「ねぎラーメンで」
メニューを閉じながら、あなたがオーダーすると、
「はいよ!」
店主の快活な返事が返ってきた。
店主は手早く麺を茹でて、スープが入ったどんぶりに茹であがった麺を入れて、その上にチャーシューとシナチク、そしてピリ辛ダレのかかった白髪ねぎを山盛りにのせた。
「はい、ピリ辛ネギラーメン・・・・・おまちどうさま」
熱いですから、気をつけて・・・・・店主が、あなたの前に湯気がたつ『ねぎラーメン』を置いた。
あなたは、隣で食べる立野を見た。
「さっさと食べろよ・・・・・美味いぞ!」
立野は、ガツガツとねぎラーメンを食べている。
その様子を見て、あなたは呆れ、そして、笑いがこみ上げてきた。
ビアガーデンで、あれだけ飲み、そして食べた後に、まだあんなにたべられるのかと・・・・・。
あなたも、ねぎラーメンを口に運んだ。
思わず店主の顔を、まじまじと見た。店主がにっこり笑った。
美味い・・・・・立野が言うように、確かに美味い。
ビアガーデンでたっぷり飲み食いした後でも、白髪ねぎの辛味と、醤油ベースのあっさりとしたスープが食欲をそそる。
あなたは一心不乱にねぎラーメンを食べていた・・・・・自分に起きている『変化』にも気がつかないほどに・・・・・。
一滴残らずスープを飲み干し、「ごちそうさま」と言ってどんぶりをカウンターに置くと、あなたの視線は、どんぶりを持つ『自分の手』に釘付けになった。
細く白い、しなやかな指・・・・・そして、まるで力仕事など、したことがないかのような細い腕。
少し視線を落とせば、白いブラウスの胸元を、豊かな二つの膨らみが、下から押し上げている。
そして、濃紺のタイトスカートから伸びる、ため息が出そうな白い美脚。
ふと、横を見ると、立野が座っていたはずの椅子に、ロングヘアのOLが座って、こちらを見ている・・・・・あれは立野さんだ・・・・・あなたは、そう理解したのだが、あなたの中から『男の立野の記憶』は、『甘い疼き』と共に消え去っていく。
そして、あなたの男性としてのこだわりでさえも・・・・・。
あなたは立ち上がり、店の壁にかかった、少し油で汚れた鏡に自分の姿を映した。
シワひとつない清潔な白いブラウスと、黒に近い濃紺のタイトスカートを身につけた、セミロングの艶やかな黒髪の、二十歳そこそこに見える『美人OL』が、あなたを見つめていた・・・・・そう、それは今の、あなた自身の姿なのだ。
そして、あなたの中に『美しい女性に変身した』という『優越感』が芽生えていたのだ・・・・・自分では、気がつかないふりをしていたのだが・・・・・。
あなたが微笑んだ。
『あなたの前に立つ』美人OLも、満足そうに微笑んだ・・・・・魅力的な笑顔だ。
あなたの肩に、誰かが手を置いた。
ロングヘアのOLだ。
「立野さん?」
「あまり遅くなると、お肌に悪いわよ♪」
さあ、帰りましょう・・・・・二人のOLは、支払いを終えると、バッグを手にして店を出た。
「ありがとうございました」
店主の元気な声が、店に響いた。
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