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気まぐれTSF 

(第2話)

作:逃げ馬



『待ってました!!!今後も楽しみです!!』

投稿ボタンを押すと、書いた書き込みが投稿された。

「よし!」

掲示板に投稿されたのを確認すると、青年はプラウザを閉じてパソコンの前を立った。
部屋の窓にかかるカーテンを開けて外を見る。
青年はTSF小説のファン。
いろいろなサイトで、小説を読むのを楽しみにしている。
そして、書き込みを残すことで作家を応援している。
作家さんを応援しないと、楽しみにしている小説がなくなってしまうかもしれない・・・・・GIVE&TAKE、作家さんにとっては燃料かな・・・・・窓の外の景色を見ながら、彼はクスリと笑った。
燃料・・・・・そう、ちょっとお腹が減ったな。

「燃料補給をするか?」

青年は机の上に置いていた財布を手にすると、ダウンジャケットを羽織って部屋を出た。



コンビニで菓子パンとコーヒーを買って、青年は店を出た。
ちょっと冷えるな・・・・・ダウンジャケットを着て良かった・・・・・空を見上げると、夜空にきれいな月が浮かんでいる。
数日前には『スーパームーン』が見れたようだが、天気の良い今夜の月も美しい。
その分、今夜の冷え込みはきつくなりそうだが。
青年は、コンビニで買ったコーヒーを両手で持っていた。
最近のコンビニでは引き立ての香りの良いコーヒーが飲める。
こんな寒い夜には、本当にありがたい。

さあ、帰ったらもう少しネットをチェックしてみるか?・・・・・そう思い、通りを曲がった。
「・・・・・?」
ずいぶん薄暗いな、出かけた時には街灯が・・・・・?
「ありゃ?」
電柱に取り付けられた街灯が、まるでウインクでもしているかのように点滅している。
最近はLEDの街灯が増えているが、ここは昔ながらの蛍光灯だったんだな・・・・・明日、役所に電話するか? そう思いながら再び歩き出そうとした時、青年はその明滅する光の中に、信じられないものを見た。

「服が・・・・・浮いている?」

青年の視線の先には、女性の衣服が、まるで青年を誘うかのように浮いていたのだった。



だめだ、TSF作品を読みすぎて、女子の制服の幻を見るなんて・・・・・青年は目をこすり、再び視線を道路に向けた。
しかし・・・・・彼の視線の先には、やはり女子学生の制服があった。
濃紺のブレザーと、純白のブラウス。
ピンク色のリボンタイ。
ブルーのチェック柄のプリーツスカート。
濃紺のハイソックスと、ローファーの革靴。
スクールバックと、髪をまとめるらしいシュシュ。

しかし、それを着ているはずの『女子学生』の姿は見えない。
まるで透明人間が制服を着ているかのように、点滅する街灯の下にそれはあった。
あまりに現実離れした光景に、青年はその制服をじっと見つめていた。

そして・・・・・。
それは突然・・・・・。



「?!」

女子学生の制服が、こちらをめがけて飛んでくる?
確かにTSF小説ファンだが、この状況は不気味すぎる。
逃げなければ・・・・・そう思うのだが、不思議なことに体が動かない。
視線を戻せば、制服はすでに目と鼻の先に迫っていた。
叫ぼうとするのだが、声を出すこともできない。
次の瞬間、あたりは閃光に包まれていた。

「ここは・・・・・?」
意識が戻った青年は、あたりを見回した。
そこは色とりどりの光が輝く空間だ。
「いったい何が・・・・・?」
コンビニからの帰り道に、街灯の下で女子学生の制服が空中に浮かんでいた。
それが迫ってきて・・・・・?
そして今は、自分が立っているのか寝ているのかすらわからない空間にいるわけか?
いったい何が起きているんだ・・・・・小さくため息をついた青年は、信じられない光景を見た。
着ていたダウンジャケットやジーンズ・・・・・着ていた衣服が光の粒になって消滅したのだ。


「なんだよ?!」
思わず叫び、『大事なところ』を手で隠してしまった。
もちろん、ここには青年の様子を見ている人はいない。
だが、そこに存在しているものはあった。
「あっ?!」
あの街灯の下で浮かんでいた女子学生の制服。
それが、この空間で青年に向かって飛んでくる。
青年は逃げようとした。
しかし実際には、まるで突っ立ったままのような姿勢で、睨むような視線だけを制服に向けていた。
こちらに女子学生の制服を着た透明人間が走ってくる…そう感じていた青年だが、制服の中から何かが分離をして、青年に向かって飛んでくると、足と胸のあたりにまとわりついた。


「クソッ?!」
男である自分の身体に、ブラジャーとショーツを『着せられている』という状況に、青年は怒りを感じた。
男性であれば『女性の下着』に興味がないといえば、ある意味では嘘になるかもしれない。
しかしそれは、あの女性独特の身体のラインに身につけられているからだろう。
男性の『ごつい』身体に華やかな女性の下着を着せられれば・・・・・たとえTSF小説のファンであっても怒りを感じるだろう。
しかし、彼の身体には、彼の気持ちなど無視するように変化が起き始めていた。
青年は胸に、くすぐったいような感覚を感じた。
男の平らな胸を包み込んだブラジャーの中で、青年の乳首の色は鮮やかなピンク色に変わり、ピンと突き出ると、倍ほどに大きくなった。
それに合わせるように、乳首の下では乳腺が発達し始めて『しこり』のようなものが出来て、胸が思春期を迎えた女の子のように膨らみ始めていた。
ショーツが足から股間に向かって上がってくる。
ショーツが通りすぎた後の青年の足からは無駄毛が消え失せて、自分のものとは思えない白い肌になっていた。
ショーツが青年の股間とお尻を包み込んだ。
途端に青年は、例えがたい『疼き』を感じた。
しかし今の青年は、自らの意思では腕を動かすことも出来ない。
青年の股間には当然ながら男性特有の膨らみがある。
しかし今、疼きとともに膨らみが少しずつ小さくなっていた。
逆に、ショーツに包まれたお尻は、少しずつ大きくなり美しいラインを作っていく。
疼きを懸命に我慢する青年の足は、いつの間にか両膝を合わせるように内股になっていた。
太ももからは筋肉が消えて柔らかい脂肪がついて、ふくらはぎは引き締まっていく。
青年が疼きを堪えようと身をくねらせた・・・・・それは自らの意思で動かしているのか、それとも『何者かの力』によって動かされているのかは確かめることは出来ない。
しかし確かなことは、青年が身体を悩ましそうにくねらせる度に、青年のウエストが細くなり、女性のような『括れ』が出来つつあることだ。



