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デッド・セクション


作:逃げ馬


太陽はオレンジ色に輝きながら、すでに水平線の向こう側にその姿を隠し、空はその残照でオレンジ色に染まっている。
その空の下をベージュと赤・・・ツートンカラーに塗装をされたまるでダックスフンドの顔のような形状を持った電車が轟音をたてながら走っていく。
金曜日の夕方、都会のターミナルに向かう特急電車の車内は満員だった。
出張帰りのサラリーマン。
テーマパークに行くらしい親子連れ。
そんな中に交じって、僕は前の座席の背もたれに取り付けられたテーブルを出すと、バッグの中からThink Padを出して起動をさせた。
大学を出て大手電機メーカーに入社をして3年目の僕は、今日は地方都市にある部品メーカーとの打ち合わせのために朝から日帰り出張をしていた。
「お弁当にお茶、アイスクリームはいかがですか・・・?」
通路をワゴンを押しながら車内販売担当の女性が歩いて行く。
早朝からの出張で疲れを感じている僕は、本当はビールを買って飲みたいところだが、明日会社に提出をする報告書を兎に角仕上げてしまわないといけない。
僕は画面を見ながらキーボードを打ち続ける。

「お客様、申し訳ありませんが乗車券を拝見します」

端正な顔立ちの男性車掌が申し訳なさそうに僕を見つめている。
「アッ・・・失礼!」
僕は慌ててスーツのポケットから切符を出して車掌に手渡した。
車掌は切符をチェックすると、
「ありがとうございます」
と言って僕に切符を手渡した。
僕も会釈をして切符を受け取ると窓の外に視線を映した。
既に空は夕焼けから夜空に変わり、街の明かりが流星のように車窓を流れて行く。
僕は軽く伸びをすると、また視線を画面に戻してキーボードを打ち始めた。
再び車内販売が通路を戻ってきた。
「お姉ちゃん、ビール!!」
後ろの座席の中年男性が担当の女性を呼び止め、ビールを受け取った。
「プファ〜〜ッ・・・」
美味そうなため息が聞こえてくる。
通路を挟んだ反対側の座席では、
「お父さん、着いたらどれに乗るの?」
小学生くらいの男の子が、テーマパークのガイドブックを広げながら父親と“予定”を組んでいるようだ。

特急電車は、いくつかの駅に止まり、終着駅を目指して轟音をたてながら力走している。

僕は車内販売で買ったコーヒーを片手にパソコンのキーボードを打ち続けていた。
反対側の座席に座る親子連れの父親の声が耳に入ってくる。
「もうすぐ電気が切り替わるところを通るよ・・・」
「電気が?」
息子が首をかしげる。
「そうだよ・・・この電車の電気が消えて真っ暗になるかもしれないよ」
息子を脅かすように言う父親の笑い声を聞きながら、僕は肩をすくめた。
そう、これから通るのは“デッド・セクション”。交流電源と直流電源の切り替え区間だ。
昔は一瞬電気が消えていたらしい、でも今は切り替え装置やバッテリーも発達してそんなことは起きなくなっている。
僕は何度もここを行き来しているが、そんなことには出くわした事がない。
電車は相変わらず轟音をたてながら走っている。 次の瞬間、
「?!」
突然、目の前が真っ暗になった。
「なんだ?!」
思わず声をあげてしまう。
バッテリーで動いていたはずのパソコンの画面も消えてしまい、電源が落ちれば点灯するはずの車内の非常灯も点かない。
車内は完全に真っ暗になってしまった。
「・・・?」
なんだか体がムズムズする。
短くしていたはずの髪が、なぜか首筋に当たってチクチクする。
「・・・?」
足を包むズボンの感覚がなくなった?
左右の足が直接触れ合うスベスベの感覚。・・・エッ? スベスベって・・・? 男の足なのに?
「パパ、怖いよ・・・!」
「大丈夫だよ」
反対側に座る親子連れの声が聞こえる。 しかし、車内放送も無い。真っ暗なままではわたしもちょっと怖くなってくる。 エッ? わたしって・・・?
「どうなってるのよ!」
さっき後ろでお酒を飲んでいた中年女性が大声をあげた。
「ママ!!」
「大丈夫よ」
大声に怯えたのか母子連れの母親が娘に声をかけている・・・この暗闇では不安だろう・・・・。エッ? 母子連れ? わたしもパニックを起こしているのか、何か違和感を感じる。
「アッ?!」
思わず声をあげる。室内灯が点灯したのだ。
「よかったわね」
通路を挟んで座っている母親が娘に微笑みながら声をかけている。
「脅かさないでよね!」
後ろに座る中年女性が、まだ怒っている。
「どうもご迷惑をおかけしました・・・」
女性車掌が乗客に謝りながら、通路を歩いて行く。
その反対からは、男性がワゴンを押しながら車内販売をしている。
わたしは小さくため息をつくと、なぜか再起動をしていたパソコンのキーを叩き始めた。



特急電車が終着駅に滑り込んでいく。
ゆっくりとスピードを落とし、ホームに停車をするとドアが開き、大きな荷物を持った乗客たちが次々とホームに降りて行く。
わたしもトートバッグを手に、列車を降りると家路を急いだ。



マンションのドアを開けると、電気を点けて部屋に入る。
「フウ〜〜〜ッ・・・」
思わずため息をつく。 
早朝からの出張は、やはり疲れる。
わたしはバッグを机の上に置くと、シャワーを浴びるためにバスルームに向かった。
ブラウスのボタンを外しながら、鏡に視線を・・・。
「・・・?」
鏡に映る20歳そこそこに見える若い女性の顔・・・彼女も鏡の向こうから、驚いたような視線をわたしに向けて・・・・エッ? わたしって・・・?!
「エ〜〜〜〜〜ッ?!」
思わず自分のものとは思えない小さな手で、顔を、胸を、股間やお尻を・・・いくら触ってみても、どこにも“男性”の痕跡は無い。
ショックのあまり、フラフラと座り込む。
それがいわゆる“女の子座り“になっている事にさえ気がつかない。



電気を切り替えるはずの“デッド・セクション”。 
それが自分の“男性と女性の人生を切り替える“区間になるとは・・・わたしは、これから“女性として生きる人生”を思い、途方に暮れるのだった。





デッド・セクション
(おわり)






作者の逃げ馬です。
久しぶりの? 鉄道物のTSF.
走っている特急電車は、今は少し懐かしくなった特急電車をイメージしながら、キーボードを打っていました。
最近は、動画サイトなどで動画を見れるので、イメージをする時には便利で良いですね。

それでは、今回も最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
また、次回作でお会いしましょう!


2011年10月 逃げ馬









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