アイドルは命がけ?



:逃げ馬






 「光一くん!」
 学校の帰り道、後ろから聞こえてきた可愛らしい声に、僕は振り向いた。
 僕は、佐藤光一。城南大学付属高校に通う高校一年生だ。
 セーラー服を着た、いまどき珍しいおさげ髪の女の子が、こちらに走ってくる。
 「今日はクラブ・・・・早く終わったんだね!」
 「うん・・・」
 僕と一緒に並んで歩いて行く女の子。彼女は、矢原和恵。幼稚園に通っていたころから僕の家の隣に住んでいる幼馴染だ。子供の頃からいつも一緒に遊んでいた。幼稚園から高校まで、いつも同じ学校に通っていた。今では、彼女が側にいるのは、僕にとってごく当たり前のことになっていた。
 「どう? 今度のサッカーの試合・・・出場出来そう?」
 「いや・・・今度もだめだったよ・・・」
 僕は思わず苦笑いしてしまった。
 僕は、高校ではサッカー部に所属していた。しかし、頑張って練習をしても、なかなかレギュラーにはなれなかった。体格も小柄で細い体・・・それに、性格も大人しくて地味な僕は、激しいプレーをするのは苦手だった。だからだろうか? いくら練習をしても出場選手を選ぶ時には、なかなか監督の目には留まらなかった。
 「光一くん・・・大人しすぎるからじゃないの?」
 和恵が僕の考えを見透かしたように、微笑を浮かべた顔で僕の顔を覗き込んできた。僕は驚いて和恵の顔を見つめていた。
 「・・・何を言っているんだよ・・・」
 「フフフッ」
 和恵が悪戯っぽい笑みを浮かべて微笑んだ。
 「光一くんも、もっと積極的になれば良いのに・・・人に気を使いすぎなのよ・・・」
 「ごめん・・・・」
 「ほら・・・いつもそういう風に,すぐに謝るでしょう?」
 「エッ?!・・・うーん・・・・」
 僕は歩きながら頭を掻いた。そんな僕の顔を見上げながら和恵が笑い出した。
 「でも・・・それが光一くんのいいところだけどね・・・」
 和恵の呟いた一言は、僕の耳には入らなかった。
 「エッ? 何を言ったの?!」
 「・・・なんでもない!」
 和恵は、僕を振り返ると、笑いながら走っていく。僕は、首を傾げると、和恵の後を追って走った・・・。



 「これこれ・・・そこのお嬢さんや?」
 突然、僕たちを呼び止める声が聞こえた。僕と和恵が振り返ると、一人の白い顎鬚を蓄えた老人が、”易”と書いた布を被せた台を前に置いて座っている。
 「お嬢さん・・・ちょっと見てあげようか・・・」
 易者のおじいさんが微笑んだ。
 「でも・・・お金が・・・」
 「・・・お金は・・・いらないよ・・・」
 おじいさんが、和恵に向かって優しい目をして微笑んだ。和恵は、首を傾げながら占い師のおじいさんに近づいていく。
 「本当に・・・ただでいいんですか?」
 「ああ・・・今日は、サービスだよ!」
 おじいさんが、和恵に台の前に置いてある椅子に座るように促した。和恵が、椅子に座った。僕は、小さくため息をつくと、和恵の後ろに立った。
 「それじゃあ・・・・ちょっと手相を見せてもらおうかの?」
 おじいさんに言われて、和恵は右手を差し出した。おじいさんは、虫眼鏡で和恵の右手の手相を見ながら、首をひねったり、小さくため息をついたり・・・そうかと思うと何かメモを取ったりしている。やがて・・・。
 「お嬢さん・・・あんたは今、恋をしているね・・・」
 「「エッ?!」」
 占い師のおじいさんに言われて、和恵の顔は、たちまちのうちに耳まで真っ赤になっていった。僕も、おじいさんの意外な言葉に、和恵の顔を覗き込んだ。
 「本当なのか?」
 驚いて和恵に尋ねると、
 「どうかなあ・・・」
 和恵が、悪戯っぽい視線を僕に向けて微笑んだ。
 「何だよ・・・・教えてくれたっていいだろう?!」
 「光一くんには関係ないでしょう?」
 和恵が唇を尖らせながら言った。
 「まあ・・・そうだけどさ・・・・」
 僕は、和恵の迫力に負けて、俯きながら言った。
 「まあ・・・・ちょっとは関係あるかもしれないけどね・・・」
 和恵が占い師のおじいさんのほうを見てニッコリ笑った。おじいさんも、小さく頷くと、
 「そうじゃな・・・・」
 小さく笑った。
 「そうじゃな・・・・それならこれをお嬢ちゃんにあげようかの・・・」
 おじいさんが、布を被せた台の中から何か小さなものを取り出した。それを和恵の小さな掌に置いた。僕と和恵は、それを見つめた。和恵の掌の上には、小さな皮袋があった。その中には、何かが入っているようだ。和恵が皮袋の口を閉じている紐を解くと中に入っているものを出した。中から綺麗な赤い石が出てきた。空から降り注ぐ日差しを反射してキラキラと輝いている。
 「これは?」
 「その石はね・・・その石を持っている人の願いを叶えてくれるよ・・・・」
 「この石が?」
 僕は、おじいさんの言葉を鼻で笑っていた。
 「まさか・・・」
 僕は、二人に背中を向けた。和恵は、掌の上に乗っている小さな赤い石を見つめていた。
 「綺麗・・・・」
 呟くように言うと、おじいさんに視線を向けた。
 「・・・それで、この石・・・いくらなんですか?」
 おじいさんは、和恵に優しい視線を向けていた。微笑みながら、小さく首を振ると、
 「お金は、いらないよ・・・」
 「・・・本当に?」
 「ああ・・・・」
 優しい目を和恵に向けたまま頷いた。和恵が椅子から立ち上がった。
 「おじいさん・・・どうも、ありがとう!」
 「ああ・・・頑張りなよ・・・・お嬢ちゃん!」
 僕は、和恵と一緒に歩いて行く。占い師のおじいさんは、微笑みながら僕たちの後姿を見つめていた。



