魔法の繭
作:逃げ馬
夏休み。
本来は楽しいはずの夏休みも、中学3年生の生徒たちにとっては、受験に向けての大切な時間だ。
津島直人もまた、この夏は受験のための学習塾に通う毎日だ。
今日もまた、朝から学習塾の夏期講習に向かうのだが・・・。
「はあ〜〜〜〜」
直人は大きなため息をついた。
それはそうだろう。
せっかくの夏休み、しかも“遊びとスポーツ、そしてゲーム”が大好きな直人にとっては、学習塾の夏期講習は、単なる『我慢の場』でしかない。
重い足取りで自転車に乗ろうとしたその時、
「おはよう!」
可愛らしい声が聞こえ、直人が視線を向けた。
ポニーテールの黒髪を揺らしながら、女の子が大きな瞳で直人を見つめている。
彼女は、野村あつ子。
直人とは、幼稚園のころから中学校まで一緒に過ごした幼馴染だ。
「ああ・・・・お・・・・おはよう」
直人がぎこちなく答えると、あつ子はクスクスと笑った。
「さあ、行きましょう」
そういうと、あつ子は自転車で走っていく。
直人も、慌てて後を追った。
塾では生徒たちが鉢巻きを締めて授業を受ける。
その恰好とは裏腹に、直人は授業に無が入らない。
たまに先生に当てられると、しどろもどろになってしまってみんなに笑われてしまう。
その中に、あつ子がいるのが直人にとっては辛かった。
昼休み
生徒たちは昼食を食べている。
ある生徒は、コンビニの弁当を。
ある生徒たちは塾から出て、バーガーショップへ。
直人は母親が作ってくれた弁当を食べていた。
少し離れた場所では、あつ子が女子生徒たちと弁当を食べていた。
彼女たちの会話が、直人に聞こえてくる。
「ねえ、あつ子はどこの高校を受験をするの?』
「う〜ん・・・純愛か、カトレアかな?」
「カトレアは、廃校になったんじゃ?」
「また募集をするみたいよ」
名門だもんね・・・・そう言うと、あつ子は明るく笑った。
「あつ子が・・・女子高に・・・・」
そう呟くと、直人はため息をついた。
夏休み・・・直人やあつ子にとっては、夏期講習の日々は瞬く間に過ぎていく。
そして、夏休み最後の日・・・。
すでに日は落ちて、辺りは暗くなっていた。
学習塾の入っているビルから、生徒たちが出てきて迎えの車に乗ったり、手を振って挨拶をすると家に向かって歩いて行く。
直人とあつ子も、仲間たちに挨拶をすると、自転車に乗った。
二人が自転車を漕ぎだした。
夜の街を二人の自転車が走っていく。
あつ子は、友人たちとの話題や、学校のこと、そして進学を希望している『聖カトレア女学院高校』の話題・・・いつものように、明るく話すあつ子の話を聞いていた直人は、いつしか黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
あつ子は首をかしげ、直人の顔を覗き込もうとしたが、直人はブレーキをかけて自転車を止めてしまった。
あつ子も慌てて自転車を止めた。
「もう・・・どうしたのよ・・・・?!」
あつ子が頬を振らませながら、直人を睨んだ。
直人は黙ってあつ子を見つめている。
そう、言いたいことはあるのだ・・・しかし、それを言葉にすることはできない。
「ねえ、どうしたの?!」
ポニーテールの黒髪を揺らしながら、あつ子が自転車を押してこちらに歩いてくる。
直人はいつしか、俯いてしまった。
「ねえ、直人?」
「おまえ・・・」
「うん?」
「・・・あつ子は、カトレアを受けるのか?」
「うん! さっき、話したじゃない?」
「そうか・・・」
直人は、無理やり笑顔を作った。
「じゃあ、卒業したらお別れだな・・・」
あつ子は女子高へ行っちゃうんだし・・・まあ、ただの幼馴染だけどさ・・・・そう言うと、直人は明るく笑った。
