コンパ!


 
作:逃げ馬

 





 ここは豪気体育大学。数多くのスポーツ選手を世に送り出した名門体育大学だ。一応は共学の大学なのだが、なぜか女性は職員を除くと全くいない・・・したがって講義も部活も、全てが男子学生だった。


 高杉真は、この大学の一回生。ラグビー部に所属している。小柄で色白・・・とてもラグビーには向いているようには思えなかったが、足の速さが買われて、上級生には期待されていた。
 その日も、クラブでの厳しい練習が終わった後、ロッカールームでびっしょりかいた汗をタオルで拭きながら着替えをしていた。
 「おい・・・真!」
 後ろから声をかけられた。振り向くと真の同級生、哲也が立っていた。
 「なんだよ?」
 真はジャージを丸めてバッグに入れると、中から着替えのシャツを引っ張り出した。
 「今日さ・・・コンパがあるんだよ・・・」
 「コンパ?」
 真が哲也を振り返った。
 「ああ・・・キャプテンが言っていたぞ・・・全員参加だって・・・」
 哲也が笑いながら言った。内気な真と違って、どちらかというと遊ぶのが好き・・・社交的な哲也は、コンパで遊ぶのが楽しくて仕方がないのだろう。
 「でも・・・僕は・・・」
 真は服を着替えると、ロッカーを閉めてバッグを手に持った。
 「そう言うなよ!」
 歩き去ろうとする真の小さな肩を哲也が掴んだ。驚いて真が振り返った。哲也が笑った。
 「キャプテンも新入生を上級生と馴染ませるためにいろいろ考えているんだよ・・・なあ、頼むよ。おまえが来ないと今度は俺がキャプテンに・・・」
 必死に真を説得する哲也の姿を見て、困惑した表情を浮かべる真。そんな真の様子を見て、
 「ほら・・・このとおり!!」
 両手を合わせて、まるで拝むように真を見つめる哲也。真は小さくため息をつくと、根負けしたように、
 「わかったよ・・・行くよ!」
 「そう来なくっちゃ!」
 哲也が笑った。
 「よし、それじゃあ、キャプテンの所へ行こう!」
 哲也が真の腕を掴んで引っ張って行く。真は戸惑った。
 「おいおい・・・どういうことだよ?!」
 驚いた視線を哲也に向けている。
 「コンパに行く前に、自分のとこにつれて来いって言ってたんだ・・・キャプテンがさ!」
 哲也はそう言うと、真の腕を引っ張りながらロッカールームを出て行った。


 「お待たせしました!」
 哲也が部室のドアを開けた。真の腕を引きながら部室に入っていった。彼らの目の前には、がっしりした体つきの厳つい顔をした大男が立っていた。
 「来たか・・・」
 キャプテンは、大きな体を揺すりながら真の前に来ると、上から見下ろすように真を見つめている。
 「キャプテン・・・いったい何の用なのですか?」
 「おまえに来てもらったのは・・・・」
 キャプテンは、真の体を頭から足元まで見ると頷いた。
 「やっぱりおまえだな・・・ピッタリなのは・・・」
 いつの間にか、キャプテンの後ろにラグビー部員たちが立っている。哲也が部長に紙袋を渡した。
 「これに着替えてくれよ」
 「エッ?」
 真はキャプテンに手渡された紙袋を覗き込んだ・・・そこに入っていたのは・・・、
 「キャプテン・・・これは?」
 真は袋の中に入っていた服を引っ張り出した・・・それは、白いワンピースだった。ワンピースを右手に持ったまま袋の中を覗き込む真。袋の中には、かつらまで入っている・・・これはいったい?
 驚いてキャプテンを見つめる真に、キャプテンは笑いかけていた。
 「おまえも知っているように、うちの部員たちは金の無い奴が多い!」
 キャプテンが苦笑いしている。
 「それと、この女の子の服がいったいどんな関係が・・・」
 真が呟くと、
 「今日のコンパで使う店は、今日はレディース・デイ割引があって、女の子が一緒にいれば飲み代が半額になるんだ・・・これは貧乏な俺たちにはありがたいぞ!」
 キャプテンが言うと同時に周りの部員たちがクスクスと笑っている。
 「まさか・・・?」
 真の表情がこわばった。
 「そうだ・・・!」
 キャプテンが腕を組みながら大きく頷いた。
 「俺たちみんなが安く飲み食いするためにも、おまえには今日は女の子の格好をしてもらう!」
 「そんな・・・どこかから女の子を誘って連れて来ればいいじゃないですか?!」
 真が叫ぶ。
 『冗談じゃない・・・なぜ僕が女の子の格好で外に行かなきゃいけないんだ!』
 真の顔が興奮からか真っ赤になっている。
 「そう出来るのなら、おまえには頼まないよ・・・」
 キャプテンが胸を張っている。
 「それが出来ないから・・・彼女がいる奴がラグビー部にはいないし、この大学には女の子がいないから、こうするしかないんだ!!」
 キャプテンが部員たちに合図を出した。次の瞬間、部員たちは真を担ぎ上げると奥に連れて行く。
 「こら・・・はなせ! 何をするんだよ!!」
 必死に暴れるが屈強な男たちに押さえつけられてしまってはどうしようもない・・・。
 「許せよ・・・高杉・・・みんなのためだ!」
 キャプテンが腕を組んだまま呟いた。



