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拾った紙袋



作:逃げ馬






深夜の駅に、銀色の車体に黄色のストライプの入った電車が、インバーターの音を響かせながら滑り込んできた。
ドアが開くと、乗客が次々とホームから改札口に向かって歩いていく。
そして足早に駅を出ると、迎えの車に乗り込んだり、あるいはタクシー乗り場に・・・そして、夜道を歩いて家に向かう人・・・・と、別れていく。
菅原信也は、小さくため息をつくと、駅に背を向けて夜道を自宅のマンションに向かって歩き始めた。
彼は大手商社に勤める39歳・・・最近は、会社の健康診断でのメタボリック・シンドロームの基準になる『ウエスト85pをめぐる戦い』を続けている。
8月は会社帰りにビアガーデンに出かけることが多い。
この日も同僚たちと、たっぷりビールを飲み、揚げ物を食べ、しめにラーメン屋によって・・・そう、『ウエストラインをめぐる戦い』は、苦戦を続けているのだ。
「フゥ〜〜〜・・・・」
夜とはいえ、8月の夜はまだ蒸し暑い。
彼は首筋に噴き出す汗を、ハンカチで拭いながら足早に歩いていく。



深夜の住宅街には、人影がない。

その一角に光の粒が現れて、ふわふわと漂っている。
それは時間がたつにしたがって数を増やし、やがて一か所に集まると人の形にまとまっていく。
やがて光が消えていくと、そこにはブレザーの制服を着た高校生くらいに見える少女が立っていた。
彼女は大きく深呼吸をすると、自分の体を見下ろし可愛らしい微笑みを浮かべた。
彼女はポニーテールの髪を揺らしながら電信柱に向かって歩き出した。
そして、電信柱の下に何かを置くと、にっこり笑った。
彼女の体を白い光が包んでいく。
その光が消えると同時に、彼女の姿も消えていた。

あたりは、いつもの夜の住宅地の風景に戻っていた。



菅原信也は夜の住宅街を、自宅に向かって歩いていた。
同僚たちとたっぷり飲んだ後だけに、その足元はフラフラしている。
幸い明日は土曜日・・・今夜はたっぷり眠ろう。
そんなことを思っていたその時、
「アレッ?」
電信柱に取り付けられた街灯が、辺りを照らしている。
電信柱の下で、何かが街灯に照らし出されている。
まるで吸い寄せられるように彼は歩いていく。
「これは・・・?」
そこには、白い紙袋が置かれていた。
彼は、小さく舌打ちをした。
「おいおい・・・・明日はごみの日じゃないんだぞ?!」
酔った頭で考えると、思わず毒づきながら、その紙袋を手に取った。
「エッ?」
彼の眼に濃紺の布が見えた。思わず袋に手を入れると、布を袋から引っ張り出した。
たくさんの襞が整然と入った濃紺の布、それは・・・?
「これって・・・スカート?」
彼は再び紙袋を覗き込んだ。
中には、まだ何かが入っている。
再び袋に手を突っ込んで引っ張り出す。
袋から出てきたのは、白い半袖のセーラー服だった。
「おいおい・・・」
彼は戸惑いの表情を浮かべ、辺りを見回した。
深夜の住宅地には、当然ながら人影はない。
「こんなところを見られると、俺はただの“変態おやじ”だぜ・・・・?」
彼は、あわてて手にしていたセーラー服を紙袋に乱暴に突っ込むと、電信柱の下に紙袋を頬り投げて、急ぎ足で歩き始めた。
しかし・・・。

「・・・・」

急ぎ足で歩いていた彼のスピードは、やがてスピードが落ちて、立ち止まってしまった。
大きく息をつくと、ゆっくりと振り返った。
街灯に照らされた紙袋・・・彼は、まるで紙袋・・・・いや、その“中の物”が、彼に語りかけているような“感覚”を感じていた。
彼は迷った・・・・拾うべきか・・・・それとも、このまま帰るべきか・・・・?
辺りを見回した。
やはり、人影はない。
彼は小走りに電信柱まで走ると、紙袋を持って自宅に向かって走り出した。
彼の想像もつかない場所から、彼を見つめる視線があるのも知らずに・・・・。



