嵐の後



 
:逃げ馬









 『強い台風の20号は、太平洋をゆっくり北上し、明日には関東に上陸をする可能性も出てきました・・・』
 テレビに映っている朝のニュースで、気象予報士のお姉さんが微笑みながら天気図を指差していた。
 「うーん・・・まあ、今日一日くらいなら大丈夫か・・・」
 大きく開けた窓から空を見上げると、僕は換気のために窓を少し開けておいた。
 僕は、教科書を入れた重いバッグを肩からかけると、アパートのドアを開けた。
 僕は、鈴木孝之。今年から東京に移り住んで、日本でも有数の大学・・・東都大学の一年生として、ここに一人で住んでいる。
 この日も僕は、いつものように大学に向かった。駅から電車に乗って大学に向かう。電車の窓から見える空は、どんよりと曇り、雲の流れは速かった。
 「大丈夫かな・・・」
 僕は、呟きながら窓から見える雲の流れを見つめていた。


 大学に着くと、僕は早速、講義室に向かった。
 「おはよう!」
 「おう! おはよう!!」
 髪を金色に染めた男がニッコリ笑いながら手を上げた。彼は僕の悪友? 高林正敏だ。
 「珍しいな・・・おまえが一限目からいるなんて・・・」
 「そんな言い方はないだろう!」
 そう言うと、正敏は僕の座った横にやってきた。
 「なあなあ・・・」
 「うん?」
 僕は正敏にかまわず、バッグの中から教科書を取り出して机の上に並べていく。
 「今日さ・・・コンパがあるんだよ・・・」
 「へっ?」
 僕は呆気に取られながら正敏の顔を見つめていた。
 「面子が足りないんだよ・・・いや・・・女の子達もなかなか可愛いよ」
 正敏はニヤニヤ笑いながら僕に向かって両手を合わせた。 
 「頼む・・・この通り!」
 「おまえなあ・・・台風が近づいてきているのに・・・」
 「大丈夫だよ・・・明日、上陸かもって言っていたしさ・・・今夜は騒ごうぜ!」
 そう言うと、正敏は僕の肩をポンと叩いて自分の席に戻って行く。僕は小さくため息をつくと、正敏の後姿を見つめていた。


 「「「それじゃあ・・・かんぱーい!!」」」
 『カチーン!!』
 ジョッキのあたる音が店に響く。
 僕は結局、正敏に言われるままにコンパに来てしまった。正敏は、女の子達と楽しそうにはしゃいでいる。僕を指差しながら、
 「こいつさ・・・勉強は出来るんだけど、女の子とは話が出来ないんだぜ・・・」
 「「エ〜ッ・・・?!」」
 女の子達が声を上げて一斉に僕の方を見つめる。僕は、顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
 「ほら・・・こういう奴なんだよ!」
 正敏はケラケラ笑っている。僕は恥ずかしくて何も言うことが出来なかった。その時、
 「お兄さんたち・・・帰らなくていいの?」
 店長が僕たちに声をかけてきた。
 「エッ?」
 「だってさ・・・」
 店長が指差した先にはテレビがある。映っているアナウンサーは、
 『強い台風20号は、先程、千葉県に上陸しました・・・』
 「「「エ〜〜〜ッ?!!」」」
 

 僕たちは慌てて店を出た。
 「ウワ〜〜〜ッ?!」
 「これは?!」
 思わず顔をしかめてしまう。外には強烈な風が吹き荒れ、猛烈な横殴りの雨が降っている。
 「とにかく、早く帰ろうぜ!」
 正敏が言うと、
 「じゃあ、わたしたちは地下鉄で・・・」
 女の子達が言った。
 「じゃあ、俺、この娘たちを送って行くよ」
 正敏がニヤニヤと笑う。
 「・・・それじゃあ!」
 僕は軽く手を上げると、雨と風の中を駅に向かって駆け出した。


 「ひえ〜〜・・・酷い天気だ!」
 僕は何とか駅にたどり着いた。ジーンズは雨に濡れて足にへばり付いている。
 『ただいま、台風のため、南北線は運転を見合わせております・・・運転再開の目途は、立っておりません・・・』
 駅の構内に放送が流れている。
 「仕方がないな・・・駅二つ分だ・・・走るか・・・」
 僕は一段と激しくなった雨と風の中に飛び出し行った・・・。


