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無題


作:逃げ馬



カーテンから射し込む光で、僕は目を覚ました。
目覚まし時計の針は、8時半を指している。
僕は布団の中で伸びをすると、勢い良く起き上がり、自分の部屋を出て台所に向かった。



「おはよう」
欠伸を噛み殺しながら声をかけると、
「どうしたの、その頭?! 相変わらずひどい寝癖ね・・・・・」
呆れたような姉の声が、聞こえてきた。
僕は頭を掻きながら、トースターにパンを入れ、マグカップにコーヒーを注いだ。

僕の名前は、下野祐樹。
数日前に高校の卒業式を終えた。

そして今、テーブルの向かい側で、僕に呆れた視線を向けているのは、姉の下野美智子。
世間では最高学府と言われている東都大学を卒業し、二年間の海外留学を終えて、昨年から大手化粧品メーカーの研究所で働いている。
会社で何を研究しているのかは、「内緒♪」だそうだ。

「じゃあ、わたしは仕事だから・・・・・」
後はよろしくね・・・・・そう言い残して姉は、慌ただしく会社に出勤していった。

出勤する姉の後ろ姿を見送った僕は、大学に入学するまでは、特に予定もない。
朝食を食べ、顔を洗い、服を着替えると、友人達と遊びに出かけた。





「ただいま」
玄関を入ると、リビングからバタバタとスリッパを履いた足音が聞こえてきた。
「やっぱりね・・・・・」
姉の声が聞こえてきた。
「何が?」
靴を脱いでスリッパを履きながら、僕は言った。
「その髪よ・・・・・」
その髪で、よく街を歩けるわね・・・・・と、姉は両手を腰にあてながら言った。
「もともと癖毛なんだから、仕方ないだろ!」
僕は、ちょっとムッとして答えた。
そう、僕の髪の毛は癖毛・・・・・それも、かなりきついくせ毛だ。
おかげで毎朝、布団から出た僕の髪の毛は、まるで『雀の巣』のような状態だ。

「だから・・・・・会社から、良いものを持ってきてあげたわよ♪」
ハイ、これよ・・・・・微笑みを浮かべながら、姉が僕に手渡したのは、赤い樹脂製のボトルに入った液体だった。
「これは・・・・・なに・・・・・?」
「何って・・・・・シャンプーよ、シャンプー! それくらい分かるでしょう?」
姉は『それくらい分からないのか?』と、呆れたような視線を僕に向けていたが、
「これで髪を洗えば、あなたの癖毛もサラッサラの綺麗な髪になるわよ♪」
さあ、お風呂に入りなさい・・・・・そう言うなり、姉は僕の腕を掴んで浴室に引っ張って行った。



「まったく・・・・・いきなり、なんなんだよ・・・・・」
文句を言いながらも、僕は服をを脱いでシャンプーのボトルを掴むと、浴室に入った。
浴槽の温かい湯に浸かりながら、自分の髪の毛を触ってみた。
『自由奔放』と言って良い、自分の髪の毛・・・・・思わず溜め息が出てしまう。
今まで、何をしても真っ直ぐにはならなかった。
中学生の頃の服装検査では、「お前、パーマをかけているな!」などと言われて、親に「パーマは、かけていません」と『証明書』を書いてもらったほどだ。
この髪の毛が、本当に真っ直ぐ・・・・・サラサラになるのかな?
僕は浴槽から出ると、洗い場の椅子に座り、シャンプーの入った、赤いボトルを手にした。
改めて赤いボトルを見ると、それはまるで女性の身体のラインのように、柔らかい曲線を描き、ボトルの真ん中は括れている。
このボトルをデザインしたデザイナーは、女性が買うことを前提にデザインをしたに違いない・・・・・。
ボトルに付いたポンプを押して、手のひらにシャンプーを出した。
花の香りだな・・・・・そう思いながら髪を洗い始めた。



髪をゴシゴシと洗っていると、鏡に映っている僕の頭は、たちまち白い泡で包まれていく。それにあわせるかのように、浴室の中は花の香り・・・・・シャンプーの香りで満たされていった。

まったく・・・・・姉さんは本当に自分勝手だよな・・・・・子供の時からそうだったな・・・・・学校の成績が良かったから、父さんと母さんは何も言わなかったけど、僕にとっては迷惑な話だ。
僕は細くしなやかな指で、髪に優しくシャンプーを馴染ませて洗った・・・・・。
僕は気がつかなかった・・・・・自分の身体が、少しずつ・・・・・少しずつ変化していることに・・・・・。