自らの身体の内側から沸き起こる『疼き』に懸命に耐えている青年の肉体に、更なる変化が起き始めた。

目のまわりの筋肉がピクピクと痙攣し始めると、可愛らしい大きな瞳に変わってしまった。
睫毛が伸び、大きくなった瞳に更なる魅力を加えていた。

鼻がずっと高くなり、肌の色が白くなった首筋が細くなり、男性特有の喉仏が少しずつ小さくなるとついには、まるで溶けるように消えてしまった。
「・・・・・?」
疼きに懸命に抗う青年の口から、思わず呻き声が漏れた。
高く澄んだ声・・・・・それを聞いた人は誰も『男性の声』とは思わないだろう。
声が漏れる唇に、光がキラリと輝いた。
光が消えると、そこにはふっくらとした艶やかな唇があった。
顎のラインも、すっきりとして細くなった首と共に美しさを増している。

青年の・・・・・まだ男性と言えるのかは微妙だが・・・・・髪の毛が伸びていく。
青年は気がついていないが、彼本来の髪の毛よりも細く艶やかな黒髪になり、肩にかかるほどに伸びていった。

股間からは既に『男性特有の膨らみ』は、すっかり消え去っていた。
膨らみかけであった胸の膨らみは、今では大きな隙間があったEカップのブラジャーの中をすっかり満たしていた。

そして・・・・・?



まず、宙に浮いているブラウスの中から何かが現れ、青年の上半身を包んだ・・・・・それは、女性が着るキャミソールだった。
青年がキャミソールを着ると、それを待っていたかのように、フワフワと浮かんでいた真っ白なブラウスが、青年の上半身を包み込んだ。
筋肉が落ちた細い腕を柔らかなブラウスの袖が隠していく。
足元からは、スカートが上がってきた。
足首から膝へ。
そして、白く柔らかな太ももを優しく撫でながらショーツに包みこまれたヒップを隠すとウエストでひとりでにホックが留まり、ファスナーが上がっていく。

「・・・・・?!」

すっかり変わった青年の可愛らしい唇から、悩ましげな声が漏れる。
スカートのファスナーが上がるのと同時に、股間にあった青年が慣れ親しんだものはすっかり消え失せ、代わりに女性特有の『溝』が産み出された。
白い足には紺色のハイソックスとローファーの革靴が履かされた。
そして、仕上げとばかりに青年の胸元に、リボンタイが結ばれた。
青年が無意識のうちに右手を伸ばす・・・・・宙に浮かんでいたスクールバックを掴んだ次の瞬間・・・・・。

「・・・・・?!」

体がどこかに落ちていく。
青年は叫ぶ間もなく、尻餅をついた。



「イタタッ・・・・・」

青年は顔をしかめながら右手をお尻にあてようとしたが・・・・・。

「エッ・・・・・?!」

何か『柔らかい物』を触っているような感覚が掌に伝わってくる。
そして、お尻からは『触られている感覚』が・・・・・?
青年は驚いて立ち上がった。
立ち上がった瞬間、太ももから『何かが肌を撫でる感覚』を感じて、思わず甘い吐息を漏らしそうになるのを堪えた。
視線を足に向けると・・・・・?

「スカート・・・・・?」

ブルーのチェック柄のプリーツスカートから、白い健康的な脚が伸びている・・・・・なかなかの『美脚』だ。
否、今は美脚に見とれている場合ではない。
そもそも男性である青年がスカートを穿いた『美脚』であることがあり得ないではずではないか?
知らない間に『女装』をさせられたのか?・・・・・御丁寧に『足の脱毛』までサービスされて?・・・・・青年は腹をたてていた。青年はTSF小説のファンだ。『女装』は、ちょっと・・・・・?
そう思っていた青年の思考を吹き飛ばすような光景が、青年の視界に飛び込んできた。

「胸がある・・・・・?!」



青年の着ている制服の胸の辺りが、なだらかに膨らんでいる。
そして、胸には『何かが胸を締め付けている感覚』を感じていた。
これは、もしかすると・・・・・?
それだけではない、膨らんだ胸元には、清潔な白いブラウスの上に、ピンク色のリボンタイがあり、校章の入った濃紺のブレザーと、青いチェック柄のプリーツスカート・・・・・?

まさか?!

青年は首を左右に振って、部屋を見回した。
首を動かす度に、彼の首筋を何かが撫でる・・・・・髪の毛が伸びたのか?
彼の視界に入ってくる見慣れたはずの『自分の部屋』は、すっかり雰囲気が変わっていた。

そして・・・・・。

「アッ?!」

青年が、ネットサーフィンをしながら読んだTSF小説では定番のアイテム・・・・・姿見が、何故か自分の部屋にあった。
そこに映っているのは、ダウンジャケットとジーンズ姿の青年ではない。
ブレザーと太ももの半分ほどの丈のブルーのチェック柄のプリーツスカート・・・・・そして、濃紺のハイソックスを身につけた『女子高校生』だった。
姿見に映る自分の姿を見た青年の、心臓の鼓動が速くなり、呼吸も浅く・・・・・速くなる。
青年は、ブレザーのボタンを自分のものとは思えない白く細い指で外していく。
男女で異なるボタンの留め方に戸惑いながらも、ボタンを外してブレザーを脱いだ。
ブレザーを脱ぐと、クリーム色のベストの胸の辺りが大きく膨らんでいた・・・・・ブレザー越しに見るよりも、その形は良く分かる。
青年はゆっくり両手を動かし、そして・・・・・胸にあてた。
掌に、弾力と重みを感じ、青年の胸・・・・・青年と呼ぶのが相応しいかは、わからないが・・・・・からは、『胸を触られている感覚』が伝わってくる。

