電車
作:逃げ馬
僕は、竹村淳。新日本建設という建設会社で働いている。
その日、僕たちは、会社が終わると同期入社の社員達と飲みに出かけた。
みんなで、居酒屋に行くと、早速ビールを注文する・・・。
この不景気な時期なので、みんなが不満を溜めていて、しだいにボヤキが多くなり、酒の量も増えていく。
「おい・・・もう帰らないと、終電がなくなるぞ?」
一人が、言った。
「そうだな・・・そろそろ帰るか・・・。」
僕が、そういったときには、みんなが真直ぐ歩けない程酒を飲んでいた・・・。
居酒屋を出て、都心の私鉄のターミナル駅に向かう・・・。
「おい・・・そっちじゃないぞ・・・!」
「真直ぐ歩けよ!」
そんなことを言いながら歩いていた。
駅に着いた。切符を買って、改札を通り、ホームに止まっている電車にみんなで乗ろうとすると・・・。
「ちょっとちょっと!お客さん、その車両は!?」
駅員と、車掌に僕たち5人は、呼び止められた。
「なんですか?」
酔いの比較的浅い僕が聞いた。
「この車両はね・・・。」
そう言うと、駅員がホームにおいてある看板を指差した。
『女性専用車』
「へ〜え・・・聞いたことは、あるけど・・・。」
「そういうわけなので、他の車両にご乗車ください・・・。」
他の車両を見ると、夜の遅い時間帯の電車は、ドアまで人があふれていた。
「いいよいいよ、乗っちゃえ!」
同期入社の竹間が言った。
「しかし、お客さん・・・。」
車掌の声に、
「でも、他の車両は、一杯じゃんか!ここなんて、みんな座ってるじゃん!・・・5人位だったらいいだろ!」
同期入社の岡野も言った。
車掌は、無理やり乗ろうとしている僕たちを見ると、
「知りませんよ・・・やめたほうがいいと思いますが・・・。」
そう言うと、車掌室に入っていった・・・。
電車が発車した・・・他の車両は、一杯だが、この車両は、女性たちは、みんなシートに座って、僕たち5人を見ている。
僕たちは、車掌室の前に固まって立って、話をしていた。
「別に変なことをするわけでもなし・・・いいじゃんかなあ!」
岡野は、酒臭い息をしながら、まだ興奮して話をしている。
「美人を見ながら帰るのもいいな・・・。」
竹間は、いやらしい目をして女性たちを見ている。
僕は、いつも乗っている電車と異なる雰囲気に驚いていた。いつもの、汗臭さ、酒臭さと違い、この女性専用車は、香水や化粧の甘いかおりがしていた・・・。
「おとなしくしてろよ・・・。」
僕は、そう言うと、窓の外を見ていた。
窓の外を、町の明かりが流れていく・・・。車輪が、レールの継ぎ目を拾う『カタン・カタン・・・・カタン・カタン・・・』というリズミカルな音がする。
「・・・!」
突然、竹間が何か言った。
「どうした・・・あっ?!」
僕も、向き直ろうとして驚いた。
いつの間にか、この車両の乗客・・・女性たちが、みんな、この車掌室の前に、僕たちを囲むように集まっていた・・・。
「なんだよ・・・ちょっと位乗ってもいいだろ!」
岡野が言うが、女性たちは、何も言わない・・・。
僕たちは、気味が悪くなってきた・・・。
「わかったよ・・・他の車両に行くよ!行けばいいんだろ!!」
竹間が言ったが、女性たちは、何も言わない・・・。
「あっ?!」
突然、岡野が声をあげた。
僕たちは、岡野を見ると笑ってしまった。
突然、岡野の髪が、長くなり、サラサラの髪が、女性のロングヘアーのように伸びていく。そして、胸が大きくなってスーツの胸の部分を押し上げる。足は、内股になって、お尻が大きくなっているようだ。
スーツや、カッターシャツが変形していく。岡野は、女性の格好をしていた・・・・。
自分の姿を見て呆然とする岡野・・・。
「ハハハハッ・・・おまえなんてかっこうしてるんだよ!」
笑い出す竹間・・・。
しかし、次の瞬間・・・。
「何だコリャ?!」
竹間が叫ぶ・・・竹間の髪の毛も、ぐんぐん伸びていく・・・いや、他の奴らもそうだ!
「ああっ・・・?!」
僕自身にも変化が起きていた。胸がくすぐったくなると、スーツの胸を押し上げるように大きくなっていく。ウエストは、細くなり、ズボンのお尻の部分は、はちきれそうに大きくなっていく。
「ウワーッ!」
僕は、叫び声を上げていた。手を頭にやった・・・掌に感じる髪は、サラサラになっていた。手を目の前にやった。僕の目に見える自分の手は、僕の知っているものではなかった。手首は、細くなって、腕時計のベルトは、ブカブカになっていた。スーツの袖が、余っている。指は、白くしなやかな女の人の手になっていた・・・。
岡野に起きたことが、今、自分たちにも起きている!ようやくそれがわかった・・・僕の服も変化し始めた。
カッターシャツは、白く柔らかいブラウスになっていた。胸を何かが締め上げて、肩に、紐のようなものが食い込んでいた。トランクスの感覚がなくなって、滑らかなものがピッタリ覆っていた。これは・・・女性の下着の感覚なのか・・・?
紺色のスーツは、薄い水色の女性のスーツに変わっていく・・・ズボンは短くなり、膝丈のタイトスカートに変わっていた。初めて自分の足を見た。細く綺麗な女性の足だった・・・その足に、ストッキングが被せられていく・・・革靴は、ハイヒールに変わっていた・・・。
窓の方を見た・・・そこには、大学を出たばかりのような、ショートカットの可愛らしい女の子が映っていた。
「そんな・・・。」
僕は、呟いた・・。その声は、可愛らしい女の子の声だった・・・窓に映る女の子は、頬を赤く染めた・・・。
次の駅で、電車から、5人の20歳前半位の女性が降りてきた・・・みんな美人だがどこかオドオドしている・・・。
「だから言ったじゃないですか・・・。」
車掌が言った・・・。笛を吹くと電車を発車させる・・・。
5人の美女は、ホームで電車を呆然と見送る・・・僕たち5人は、みんなスーツ姿のOLになってしまった・・・。
そう、あの車両は、やっぱり『女性専用車』だったんだ・・・。僕は、しびれた頭で思った・・・。
こんにちは! 逃げ馬です。
この作品は、mkさんのホームページに掲載していただいたものです(^^)
mkさんも、SSで鉄道ものを書かれています。僕は、ちょっと切り口を変えていますが、いかがだったでしょうか?
こんな電車があったら、無理をしてでも乗ろうとする人が、意外に多いかもしれませんね(笑)。
どうも、読んで下さってありがとうございました。
尚、この作品に登場する個人、団体は、実在の個人、団体とは、一切関係のないことをお断りしておきます。
2001年4月 逃げ馬
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