チェーンメール





 作:逃げ馬













 相楽孝則は、24歳。大手製薬企業、関西製薬の開発研究員として勤務している。
 
 年が明けて、今日は会社の仕事始め。駅で電車を降りて、会社に向かって歩いて行く相楽の周りには、スーツ姿のサラリーマンや振袖姿の女子社員の見慣れた顔があった。
 「おはよう!」
 誰かが相楽の左手に腕を絡めてきた。
 「オッ?」
 ショートカットの髪のボーイッシュな雰囲気を漂わせた小柄な女性が相良に腕をからめて歩いている。
 「千賀子・・・・」
 相楽がニッコリ笑った。

 相楽と一緒に歩くのは、松田千賀子。23歳・・・近畿薬科大学で勉強していたころに研究室にいた相楽と知り合った・・・相楽から見ると1期下の後輩にあたる。
 そして、二人は周りも認める仲の良い恋人だった。
 「明けましておめでとう!」
 相楽がニッコリ笑って言うと、千賀子は肘に回していた腕を放すと、
 「明けましておめでとうございます・・・・不束者ですが、今年もよろしく!」
 背中を90度に曲げながらそう言って、顔を上げた途端に舌を出した。相楽が笑い出した。
 「全く・・・・相変わらずだな!」
 相楽が歩き出すと、千賀子は小走りに追いついて、また腕に手を回した。相楽が千賀子の顔を見つめる。千賀子はニッコリ微笑むと、相楽の逞しい体にしなだれかかった。

 そう・・・この時までは、二人は幸せだった・・・・。



 「明けましておめでとうございます!」
 「おめでとう・・・・」
 「今年もよろしく!」
 オフィスに入ると、相楽は挨拶を交わしながら自分の席にやってきた。机の上にアタッシュケースを置くと、コンピューター端末を操作しながらメールをチェックする。
 「なんだ?」
 突然、隣の席に座っている須藤が声をあげた。
 「どうしたんだよ・・・須藤?」
 相楽の前の席に座る高嶋が首を傾げた。相楽も視線を須藤のコンピューター端末に移した。須藤と高嶋は、相楽と同期入社・・・・仕事でもチームを組む気心の知れた仲間だ。
 「チェーンメールだよ・・・・チェーンメール!」
 須藤が厳つい顔に苦笑いを浮かべながら画面を指差した。相楽と高嶋が画面を覗きこむと、
 『このメールの文面と添付ファイルをメール到着後24時間以内に5人の人に送ってください・・・・さもなければ、あなたに不幸が訪れます・・・』
 と書かれたメールと、プロポーション抜群のビキニ姿の女の子の画像が・・・・。
 「なんだ・・・これ?!」
 覗きこむ高嶋がクスクスと笑っている。須藤も苦笑いをしながら、
 「全く・・・・暇な奴は何をするか分からないよな・・・・」
 画面を切り替えると、机の上に積み重ねた書類を手に取って、
 「さあ・・・・それじゃあ仕事でもしますか!」



 年初めの挨拶も終わり、オフィスはいつもの活気に満ちた風景に戻っていた。コンピューターの画面を見ながら忙しくキーボードを叩く相楽の耳に、リズミカルなメロディーが聞こえてきた。
 「・・・?!」
 思わず音の聞こえてきた方向を見ると、前の机に座っている高嶋が携帯電話を取り出してボタンを操作していた。
 「電話か?」
 「いや・・・メール・・・」
 高嶋は携帯電話に視線を向けたまま答えた・・・・やがて・・・・。
 「なんだこりゃ?!」
 高嶋の素っ頓狂な声がオフィスに響く。中央の立派な机に座っている部長の青山が厳しい声で、
 「高嶋!!」
 「あ・・・・すいません!」
 高嶋が頭を掻きながら謝った。頭を振って訳が分からないと言う表情で眼鏡を直す青山部長。神経質そうな細面の顔の額に青筋が立っている。
 「どうしたんだ?」
 相楽が尋ねると、
 「俺のところにも悪戯メールが来たよ」
 苦笑いしながら携帯電話の画面を相楽に向けた。そこには、さっきの須藤のメールと同じ文面と、フリルがたくさん付いたミニスカート姿のアイドルの画像が映っていた。
 「なんだよ・・・・それは!」
 相楽が笑い出した。
 「なんだか・・・・危ない趣味だよな!」
 高嶋も笑う。
 「この娘・・・・15・6歳ってとこだろ・・・ちょっと危ない趣味だよな!」
 携帯電話の画面を見ながら高嶋が笑うと、
 「ウ・・・ゴホン!」
 青山部長がこちらを見ながら咳払いをした。相楽と高嶋は、肩を竦めながら仕事に戻った・・・。