そして・・・・・。

「アッ?!」

青年は可愛らしい唇から、甘い声をあげ、その声と胸から伝わってきた感覚に驚いた。
そう・・・・・青年は両手で自分の胸を揉んだのだ・・・・・。

「胸が・・・・・ある・・・・・」

TSF小説では『お約束』の言葉を呟き、思わず甘い吐息を漏らし、頬を赤らめた・・・・・知らない人が見れば、『女子高校生が恥じらっている』と思うだろう・・・・・それは、この後の行動を見なければの話だが・・・・・。

「よし!」

青年は両手でスカートの裾を掴み、ゆっくりと持ち上げた。
白い太ももが・・・・・そして、ショーツに包まれた股間が露になっていく。
そこには、ついさっきまで『慣れ親しんだもの』の痕跡は全くない。
青年は思わず、右手をスカートの中に突っ込んで、掌を股間にあてた。

「ない・・・・・無くなっている?!」

思わず叫んだ青年の意識は、ショックのあまり、そのまま遠退いていった。



窓にかかるカーテンの隙間から、朝の陽射しが部屋に差し込んでいる。

やがて、ベッドの脇に置かれたテーブルの上で、目覚まし時計が鳴り始めた。
囁くような電子音が、時間だ経つにつれて大きくなってくる。
部屋中に響く音で鳴り始めると、ようやく布団の中から白い腕を伸ばして目覚まし時計を探し始めた。
鳴り続ける目覚まし時計を、ようやく探し当てるとスイッチを切り、細い腕は布団の中に戻ってしまった。
しばらくすると・・・・・。

「ファ〜ッ・・・・・」

布団の中から、ピンク色のパジャマを着た女の子が起き上がった。
そう・・・・・起き上がったのだが・・・・・。

「・・・・・?」

体を起こした青年は、自分の体に不思議な感覚を感じた。
体のバランスが変だ。
否、それよりも胸に重みを感じる・・・・・それに毎朝、股間から感じた・・・・・?
その瞬間、青年の脳裏に昨夜の出来事が甦った。
視線を落とせば、ピンク色のパジャマの胸の辺りは、やはり膨らんでいる。
それにTSF小説は好きだが、女性用のパジャマを着て眠らない。
途方にくれた青年は、大きなため息をついた。
そのため息が、『かわいらしい女の子』を感じさせ、青年はさらに落ち込むことになったのだが。



『女の子のパジャマを着た青年』・・・・・と言っても、その姿は年頃の女の子の姿だが・・・・・が、スローモーションのような動きでベッドから足を下ろして立ち上がった。
身体を少しでも動かすと、強烈な『違和感』を感じてしまう。
青年は懸命に耐えながら、ゆっくりと部屋を見回した。
見慣れた部屋は、雰囲気が変わっていた。
部屋の構造が変わった訳ではない。
今、青年の視線の先にある姿見もその一つだが。部屋に置いてある物。つまり青年の持ち物が、『年頃の女の子のもの』に変化しているようなのだ。
まず、窓にかかっているカーテンが、パステルカラーの華やかなデザインに変わっていた。
家具も、明るい色合いの木目調の物に変わっている。
数日前に買ったコミック誌は、何故かティーンファッション誌に変わっていた。
クローゼットを開けると、ブラウスやスカート、華やかなデザインのワンピースなど、女の子の服が並び、引き出しを開けると、まるで『お花畑』のように『女の子の下着』が並んでいる・・・・・青年がインターネットのTSF小説で何度も読んできた『お約束の状態』になっている。
青年は、机に歩み寄った。
彼・・・・・今の姿では『彼女』と呼ぶべきだが・・・・・が昨夜コンビニへ出かける前まで使っていたパソコンは、白いノートパソコンに変わり、その脇には『女の子らしく』小さな花瓶に花が飾られている。
そして青年は、パソコンの横に置かれた『学生証』を手に取った。
そこには、女の子の澄まし顔の写真が貼り付けてある。
姿見に視線を向ける・・・・・困惑した顔で、パジャマ姿の女の子がこちらを見ている。
再び学生証を見る・・・・・姿見に映る女の子と『同じ顔』・・・・・本当に僕は女の子に ? 17歳・・・・・高校2年生の女の子になったのか?
『玲奈』と書かれた名前を見ると、青年は不思議な感覚を感じていた。



17歳の女の子の姿になった青年が、微かにその身体を震わせた。
この感覚は、何だろうか?・・・・・青年は考え・・・・・そして導き出した答えに・・・・・そんな馬鹿な、僕は『男』のはずだ・・・・・自分で出したその答えを頭の中で否定した。
青年は視線を学生証から、姿見に移した。
ピンク色のパジャマ姿の女の子・・・・・パジャマ姿でも、『美少女』と言ってもよい魅力的な姿・・・・・それが今の僕、『玲奈』なんだ・・・・・そう思った瞬間、再び背筋を『あの感覚』が駆け上がってきた。
青年は、歯を食いしばって声をあげそうになるのを堪えた。

このままでは駄目だ・・・・・しかし、この姿でどうすれば・・・・・? 途方にくれかけたその時、玄関のチャイムが鳴った。



チャイムの音に驚いた青年が、部屋の壁に取り付けられたインターホンのモニター画面に視線を向けた。
人影が見える。
時計に視線を向けた。
針は7時30分を指している。
この時間に、いったい誰が来たんだ・・・・・もしも両親だとしたら、この姿を見て、僕だと分かってもらえるのか?・・・・・説明しても理解してもらえずに、どこかの病院に連れて行かれてしまうのではないだろうか?・・・・・いったいどうすれば・・・・・?
いろいろな思いが頭の中で渦巻いている。
青年がインターホンにゆっくりと近づいて行く。
画面に映っているのは、制服姿の女の子だった。
彼女が着ている制服には見覚えがある・・・・・そう、昨夜、コンビニからの帰り道に『浮かんでいた』あの制服だ。
青年は、モニター画面をじっと見つめている。
画面に映っている女の子には、当然ながら見覚えはない・・・・・誰なんだ・・・・・?
青年は、震える指でインターホンのボタンを押した。