 『ゴ〜〜〜ッ!!』
 激しい風が、街の中を吹き抜けていく。横殴りの雨が、ジーンズを濡らして僕の足にまとわりつく。
 「クソッ・・・・」
 僕は吐き捨てるように言うと、嵐の街を走る。風はドンドン強くなり、街路樹を大きく揺らす。細い枝は折れて風に舞っている。
 『ガン・・・・ガラガラガラ・・・・』
 大きな音と共に、風にあおられた看板が吹き飛び、歩道に落ちてくる。
 「やばいぞ・・・これは・・・」
 僕は、慌てて走り出す。その時、
 「アッ?!」
 風にあおられて傘の骨が折れてしまった。こうなると、もう傘の役目は果たさない。
 「・・・(--#)!!」
 僕は、傘を投げ捨てると、雨の中を走り出した。たちまち、シャツはびしょぬれになって体に張り付いてしまう。髪の毛から雨の雫が頬を伝う。僕は、がむしゃらに下宿のアパートを目指して走った。
 『パリーン!!』
 突風をまともに食らった窓ガラスが、音を立てて砕け散る。あたりは、もうすっかり暗くなった。人っ子一人いない街に、風と雨の音だけが響いている。
 『あの娘達はいいよな・・・・みんなで帰ることが出来るし・・・・正敏だって付いている・・・・』
 「クソッ!」
 僕は、また走り出した。履いているパンプスの音が夜の街に響く。横殴りの雨に足が曝されて、体が少し寒くなってきた。太股に、しっかりと雨を吸った布がまとわりついてくる。僕は、嵐の町を必死に走る。もう、風が強くて目を開けていることも出来ない。胸が重い。走るたびに左右に揺れる。雨に濡れた細い髪が顔にまとわりついて鬱陶しい。ようやく僕のアパートが見えてきた。
 『カンカンカン・・・・』
 足音を響かせながら階段を上ると、僕は肩から下げたバッグから可愛らしいマスコットのついたキーを取り出すと、悴んだ手で何とかドアを開けて部屋の中に入った。


 翌朝・・・。
 僕は、部屋の真ん中に座り込んで、呆然とテレビを見ていた。
 『台風20号は、本州を縦断し、オホーツク海に抜けました・・・』
 テレビに映る気象予報士のお姉さんが、さわやかな笑顔で微笑んでいる。今の僕には、テレビに映る彼女が、他人のようには思えなかった・・・。
 『台風20号は、各地に被害をもたらしました・・・・』
 テレビには、増水した川や、折れた街路樹。外れた看板などがテレビ画面に大写しになっている。
 「確かに・・・被害は大きかったよ・・・」
 部屋の中に可愛らしい女の子の声が響く。
 「でも・・・」
 僕は立ちあがると、自分の体を見下ろした。
 「こんな被害なんて想像もできないだろう!!」
 僕の視線の先には、ふっくらと膨らんだ二つのふくらみがあった。僕の着ているのも、昨日着ていたポロシャツとジーンズではない。雨に濡れて体に張り付いているのは、真っ白なブラウスだ。それが雨に濡れて、大きく膨らんだ胸を支えるブラジャーが透けて見える。ジーンズは、赤いチェックのプリーツスカートに変わってしまっている。それだけではない。昨日、窓を開けて出かけていた間に、部屋の中を突風が吹き抜けて、そこはすっかり女の子の部屋に変わってしまっていたのだ・・・。
 「これから・・・どうすればいいんだよ〜〜〜!!」
 可愛らしい叫びが、部屋の中にこだましていた・・・。







 嵐の後(おわり)




 こんにちは! 逃げ馬です。
 
 この作品は、HIKUさんのホームページ『HIKUの屋根裏部屋』に投稿させていただいた作品です。
 この前日本に上陸した(関東地方)台風は・・・なかなかすごかったですね(^^;;; 電線を支える鉄塔が倒れたり、看板は吹っ飛ぶし、街路樹は倒れて車が下敷きになるし(^^;;;;
 そんなニュースを見ていて思いついた作品です・・・・ちょっと不謹慎かもしれませんが(^^;;;
 
 このあとは・・・『僕のマネージャー体験記』を仕上げてしまいたいと思います。

 では・・・今回も最後までお付き合いいただいてありがとうございました。また、作品の中でお会いしましょう!

 なお、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。


 2002年10月 逃げ馬









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