 「なぜ、僕がこんな格好をしなければいけないんだよ・・・」
 真がブツブツ言いながら歩いていく。今、彼はさっきキャプテンから手渡された紙袋に入っていた白いワンピースを着て、頭にはセミロングの髪のかつらを被っている。真が歩くたびに、膝の辺りでワンピースの裾の部分がフワフワと靡く。
 「まったく・・・」
 「まあ、そう怒るなよ」
 哲也が笑った。哲也は、頭から足元まで真の姿を見ると、
 「しかし・・・本当に喋らなければ女の子にしか見えないな」
 『ボカッ!!』
 真が哲也の頭を殴っていた・・・。



 みんなが居酒屋の前にやってきた。
 「これのことかよ!」
 女の子の格好をした真が看板を指差した。
 『本日はレディース・デイ。女性のいるグループは料金半額!』
 大きな看板が掛けられていた。
 「おまえ・・・その格好で男言葉はやめろよ!」
 哲也の言葉に、真は顔を真っ赤にして、
 「そんなことを言ったって、僕は男・・・」
 「「「やめろ!!」」」
 部員たちが咄嗟に真の口を押さえつけた。
 「真・・・おまえは今日は喋るな!!」
 キャプテンが、部員たちに押さえつけられている真を見下ろしながら言った。傍から見ると、屈強な男たちが、可愛らしい女の子を押さえつけているとしか見えないだろう。
 「俺たちみんなが安く腹いっぱい食べるためだ・・・我慢してくれ、高杉!!」
 「そんな!!」
 呆然とキャプテンを見上げる真。


 「いらっしゃいませ!!」
 ショートカットの髪の可愛らしい女の子が、大きな瞳をくりくりさせながら真たちを席に案内していった。
 「女の子が一緒なら、今日は半額なんだろう?」
 哲也がメニューを見ながら店員の女の子に尋ねている。
 「そうですよ! でも、お連れさん・・・可愛らしい娘ですね」
 女の子が、哲也の横に座っている真を見ながら言った。
 「そうだろう、うちの部でたった一人の女の子なんだから!」
 「マネージャーさんですか?」
 女の子が真を見つめている。真は、目を合わせないようにしながら、小さく頷いた。
 みんながどんどん注文していく。その量は普通のお客の倍以上だ。
 「さあ、みんな! 今日は半額なんだから、しっかり食べておけよ!!」
 運ばれてきた料理を前にして、キャプテンが大きな声で言った。
 「「「「「オーッ!!」」」」」
 「「「「「いただきまーす!」」」」」
 部員たちが、運ばれてきたたくさんの料理を、まるでお腹の中に流し込むように食べていく。慌てて食べて喉に詰まらせた部員は、ジョッキに入ったビールを一気に飲んでお腹に流し込む。真は、呆然と目の前で繰り広げられる、まるで大食い競争のような光景を見つめていた。
 「なんだ? おまえ・・・食べないのか?」
 口に餃子を詰め込んで頬を膨らませながら、哲也が真に訪ねた。
 「うん・・・僕はちょっと・・・」
 哲也は、そんな真を見て苦笑いすると、周りに聞こえないように小さな声で囁いた。
 「傍から見ると、本当に女の子みたいだぜ!」
 哲也がニヤニヤ笑いながら言うと、
 「・・・イテッ!!」
 真が、哲也のお尻をつねっていた。