「・・・・・はい・・・・・?」

震える声で答えると。

「おはよう♪ 平瀬です。」

元気な声が帰ってきた。
画面の中では、制服少女の笑顔が弾けている。
平瀬・・・・・?
青年が懸命に記憶を辿っても、平瀬という名字の女の子は記憶にはない。
誰なんだ・・・・・?
頭の中で、疑問が渦巻く。
青年は、ゆっくり玄関に歩いて行く。
鍵を外すと玄関のドアを少しだけ開けて、外の様子を見た。
そこには、ショートカットの黒髪の、活発そうな女の子が立っていた。
彼女はパジャマ姿の青年を見ると、元気な声でこう言ったのだ。

「玲奈、おはよう♪」

青年は怯えるような視線を、扉の向こう側に立つショートカットの黒髪の活発そうな女の子に向けていた。
青年の頭の中は、困惑と戸惑いでいっぱいだった。
この女の子は何故、僕の部屋に来たのか・・・・・?
何故、初対面の僕に『玲奈』・・・・・部屋に置かれていた学生証に書かれていた名前・・・・・と呼びかけたのか?
青年の思いには彼女は気がつかなかったのだろう。
彼女は明るい声で言った。

「もう・・・・・玲奈は、まだ寝ぼけているの?」

扉の外に立つ『黒髪美少女』は、その外見の通り明るく笑った。

「君は・・・・・」

誰・・・・・? 青年は、彼女に問いかけようとしたのだが、彼女は青年を部屋の中に押し戻すように、

「早く準備しないと、学校に遅れるよ♪」

青年と一緒に部屋に入った。
青年は、制服少女に押されるように部屋に入ってきた。

「ちょっと・・・・・ちょっと?!」

青年が『制服少女』を止めようとしても、女の子の姿になった青年は、筋力も『女の子並み』に変わってしまっているようだ。
『制服少女』は玄関でローファーの革靴を脱ぐと、難なく青年の部屋に上がり込んだ。

「ちょっと待てよ?!」

部屋の中央まで押し込まれて、ようやく『制服少女』に向き直った青年が、

「君は誰だよ!」

『パジャマ姿の女の子』になっている青年が、強い口調で叫んだ。
その声は、すっかり女の子の声なのだが・・・・・。
結果的にそれが青年を益々、苛立たせることになるのだが。
青年を見ていた『制服少女』は、きょとんとした表情で青年を見ていたが、やがて小さなため息をついた。
両手を腰にあてると、

「玲奈、まだ眠っているの?」

ちょっとムッとした表情を青年・・・・・玲奈に・・・・・向けた。

「わたしは平瀬葉月(ひらせ はづき)、あなたの同級生でしょう?!」

しっかりしてよ・・・・・そう言うと葉月は、『この部屋』の事情を良く知っているのだろう。クローゼットを開けると、中から服を取り出した。

「さあ、玲奈・・・・・本当に早く準備しないと、遅刻するよ!」

そう言って葉月がクローゼットから取り出したのは、彼女が着ているものと同じ・・・・・そう、青年にとっては、『彼をこの姿に変えた』あの制服だった。

制服・・・・・?
青年は、まるで恐ろしい物を見るように、彼女が手にした制服を見つめていた。
青年の脳裏に、昨夜の光景が甦ってくる。
深夜、点滅する蛍光灯の光に浮かび上がる、まるで生きているかのような、女子学生の制服・・・・・それが『僕の制服』なのか?
そんな青年の思いには気がつかないのだろう。

「ほら、早く!」

ショートカットの髪の美少女・・・・・稲葉葉月は、青年の着ているパジャマを脱がせ始めた。
嫌だ!・・・・・青年は彼女の手を拒もうとした。
しかし、不思議なことに、身体は彼の意思を無視するかのように、指一本動かすことも出来ず、葉月は青年の着ているパジャマの上着を脱がせてしまった。

「はい、下も脱ぐ♪」

葉月が言うと、青年は拒む事が出来なかった。
ピンク色のパジャマを脱ぐと、ライトグリーンのショーツと、そこから伸びる白く健康的な太ももが空気に曝される。
女の子の下着を身につけた自分を、女の子が見ている・・・・・もちろん、今の青年は女の子の姿なのだが・・・・・そう思うと、青年の頬は、少しずつ赤くなっていった。

「女の子なのに、何を恥ずかしがっているの?」

葉月は青年をからかうように言いながら、青年に制服を手渡していく。
嫌だ! 着たくない!・・・・・青年の心は、そう思っているのだが、身体は彼の意思に叛いて、

「ありがとう」

可愛らしい声で葉月に礼を言うと、細い腕を伸ばして、白いブラウスに袖を通していく。
左右が逆なはずのボタンを『慣れた手つき』で留めると、スカートに足を通してウエストまで引き上げると、ファスナーを上げた。
TSF小説を読むのが好きだが、どうして女子学生の制服を、まるで『いつも着ているかのように』着る事が出来るのだろう? 青年の困惑にはお構い無く、濃紺のハイソックスを履き、リボンタイを着けると、顔を洗い、髪を整えた。
スクールバックを手にすると、

「もう、玲奈も女の子なんだから?」

葉月が部屋の真ん中にあるテーブルの前に青年(玲奈)を座らせると、テーブルの上に小さな鏡を置いて、青年(玲奈)の唇にリップを塗り、頬にファンデーションを塗っていく。

「玲奈は、すっぴんでも可愛いけど、やっぱりちょっとは、おしゃれをしないと・・・・・」

女の子なんだから・・・・・葉月が言った瞬間、鏡を見ていた青年の下腹部から背筋にかけて、不思議な感覚がかけ上がり、青年は思わず声をあげそうになるのを懸命にこらえた。
葉月は化粧品をバッグに片付けると、立ち上がりながら言った。

「さあ、行こう♪」

二人の女子高校生は、朝の光が降り注ぐ街を、学校に向かって歩いて行った。


青年は、葉月に細い手首を掴まれ、まるで引っ張られるように街を歩いていた。
朝の街には会社に向かう人、あるいは学校へ登校する人、たくさんの人達が行き交っている。
その人達は、『活発な少女に腕を引っ張られながら歩く女の子』を、ある人は微笑ましく、またある人は『好奇』な視線で見つめていた。
好奇の目で見られているのは、もちろん青年・・・・・『玲奈』だ。
青年の手を引いて歩く葉月が、コンビニの前に差し掛かり、何気なく視線をガラスに向けた。
青年の手を握る葉月の手に力が入った。
葉月はコンビニの前を通ると、そのまま青年を路地に引っ張りこんだ。
葉月が青年を振り返った。

