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24時間 鈴木さんの場合
「そして・・・」
作:逃げ馬
「行ってきます!」
玄関から元気な声が聞こえてきた。
直人が今日も、学校に出かけていく。
あの不思議な一日から一ヶ月がたった。
直人は、また柔道に明け暮れる生活を送っている。
「・・・行ってらっしゃい」
ひろ子は、軽く手を振って直人を送り出した。
ひろ子は、あれから毎日、あの占い師の老人を探していた。
しかし、彼に会うことはできないでいた。
それにつれて、「もう一度あの日のように・・・」と言う思いだけが募っていた。
この日も、ひろ子は街に買い物に出かけた。
前夜、ひろ子は直人と言い争いをしていた。
何度も話し合った大学への進学問題、剛気体育大学を受験すると言い張る直人と、せめて他の大学でしっかり勉強をして見聞を深めてくれと言う、ひろ子との議論はかみ合うことはなかった。
「どうしたら良いのかしら・・・」
思い出すだけで気が重くなる・・・買い物を終えたひろ子は、足取り重く歩いていった。
誰もいない礼拝堂。
礼拝堂のステンドガラスを通して、色とりどりの光が差し込んでいる。
聖母像の前に光の粒子が集まって、次第に人の形にまとまっていく。
やがて輝きが収まると、そこにはブレザーの制服を纏った少女が立っていた。ステンドガラスから差し込む光に目を細めながら、
「ほら・・・言ったとおりでしょう?」
微笑を浮かべると、礼拝堂の大きな扉を開けた・・・・。
気がつくと、ひろ子は自分の母校、純愛女子学園の校門の前に立っていた。
ここは、幼稚園から大学までそろった世間では“女子の名門”と呼ばれている学校だ。
校門からレンガ造りの校舎まで伸びるポプラの並木道。
そして、立派な礼拝堂。
この学校で過ごした日々、そして今の現実を思い出し、いつしか、ひろ子の瞳からは涙があふれていた。
ふと見ると、純愛女子学園高校のブレザーの制服を着た髪の長い少女がこちらに歩いてくる。
さすがに教育の行き届いている学校だ・・・ひろ子と視線が合うと、丁寧に一礼をした。
ひろ子も礼を返すと、彼女が横を歩いていく。
「聖母様のお言葉・・・・覚えていますか・・・?」
突然、頭の中に声が響く。
「苦しいとき、辛い時には、いつも聖母様が見守ってくれていますよ・・・」
「エッ?」
ひろ子がとっさに振り返った・・・・しかし、あの少女の姿は・・・すでになかった・・・。
その日の夜
「どうしたんだよ、母さん?!」
夜の道を、ひろ子が直人の太い腕を引っ張りながら歩いていく。
柔道の練習から帰ってくるなり、直人はひろ子に、
「ちょっと来なさい」
と言われ、夜の道を引っ張られているのだ・・・・体格差では遥かに勝るはずの直人が驚くほどの迫力で。
「いったい、どこに行くんだよ」
「ここよ」
ひろ子の足が止まった。直人も、そこに視線を向けた。
「ここって、母さんの母校・・・・女子校じゃないか?」
「エエ・・・懐かしいわ・・・」
ひろ子が、門の横の通用口の扉に手をやった。古い金属性の扉が軋みながら開いた。
「来なさい」
ひろ子の視線が直人に向けられた。その迫力に押されて、直人も通用口を通って構内に入った。
夜遅くにもかかわらず、礼拝堂には明かりが灯っていた。
ひろ子が樫で出来た大きな扉を開けると、正面に大きな聖母像があった。その前に人影があった。
ひろ子の顔に微笑が浮かぶ。
「こんばんわ」
聖母像の前の人影が声をかけた。あの少女だ。
ひろ子に一礼をすると、直人の前に立った。直人の大きな体を下から見上げながら、
「さあ、一緒に聖母様に祈りしましょう」
「そんな・・・・なんでおれが・・・?」
嫌がる直人に、
「良いじゃないの・・・さあ、一緒に!」
三人が聖母像の前に歩いていく。直人を真ん中にして、その両側にひろ子と少女が立った。
「さあ、聖母様にお祈りを」
ひろ子が言うと、
「俺が、何を祈ればいいんだよ」
「“大学に合格しますように”で良いんじゃない?」
少女が微笑むと、床に膝をついた。青いチェック柄の入ったミニのプリーツスカートから伸びる健康的な太ももが、直人の目には眩しい。
少女が瞳を閉じた。
「さあ・・・」
少女に促されて、直人も同じように膝をついて、両手を合わせた。ひろ子も習う・・・・ひろ子の心は、大学生の頃に戻ったかのようだった。
「・・・聖母様に、あなたの思いをこめて祈りなさい・・・」
ひろ子の頭に、またあの声が響いた。
合わせた両手に、ひろ子が思いをこめた。礼拝堂から眩い閃光が、夜の街に放たれた。
「?!」
直人は体に違和感を感じた。詰襟の制服の腹の部分に、何かチューブのようなものがくっ付いていた。
「なんだよ・・・これ?!」
太い腕で力任せに、引き抜こうとする直人。しかし、チューブは伸び縮みするだけで、まったく変化がない。
「これから、あなたは生まれ変わるの・・・」
少女の声に、直人は少女の方を見た。祈っていた少女が瞳を開き、直人を見つめた。
「・・・聖母様のお力でね」