睫毛が少しずつ伸び、唇はふっくらと厚みをまし、魅力的な唇になった。

肌は少しずつ白くなり、それに合わせるかのように、きめの細かい、滑らかな肌になっていく。
髪を洗う腕からは、筋肉が溶けるように消えて、柔らかい脂肪に変わってしまった。

肩幅が少しずつ狭くなり、身長も縮んでいった。

そして・・・・・。

身体には大きな変化が起き始めた。

乳首の色が鮮やかなピンク色に変わると、何かを主張するかのように突きだし、乳輪が今までより大きくなった。
そして、その下にはしこりが生まれて、乳輪を・・・・・そして、胸全体を押し上げていく。

それとは逆に、ウエストは、キュッと括れ、椅子に座っているヒップは柔らかく・・・・・丸く膨らんでいく。

そして・・・・・股間にあった男性の象徴は、まるで溶けるように小さくなり、股間に生まれた溝に微かな名残を残すだけだ。
溝からは、体内に新たな器官が造られて、様々な物質を分泌し始めていた・・・・・。

僕は腰掛けていた椅子から立ち上がると、シャワーを浴びてシャンプーを流し始めた。
温かいお湯が、背中まである長い髪に付いたシャンプーの泡を洗い流していく。
僕は、両手で優しく髪に付いたシャンプーを洗い流していた・・・・・。
「・・・・・?」
そこで、僕の動きが止まった。

長い・・・・・髪・・・・・?

確かに背中・・・・・腰の近くに、濡れた髪が触れている。
そんな馬鹿な?!・・・・・鏡で確かめようと、僕は掌で、湯気で曇った鏡を拭いた。そして・・・・・。

「?!」

僕は驚きのあまり、声を出すことすら出来なかった。
目を見開き、じっと鏡を睨み付けた。
僕の視線の先にある鏡に映っているのは・・・・・女の子だった・・・・・。
鏡に映る女の子は、大きな瞳を見開いてこちらを見つめている。
175cmあった身長は、20cmは縮んだのではないだろうか?
大きな瞳、細く弓のような綺麗な弧を描いている眉。艶やかな唇。
そして、白く大きな2つの膨らみ・・・・・その先では、ピンク色の乳首が、ツンと尖っていた。
そこからキュッと括れた、折れてしまいそうなほど細いウエスト。
そして、一気にボリュームを増して、形良く膨らんだヒップ。
太股からは、筋肉が消え失せ、脂肪がついてムッチリとしたボリュームがある『健康的な女の子の足』だ・・・・・。

僕は鏡から視線を下に向けた。
僕の視線の先には、風呂に入るまでは無かった、2つの胸の膨らみがあった。
とても自分のものとは思えなかったが、しっかりと重みも感じていた。
そして、すっかり小さくなってしまった小さな掌を股間にあてた。

僕の顔から血の気が引いていった・・・・・。


僕は浴室を飛び出すと、
「姉貴?!」

大きな声で叫んでいた。
叫んだ声も、自分の声とは思えない・・・・・ まるで『女の子の悲鳴』だ。
何事が起きたのかと、姉の美智子が飛んで来た。
「いったい、どうなっているんだよ?!」
目の前で小柄な女の子が、大きな瞳に涙をためながら叫んでいるのを、姉はしばらく黙って見ていたが、
「あなた・・・・・祐樹なの?」
「そうだよ!!」
突然、美智子が笑いだした。
そして・・・・・。
「かわいい!」
風呂から出たばかりの、『女の子になった祐樹』の身体を抱き締めた。
「ちょっと・・・・・何をするんだよ?!」
脱衣場に女の子の戸惑った声が響く。
僕と姉の体の間で、新たに生まれた豊かな膨らみが押し潰されて、今まで感じたことのない感覚が脳細胞に伝わってきて、倒錯的な感覚になりそうだ。
僕は全身の力を振り絞って、姉の腕を振りほどいた。
「何をするんだよ?!」
「だって、そんなにかわいいんだもの♪」
姉は、明るく笑っている。
「かわいいって・・・・・僕は男だぞ!」
姉の顔に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
次の瞬間、
「アンッ?!」
僕の唇から、自分でも信じられないような、甘い声が漏れた。
姉が、僕の胸を触ったのだ。
「男の子に、こんなに大きな胸は、ないわよ」
姉は微笑みながら右手の人差し指で、僕の胸を突いた。
「まずは、身体を拭いて」
そう言いながら、姉はバスタオルで僕の身体を拭き始めた。
「女の子の身体は、デリケートなんだから・・・・・」
優しくね・・・・・姉は僕の耳元で囁きながら、柔らかいバスタオルで僕の体を拭いていく。