「玲奈?!」

その表情を見た青年は、思わず一歩後ずさった。

「な・・・・・なんだよ?」

青年が言うと、葉月はまるで被せるように、

「その格好は、なんなの?」

葉月が指を指した先には、コンビニのガラス窓がある。
そこには、女子高校生の制服を着ているはずなのに、背筋を丸めた『がに股』の女の子がいた。

青年の視線の先には、硝子に映った女の子がこちらを見つめている。
戸惑いと恥ずかしさを感じさせる視線、そのためだろうか・・・・・背中が丸まり猫背になってしまっている。
何よりも、鏡に映っている女の子の魅力を損ねているのは、スカートから伸びる白い足が『がに股』になっていることだ。

「どうして、そんな格好をしているのよ?!」

葉月がきつい口調で言うと。

「だってさ・・・・・」

男なんだから仕方がないだろう?・・・・・そう言い返したかった青年だったが、なぜか言葉が出なかった。
葉月は両手で、青年の小さくなった肩を掴んでガラス窓に向き直らせた。
ガラス窓には、『二人の女子高校生』が映っている。
葉月は青年の後ろに立ち、耳元で囁いた。

「玲奈は可愛い女の子なんだから・・・・・がに股で歩くなんて変だよ♪」

彼女が囁くたびに、青年は彼女の吐息を感じた。
そして・・・・・。

「・・・・・?!」

青年の背筋を甘美な感覚が駆け上がる。
思わず声を漏らしそうになるのを、唇を噛んで必死に堪えた。
顔をあげてガラス窓に向き直った青年は、不思議な感覚を感じていた。

ガラスに映っているのは、ついさっき自分の部屋で見たのと変わらない、制服姿の女の子だ。
しかし・・・・・何かがおかしい・・・・・?
何がおかしいのか、それは青年には分からなかったのだが。
青年が身体を起こす。
彼=彼女の背筋がスッと伸びる。
俯いていたことで顔にかかっていた髪を、右手の細い指でスッと耳にかきあげた。

「玲奈?」

葉月が心配そうに、青年の顔を覗きこんでいる。

「大丈夫だよ」

青年が言うと葉月は頷き、

「じゃあ、行こう♪」

二人が歩き始めた。
背筋が伸びた青年の制服の胸元は美しい曲線のラインを描き、スカートは膨らんだヒップによって綺麗に拡がっていた。
青年が一歩踏み出すたびに、足のつま先は自然に内側を向いて内股になり、スカートの裏地が太ももを撫でる。
さっきまでとは違う・・・・・しかし青年は、ごく自然に感じているようだ。
そんな青年=玲奈の様子を見て、葉月にっこり笑った。
二人の前に、学校が見え始めた。
葉月と青年は、『クラスメイト』と挨拶を交わしながら、校門をくぐった。

青年は葉月に手を引かれながら、『彼女達のクラスの教室』入った。
葉月に手を引かれながら学校の校門をくぐった青年だったが、とっくに卒業をしたはずの高校・・・・・それも女子高だった・・・・・に入るのには抵抗があった。
学校の近くまで来ると、同じ制服を着た女の子達が挨拶してきた。
青年も適当に挨拶を返していたのだが、なかには、

「葉月、玲奈おはよう♪」

と、青年の名前・・・・・今の状態での名前だが・・・・・を呼んだのだ。本人でさえ戸惑っているのに?
その『クラスメイト』は、青年の戸惑った顔を見て、キョトンとしていたのだが。
その様子を見て、葉月は笑いだした。
そして言ったのだ・・・・・友達に自分の名前を呼ばれて驚くなんて、玲奈は天然だね・・・・・と。
不思議な事に葉月にそう言われると、『あたりまえのこと』に戸惑っている自分が、恥ずかしくなってしまった。


青年は今、葉月に手を引かれて教室に入った。
クラスメイト達が挨拶をしてくる。
なぜだろう・・・・・今の青年は、挨拶をしてくれたのが誰なのか、まるで『ずっと前からそうだったように』理解できた・・・・・昨日までは、男だったのに・・・・・そこで青年は、立ち止まってしまった。

ここで僕は、どうすればよいのだ?

突っ立ったままの青年=玲奈に、

「玲奈、どうしたの?」

早く座らないと、授業が始まるよ・・・・・笑いをこらえた表情の葉月が、彼女の隣の机を指差した。
教室の前の扉が開き、出席簿を持った若い女性が入ってきた。
青年は、慌てて葉月が指差した机に駆け寄ると椅子に座った。
椅子に座るとき、スカートに皺がつかないようにスッと掌をあてていたことに、青年は全く気がつかなかった。

「起立!」

日直が号令をかけて生徒達が立ち上がる。

「礼!」

青年もスッと綺麗な礼をした。


青年の『女子高校生』としての一日が始まった。


高校を卒業して数年が経つが、青年は久しぶりの『高校の授業』を楽しんでいた。
授業そのものは、彼が高校生だった頃と変わりはない。
だが今日の彼には、その授業が新鮮に感じられた。

なぜだろう?

周りが女の子ばかりだからなのか・・・・・・?

それとも、自分が女の子の姿になったからなのか・・・・・?

