑っている。
「筒の中に人形の顔や体・・・服なんかが入っているだろう・・・それがお前の“変身後の姿”だ・・・」
そして一番下の棚にある“空の筒”を指差した。
「後であれを当てると元の姿に戻る・・・それまではお楽しみだ」
そう言うと男・・・いやアイドルは、がんばれよ・・・と言って歩いて行った。
「よし!!」
祥吾はまず顔の入った筒を狙った。
弾は4発残っていたが、狙った“ポニーテールの髪の可愛らしい顔”に当たるものの揺れるだけでなかなか落ちない。
「はい・・・終わりね!」
「くそ〜〜〜」
悔しがる祥吾はポケットに手を入れると100円玉を取り出しておじさんに渡した。
「もう一回!」
「はいよ・・・」
おじさんが祥吾に弾を渡した。
祥吾は弾をセットしながら考えた。
『一番上の棚は遠い・・・だから威力が落ちる・・・』
銃を構える祥吾。
『それなら、その下の棚なら?』
祥吾が銃の引き金を引くと、筒に弾が当たり下に落ちた。
「お見事!!」
おじさんはニッコリ笑うと下に落ちた筒を拾って祥吾に手渡した。
祥吾は手にした筒を見つめていた。
中には女の子の人形の上半身が入っているようだ。
大きく深呼吸をして筒を開けた。
たちまち昔話の玉手箱を開けたように、白煙が祥吾の体を包んでいく。
煙が消えると、祥吾は自分の体を見下ろした。
特に変化はないように思えたのだが・・・?
「・・・?」
セーターの肩のあたりが緩くなった? いや・・・上半身が小さくなったようだ。
その中で、胸のあたりだけがふっくらと膨らんでいた。
胸に手を当ててみる・・・その手は白く小さな“女の子の手”だった。
そして胸からはふっくらとした柔らかいふくらみの感触が伝わってくる。
「これは・・・?」
女の子の胸だ・・・そう思うと、祥吾の胸は高鳴った。
あの筒を撃ち落とせば女の子の体になれる・・・祥吾は時間を忘れて射的に夢中になった。
腰から下の的を落とすと祥吾の男の足は、肉付きの良い太股と白く細い足首を持つ女の子の足になり、ウエストには年相応の緩やかなな括れができた。
苦労をして“ポニーテールの髪の可愛らしい顔”を落とすと、祥吾の顔は可愛らしい女の子の顔になり、『男の子の服を着た女の子』になってしまった。
『後は服だ・・・』
祥吾は時間を忘れて射的をしている。
既にあたりは暗くなり始めた。
「そろそろやめて、戻る的を落としたらどうだい?」
おじさんが言っても、
「もう少しだから・・・」
祥吾は必死に的を狙う。
ふと視線を落とす、もう弾が一発しかない。
弾を込めてしっかりと狙う。
引き金を引く。
弾は吸い込まれるように的にあたり、的がグラグラと落ちる。
『落ちろ!』
祥吾の気持ちが通じたかのように、的が倒れて下に落ちた。
「やった!!」
祥吾が喜び手を伸ばす。
おじさんが微笑みながら筒を手渡した。
祥吾が筒を開けると白煙が彼の体を包む。
煙が消えた時、そこには鮮やかな振袖を着た高校生の女の子が立っていた。
祥吾は満足そうに微笑んだ。
「よかったね・・・」
おじさんはそう言うと、後片付けを始めた。
祥吾は慌てた。
「ちょっと・・・どうしたの?」
「ああ・・・もう遅いからね・・・店じまいだよ」
「そんな・・・元に戻れないじゃないか!」
おじさんは微笑みながら、振り袖姿の祥吾を見ると、
「大丈夫さ・・・ちゃんと対策はしてあるから・・・」
そう言うと、悪戯っぽい微笑みを祥吾に向けた。
「“可愛い女の子に出会えた”・・・だろう?」
おじさんの周りを、そして屋台を淡い光が包むと、その姿が消えて行く。
後には振り袖姿の祥吾が残された。
「そんな・・・何がいったい・・・?」
呆然としている祥吾。その時、
「翔子・・・もう、何をやっているのよ・・・?」
祥吾の母親が呆れたように祥吾を見つめている。
「母さん、ボク・・・・」
女になっちゃった・・・そう言おうと思ったのだが、
「もう、高校生になったんだから、“ボク”なんて言っちゃだめよ! せっかくの振袖が台無しよ」
女の子が遅くまで遊ぶものじゃありません・・・・と、祥吾は母親にしかられてしまった。
祥吾=翔子はあのおじさんの言葉を思い出していた。
『大丈夫さ・・・ちゃんと対策はしてあるから・・・』
対策って・・・ボクが女の子として生活をしていくということ?
女の子として家で生活をして、学校に行って…いずれは男と結婚をして、ボクが子供を産むの?!
祥吾はこれからの『翔子としての生活』を想像して途方に暮れていた。
2011年のお正月
(おわり)
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