 「いいものを貰えたなあ・・・・」
 和恵が、手の中の小さな皮袋を見つめながら微笑んだ。
 「和恵・・・さっきの占い師の話・・・・信じているのか?」
 僕は、呆れたような視線を和恵に向けていた。
 「うん・・・」
 和恵が頷いた。和恵の掌の上で、あの赤い石な太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。



 翌日。学校の帰り道、僕が道を歩いていると、
 「光一くん!」
 振り返ると、和恵がこちらに走ってくる。僕は、立ち止まって和恵が追いついてくるのを待った。
 「今、帰り?}
 「うん・・・・」
 僕たちは並んで歩いて行く。僕は、チラッと横を見た。一緒に歩く和恵の三つ編みの髪がリズミカルに揺れている。
 「光一くん・・・?」
 「エッ・・・・?」
 「これを・・・光一君にあげる」
 和恵が、右手を僕に差し出した。僕の掌に、何か硬いものが落ちる。それは、皮袋に入った、あの赤い石だった。
 「これを僕に?」
 「うん・・・」
 「だって・・・・これは、和恵が貰った物だろう?」
 「私は・・・・もう、お願いしたから・・・」
 「うーん・・・」
 僕は、手の中に握られた皮袋を見つめていた。不思議なことに、その皮袋に包まれた石を持っているだけで心が落ち着いてきていた。僕は、和恵を見つめると、
 「ありがとう!」
 「・・・」
 和恵は、頬を赤く染めて俯いてしまった。



 「ただいま〜」
 「おかえりなさい!」
 台所から聞こえる母の声を聞きながら、僕は2階の自分の部屋に向かった。突然、ドアが開いた。
 「アッ・・・お兄ちゃん、お帰りなさい」
 「ただいま・・・」
 ショートカットの髪の少女が、僕の前に立っている。彼女は、佐藤恵美・・・僕の、一歳下の妹だ。
 「お兄ちゃん、早く着替えないと、サッカーが始まるよ」
 そう言うと、恵美は足早に階段を下りていく。僕は、恵美の後姿を見送ると部屋に入ってTシャツとジーンズに着替えると、リビングルームに下りて行ってテレビの前に座った。
 テレビの中で、サッカーの試合が行われている。ハーフタイムになると、ゲストで出ている可愛らしい女性タレントが、アナウンサーや解説者と楽しそうに話をしている。画面の中で、ちやほやされている女性タレントを見ていると、僕は彼女が少し羨ましくなってきていた。
 『目立たない僕と、あの女の子は・・・・いったいどこが違うんだ・・・』
 そんなことを考えながら、じっとテレビを見つめていると、
 「お兄ちゃん?」
 突然聞こえた声に、僕は飛び上がらんばかりに驚いた。横を見ると妹の恵美が、不思議そうな顔をして僕を見つめていた。
 「何だよ・・・脅かすなよ・・・」
 「どうしたの?」
 「・・・なんだよ・・・」
 恵美は、僕の目をしっかり見ながら、
 「お兄ちゃん・・・・ちょっと危ない目でテレビを見ていたよ・・・」
 たちまち、僕の顔が赤くなっていく。慌てて立ち上がると、リビングルームを出て行った。
 「お兄ちゃん?」
 恵美の声を背中で聞きながら、僕は部屋に戻って行った。
 部屋に戻ると、僕は電気も点けずにベッドに倒れこんだ。さっきのテレビに映っていた女の子が頭に浮かんでくる。
 「なぜ・・・・あの女の子と、僕はいったいどこが違うんだ・・・」
 思わず一人で呟いていた。
 僕は、学校では全く目立たない。性格は地味で、思っていることもなかなか言えない。クラブでも目立たないしクラスでも・・・・僕が休んでいても、気が付くクラスメイトは、いったい何人いるだろう? 僕は、そんな自分を変えてみたいと、ずっと思っていた。
 「は〜・・・・僕だって、あんなアイドルみたいな立場になってみたいよ・・・」
 そのまま、僕は眠りに落ちて行った。その時、机の上のかばんに入った赤い石が光を放ったことに、僕は全く気がつかなかった。