休憩時間には必ず、青年のそばに葉月がやって来た。
すると、クラスメイト達が集まってきて、椅子に座ったままの青年は、『女子高校生に取り囲まれる』という、世間の男性達ならば羨むような状況になった。
普段の青年ならば、この状況を男性達と同様に楽しんでいただろう。
しかし今日の青年は、ずっと前からそうだったかのように、クラスメイト達との他愛のないお喋りを楽しんでいた。

昼休み、葉月達と一緒に学生食堂で昼食を食べ終えた青年に、葉月が言った。

「玲奈は、しっかり食べたわね」

「まあね」

青年は、笑って答えた。
昨日までと同じくらいの量を取って、皆に驚かれたが、身体が変わってしまったためなのか、残してしまっていた。
それでも彼女達の5割増しで食べていたかもしれない。

「大丈夫なの?」

「どうして?」

「だって、この後の授業は体育だよ?」

「エッ?!」

空になった食器が載ったトレーを持ったまま、青年は呆然とした表情で葉月達を見つめていた。



チャイムの音が校舎に反響するように聞こえている。
5時間目の授業開始5分前を知らせる『予鈴』だ。
生徒達は、それぞれの教室へ。
あるクラスは音楽室へ。
またあるクラスの生徒達は理科室に向かって歩いて行く。
そして、『青年のクラス』の生徒達は、教室から体育館に向かって移動を始めた。
クラスメイト達が、お喋りをしながら教室を出ていく。
そんな中で、青年だけが自分の席で、まるで石像のように動かなかった。

いや、動けなかったのだ。

「玲奈?」

葉月が青年に声をかけたが、青年は自分の席に座ったまま動かない。
机の上には、スクールバッグが置かれているが、その中から『授業に必要な物』を取り出そうともしていないようだ。
そんな青年=玲奈の様子を見て、葉月は笑いをこらえながら彼女に歩み寄った。

「玲奈、どうしちゃったのよ♪」

授業が始まっちゃうよ・・・・・葉月が明るい声で尋ねると、

「ボクは・・・休む・・・・・」

青年は、視線をバッグの中に向けたまま言った。
バッグの中には、袖口に濃紺のラインが入った体操服と濃紺のブルマが入っていた・・・・・自分自身では、入れた記憶がないのに?

『男なのに』ボクはこれを着て体育をするのか?

確かにTSF小説では『お約束』の場面だが、自分が女子更衣室で体操服に着替えるなんて・・・・・。
思いを巡らす青年の小さくなった手を、葉月が握った。
青年の目を見つめながら、彼女は明るく笑った。

「さあ、行こう♪」

なぜだろう?
その笑顔を見ていると青年の中から不安が消えて、それが『あたりまえ』のように感じられてきた。
青年も微笑むと、

「うん!」

体操服の入った袋を手に立ち上がる。

「玲奈は、笑顔がいいね」

葉月に言われて青年が振り返った。

「やっぱり玲奈は、かわいい女の子だね♪」

青年は突然、またあの感覚を感じた。
下腹部から背筋、そして胸の先端に感じる甘い感覚を・・・・・。
青年は懸命にその感覚に耐え、何も無かったかのように笑った。

二人は教室を出て、廊下を歩いて行く。

朝の登校の時には背中を丸めて歩いていた青年だったが、今は背筋を伸ばして歩いている。
スカートが足を撫でる感覚も、ずっと以前からそうだったように『あたりまえ』に感じていた。
そんな青年=玲奈の横顔を、葉月は微笑みながら見つめていた。


二人はお喋りをしながら体育館にやって来た。
葉月は『ある部屋』のドアノブに手を伸ばし、何かを感じたのか、後ろを振り返った。
そこには当然、ついさっきまで楽しく話をしていた青年がいる。

「どうしたの?」

葉月が少し笑いを含んだ口調で尋ねると、
青年は、少し青い顔をして葉月に、

「やっぱりボクは、この授業は休むよ」

ボクが女子更衣室に入るのはダメだ・・・・・そう言いはる青年=玲奈に葉月が、

「今日の玲奈は、ちょっと変だよ。『いつも』みんなと一緒に着替えているじゃない」

「?!」

まただ・・・・・あの感覚が青年を襲う。
自分でも気がつかないうちに手が胸やスカートに伸びそうになる。
思わず唇を噛んでおさまるのを待った。
再び葉月に視線を向けた。
葉月が明るい微笑みで頷いた。
葉月がドアを明け、『二人の女子高校生』が更衣室に入った。



更衣室に入ると、葉月に促されて彼女の隣のロッカーの扉を開けた。
周りを見回すと・・・・・?

「・・・・・」

なぜだろう? 急に息苦しくなってきた。
昨日までの青年ならば、その理由は直ぐにわかったはずだ。
なぜなら、彼入る場所は男性ならば入ることが許されない『女子更衣室』。
そして周りでは女子高校生達が、青年の事を全く気にすることなく着替えをしているのだから・・・・・・。

「玲奈、どうしたの?」

顔が赤いわよ?・・・・・そう言って声をかけてくれた葉月に視線を向けると、

「?!」

そこには、白い下着を身に付けただけの葉月がいた。
見てはいけない姿を見てしまった・・・・・そんな思いが渦巻いて青年=玲奈の顔が、ますます赤くなる。

「玲奈、早く着替えないと授業が始まるわよ」

顔を挙げると、着替えを終わった体操服姿の葉月が、突っ立ったままの青年を不思議そうに見ていた。
気がつくと他の生徒達は、既に着替えを終えたらしく、更衣室にいるのは葉月と青年だけだ。
青年の白く細い指が、スカートのホックにかかった。

青年は、大急ぎで着替えを始めた。



「今日は大活躍だったね♪」

葉月が青年に、明るい声で声をかけた。
二人が並んで歩いて行く。

体育の授業、ぼんやり見ているだけだった青年=玲奈を、みんなで『引っ張り出して』くれた。
青年にすれば、『女の子の体を意識したくない』から授業にはあまり参加したくはなかったのだが、結果的には『男の子の闘争本能』に火がついて、大活躍をすることになったのだが・・・・・。、

「初体験ばかりだったからな・・・・・」

「初体験?」

葉月が首をかしげながら、青年を見ている。
青年は苦笑いをしながら、

「なんでもない・・・・・」

「変なの」

二人が笑う。

放課後、すっかり日が暮れた街を、二人が歩いて行く。
今日は初体験ばかりの一日だった・・・・・青年は思った。
女子高校生としての登校。
久しぶりの授業と、学生生活。
まさかの女子更衣室での着替えと、体育の授業・・・・・あの授業のおかげで、この『玲奈の身体』への違和感がすっかり無くなってしまった。
授業後の着替えでは、バスケットボールでの活躍を冷やかされて、着替え中に胸を触られたりして困ったが・・・・・。
一日の『授業』が終わり帰り支度をしていると、横に座っている葉月が不思議そうに言った・・・・・青年=玲奈は、チアダンス部の部員だと云うのだ。
「練習に行こう」と葉月に言われて、青年は困惑した。
高校野球のスタンドで観るチアは『応援の華』だ。
しかし、『男である自分が、女の子が着るチア衣装を着るのか?』、たとえ今は、女の子の身体だったとしても。
その時、葉月が言ったのだ・・・・・いつも一緒に行っているじゃない・・・・・と。
その瞬間、青年=玲奈の中で、また何かが変わった。