「ハア〜〜〜〜〜〜ッ・・・・」

部屋に戻った信也は、大きなため息をつきながら、フローリングの床におぁれた紙袋を見つめていた。
シャワーを浴びて、酔いの少し覚めた彼は、濡れた髪をバスタオルで乱暴にこすりながら、その視線は紙袋に向けられたままだ。
パンツ一枚を履いただけ、頭にバスタオルを載せた彼が、大きなお腹を揺すりながら紙袋を手に取った。
あの時は、慌てていたのでじっくりとは見ることができなかったが・・・そう思いながら、紙袋を覗き込み、中に入ったものを取り出した。
紺色のスカート、そして緑色のスカーフの付いた白い半袖の夏のセーラー服が出てきた。
それを並べてフローリングの床に並べて、彼は思わず苦笑いをした。
「酔っぱらっていたけどさ・・・こんなもの持って帰って、俺、どうするんだよ」
小さく笑いながら、ふと、紙袋を見ると、
「・・・?」
紙袋の口から、何か“白い紐”のようなものが・・・?
さっきは、そんな物は無かったぞ? そう思いながら、彼はそれを取り出した。
それを見た瞬間、彼は胸がドキッとした。
“白い紐”・・・それは、ブラジャーの肩紐だった。
紙袋からは、さらにショーツやキャミソール。体操服とブルマ、水着・・・さらにはワンピースやレディースのTシャツやスカート、スクールバッグやトートバッグが出てきた。
彼の部屋は、あっという間に”女性の服と持ち物”でいっぱいになってしまった。
「どうなっているんだ?」
彼は、薄気味悪さを感じていた。
どうして、ただの紙袋の中から、こんなにいろいろなものが出てくるのだ?
この袋に到底入りきる量ではないのに?
袋に入れている手に、何かがあたった。これが、この袋に入っている最後の物か?
袋の中から出てきたのは、どこかの学校の生徒手帳だ。
「おいおい・・・」
彼は、思わず笑ってしまった。
「“個人情報”を入れたまま、物を捨てるのはまずいだろう?」
手帳を開くと、雑誌を彩るアイドルにも負けない、可愛らしい女の子の写真が貼ってあった。
「菅原・・・しづか・・・? 俺と同じ苗字・・・か・・・」
しかし・・・そう思いながら、彼は手にした生徒手帳と、床に置かれたセーラー服を見比べていた。
「聖カトレア女学院高校って、確か廃校になったよな・・・」
紙袋に入っていた生徒手帳と制服・・・それは、この辺りでは名門のお嬢様学校として名高かった、『聖カトレア女学院高校』の制服と生徒手帳だった。
しかし、いわゆる少子化の影響で、ライバルの『純愛女子学園高校』と生徒の取り合いになり、学生が減少して廃校になった・・・彼は、そう聞いていた。
「どうせなら、“純愛女子”の制服ならよかったのに・・・」
彼は小さく笑うと、改めて生徒手帳を見た。
16歳の高校一年生、しかも“今年発行”の生徒手帳だ。
「フン・・・・よく出来ているな・・・」
彼は小さく呟くと、
でも、これは・・・誰の紙袋だろう?」
床に置かれた服やバッグを見ながら言うと、
「それは全部、あなたの物よ・・・」
部屋に女の子の声がした。
彼は、驚いて振り向いた。