 翌日、
 「うーん・・・」
 僕は、ベッドの上で伸びをして起き上がった。窓からは、朝日が差し込んでいる。柔らかい腕で眠い目をこすった僕の目に飛び込んできたのは・・・。
 「・・・?!」
 僕の着ているシャツの胸元がふっくらと膨らんでいる。自分では理解できないものを見たためだろうか? 僕は自分の胸を見下ろしながら、両手をその膨らみにそっと当てた。柔らかい感覚が掌に伝わる・・・・しかも、その胸を触っている腕が、どう見ても見慣れた自分のものではない。白く細い綺麗な指。白く決めの細かい肌・・・・柔らかい腕・・・ベッドの横の窓ガラスに映る僕は?
 「・・・?!!」
 窓ガラスに映ってこちらを見ているのは・・・ショートカットの髪の可愛らしい女の子!
 「ウワ〜〜〜〜ッ?!」
 パニックになって思わず叫んだ僕の声も、いつもとは違う高い声だった。突然ドアが開いた。
 「お兄ちゃん・・・・何を騒いで・・・・」
 僕は思わず部屋の入り口を見た。制服のブレザーを着た恵美が部屋の入り口で呆然と僕を見つめている。
 「恵美・・・僕は・・・」
 ようやく呟いたが、その声は、もちろん昨日までは男の子だった僕の声ではない。
 「・・・・本当に・・・・お兄ちゃんなの?」
 恵美が震える声で呟くように言った。僕は頷くと、
 「朝起きると・・・こんなことに・・・」
 「光一! いったい、いつまで寝て・・・・」
 母が、大きな足音をさせながら階段を上ると、入り口に立っている恵美を押しのけて部屋に入ってきた。ベッドの上に座っている女の子の姿になってしまった僕を見ると、そのまま固まったように動かなくなってしまった。
 「母さん・・・・」
 僕が呟くように言うと、
 「その格好じゃあ仕方がないわね・・・・学校にはあたしが『病気です』と電話をしておくからね!」
 そう言うと、母は大きな足音をさせながら、部屋を出て下に下りて行った。僕と恵美は、呆然とその後姿を見送っていた。



 その日は、母が学校に電話をしてくれたこともあって、僕は家でゴロゴロしていた。そして、その日の午後・・・。
 「光一・・・これに着替えなさい」
 母が紙袋を差し出した。手にとって中を覗くと、女の子の下着・・・白いブラジャーとショーツと、恵美が普段着ているTシャツとジーンズが出てきた。
 「こんなの着れないよ!」
 困惑する僕に向かって、
 「あんた・・・・その体じゃあ、ちゃんと女の子の下着を着けないと変だよ! さあ・・・早く立って!!」
 母は、有無を言わせず僕を立たせると、あっという間に僕に恵美の服を着せてしまった。
 「ほら!・・・ぼやぼやしないで・・・行くよ!」
 「行くってどこへ?」
 「買い物に決まってるでしょう?」
 「・・・?」
 「あんた・・・女の子になってしまったんだから・・・・女の子の物が必要でしょう? いつまでも恵美の物を使うわけにもいかないし・・・ほら・・・・グズグズしないで!」
 「そんな・・・・外に行くと、この格好がみんなに・・・」
 「格好つけても、女の子になっちゃったものはしょうがないでしょう・・・さあ・・・行くよ!!」
 母は、僕の腕を引っ張ると、僕を家の外に連れ出した・・・。