葉月と一緒に部室へ行った青年は、チアの衣装に着替えた。
チアの衣装は、玲奈の健康美を引き立ててくれていた。
元気な笑顔で『いつものように?』チアの練習を終えた青年=玲奈は、部員達と一緒にケーキを食べに行った。
昨日までと同じようにコーヒーをブラックで飲もうとした青年=玲奈を、葉月や部員達は不思議そうに見ていた。
結局、いつも飲んでいたブラックコーヒーなのに、今日は苦くて飲めなかったのだが。
葉月は笑いながら言った・・・・・「やっぱり、玲奈は天然だね」と・・・・・。

ケーキショップを出ると、日はすっかり暮れていた。
部員達と別れて、今は葉月と二人で歩いている。
コンビニの前を通ると、四つ角を曲がって・・・・・そこで青年は立ち止まった。
青年の視線の先には、どこにでもある電柱がある。
そこに取り付けられた街灯は、まるで瞬きでもするように点滅している。
青年=玲奈の中で、慌ただしい一日を過ごす事で忘れかけていた光景がフラッシュバックした。
点滅する光に浮かびあがる、まるで生きているような制服・・・・・それがボクに・・・・・?!

「どうしたの?」

葉月が青年の顔を覗きこんだ。
そして、悪戯っぽい微笑みをうかべると。

「昨日のこと、思い出しちゃったかな?」

青年=玲奈は、恐ろしいものを見るような眼差しで葉月を見つめていた。




青年が凍りついたような視線を葉月に向けている。
葉月は微笑みを浮かべたままで、

「やっぱり、昨日の夜のこと、思い出しちゃったのね」

「なぜ・・・・・君が・・・・・?」

昨夜のことを・・・・・尋ねようと思うのだが、青年は言葉が出なかった。

「なぜって・・・・・?」

葉月が悪戯っぽい目をして笑った。
学校で一緒に授業を受けていた時には、青年は葉月の笑顔は可愛いと思っていた。
しかし今は・・・・・その微笑みに『不気味さ』を感じていた。

葉月が一歩ずつ青年に歩み寄る。
青年は逃げようと思うのだが、なぜか身体を動かす事ができなかった。
葉月は、彼女の吐息を感じられる程の近くまで歩み寄ると、

「女の子になって、一日を過ごしてみて・・・どうだったかな?」

楽しかったでしょう?・・・・・葉月が微笑んだ。

「なぜ君が、昨夜の事を知っているんだ?!」

青年は凄みを効かせて葉月を問い詰めた・・・・・つもりだったが、かわいらしい女の子の声では迫力がない。
葉月は青年を指さすと、笑いながら答えた。

「だって・・・・・その制服は、わたしが置いたのよ・・・・・」

青年=玲奈は、スクールバッグを手にしたまま、その場に立ちつくしていた。
葉月の言った事を理解しようとしていた。
わたしが置いた?・・・・・どういう事だ?・・・・・仮にそうだったとしても、制服を着ただけで女の子になってしまうなんて?!
青年=玲奈の頭の中で、いくつも疑問符が渦巻いている。

「理解できない・・・・・と言った感じかな?」

葉月が微笑みを浮かべ、首をかしげた。
葉月は空に浮かぶ月を見上げながら、

「わたしは魔法使いの末裔なの、でも人間の世界で暮らしていると、『異性のエナジー』を吸収しないと人間と同化してしまって、魔力が無くなってしまうの」

葉月が青年=玲奈に視線を向けた。

「『女性化の魔法』をかけた制服で、あなたの『男性のエナジー』をもらった・・・・・あなたのエナジーは、わたしにとっては予想以上に美味しかったわ・・・・・」

そんなにかわいらしい女の子になっても、『男の心』を保っているなんてね・・・・・。

葉月の瞳に、怪しい光が宿った。
青年=玲奈が後退りする。

「さあ、わたしにエナジーをくれない?」

あなたの『一番美味しいところ』・・・・・男性の心を・・・・・。
葉月が右手をスッと上げて、青年=玲奈に向けた。

「さあ、身も心も女の子に・・・・玲奈になりなさい!」

次の瞬間、葉月の右手から赤い光が放たれた。



「・・・・・?!」

光に包まれた青年=玲奈の周りから街の景色が消えて、白い靄がかかったような『光の空間』になった。

あの時と同じだ・・・・・青年は思った。
昨夜、制服に『襲われた』あの時と・・・・・。
違うのは、今の青年は女の子・・・・・玲奈の身体で、高校生の制服を着ていることだが・・・・・。
立っているのか、寝ているのかもわからない感覚・・・・・昨夜とは違うのは、この空間に甘い香りが漂っている事だ。
良い香りだ・・・・・青年は思った。
この香りに包まれていると、心が落ちついて身体もリラックスできる。
青年は、そう思っていたのだが・・・・・。

「・・・・・?」

なんだか身体が・・・・・?
青年は身体に『違和感』を感じていた。
しかし、それは青年が昨夜、体感したようなそれではない。
何だかんだ下腹部のあたりが・・・・・。
そう思った瞬間、青年=玲奈のかわいらしい唇から、悩ましげな吐息が漏れた。
無意識のうちに、太腿を擦り合わせていた。

『玲奈・・・・・?』

「・・・・・?!」

怒鳴りつけてやりたい・・・・・青年は『怒りをこめて』葉月に怒鳴った。
はずだったのだが・・・・・?