そこには、ブレザーの制服を着た少女が立っていた。




「こんばんは!」
少女が微笑みながら言った。
「君は、誰だよ?!」
彼の口から出たのは、あまりに“当たり前”の問いかけだった。
「わたし・・・?」
少女は「フフフッ・・・」と笑いながら、彼に向かって歩いてくる。
彼は彼女の着ている制服に気が付いた。
『純愛女子学園』・・・名門女子高の制服だ。
彼女は彼の前に立った。
甘い香りが、彼の鼻をくすぐった。
彼女の大きな瞳が、彼の眼を見つめる。
「・・・この服、着てみたくない?」
彼女がそう言った瞬間、
「?!」
彼は、体の自由が利かなくなった。

戸惑っている彼に、彼女がクスクスと笑いながらいたずらっぽい微笑みを浮かべながら、彼の眼を見つめている。

「それっ!」

彼女が右手を振った瞬間、彼の体は、彼の意思とは関係なしに動き出した。



「なんだ?!」
思わず彼は、声を上げた。
そんな彼の意思とは関係なく、彼の体は勝手に動き、着ていた服を脱ぎ始めた。
「なんだ? 俺の体・・・手が勝手に?!」
彼は、あっという間に裸になると、床に落ちていたピンク色のショーツを手に取った。
「まさか・・・?」
彼は戸惑いの声を上げたが、体は彼の意思に背いて、足をショーツにスッと入れると、ゆっくりと両手で上に引き上げていく。
「やめろ〜〜〜〜〜!!」
彼は腕を必死に止めようとするのだが、両手はゆっくりゆっくり・・・ショーツを少しずつ上にあげていく。



「?!」
彼は、自分の目を疑った。
思わず眼をパチパチと瞬きしたが、見えているものは変わらない。

彼の手は、すでにショーツを膝まで上げていた・・・たとえそこに、彼の意思は全くなかったとしても・・・。

問題は彼の足だ。

彼の見ている彼の太腿は、色浅黒く毛むくじゃらの男の足だ。

しかし、ショーツが通過した足のすねの部分は、見慣れた彼の足ではなかった。


無駄毛がきれいに消え失せた、白く細い・・・まるで女性の足のような?

彼の手がショーツをスッと引き上げて滑らかな布が股間とお尻を包み込んだ。
彼は股間に妙な“さびしさ”を感じた。
思わず下を見ると、ショーツには脹らみはない。これではまるで女の子の股間じゃないか?
戸惑っているうちに、彼の手はショーツとおそろいのブラジャーを手にしていた。
『C65』とタグがついている。
「Cカップの胸・・・?」
彼がそんなことを考えているうちに、彼の手はブラジャーの肩紐に腕を通していく。
次の瞬間、彼は自分の腕に違和感を感じた。
なぜか、腕の力が抜けたような気がする。
視線を自分の腕に向けると、ブラジャーの肩紐を通った腕は、白く細い女の子の腕になっていた。
細い指先が肩ひもを持ち、反対側の腕を通し背中でホックを止める・・・・本当ならば、痛くてそんなところに腕は回らなかったはずなのに?!
彼の両腕は、女の子の腕になってしまった。

次の瞬間、彼は胸が“疼く”様な感覚を感じた。
何もない平らな胸板につけたブラジャーの中で、胸が形よく膨らんでいく。
胸の膨らむ感覚を彼が感じていると、彼の手はキャミソールを手にするとスッと身に着けた。
滑らかな肌触りの女性の下着が彼の上半身を包み込む。
その感覚を味わい、少し恍惚とした感覚を彼が感じている時、彼のウエストはキュッと括れ、ヒップが膨らみショーツを形の良い『女性のヒップ』に変えていく。

そう、彼の首から下は、すっかり『女性』の姿になってしまったのだ・・・・。



「どう、あなたの姿を見てみる?」
少女が微笑みながら手を振ると、彼の目の前に大きな鏡が現れた。
鏡に映った自分の姿を見て、彼は息をのんだ。

キャミソールの胸の部分を膨らませる二つの膨らみ。
形よく膨らんだヒップ。
そこから延びる健康的な太腿と、美しい脚線美を見せる足。
自分の物とは思えない白く細い腕をウエストにあててみた。
それは、メタボ気味だった自分のウエストとは思えない、折れそうなほど細いウエストだ。