「アアアッ?!」
チューブを通じて、何か暖かいものが直人の中に流れ込んでくる。着ていた服が眩い光を放つと、光の粒子になって消滅した。
空気にさらされた直人の体から、鍛え上げられた筋肉が消えて、柔らかい皮下脂肪に包まれていく。
「俺の体が、あの時のように?!」
直人の目が、恐怖で見開かれている。
その視線の先で、練習で浅黒く日焼けをしていた体が白く・・・そして、滑らかな女性の肌に変貌をしていく。
胸は女性のピンク色のものを載せて、ムクムクと・・・まるで風船が膨らむように膨らみ始めている。それとは逆に、ウエストがキュッと引き締まり、ヒップが大きく張り出していく。
「ぼ・・・・僕の体が?!」
背の高かった直人の身長が縮んでいく。ひろ子より少し大きい・・・160cmほどだろうか?・・・20cmほど縮んでそれは止まった。
短く刈り込んでいた髪は、艶やかな黒髪を伸ばしボブカットになり、礼拝堂の光に天使の輪を輝かせている。
その顔は、ひろ子の”娘”としてふさわしい、大きな瞳と柔らかい唇が・・・”女性らしさ”をかもし出している。
「ああ・・・ボクの中に?!!」
直人の“男性”は、小さくなり消えてしまった。その代わり直人は、まるで内臓をかき回されているかのような感覚を感じていた・・・・まるで、直人の中で花が開くかのように?
直人の練習で汗臭くなっていた体から、甘い香り・・・・そう、女の子の匂いが漂い始めた。
直人の大きくなったヒップを、薄い水色のショーツが包み、Cカップ程に膨らんだ胸を、水色のブラジャーがやさしく包んだ。上半身は、ブラウスが現れ、ウエストにベルトのような物が現れると、そこから少女と同じ青色のチェックのプリーツスカートが伸びていく。
細く引き締まった足は紺色のハイソックスに包まれて、その脚線美を引き締めた。
「ああ・・・? 」
ビクッと体を痙攣させた直人は、そのまま意識が途切れてしまった。
ブラウスの胸元には、赤いリボンが”少女らしさ”に色を添え、ブラウスの上にはクリーム色のベストが現れ、変身が終わった。
いつのまにか、臍の緒のようなチューブは消えていた・・・傍らに落ちていた紺色のブレザーを手に、ひろ子は”自分の娘”に歩み寄った。
「直美・・・直美ちゃん」
ひろ子が直人=直美の肩を揺すった。
「うん・・・ああ・・・・お母さん、あたし・・・」
純愛女子学園高校の制服を着た自分の体を見下ろす直人=直美。
「聖母様にお祈りに来て、うっかり眠ってしまったようね」
微笑むひろ子に、
「エヘヘ・・・大学合格をお祈りしていたら、眠っちゃったみたい」
悪戯っぽく微笑む直美。
「どこを受けるの?」
「もちろん、お母さんの母校よ」
二人が笑うと、それを見ていた少女の体を光が包んでいく。
ひろ子と直美が、礼拝堂の入り口の扉を開けた。
ひろ子は、聖母像に向き直ると、深々と一礼をした・・・・・思いをこめて・・・・。
春
「直美ちゃん、忘れ物ないの?」
「うん、大丈夫!」すっかり”直美”になった直人が、清潔感あふれる紺色のスーツを着て、自分の部屋から台所に降りてきた。
新聞を読んでいた父も、自分の”娘”の晴れ姿に目を細めた。
「入学式・・・私も、後から行くからね」
「ハイ、お待ちしています・・・“先輩”!」
直美が悪戯っぽく笑うと、ひろ子も思わず噴出してしまった。
「それじゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
明るい声が、鈴木家に響く。
多くの人が行きかう街角。
机を前にして、占い師の老人が座っている。
その前を、ブレザーの制服を着た少女が歩いていく。少女がチラリと老人を見た。老人が微笑を浮かべながら、
「やってくれるのお・・・・」
少女は、にっこり笑うと、目礼をして歩いていった。
桜の舞い散る中を、新入生たちが歩いていく。
“直美”の新しい生活は、まだ始まったばかりだ・・・・。
24時間 鈴木さんの場合
「そして・・・」
(おわり)
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こんにちは! 逃げ馬です。
この作品は、『24時間 鈴木さんの場合』の後日談になります。
そして今回の作品では、遂に“あの方”が戻ってきました(笑)
お休み中にも掲示板で“あの方”の“復帰”を待ってくれている方もいらっしゃったので・・・書いてみました。
こちらも希望のあった変身シーンは・・・逃げ馬としては、ちょっと”濃いめの味付け”になっています(^^;
評判が良ければ、まだまだ聖母様には活躍をして欲しいな・・・と思っています。
それでは、今回も最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
なお、この作品に登場をする団体・個人は、現実に存在をするものとは一切関係のないことをお断りしておきます。
2009年4月 逃げ馬
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