「・・・・・ど・う・・して・・・・・?」

青年の唇から出たのは、怒鳴り声ではない。女の子の悩ましげな甘い声だ。

『玲奈、どうかな?』

葉月の笑いを含んだ声が聞こえる。

『それが今のあなた・・・・・あなたは女の子、玲奈なんだよ♪』

「ち・・ち・・・がう・・・・・」

甘い吐息をもらしながらも、青年の男の心が懸命に抵抗した。

「ぼ・・・ボクは・・・・・?!」

『こんなに女の子をしているのに、ボクなんて言ってはダメよ♪』

次の瞬間、

「クッ?!」

青年にの身体が思わず仰け反った。
身体全体から脳細胞に伝わる『甘い刺激』・・・・・それが急に強くなったのだ。

『あなたは、女の子♪』

葉月の甘い声が、青年=玲奈に女の子である事を強いていく。

「わ・・・・・わた・・・し・・・・・」

青年=玲奈の心が抵抗する。
それが葉月の『力』を強くすることになってしまうのだが・・・・・。

『貴女は、誰・・・・・?』

青年=玲奈が歯を食い縛り、懸命に耐えていた。

「わ・・・・・わたし・・・は・・・?」

その時、
青年の身体から青い光が、吸い込まれるように宙に消えていった、

「わたしは、『玲奈』!」

玲奈は身体を震わせて、動かなくなった。


やがて、彼女からはかわいらしい寝息が聞こえてきた。





ベッド脇のテーブルに置かれた目覚まし時計から、アラームの音が聞こえてきた。
ベッドの中から白い腕が伸びると、目覚まし時計を探りあてて、スイッチを切った。
部屋に日々いたアラーム音が止まり、部屋が静かになった。
白い腕がベッドに戻っていく。
しばらく経つと・・・・・。

「よし!」

勢いよく布団をはねのけて、女の子が起き上がった。
窓にかかったカーテンを勢いよく開けると、部屋に朝の光が飛び込んでくる。
彼女は窓の外・・・・・空を、そして街を見ると、
その顔にかわいらしい微笑みを浮かべた。
玲奈は窓を離れて身支度を始まった。
紅茶を入れ、トーストを焼いて朝食を済ませると、顔を洗い、鏡の前で髪を整えていく。
髪を整えると、リップを塗ると・・・・・彼女が手を動かす度に、鏡に映る『玲奈』の魅力が増していくことに、彼女は満足していた。
ピンク色のパジャマを脱いで、慣れた手つきで新しい下着を身につけた。
真っ白なブラウスに袖を通してボタンを留めて、ブルーのチェック柄のプリーツスカートに白い足を通す。
ウエストまでスカートを上げるとファスナーを上げてホックを留めた。
リボンタイをつけて濃紺のハイソックスを履き、最後にハンガーからブレザーの制服を外して袖を通した。
玲奈は姿見に視線を向けた。
そこには制服姿の女の子が映っている。
制服の上着を着ていても分かる胸の膨らみ。
キュッと引き締まったウエスト。
ブルーのチェック柄のプリーツスカートから伸びる健康的が白い太腿から続く脚線美と濃紺のハイソックスが生み出す『絶対領域』。
その『美少女』が自分であることに、玲奈は満足していた。

「よし♪」

玲奈はにっこり笑うと、机に置いていたスクールバッグを手に部屋を出た。


玲奈が朝の街を歩いて行く。
街を行き交う男性達の視線が、玲奈に集中する。
昨日までの彼女ならば、男性たちの視線に気がつけば背中を丸めて俯いていたはずだ。

しかし・・・・・今は違う。

朝の陽射しがまるでスポットライトのように彼女を照らし、彼女は背筋を伸ばして街を歩いていく。

彼女とすれ違うサラリーマンや、制服姿の男子学生は、ある者は感嘆のため息を、そしてある者は振り返り、視線で彼女の後姿を追いかける。

彼女とすれ違う女性たちは、微かな嫉妬や憧れの混じった視線を彼女に向けている。

玲奈はバス停で、バスを待つ人たちの列の後ろに並んだ。
制服のポケットから、スマートホンを取り出してチェックをする。
連絡は入っていないようだ。
彼女が手にしていたスマートホンをポケットに戻した。その時、

「?!」

誰かが彼女にぶつかった。
何かが落ちた音。そして、

「アッ、ゴメン!」

声が聞こえた。
玲奈が視線を落とすと、歩道にスマートホンが落ちていた。
彼女が細い指で拾い視線をあげると、そこには肩から大きなスポーツバッグを下げた制服姿の男の子が立っていた。
スポーツバッグには、この辺りで有名なスポーツ強豪校の名前がプリントされている。
彼は、どうやらサッカー部員のようだ。

「ありがとう!」

男の子がさわやかな笑顔で玲奈を見ている。

「アッ・・・・・はい・・・・・」

玲奈は、慌てて青年に拾ったスマートホンを手渡した。

「ありがとう!」

男の子は笑顔を浮かべながらもう一度お礼を言うと、玲奈の手からスマートホンを受け取った。
男の子と玲奈の指が、微かに触れ合った。
玲奈の頬に赤みがさし、胸の鼓動が僅かに速くなった。
エンジン音が近づいてくる。
バスがスピードを落として玲奈たちの前で止まり、ドアが開く。
先頭の人からバスに乗り込んでいく。

「さあ、行こう・・・・・」

男の子が玲奈に声をかけ、二人がバスに乗った。
ドアが閉まり、バスが朝の街を走り出す。



バス停の近くのビルの屋上で、制服姿の女の子が手すりに座って二人の様子を見守っていた。

「これで『彼』も、すっかり玲奈だね♪」

彼のエナジーのおかげで、わたしの魔力も回復したし・・・・・感謝だね。
彼女の顔に微笑みが浮かんだ。
エナジーをもらったお礼に、あなたには魔法をかけておいたんだよ・・・・・どんな魔法かは、これからのお楽しみ・・・・・ね・・・・・。
葉月は笑顔を浮かべ右手を上げた。
光が彼女の手に集まると、それはバトンになった。
葉月がバトンを振ると、光が葉月の体を包み込み、彼女の姿は光と共に消えていった。





気まぐれTSF 第2話


(おしまい)




後書き


作者の逃げ馬です。
Atter0123さんのくれた『応援カキコ』から始まった『気まぐれTSF』が、ようやく?完結しました。

書き手としては好きなジャンルの『魔法使い』の魔力アップネタを使ってみました。

気まぐれの割にはボリュームが60KBと、長い作品になってしまいました(笑)

これからは『小型・軽量・コンパクト』なストーリーに挑戦してみようかな?(^^)
長編作品も控えています。
これからも、よろしくお願いします






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