 コンパが終わり、部員たちが次々に店を出て行く。哲也は幹事をしていたのでみんなから集めた会費で支払いをしていた。
 「女性の方がご一緒ですので・・・」
 レジの女の子は、チラッと真に視線を送った。俯いてしまう真・・・。
 「半額になりますので・・・」
 哲也がレジに表示されて金額を支払った。
 「ありがとうございました!」
 女の子の声を背中で聞きながら、ワンピースを着た真と、支払いを済ませた哲也が店を出て行く。
 「おまえのおかげで安く済んだよ!」
 哲也が上機嫌で笑っている。
 「そう・・・」
 真は憮然とした顔をしている。
 「高杉!よくやった!! おまえのおかげで、貧乏なうちの部員たちはたっぷり食べることが出来た!!」
 キャプテンが真の両手を掴んで礼を言っている。
 「ハア・・・どうも!!」
 苦笑いしている真、その時、
 「お客様!!」
 店の扉が開き、中からレジにいた女性店員が真に向かって歩いてくる。
 『ゲッ? ばれたのか?』
 真の顔が、一瞬強張った。
 「今日はレディース・デイなので・・・」
 女の子が両手を真に向かって差し出した。その中にはリボンをつけた小さな箱が・・・。
 「お土産になります!」
 女の子が可愛らしい笑顔を真に向けた。
 「ボ・・・わたしにですか?」
 真が小さな声で呟いた。
 「ハイ!」
 女の子が頷いた。真はその小さな箱を受け取った。
 「高杉・・・なんだよそれ?」
 「開けてみろよ!」
 部員たちが集まってきた。
 「ア・・・それは、家にお帰りになってから開けてくださいね!」
 女の子が真に向かって言った。
 「エ〜ッ?!」
 「なんだよ・・・」
 哲也や部員たちから不満の声が上がった。
 「レディース・デイですからね!」
 女の子が笑った。真に向き直ると、
 「お家に帰ってから開けてくださいね! 必ずですよ!!」
 ニッコリ微笑むと店に戻っていった。
 「いいなあ・・・高杉!」
 哲也が口を尖らせながら言った。真は手の中の小さな箱を見つめていた。
 『結構軽いけど・・・なんだろう?』
 そう思いながら、真は借り物のバッグの中に箱をしまった・・・。


 真は女の子の格好のまま、大学の寮に戻ってきた。時間は、もう夜中の2時になっている。既に、寮は消灯時間も過ぎて、常夜灯が点いているだけだ。
 「良かったよ・・・こんな格好みんなに見られたら・・・」
 真が苦笑いをしている。
 「そうか? どこから見ても女の子だぜ!」
 哲也も笑った。
 「そうだ・・・帰ってきたんだから、さっきの箱・・・開けてみろよ!」
 「エッ?」
 「何が入っているのか、俺たちも見たいし・・・」
 「うーん・・・」
 真は、バッグの中の小さな箱を見つめていた。なぜだろうか? 不思議なことに、箱をここで開ける気が起きなかった。
 「やっぱり、部屋で開けるよ」
 「そうか・・・残念だけどな!」
 哲也が笑った。
 「高杉・・・今日はご苦労だったな!」
 キャプテンが、ごつい腕で真の華奢な肩を叩いた。
 「痛い!」
 思わず顔をしかめる真。
 「おお・・・すまんすまん」
 キャプテンが笑った。真も顔に苦笑いを浮かべると、
 「さあ、早く部屋に戻って男の服を着ます・・・このままじゃあね!」
 真は笑うと、足早に部屋に戻って行った。