 夕方
 勤務を終えた相楽が会社を出ると、
 「お疲れ様!」
 玄関の外で千賀子がニッコリ笑って手を振っていた。
 「よぉ!」
 相楽の顔にも思わず笑みが浮かぶ。
 「この後・・・・何か予定でもあるのか?」
 「ううん・・・・何も!」
 相楽は、一緒に歩く千賀子の顔を見つめながら笑った。
 「それじゃあ、これから食事にでも行くか?」
 「うん!」
 千賀子が相楽の左腕に腕を回しながら微笑む。二人は、レストランに入っていった。



 「そう言えば、今日は会社で面白いことがあったのよ」
 料理を美味しそうに頬張りながら、千賀子が微笑んでいる。
 「うん?」
 「うちの課長に、変なメールが来たの・・・いわば”不幸のメール”みたいなんだけどね」
 「エッ?」
 「添付ファイルにブルマ姿の女の子の絵が付いていたの!」
 千賀子が口を押さえながら笑い出した。
 「課長ったら、『これはラッキーだ』って言ってそのメールを保存しちゃったのよ!」
 「・・・それ・・・うちの連中のところにも、何通か来てた!」
 相楽もニッコリ笑った。
 「そう言えば、孝則さんには来てないの?」
 「エッ?」
 相楽は、携帯電話を取り出したが、
 「アッ・・・・バッテリーが切れてる・・・」
 相楽は苦笑いをしながら視線を千賀子に戻すと、
 「しかし・・・アイドルの女の子や水着のグラビア画像・・・・暇な奴もいるよな」
 二人が笑い出す。二人の横にある大きな窓から差し込む月明かりが、二人を明るく照らしていた。