すっかり白く・・・・・滑らかになった肌を撫でるバスタオルの感覚に、僕は酔っていた。
姉は僕の身体を拭き終わると、ドライヤーで髪を乾かした。
癖毛だった僕の髪は、腰まであるサラサラのストレートの黒髪に変わっていた。
信じられないという思いで鏡を見ている僕に、姉はショーツを差し出した。
「これを穿くの?」
「当然でしょう?」
さっさと穿きなさい・・・・・姉に言われて僕は仕方なく、滑らかな肌触りの布でできた下着を手にした。
その下着は、僕が普段穿いているトランクスよりもはるかに小ぶりな下着だった。
僕は自分のお尻を見た。
形良く大きく膨らんだヒップを、こんな小さな下着で・・・・・?
「さあ、早く穿いて」
姉に促されて、僕は仕方なく小さな下着に足を通した。
両足を入れて引っ張り上げる。
驚いたことに、その滑らかな肌触りの布は、伸縮性が良く、僕のヒップを包みこむと同時に、股間からは慣れ親しんだものが『なくなったのだ』と伝えていた。
そして、姉が手にしていたのは、女性だけが身に付ける下着・・・・・ブラジャーだ。
僕は、慌てて、
「それだけは?!」
「つべこべ言わない」
姉は強引に、僕の胸に着けようとしたのだが、
「・・・・・どうしたの?」
突然、動きを止めた姉を見て、僕は思わず声をかけた。
「女の子初心者のくせに、わたしよりも胸が大きいなんて!」
姉は手にしていたブラジャーを投げ捨てると、僕の胸を揉み始めた。
「?!」
今まで感じたことのない感覚が、僕の脳細胞に伝わってくる。
それを認識すると、僕のふっくらとした唇からは、自分のものとは思えない、甘い吐息が漏れていた。
「ちょっと・・・・・姉さん・・・・・」
「参ったか?!」
僕は、声を出すこともできずに、ただ頷くだけだった。
ようやく気がすんだのが、姉は僕の胸から手を離した。
僕は自然に両腕で胸を隠していた。
「・・・・・?」
腕に『固い何か』が触れると、思わず声が出そうになり、懸命に我慢をした。
「どうしたの?」
姉が不思議そうに僕の顔を見たが、
「なんでもないよ・・・・・」
僕は、すました顔で答えた。
姉から借りたジーンズと、大きめのトレーナーを着ると、僕は姉に手を引かれて家を出た。



姉が連れてきたのは、大型ショッピングセンターだった。
姉は僕の手を引きながら、店の中をドンドン歩いて行くと、
「すいません、この娘に合う下着が欲しいのですが・・・・・?」
僕が連れて来られたのは、まるでお花畑のように色とりどりの下着が並ぶランジェリーショップだった。
「いらっしゃいませ」
若い女性が、僕たちに歩み寄ってくると、姉は僕に合う下着を選ぶように頼んだ。
「姉さん・・・・・帰ろうよ・・・・・」
小さな声で囁いたのだが、僕はそのまま姉と店員に連れられて、試着室に連れて行かれてしまった。
姉は僕が着ていた上着を脱がせた。
二つの膨らみが直に空気にさらされると、それを見た女性店員は、感嘆のため息を漏らした。
店員がメジャーでサイズを測っていく。
『男』の僕の胸が『バスト90cmのGカップ』と聞いた時には、ショックのあまり、目眩を感じた。
女性店員がライトグリーンのブラジャーとショーツのセットを持ってきた。
姉に促されて、滑らかな肌触りのショーツに足を通し、ブラジャーをつける。
店員が背中でホックを留めてくれると、胸の重さが肩紐で分散されて、楽になったことが嬉しかった。
そして、視線を落とすと、ブラジャーに包まれた胸の谷間・・・・・鏡を見ると、下着姿の女の子が映っている・・・・・そして、それは僕自信の姿だ・・・・・僕の中で、何かが変わっていく・・・・・。
そんな僕にはお構いなしに、姉と女性店員は、僕のサイズに合った下着を選んでいるようだ。
買い物かごは、色とりどりの下着でいっぱいになっていった。