 僕は、母と一緒に街を歩いていた。両手には、服や化粧品がいっぱい詰まった買い物袋を持っている。生まれてはじめて女の子として女性の服や化粧品を買いに行った僕は、まるで母の着せ替え人形のようにいろいろな服や下着を着せられてぐったりしていた。店員さんに、
 「お母様に似て、可愛いお嬢様ですね!」
 と言われた母は、上機嫌だったが・・・。僕と母は、街を歩いて行く。
 「・・・」
 僕は、俯きながら歩いていた。すれ違う男たちの視線が、まるで僕の頭から足元まで集中しているような気がしたのだ。『僕は、男なのに・・・そんなにじろじろ見るなよ!』心の中で叫んでいた。
 「あら・・・和恵ちゃんじゃないの!」
 母の声に、僕は驚いて顔を上げた。目の前に、制服姿の和恵が立っている。
 「こんにちは!」
 和恵が微笑みながら、軽く頭を下げた。僕は、母の背中に隠れて、和恵と顔を合わせないように反対を向いていた。
 「今、学校からの帰りなの?」
 「ハイ」
 母が微笑みながら、和恵を見つめていた。
 「和恵ちゃんは、しっかりしているね〜・・・うちの光一とは、大違いだよ」
 和恵はニコニコしながら頬を赤く染めて俯いていた。ふと、僕に気が付いたのか、顔を上げて僕のほうに視線を移した。
 「あの・・・・おばさん・・・・その方は・・・・恵美ちゃんじゃないですよね?」
 僕は、母の後ろで小さくなっている。母は、大きな声で笑い出した。
 「ハハハッ!! この子かい? この子は、光一だよ!」
 あっさりと本当の事を言った母に、僕は飛び上がるほど驚き、和恵は、分けがわからないというように、きょとんとしてしまった。
 「あの・・・おばさん? 光一君は・・・男の子ですよ?」
 和恵の声を背中で聞きながら、僕はこの場から消え去りたい気分だった。『馬鹿なことを言ってないで、さっさと家に帰ろうぜ!!』 心の中で、そう叫んでいた。しかし、そんな僕の心も知らずに母は、
 「それがね・・・和恵ちゃん・・・・光一ったら、朝起きたら女の子になっちゃってたのよ!! あたしは驚いちゃって・・・」
 母は、後ろに隠れている僕の腕を引くと、和恵の前に引っ張り出した。
 「ほら・・・・隠れてないで!!」
 僕は、よろめきながら母の前に引っ張り出された。顔を上げると、和恵が呆然と僕の顔を見つめていた。
 「本当に・・・・光一君なんですか・・・?」
 和恵が、誰にともなく呟くと、
 「そうなのよ・・・顔は、かなり女の子っぽくなっているけど、この辺りなんて、男の子だったときの面影があるでしょう?」
 母が言うと、和恵が僕の顔を覗き込む。僕は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 「本当に・・・・光一君なの?」
 和恵は、恐る恐る僕に尋ねた。僕は、震えながら小さく頷いた。和恵は大きく目を見開きながら、
 「なぜ・・・いったいどうして・・・?」
 「わからないよ・・・朝起きると、こんな姿に・・・」
 「そんな・・・」
 和恵は、大きくため息をつくと、僕の姿を頭のてっぺんから、足の先までじっと眺めていた。僕は、そんな状態に堪えることが出来なかった。母と和恵を置いたまま走り出した。
 「光一! どこに行くの?!」
 母の声を後ろに聞きながら、僕は夢中で走っていた。なぜだろう・・・いつの間にか、涙が頬を伝っていた・・・。



 僕は、自分の部屋に戻ると、ベッドにうつ伏せに寝そべっていた。体の下で押しつぶされた胸の感覚が、今の僕の体がまぎれもなく女の子であることを感じさせていた。
 「なぜ・・・こんなことに・・・」
 僕は、うつ伏せに寝そべったまま呟いた。その時、『コンコン・・・』 ドアをノックする音が聞こえた。僕は、ベッドの上に起き上がると、
 「どうぞ・・・」
 ドアが開くと、Tシャツとジーンズ姿の和恵が部屋に入ってきた。
 「光一君・・・」
 「和恵・・・」
 和恵は、視線をまっすぐ僕に向けている・・・僕は、恥ずかしくなって俯いてしまった。
 「大変だったね・・・・」
 和恵は、小さな声で言うと、
 「びっくりした?」
 ニッコリと僕に微笑みかけた。
 「うん・・・」
 僕も、ようやく答えた。
 「ねえ・・・光一君・・・・家の中でじっとしていないで、これから外に出かけてみない?」
 「エッ?」
 僕は、自分の体を見下ろした。Tシャツの胸の辺りを、胸の膨らみが下から押し上げている。
 「でも・・・・この姿では・・・・」
 呟くように言うと、
 「大丈夫よ・・・今の光一君は、本当に女の子にしか見ないから・・・それに・・・」
 「それに?」
 「女の子の私から見ても、今の光一君・・・なかなか可愛いわよ!」
 和恵は、悪戯っぽく微笑んだ。
 「エッ?」
 驚く僕に、
 「さあ・・・行きましょう!!」
 和恵は、すっかり細く、柔らかくなった僕の腕を掴むと、僕を外へ連れ出した・・・。