 真が自分の部屋に入ってきた。電気のスイッチを入れると、真っ暗だった部屋が蛍光灯の明かりで照らし出された。スッキリと片付いている部屋に真が入っていく。バッグを床に置いてテレビをつけると、真はカーペットを敷いた床に座った。
 「ハ〜ッ・・・ひどい目にあったな・・・・」
 白いワンピースを着た自分の体を見下ろしながら呟いた。傍らに置かれたバッグに真の視線が止まった。あの、小さな箱を取り出すと、
 「これ・・・何が入っているんだろう?」
 リボンを外して包装紙を剥がした。箱を開けた次の瞬間、
 『ボン!!』
 鈍い音がして、箱から薄いピンク色の煙が立ち昇った。たちまち部屋に煙が充満した。
 「何だ?!」
 叫ぼうとした真は、全く声が出せなかった。体が痺れて箱を持ったまま仰向けに倒れてしまった。真は声を出して助けを呼ぼうとした・・・しかし、全く声を出すことが出来ない。体を動かそうとしても、指一本も動かすことが出来なかった。しかし、意識はハッキリしていた・・・しだいに自分の体がムズムズしてきた。なんとか目を動かして自分の体を見ようとした真は、そこに信じられないものを見た。まっ平らだったワンピースの胸の辺りがどんどん大きくなっていくのだ。そして、ウエストのあたりはスッキリして、お尻が大きくなっていくような感覚が・・・。
 『いったい何が・・・』
 声を出すことも出来ず、信じられない光景にブルブルと震えている真・・・。やがて煙が薄くなってきた。ようやく見えてきた部屋の様子に、真は呆然としてしまった。
 「何だよ! これは?!」
 それは、見慣れた自分の部屋ではなかった。窓には、薄いピンク色のカーテン、可愛らしいカバーのかかったベッド、その枕もとに置かれたぬいぐるみ、テーブルの上に置かれていたはずのカー雑誌は、女性ファッション誌に代わっている。それに、今呟いた自分の声が、高く澄んだ女の子の声に変わっているではないか・・・・。
 「まさか・・・?」
 我に返った真は、頭に被ったかつらを脱ごうとした。しかし、
 「痛い!!」
 かつら脱げない・・・まるで最初からそうだったように頭にくっ付いたままだ。
 「そんな・・・」
 真は乱暴にワンピースを脱いだ。そして目にしたのは・・・。
 「ああ・・・?!」
 ワンピースの下には、男物の下着を着ていたはずだ・・・しかし、今、真は薄いブルーのブラジャーとショーツを履いていた。そして、そのブラジャーの中には、立派な膨らみがあり、ショーツに包まれた股間には、男性だった痕跡は無い・・・すっかり平らになってしまっていたのだ。呆然と自分の体を見下ろす真。
 『ガチャッ!』
 部屋のドアが開いた。
 「おい! 高杉!!」
 「真! あの箱、何が・・・」
 キャプテンと哲也が部屋に入ってきた。しかし、次の瞬間、
 「ブッ!」
 目の前にいる下着姿の女の子を見たキャプテンは、鼻血を出して倒れてしまった。
 「君は・・・」
 目の前の下着姿の可愛らしい女の子に、視線が釘付けになっている哲也。
 「哲也・・・僕・・・」
 「真・・・なのか?」
 ようやく呟くように尋ねる哲也。
 瞳に涙を浮かべながら真が頷いた。
 「やった〜!!」
 突然、哲也が喜んだ。真は、きょとんとしながら、哲也を見つめていた。
 「これで、ラグビー部にも女の子が・・・」
 はしゃいでいる哲也の動きが止まった。いつのまにか、目の前には真が立っていた。その表情は・・・。
 「どう・・・したんだ? 真?」
 「どうしてくれるんだよ・・・?」
 真が瞳に涙を浮かべながら哲也を見つめている。
 「まあ、可愛いんだからそのままでも・・・」
 言いながら、哲也は真の迫力に押されて後ずさりしていた。
 「男に戻してくれよ!!」
 真が叫んだ。慌てて逃げ出す哲也を真が追いかけていく。
 深夜の男子学生寮に、女の子の叫び声が響いていた・・・。




 コンパ!(おわり)




 こんにちは! 逃げ馬です。
 女性専用シリーズの短編、今回は居酒屋さんの“レディース・デイ”を題材にしてみました。
 このジャンルは、他の作家さんもネタにされているので、なかなか独自色を出すのが大変ですね(^^; 僕は、主人公を男子校の学生にしてみました。
 しかし、真くんはちょっと悲惨ですね(笑) 無理やり女の子の格好をさせられて、挙句の果てに最後には本物の女の子に(^^; そして通っているのは、共学だけど男子校! このあとはどんな女の子ライフが・・・(^^;;; 
 
 それでは、最後までお付き合いいただいてありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう!

 尚、この作品はフィクションであり、登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係の無いことをお断りしておきます。

 2002年5月 逃げ馬












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