下着を買い終わり、ランジェリーショップを出た。
これで解放される・・・・・と、思っていたのだが、
「ハイ、次ね!」
姉は再び僕の手を引きながら、次は服を選び始めた。
僕は、試着室に『連行』されて、まるで着せ替え人形のように、姉が持ってくる服を試着させられた。
ワンピースやフレアスカート、プリーツスカート・・・・・「ジーンズは?」と尋ねると、姉は「その体型には似合わない」と言いはなった・・・・・どんな体型だから似合わないのかは、説明はなかったが・・・・・。

買い物が終わり、服や下着がたくさん入った紙袋を手にして家に戻った。




紙袋をリビングの床に置き、ソファーに腰を下ろした。
思わず、大きなため息をついてしまった。

疲れた・・・・・僕は部屋の天井を見つめながら、再びため息をついた。
突然、男から女の子の身体になり、驚き、戸惑っているのに、いきなり街に連れ出されて『女の子の衣服』の買い物につき合わされると、気疲れをしてしまうのは、当然だろう。
視線を自分の身体に移せば、胸の膨らみがトレーナーを下から押し上げている・・・・・この二つの『山』が、街を歩く男性たちの視線を釘付けにしていたのだろう。
そして僕は今、『女の子のように』スカートを穿いている。
そこから伸びる、ムッチリとした太もも、そして、キュッと引き締まった足首に続く白い脚線美を見ると、『今の自分の足』とはいえ、現実を見せつけられているようでため息が出てしまう。
そこに姉がやって来て、僕の肩をポンと叩いた。
「夕御飯、よろしくね♪」
ウインクをしながら言うと、段ボール箱を両手で抱えながら、二階へ上がっていった。
僕はため息をつきながら立ち上がると、台所へ行き、椅子にかけてあったピンク色のエプロンを手にすると、身につけた。
冷蔵庫から夕食の材料を選び、準備を始めた。
僕が動くたびにサラサラの長い黒髪が揺れる。
僕は料理の手を止めて、髪に手をあてた・・・・・邪魔だな・・・・・そう思っていると、テーブルの上に置かれていたヘアバンドに目を止めた。
僕はヘアバンドを手にとると、ごく自然に長い髪をヘアバンドでまとめていた。
これで動きやすくなった・・・・・僕の顔には微笑みが浮かび、歌を口ずさみながら料理を始めた。



姉と二人での夕食を終えると、
「片付けは、わたしがしておくから、お風呂に入ってきなさい」
と、まるで追い立てられるように、僕はお風呂にやってきた。
服と下着を脱いで、浴室に入る、正面にある鏡には、可愛らしい女の子の裸体が映っている・・・・・それは、今の僕自身の姿なのだが・・・・・。
シャワーを浴びると、白い肌の上で水滴が跳ねて、肌の上を滑るように流れていく。
肩にかかったお湯は、白い二つの膨らみの間から、滑らかなお腹を滑るように流れると、健康的な脚を伝って流れ落ちていく。
僕は、鏡の横の棚に置かれたシャンプーのボトルに視線を止めた。
それは、姉が会社から持ち帰り、僕をこの姿に変えたシャンプーだ・・・・・。
このシャンプーが、僕をこの姿に変えた。
しかし・・・・・僕は、背中に伸びる黒髪を手にした。
強烈な癖毛が、これだけ綺麗な黒髪になった・・・・・男性から女性になってしまったのは、困ったものだが・・・・・。
もう一度使えば、この髪は・・・・・もっと綺麗になるのだろうか?
僕は迷った末に、白い腕を伸ばし、棚からシャンプーのボトルを手にした。
ボトルから掌にシャンプーを出し、髪につけて洗い始めると、たちまち浴室の中は花の香りに満たされていった。
香りは鼻腔から、ボクの中に入ってくる。
その香りは、ボクを癒し、優しい気持ちにさせていた。
長い髪を優しく洗い、ボディーソープで体を洗った。
浴室から出ると、ボクは『女の子のように』バスタオルを体に巻いていた。
ドライヤーで髪を乾かし、下着を着ようとカゴの中を見ると、ピンク色のパジャマと一緒に、白いブラジャーとショーツが入っていた。
あれだけ女性の服や下着を着ることに抵抗があったはずなのに、ボクはごく自然に白いショーツを穿き、胸にブラジャーをつけていた。
パジャマを着ると、ボクは自分の部屋に向かった。