 僕と和恵は、夕方の街にを歩いていた。
 「光一君・・・ちょっと待っていてね」
 和恵がどこかに走っていく。僕は、ビルの壁にもたれて街を行きかう人に目をやった。夕方の街を、たくさんの男女が行きかっている。男の人は、僕の前を通るときに、ちらちらと僕に視線を投げかけている。その時、遠くから僕を見ている若い男の視線があることに、この時は全く気がつかなかった。やがて、和恵が息を切らせながら戻ってきた。
 「はい! 買って来たよ!!」
 和恵が差し出したのは、ソフトクリームだった。
 「・・・僕に?」
 「うん!」
 僕は、和恵からソフトクリームを受け取ると、
 「・・・ありがとう・・・!」
 僕は和恵と一緒に歩き出した。手にしたソフトクリームを一口頬張った。ひんやりした冷たさと甘さが口の中に広がる。
 「・・・美味しいね・・・・」
 小さな声で言うと、
 「そうでしょう・・・良かった!」
 和恵が嬉しそうに笑った。その時、
 「もしもし?」
 後ろから声が聞こえた。僕たちが振り返ると、細身の体に、紺色のスーツを着た長身の男が立っていた。僕と和恵はお互いに顔を見合わせると、
 「私たちに何か?」
 和恵が尋ねると、
 「いや・・・・そちらのお嬢さんにね・・・」
 僕の方を指差しながら、男は突然、
 「アイドルになってみませんか?」
 「「エッ?」」
 僕と和恵は、同時に声をあげていた。
 「嘘でしょう? 何かの冗談では・・・」
 「いえいえ・・・本当ですよ!」
 男が笑った。思わず顔を見合わせる和恵と僕。
 「貴方のその可愛さとスタイルの良さ・・・・充分、アイドルとして通用します!」
 僕は、疑わしそうに、その男を見つめていた。すると、その男も気が付いたのだろう。小さく笑って、
 「大丈夫ですよ・・・うちは、怪しい事務所ではありません。お疑いでしたら、そこのお嬢さんもご一緒にうちの事務所に来て下さい。詳しいことをご説明しますから・・・」
 そう言って僕と和恵に名刺を差し出した。『TSプロダクション、大手町進』と書かれている。僕は、和恵と視線を合わせた。和恵はニッコリ微笑むと頷いた。
 「わかりました・・・・行きます・・・」
 答えると、大手町は嬉しそうに笑った。
 「助かります・・・・今日、スカウトが失敗すると、社長にまた、怒鳴られるところでしたから・・・それでは!」
 と言うと、大手町は先に立って歩き出した。僕と和恵は、後ろから彼について歩いて行った・・・。



 「エ〜ッ? お兄ちゃん、スカウトされたの?」
 家に、恵美の驚きの声が響いた。
 「うん・・・」
 僕は、赤くなって下を向いた。
 「凄いじゃない・・・・よく、ばれなかったね!」
 「参ったよ・・・僕が社長に名前を聞かれると、和恵の奴、咄嗟に、『佐藤美都子です!』なんて言うんだもん・・・」
 僕が笑うと、恵美が興味深そうに僕の顔を覗き込んだ。
 「ねえねえ! それで、お兄ちゃん・・・どうするの?」
 「エッ?・・・何が?」
 「その事務所に入って、芸能人になるの?」
 「ハハハッ!」
 僕は、笑うと、
 「まだ返事はしていないけどね・・・芸能人になんか・・・」
 「なーんだ・・・つまんない・・・・」
 恵美は頬を膨らませながら僕を見つめている。
 「お兄ちゃん・・・・そんなに可愛いんだから、やってみればいいのに」
 「馬鹿言うなよ!」
 「だって本当なんだもん! 女の子になったばかりなのに、胸だって私より大きいじゃない!」
 恵美が頬を膨らましながら、僕の胸を指差す。僕も、頬を赤く染めて下を向いてしまった。
 「そうそう・・・やってみなさい!」
 母が、お盆の上に夕食を載せて、台所から歩いて来た。
 「なに言ってんだよ!」
 僕は大きな声をあげたが、
 「嬉しいねえ・・・あたしの”娘”が芸能人になるなんて・・・信じられないよ!」
 母は、上機嫌で夕食をテーブルに並べている。呆然と母を見つめる僕を見て、恵美が『ウフフッ』と笑っていた・・・。



 それから数日後、僕は、あるスタジオに呼び出されていた。
 「やあ・・・美都子ちゃん!!」
 大手町が、ニコニコしながら手を振っている。
 「おはようございます」
 僕が頭を下げると、首からカメラを下げた男が近寄ってきた。
 「今日は、この娘かい?」
 「そうです!」
 大手町が答えると、
 「フン・・・じゃあ、早くはじめようぜ!」
 カメラマンが歩いて行く。大手町は、僕を振り返ると、
 「じゃあ、あっちの部屋で着替えをしてきてね!!」
 僕に笑いかけると、そばに立っていた若い女の人に目配せをした。
 「さあ・・・・こっちに来て?」
 僕は、女の人に促されながら、別の部屋に入っていった。
 「ハイ・・・これを着てね!」
 女の人が、何かを僕に手渡した。僕は、その袋を覗き込むと、そのまま固まってしまった。
 「これって・・・・ビキニじゃないか・・・・?」
 まるで女性下着そのもののような、カラフルな布地を手に持って自分の目の前にぶら下げていると、
 「もちろんですよ! 今日は、水着のグラビアの撮影ですよ・・・・聞いていなかったのですか?」
 一緒に部屋に入った女性が笑った。僕は呆然と手に持った水着を見つめていた。女性は、そんな僕を見つめながら小さくため息をつくと、
 「さあ・・・・早くしてください!」
 