 翌日

 「おはよう!」
 「ああ・・・・おはよう・・・」
 「おはようございます!」
 関西製薬では、いつもと変わらぬ朝の風景が始まっていた。相楽は職場の仲間たちと挨拶を交わしながら、いつものように自分の机の上にアタッシュケースを置いた。
 「よぉ!」
 隣の席のスーツ姿の須藤が手を上げる。
 「おはよう!」
 分厚い文献を読みながら、高嶋が微笑む。
 「おはよう!」
 相楽も軽く手を上げると、アタッシュケースの中から書類やフロッピーディスクを取り出して仕事の準備を始めていた。その時、
 「ア・・・アアアッ?!」
 素っ頓狂な声が相楽の横で上がった。何気なく横を向いた相楽の目には、信じられない光景が飛び込んできた。横に座っている須藤の髪が、するすると肩まで伸びて、体が小さくなっていく。それと反比例するように、スーツの胸のあたりが下から押し上げられるように大きく膨らんで・・・。
 「須藤?!」
 「?!」
 その光景を見つめる相楽も高嶋も、とっさに言葉が出ない。異変はすぐにオフィスの中にも伝わった。オフィスにいるスタッフたちの視線が須藤に集まる。体の小さくなった須藤の着ているダブダブの紺色のスーツは、しだいに色を水色に変えて上着とズボンがみるみるうちに小さくなっていく。
 上着は、大きく膨らんだ胸を覆い、ズボンは大きく膨らんだヒップをぴったりと覆っていく。
 「アア・・・そんな・・・」
 今や須藤は、季節はずれのビキニを着た美少女に変わり果てていた。そんな須藤を呆然と見守るスッタフ達。細く綺麗な髪をかきあげながらポーズを取る須藤。
 「須藤・・・おまえ?」
 ようやく、横に立っていた相楽が呟くように声をかけると、
 「エッ・・・ア・・・・アアアッ?!」
 ポーズをとっていた須藤だった少女は、自分の体を見下ろしてパニックを起こす。
 「相楽・・・俺は?!」
 その姿と声に似合わない口調で叫ぶと同時に、大きく膨らんだ胸を隠すように座り込んだ。
 「しっかりしろ!」
 「アア・・・俺は! どうしてっ!!」
 すっかり取り乱して泣き叫ぶ須藤だった少女。
 「誰か・・・・須藤を医務室に!」
 ようやく我に帰った青山部長が声をかけると、女子社員たちが泣きじゃくる少女を支えながらオフィスの外に連れ出した。OLに連れられて歩くビキニ姿の美少女・・・・どう考えてもマッチしない・・・・相楽はそんなことを考えていたが、
 「いったいどうして・・・」
 高嶋が呟いた。
 「ん?!」
 「いったいなぜ、須藤の奴・・・あんなことに・・・」
 その時、相楽の記憶に何かが・・・。
 「あの女の子・・・・どこかで見たことが・・・」
 相楽が呟いたその時、
 「エ〜ッ?!」
 高嶋の叫び声がオフィスに響く。相楽の目の前で、高嶋のスーツの胸の部分が膨らんでいく。髪が背中の辺りまで伸び、顔が小さくなりはだが木目細かくなっていく。
 「うわ〜〜!!」
 パニックを起こして立ちあがった高嶋は、以前より背が縮んだように相楽には見えた。
 高嶋の着ているスーツの上着はカラフルな色に変わり、体にピッタリと吸い付いてその変化した体のラインを露わにする。ズボンはいつのまにか膝の上・・・太股の辺りまで短くなると、一本にまとまって大きく・・・まるででキノコの傘のように広がった。そのスカートに、たくさんのフリルがあしらわれていく。そのスカートから延びる健康的な足。高嶋は、華麗な衣装に身を包んだアイドルの女の子の姿になってしまっていた。
 「アア・・・・俺まで・・・・」
 呆然と自分の体を見下ろすアイドルの姿になってしまった高嶋。
 「どう言うことなんだ・・・・」
 訳が分からないと言う表情で可愛らしい衣装に身を包んだ高嶋だった少女を見つめる青山部長。
 「大変です!!」
 息を切らせながら千賀子が走りこんできた。
 「松田君、どうしたんだ?!」
 「会社のあちこちで男の人が、突然女の子に・・・」
 「そうだ!」
 突然、相楽が叫んだ。
 「どうした・・・」
 訝しげに相楽を見つめる青山部長。
 「昨日、二人とも変なメールが来ていたんです。考えてみると、二人ともそのメールに付いていた画像の姿に・・・」
 「それは・・・・このメールか?」
 青山部長が携帯電話を取り出した。そこには・・・、
 「部長・・・・それは?!」
 いあわせた部下たちの表情が凍りつく。それは、須藤と高嶋に来たメールと同じだった。
 「怖がることはないだろう・・・」
 青山部長が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 「これが原因ならこうすれば・・・」
 携帯電話を操作する青山部長に、
 「部長、止めて下さい!!」
 千賀子が止めようとしたが、
 「ア・・・・アアアッ?!」
 みるみるうちに、青山の姿が変わっていく。たちまちのうちに青山は、オフィスのスタッフたちの目の前でセーラー服姿の女子高生に変わってしまった。驚きのあまり、オフィスの床に座り込んでいる青山部長だった女の子。スカートが丸く床に広がり、上から見ると足がM字型になっている。そこからは、以前その女の子が男だったことは、まるで感じることが出来ない。
 「いったい・・・・いったいどうなっているんだ?」
 小さく震えている相楽に向かって千賀子が、
 「他の部署でも大騒ぎよ! あのメール・・・・削除しようとした人も変身してしまったの。 看護婦さんに婦人警官。チアガールやウエディングドレスを着た花嫁さんまでが突然オフィスに現れたのよ!」
 ハッとして千賀子が相楽を見つめた。