自分の部屋に入ると、
「なんだよ、これは?!」
なぜか部屋にいた姉に向かって、ボクは思わず叫んでいた。
「あら? 不満なの?」
なかなか可愛らしい部屋になったと思うけど・・・・・怒っているボクを見つめながら、姉はニコニコ笑っていた。

そこは、朝までボクがいた部屋ではなかった。
さすがに壁紙までは変えられていなかったが、カーテンはパステルカラーのものに変えられ、今、姉はクローゼットの中にある服を入れ換えているところだった。
そう、ボクの部屋は、姉の手によって『女の子の部屋』に変えられつつあった。
「大変だったのよ・・・・・」
姉は首を動かし、自分の肩をポンポンと叩きながら言った。
ボクは嫌な予感を感じて、クローゼットに駆け寄った。
「・・・・・!」
やっぱり・・・・・思わず、ため息が出てしまった。
『予想通り』クローゼットの中には、買ってきたばかりの女の子の服が並んでいた。
引き出しを開けると、色とりどりのブラジャーとショーツが整然と並んでいる。
本来の自分の服や下着は、一枚もなかった。
「ボクの服は?」
「そこにあるじゃない・・・・・」
そう言うと、姉はクローゼットにならぶワンピースやスカート、カットソーを指差した。
「いや、だから・・・・・」
男の服だよ・・・・・と言うと、姉は呆れたような顔でボクの顔を見ると、ボクの胸を右手の人差し指で突っつきながら、
「この身体に男の服は、要らないわよ♪」
そして、クスッと笑うと、
「そのパジャマだって、自分で着たのでしょう?」
「アッ?!」
ボクは、思わず声をあげた。
そんなボクにはかまわず、姉はボクの肩を軽く叩くと、
「おやすみなさい、新しい部屋を楽しんでね♪」
そう言い残して、部屋を出て行った。




「まったく・・・・・!」
なんてことをしてくれるんだよ・・・・・そう思いながら、ボクはパステルカラーのカーテンに触れた。
ご丁寧に厚い布のカーテンの外には、レースのカーテンまでつけてある。

「新しい部屋を楽しんでね・・・・・なんていってもさ・・・・・」
楽しむって、なんだよ・・・・・そう思いながら、改めて部屋を見回した。
窓には、パステルカラーのカーテンがかかり、ベッドの上にはぬいぐるみまで置いてある。
『男の部屋』のイメージは、すっかり薄くなってしまった。
しかし一方では、この部屋の様子を見て、妙にウキウキしている自分がいるのだ・・・・・。
ボクは、そんな自分の心 に、気がつかないふりをする事した。
クローゼットの扉を、改めて開けてみた。
買ってきたばかりの服が、整然と並んでいる、
何故だろう・・・・・?
ボクの顔には、いつの間にか微笑みが浮かんでいた。
ボクは白く細い指で、パジャマのボタンを外し、下着姿になっていた。