 「まったく・・・なぜ・・・・こんな事をしなきゃいけないんだよ・・・」
 ブツブツ言いながら、僕はシャツとジーンズを脱いだ。母と一緒に買ってきた下着だけを身に着けた状態で、カラフルな色の水着に視線を移した。
 「フウ〜〜ッ・・・」
 大きくため息をつくと、目をつぶって水着を身に着けていく。
 「まったく・・・うちの母親はいったい何を考えているんだよ・・・」
 僕の母親は昨日、僕の通っている高校に電話をしていた。『うちの子、ちょっと病気になったもので入院させます・・・ハイ・・・・長期間の入院になりそうです・・・』なんて言っていたが・・・・。まさか、女の子になって、こんな事をしているなんて、誰も想像も出来ないだろうな・・・。
 突然、
 「美都子さん・・・・着替え終わりましたか?」
 さっきの女性が入って僕に声をかけた。
 「まあ・・・・よく似合っているわね! 可愛いわよ!!
 「エッ?!」
 驚いて僕は、目の前の鏡を見た。そこには、まるで青年誌のグラビアに出てくるような、スタイル抜群の女の子が驚いた表情でこちらを見ている。しかし、それはまぎれもない僕自身の今の姿だった。
 「可愛い・・・・」
 「そうでしょう・・・」
 呆然と鏡を見つめている僕に向かって、女性が微笑みかけた。
 「さあ・・・撮影が始まるわ! こちらに来て!!」
 僕は、女性に腕を引っ張られながら部屋を出て行った。

 「この娘が今日のモデルなのか?」
 若い男が、まるで僕を値踏みするかのように、頭の上から足の先までじっと見つめている。
 「そうです・・・うちの事務所の期待の新人なんです・・・よろしくお願いしますよ!」
 大手町が、笑いながら男に声をかけた。
 「この人は?」
 僕は、さっきの若い女性に囁くように尋ねた。
 「あの人は、日永康勝さん・・・今、売り出し中のカメラマンなのよ」
 「へえ〜〜・・・」
 「その人に撮ってもらえるなんて・・・凄いことよ!」
 「そうなんだ・・・」
 僕は、大手町と話をしている日永というカメラマンに視線を戻した。日永は、打ち合わせを終えると僕を見て、
 「さあ・・・・始めるぞ!」
 そう言うと、三脚に取り付けられたカメラに向かって歩いて行った。

 「ハイ・・・もっとリラックスして!」
 スタジオに日永カメラマンの声が響く。僕は、ぎこちなくカメラの前に立っていた。
 「うんうん・・・」
 日永がカメラのシャッターを押した。ストロボの光が光一=美都子を青白く照らし出す。光一=美都子のぎこちない笑顔を光が照らす。
 「いいよ・・・美都子ちゃん・・・」
 日永が続けざまにシャッターを切る。
 「ちょっと姿勢を前屈みに・・・そうそう・・・」
 日永の要求に合わせて、光一=美都子がポーズを取る。シャッターを切る音がスタジオに響く。
 「綺麗だよ・・・美都子ちゃん!!」
 日永の声に、光一=美都子は自然に可愛らしい微笑を浮かべていた。すかさず日永がシャッターを切る。
 「いいよ・・・そうそう・・・可愛いよ!」
 日永に声を掛けられると、光一=美都子は可愛らしい笑みを浮かべている。光一=美都子は、写真を撮られているうちに、すっかり女の子の気分になっていた・・・。



 「光一くん・・・いや・・・美都子さんか・・・」
 スタジオの外に出ると、和恵が待っていた。
 「お疲れさま・・・どうだった?」
 ニコニコ微笑みながら、和恵は僕の顔を覗き込んだ。
 「どうだったって言われても・・・」
 僕は、頭に手をやると、
 「水着なんか着て・・・恥ずかしかったよ・・・」
 「でも、今の光一くんなら似合うかも」
 「冗談じゃないよ・・・僕は男なのに・・・」
 僕がムッとして歩いていくと、
 「ウフフフフッ・・・」
 和恵が笑いながら、僕に追いついてきた。
 「さあ、光一くん、仕事も終わったし、パフェでも食べに行こうよ!」
 「エッ?」
 「さあ・・・早く!」
 和恵は僕の腕を掴むと、ドンドン走っていく。ぼくは、慌てて和恵の後を追いかけて走り出した・・・。



 グラビアアイドル“MITUKO”は、僕の予想に反して大ブレイクした。
 本屋には、水着姿の僕の表紙の雑誌を置いていない日はなかった。発売した写真集は、たちまち売り切れ・・・いつの間にか、テレビでも引っ張りだこになっていた・・・。そんな、ある日・・・。