 「・・・・孝則さんは・・・・大丈夫なの?」
 不安げに見つめる千賀子に向かって相楽が微笑む。
 「大丈夫だよ・・・・僕の端末には来ていないから」
 「携帯電話には?」
 「エッ?!」
 相楽が頭に手をやりながら、
 「昨日、電池が切れてから見ていないから・・・・」
 相楽はアタッシュケースから携帯電話を取り出した。手早くボタンを操作していくと、
 『メールが1件あります』
 「・・・・」
 思わず千賀子と顔を見合わせる相楽。メールを見ると、
 「ああ・・・・・・」
 『このメールの文面と添付ファイルをメール到着後24時間以内に5人の人に送ってください・・・・さもなければ、あなたに不幸が訪れます・・・』
 そして付けられているのは、うちの会社の制服姿の可愛らしい女の子の画像。
 「・・・・どうしよう・・・・」
 震える手で携帯電話を握る相楽。その手が汗ばんでくる。千賀子は携帯電話を覗きこみながら、
 「このメール・・・・昨日の今頃来ているじゃない!! あと3分ほどしかないわよ!」
 「どうしよう!」
 見つめあう相楽と千賀子・・・・しかし、相楽にはもはや選択肢はない。削除をしても変身してしまうのは、さっきの青山部長の行動ではっきりした。後は、このまま甘んじて女の子になるか、それとも・・・。
 突然、相楽はすごいスピードでメールを打ち始めた。一件目・・・・2件目・・・・そして・・・・、
 「孝則さん・・・・早く!!」
 「クソッ!!」
 汗で指が滑って思うように打てずに焦る相楽。
 「アア・・・・」
 突然、相楽が声をあげた。相楽が胸を押さえる。そこには、両手でも隠しきれない膨らみがあった。
 「孝則さん?!」
 両手で口を押さえる千賀子。その目の前で、相楽の変化は進んでいく。髪がするすると伸びて肩にかかる。ウエストは括れ、スーツのお尻のあたりはパンパンに膨らむ。体は一回り小さくなって、スーツからは細く綺麗な指先が出ているだけだ。いつのまにか足は自然に内股になっていた。
 次には、服が変化し始めた。相楽の大きく膨らんだ胸を何かが掴んだ。そして履いていたトランクスはすべすべの生地になって相楽の大きく膨らんだヒップをしっかり包んだ。その変化の意味を理解して、相良は自然に顔が赤くなってしまった。
 カッターシャツは柔らかい生地の純白のブラウスになって相楽の上半身を優しく包んでいる。そして、スーツの上着は、紺色のベストに変化した。ブラウスの胸には、赤いリボンが付いていた。
 「?!」
 下半身が何か寂しい。足元を見下ろした相楽は、大きな変化を目にすることになった。ズボンは一本にまとまり、タイトスカートになって既に膝の上くらいまでの長さになって、そこから美しい無駄毛一本ない足がスラリと伸びている。革靴はかかとの高い靴に変わってしまっている。
 今や、相楽は関西製薬のOLに変わってしまっていた。
 「千賀子・・・」
 自分の体を見下ろしながら、可愛らしい声で呟く相楽。オフィスのスタッフたちは、信じられない光景を立て続けに見て声も出ない。
 「「「可愛い!!」」」
 突然、オフィスの女子社員たちから声が上がった。
 「相楽さん・・・・ものすごく可愛くなったよ!」
 「エッ?!」
 「ホラ!」
 小さな鏡を見せる女子社員。そこには、相良と同世代くらいに見える可愛い女の子がどこか不安げな表情で鏡の向こうから相楽を見ていた。
 「これが・・・僕?」
 「ねえ・・・・松田さん! 可愛くなったわよね」
 「う・・・・うん・・・・可愛いよ!」
 「ほら・・・・いろいろ教えてあげるから! ネッ?!」
 千賀子たち女子社員はニッコリ笑うと、相楽を引っ張りながら女子更衣室に連れていく。
 「ちょっと・・・・みんな待ってよ・・・・僕は、男・・・」
 「そんなに可愛いのに、なにを言っているのよ!」
 「ちょっと・・・待ってよ・・・・誰か助けて〜〜〜!!」
 途惑う相楽にかまわず、化粧をしたり、いろいろな服をとっかえひっかえ着せていく女子社員たち。

 この後、相楽は千賀子のレクチャーを受けながら、女の子ライフを送ることになったのは、言うまでもない・・・・。






 チェーンメール(終わり)









 こんにちは! 逃げ馬です。
 
 今回の短編作品は、逃げ馬流の集団性転換もの?です(^^)
 なんだか、変身シーンをたくさん書きたくて書いてしまいました。
 この作品を書いたきっかけは、いわゆる迷惑メールですね。これは、携帯電話を持たれた方・・・・いろいろ嫌な思いをした経験は、どなたもお持ちじゃないでしょうか? でも、それでネタを思いつく逃げ馬っていったい(^^;;;
 最後に主人公が変身って言うのは・・・・これはもう“お約束”ですよね(^^; 相楽君、女の子達のおもちゃになりましたが・・・・どう言うことになったかは、皆さんのご想像におまかせします(^^)

 それでは、最後までお付き合い頂いてありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう。


 なお、この作品に登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。
 また、この作品に間する権利は、作者に帰属します。この作品の無断転載・全部、または一部を改変するようなことはご遠慮ください。


 2003年1月 逃げ馬












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