「どう? 満足したかしら?」
ブレザーの制服を着た少女が微笑む。
彼は少女に何か言い返そうとした。
「もとにもどせ!」
ただそれだけの言葉が、彼の口からは出ない。

甘い香りが、彼の体を包んでいる。
その香りを感じているうちに、彼が感じていた“自分の体への戸惑い”は、“女の子の体になったことへの喜び”に代わっていく。
鏡を見ながら、彼はいろいろポーズをとるようになっていた。
可愛らしい女の子の体、しかし、首から上は男のままで、その体にはマッチしていない。
いつしか彼は、それに対して不満を感じ始めていた・・・そう、女の子になりたい・・・・そう思うようになってしまっていたのだ。

少女はそれを見透かしていたのだろうか?
可愛らしい微笑みを浮かべると、
「さあ、仕上げよ」
そういうと同時に、右手を彼に向けて振った。
彼女の腕から、白い光が放たれた。



次の瞬間、
「?!」
彼の体は、再び彼の意思に反して動き始めた。
自分の物とは思えない白く細い美しい指が、紺色のスカートを手にした。
彼は足を片足ずつスカートに入れると、スッと上にあげてウエストの位置を合わせるとファスナーとホックを止めた。
そしてセーラー服を手にした。
夏の白い半袖のセーラー服を手にすると、頭からかぶった。
そしてセーラー服から頭を出した時、彼は自然に両手で黒くしなやかな髪をかき上げた。
彼は目の前の鏡を見て目を見張った・・・・そして、満足そうな微笑みを浮かべた。
大きな瞳と、スッと通った鼻筋。
そして白くつややかな肌。
両手を頬にあてると、疲れた“彼”の肌とは違う滑らかな・・・・それでいてプニプニと弾力のある肌触り。
その顔は、疲れた中年男ではない・・・可愛らしい15・6歳に見える女の子の顔だ。
彼・・・いや、もう“彼女”というべきかもしれないが、彼女は満足そうに微笑み、床の上から紺色のハイソックスを手にすると、その白い足に履いて立ち上がった。
再び鏡を見る。

鏡の中では、セーラー服に身を包んだ美少女がこちらを見つめていた。
彼女は鏡に向かって横を向いたり、表情を変えたり、あるいはスカートをつまんだり、いろいろとポーズをとっていた。
自分が“美少女”であることに満足して微笑む彼女の横に、あの少女が立った。
「どう、これが新しいあなたよ・・・満足した?」
少女が悪戯っぽく微笑むと、
「これからは、女の子として生活をしてね」
その体にふさわしい、可愛らしい女の子として・・・・少女がそう言うと同時に、右手を彼女に向かってかざす。

その右手から赤い光が放たれ、彼女の体を包む。
そして、その光は“彼女”の体から“彼”の心を消し去っていった。



誰かが話している?

彼女が目を開けると、黒板の前で若い女性教師が英文をチョークで書き込んでいる。
『どうして・・・僕は・・・自分の部屋に・・・・?』
そう思った彼女は、自分の思いに疑問を感じた。
『僕・・・どうしてわたしは、そんな男の子みたいなことを・・・?』

そう、わたしはこの学校、聖カトレア女学院高校の一年生。
ここで授業を受けるのは、当たり前じゃない。
ここの授業は厳しい、居眠りなんてしている場合じゃない。
彼女は緊張感を取り戻して、先生の授業を聞いている。



そんな彼女を、廊下から見ている視線がある。
ブレザーの制服を着た少女が、彼女を見つめている。

「まず、一人・・・」

少女が微笑むと、その体を光が包んでいく。

その光が消えた時、彼女の姿も消えていた。
教室からは、先生の授業の声が聞こえていた。






拾った紙袋
(おわり)



この作品に登場をする団体・個人は、実在の物とは一切関係のないことを、お断りしておきます。


2012年9月  逃げ馬















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