 「さあ、今日はMITUKOさんにお手紙がきています・・・」
 その日、僕が出演していたラジオ番組で僕と向かい合って座っているDJが言った。
 「うんうん、どんな人でしょうね・・・」
 僕は、適当に相槌を打っていた。
 「僕は、MITUKOさんの大ファンです。いつもMITUKOさんの出ている雑誌や写真集は、チェックして買っています・・・」
 「わー・・・凄いですね・・・」
 「・・・そして、MITUKOさんを見ているうちに、結婚したくなりました。僕たちは運命の糸で結ばれていると思います。今日は、結納金を送ります・・・ということで、MITUKOさんに、これが送られてきました・・・」
 DJが、僕に手帳のような物を手渡した。
 「・・・これって・・・・貯金通帳じゃないですか・・・・ウワー・・・300万円も入っていますよ!」
 「どうします?」
 DJが笑いながら僕を見ている。
 「なかなか面白い冗談ですね・・・でも、僕にこれを渡しちゃったら、この人はどうやってこのお金をおろすんでしょうね!」
 僕も一緒になって笑っていた。

 「MITUKOちゃん!!」
 放送局を出ると、男の子たちが、僕に向かって走りよって来る。手に手に可愛らしいリボンのついた箱や、花束を持っている。
 「MITUKOちゃん、これ・・・受け取ってよ!」
 「僕も!」
 「俺も!!」
 男の子たちが僕に向かってプレゼントを差し出した。僕は、しばらくそれを見つめていたが、
 「ありがとう・・・」
 ニッコリ微笑んで受け取った。マネージャーの大手町が車から降りて来た。
 「ハイハイ・・・君たち・・・MITUKOはもう帰るからね!」
 男の子たちをかき分けて近寄ってきた。僕の背中を押して車に向かって歩いて行く。僕は、男の子たちに小さくてを振って車に乗り込んだ。男の子たちも、僕に向かって大きく手を振る。今まで注目されたことなど無い僕にとっては、最高に楽しい瞬間だった・・・。

 その日も、僕はマネージャーの大手町が運転する車でデビューをしてから住んでいるマンションに帰ってきた。
 「お疲れ様でした・・・」
 両手いっぱいに男の子たちから貰ったプレゼントを持った僕が車を降りると、
 「じゃあ、明日はテレビ出演・・・8時に迎えに来るから・・・」
 大手町はニッコリ笑って片手を上げると車を発進させた。僕は、小さくため息をつくと玄関に向かって歩き始めた。
 「おかえり!」
 制服姿の和恵が微笑みながらボクを見つめている。
 「和恵・・・」
 「久しぶりだね・・・どう? タレントは・・・?」
 「うん・・・大変・・・」
 「どう? 男の子に戻れそう?」
 和恵が静かな口調で僕に尋ねた。僕は、俯きながら、
 「ううん・・・・まだ・・・戻りそうに無い・・・」
 「そう・・・」
 和恵は、寂しそうに笑った。
 「光一くん・・・ひょっとすると、アイドルのままでいたいんじゃないの?」
 「エッ?」
 驚く僕に、
 「だって・・・みんなに注目されて、ちやほやされるわけだし・・・それだけ可愛い女の子に変身したんだもんね・・・」
 和恵は、ちょっと目を潤ませながら、
 「もう・・・私の知っている光一くんじゃなくて・・・本当にMITUKOになっちゃったんだね・・・」
 「・・・・」
 「さようなら!!」
 和恵が僕に背を向けて走っていく。僕は、それを止めることが出来なかった・・・・黙って走り去る和恵の後姿をいつまでも見つめていた・・・。



 和恵は一人で街を歩いていた。あても無く歩いていたが、ふと、歩道の片隅に座っている老人が目に止まった。まるで引き寄せられるように、和恵はその老人に向かって歩いて行った。
 「よう・・・お嬢さん・・・」
 老人が笑った。その老人は、以前に和恵を占った占い師だった。
 「願いは・・・叶ったかい?」
 老人の優しい言葉を聞いて、和恵はこらえきれずに大きな瞳から涙が溢れ出した。
 「どうしたんだい?」
 老人が優しく問いかけながら、和恵に椅子に座るように勧めた。和恵は椅子に座ると、今まで起きた出来ことを涙ながらに老人に訴えた。老人は、優しい視線で和恵を見つめながら話を聞いていたが、
 「大丈夫だよ・・・・」
 老人は、優しく笑った。和恵は、涙で潤んだ瞳で老人を見つめている。
 「彼は・・・必ずお嬢さんのところへ帰ってくるよ・・・」
 「でも・・・」
 「大丈夫・・・それほど心配なら、これから彼のところへ行ってみようか?」
 「エッ?」
 驚く和恵にかまわず、老人は立ち上がるとさっさと歩いて行く。和恵も慌てて立ち上がると、老人の後を追って走って行った。