視線を移すと鏡には、下着姿の女の子が映っている。
鏡に映る女の子は、一瞬驚いたような表情をしたが、やがて微笑みを浮かべながら、鏡に向き直った。
かわいい・・・・・ボクは思った。
ボクの『理想の女の子』が、下着姿でボクを見つめている。
彼女は頬を赤く染めると、悩ましげな吐息を漏らした。
ボクは。クローゼットの中にあった一組の服に視線を止めた。
白く細い腕を伸ばして、クローゼットから取り出した。
ボクは引き出しを開けて、上半身に滑らかな肌触りのキャミソールを着た。
そして、白く清潔さを感じさせるブラウスに袖を通した。
ハンガーから濃紺のスカートを外して足を通す。
スカートの滑らかな裏地が、ボクのスベスベの足を撫でる。
ウエストの位置を決めてファスナーをあげると、ボクの足はタイトスカートに包まれた。
そして、ハンガーからお揃いの濃紺の上着を外して、袖を通す・・・・・髪を整えて、ボクは鏡に向き直った。
そこには、濃紺のスーツを着た『女子大学生』がいた・・・・・。
女子大学生・・・・・?
朝までは『大学入学を控えていた男子』だったはずのボクが・・・・・?
鏡を見ているボクの呼吸が、次第に荒くなっていく。
この時、ボクの中には『二人のボク』がいた・・・・・一人は、『これはボクではない』と、鏡に映る女子を否定するボクの心。
もう一人は、高校のグラスの女子など問題にならないほどの魅力的な女の子であることを喜ぶボク・・・・・いや、『わたし』の心・・・・・今、この二人の心が、ボクの体の中で、激しくぶつかっている。
体を震わせながら、自分の体を見下ろした。
2つの胸の膨らみが、スーツとブラウスを下から押し上げている。
そこから、キュッと引き締まったウエストに続き、振り返れば、丸く膨らんだヒップが、タイトスカートを膨らませている・・・・・そして、スカートから伸びているのは、脛毛など一本もない、白く美しい足だ。
「アアッ・・・・・?!」
わかっていたはずなのに・・・・・今は、女の子の姿になっていると、ボクは知っていたはずなのに・・・・・?
ボクは思わず身体をよじった。
滑らかな肌触りの下着が、ボクの肌を撫で、スカートの中で足が直接触れあう感覚に戸惑いを感じる。
ボクは無意識のうちに、自分の身体を抱き締めた。
その細い腕の中で、ブラジャーに包まれた豊かな胸が押し潰されて、ボクの脳細胞に、この身体が女の子の身体であると告げていた。
ボクはスーツを着たまま、ベッドに倒れこんだ。
ボクの心の中では、『ボク』と『わたし』・・・・・2つの力が、まるで嵐のように渦巻いている。
それに抵抗するかのように、ボクはベッドの上で、荒い吐息で身体をくねらせ、スカートの中で太股を擦り合わせた。
身体をくねらせる度に、滑らかな肌触りの下着と、豊かな胸を包みこむ下着の存在を感じる・・・・・そう、ボクは今、女の子の服を着ている・・・・・ボクは右手をスカートの中に、左手を胸にあてた。
胸には、ブラジャーに包まれた豊かな膨らみがあり、その先端は、何かを訴えるように熱を帯びている。
そして、スカートの中に入った右手は、股間に手をあてた。
そこには、朝まで存在したものはない・・・・・そして、今そこに存在するのは・・・・・?
「アアッ?!・・・・・そんな?!」
その感覚が、『ボク』の心を『わたし』に変えていく。

甘い叫びをあげながら、『ボクの心』は、白い光に包まれた。



数日後

4月になり、桜の木には美しい花が咲いている。
「姉さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい、頑張ってね」
玄関に立つ。スーツ姿のロングヘアの女の子は、可愛らしい微笑みを浮かべながら頷くと、元気に家を出て、大学に向かった。
『妹』の後ろ姿を見送ると、姉・・・・・下野美智子は、階段を上がり、二階の自室に入った。
椅子に座ると、パソコンのスイッチを入れた。


祐樹だった女の子が、朝の街を歩いて行く。
あの夜の出来事の後、男だったはずの祐樹は、女の子になってしまったことを、ごく自然に受け入れることが出来るようになった。
姉は、どんな手段を使ったのかは『内緒♪』だそうだが、祐樹の戸籍を女性に書き換え、有名な『お嬢様女子大学』に入学出来るように手を回してしまった・・・・・まったく、とんでもない姉だ。
しかし、女の子になった今の祐樹は、この状況をむしろ喜んでいる。
今日は女子大学の入学式・・・・・文字どおり『新しいスタート』が始まるのだ。


下野美智子は、パソコンを立ち上げると、細い指でキーボードを叩き始めた。
画面には、男性だった時の祐樹と、女性になった今の祐樹の画像が表示されている。


被験者はサンプルを使用後、約5分で身体が女性化した。
採取した細胞の染色体は、女性のものになっており、サンプル品の効果は予測されたとおりであった。

心理面では、被験者は女性化したことに対して、強い抵抗を示していたが、生活環境で女性であることを強く意識することをきっかけとして、心理面でも急速に女性化が進んだ。

被験者の観察は継続中であり、サンプルは今後、様々な用途に活用可能と考える。




メールを送り、パソコンのスイッチを切った美智子は、その顔に柔らかな微笑みを浮かべた。





無題
(おわり)





















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