 その日、僕は昨日の和恵との間の出来事を引きずって憂鬱だった。迎えに来た大手町の車に乗り込んでも、僕はほとんど口を開かなかった。
 「MITUKOちゃん、どうしたの?」
 「エッ?」
 「だって・・・昨日と違って元気が無いから・・・」
 「・・・そうかな・・・?」
 僕は黙り込んだ。バックミラーに映る大手町は、首をかしげてフロントガラスの向こうに映る景色に視線を戻した。
 
 テレビ局に車が着くと、いつものように男の子たちが車の周りに群がってきた。
 「MITUKOちゃん!!」
 「サインをしてよ!!」
 「こっちを向いて!!」
 カメラや色紙を持った男の子たちが僕に声をかけてくる。いつもは心地よく聞こえるのだが、今日の僕にはその声も鬱陶しかった・・・。
 「・・・?」
 少しはなれたところに、でっぷり太ったアニメキャラクターのプリントされたTシャツを着た男が肩からショルダーバックを掛けて立っていた。
 「本気なのに・・・君と僕が結婚するのは運命なのに・・・・」
 男が一人で呟くように言った。その目は僕を睨みつけている。
 「・・・どういうこと・・・?」
 僕が呟くように言うと、
 「結納金だって渡したのに・・・あの態度は何だよ!!」
 僕は、昨日出演したラジオ番組での出来事を思い出した。
 「ああ・・・・あのリスナーの人ですね・・・大丈夫だよ。お金は全部お返し・・・」
 「それで済むと思うのか?!!」
 男の右手に、何かが鈍く光っていた。勢いよく僕に向かって走ってくる。その場にいた誰もが凍りついた。
 「おい! やつを止めろ!!」
 大手町が叫ぶと同時に男に飛び掛る。警備員も男に向かって走って行く。その時、
 「光一くん! 危ない!!」
 僕の耳に声が聞こえた。聞き慣れた声・・・・。
 「か・・・ず・え・・・?」
 振り向こうとした瞬間、僕は激痛を感じて押し倒されるようにその場に転倒した。警備員が、そして大手町が、僕に向かってナイフを振り上げる男に飛び掛る。僕はそのまま意識が遠のいていった・・・。



 「うーん・・・」
 首を振りながら僕は目を覚ました。視界に飛び込んできたのは、白い天井と蛍光灯の明かり・・・そして、僕の寝ているのはベッドだ。周りを見ると、同じように白く塗られた壁と辺りには消毒液のにおい。
 「ここは・・・」
 その時、部屋のドアが開いた。入ってきたのは・・・。
 「アッ・・・気がついたの? よかった!!」
 和恵が明るく笑った。和恵の後ろでは、光一の母親が小さくため息をつきながらこちらを見つめていた。
 「せっかくあんなに可愛い女の子になって、アイドルにまでなったのに、男に戻っちゃうなんてねえ・・・」
 「エッ?」
 光一は自分の体を見下ろした。
 「本当だ! 男に戻ってる!!」
 「よかったね! 光一くん!!」
 和恵が微笑みながら言ったが、
 「ハ〜〜ッ・・・もったいないねえ・・・」
 母は、ため息をつきながら病室を出て行った。和恵はそれを見ながら微笑んだ。
 「でも・・・どうして僕はここに・・・」
 「あの男の人が光一くんを刺そうとしたときに、光一くんはこっちを見ようと振り返ったでしょう? それでナイフはバッグに刺さったの・・・」
 和恵が僕が女の子になっていた時に使っていたバックを取り出した。横は完全に裂けてしまっている。バックを開けて何かを取り出した。
 「これが・・・光一くんを助けてくれたのよ・・・」
 和恵の掌には、あの皮袋に入った赤い石があった。皮袋は裂け、中に入っていた石は砕けていた。この石が、バックを貫いてナイフが僕に刺さるのを防いでくれたのだろう。
 「占い師のお爺さんと私で、光一くんをここへ・・・」
 和恵はハッとしたようにあたりを見回した。
 「そう言えば、お爺さんはどこへ・・・」
 立ち上がると部屋のドアを開けて廊下の方を見ている。
 「さっきまでいたのに・・・」
 「ありがとう・・・」
 僕は和恵に右手を差し出した。和恵も微笑みながら両手で僕の右手を握った。
 「あのお爺さんの言ったとおりだ・・・」
 「エッ?」
 僕は驚いて和恵を見つめた。
 「どういうこと?」
 「なんでもないよ・・・」
 和恵は悪戯っぽく微笑むと、
 「ずっと一緒にいてあげるね・・・」
 そう言って僕の頬にキスをしてくれた・・・・・。



 病院の外で、あの占い師の老人が、光一のいる病室の窓を見上げている。
 老人は、満足そうにニッコリ微笑むと青白い光の中に消えていった・・・。





 アイドルは命がけ? (おわり) 





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