「直人・・・」
あつ子は、ハッとした表情で直人を見た後、俯いてしまった。
「わたしだって・・・・直人と一緒に学校に行きたいけど・・・・」
「ほらほら・・・・気にしない、気にしない!」
つまらないことを言ってごめんな・・・・そう言うと、直人は再び自転車にまたがった。
「アッ・・・・・そうだ・・・・」
あつ子はしばらくバッグの中を覗き込んで、何かを探しているようだった。
「あった!」
あつ子は、
「はい、これ!」
そういうと、直人の右手に何かを握らせた。
「なんだよ・・・?」
直人も、自分の掌を見た。
「うちのおばあちゃんが、わたしの小さいころにくれたの・・・・これを持っていると、願いがかなうんだって」
直人の掌には、小さな『繭』・・・・そう、カイコ等の昆虫が作る繭があった。
直人は、言葉もなく繭を見つめている。
その繭は、夜の月明かりを受けながら、美しく光っていた。
「ただいま〜〜〜〜!」
直人は家に戻ってくるなり、玄関で靴を脱ぐとカバンを置いて、台所に歩いて行った。
「母さん、お腹がすいた!」
母親は『おかえり』と声をかけながら、
「まったく・・・・いきなり『お腹がすいた』は、ないでしょう」
呆れたような視線で直人を見つめている。
直人は、「エヘヘ…」と笑いながら、椅子に座ろうとしたが、
「ダメ! 手を洗ってきなさい!」
母親に言われ、渋々手を洗いに行き、改めて椅子に座り、
「いただきます!」
と言うが早いか、並んだ料理をパクパクと平らげていく。
母親はクスクスと笑いながら、流しで食器を洗い始めた。
食事を終えて、風呂から上がったた直人が自分の部屋に戻ってきた。
「フウ〜〜〜〜・・・・」
バッグを机に置き、テキストやノートを机に出す。
「アッ?」
ノートと一緒に何かが机に転がり出てきた。
そう、あつ子から貰った繭玉だ。
窓から差し込む月明かりを浴びて、白く輝いている。
「うちのおばあちゃんが、わたしの小さいころにくれたの・・・・これを持っていると、願いがかなうんだって」
あつ子は、そう言っていた。
「願いがかなう・・・・か・・・?」
直人は小さく笑った。
僕はあつ子と一緒に高校に行きたい・・・・でも、彼女は女子高を受験する・・・・願いが叶うわけないじゃないか・・・・?
「?!」
月明かりを受けていた繭玉が、光ったように見えた。
「どういうことだ?」
そう思った瞬間、
「なんだ?!」
そう叫ぼうとした直人の体は、大きく膨れ上がった繭玉に包み込まれてしまった。
「ここは・・・?」
色とりどりの光に彩られた空間・・・・それが、直人の感じた最初の印象だった。
「僕は・・・?」
確か自分の部屋にいたはずなのに・・・? そう思いながら辺りを見渡した。
赤・青・黄色・緑・・・周りの空間は、光に満たされている。
その光が、まるで心臓の鼓動に呼応するかのように輝きが強くなったり・・・・弱くなったりしている。
直人は、周りを見ながらこの空間を歩き出した。
歩いているのだが、足元はフワフワしていて『歩いている』という実感がわかない。
「いったい・・・ここはどこなんだ・・・・?」
「ここは、あの繭の中・・・」
突然、女の声が聞こえて、直人はその声の聞こえた方向を見た。
そこに居たのは・・・・?
「あ・・・つ・・・こ・・・?」
そこには、中学校の制服・・・・セーラー服に身を包んだあつ子がいた。
微笑みを浮かべながら、直人を見つめている。
「どうして?」
そういう直人に、
「わたしは、“あつ子”ではないわ・・・」
「だって・・・君は・・・?」
「わたしは、あなたの”理想の女の子”・・・あつ子ではないわ・・・」
「エッ?」
呆気にとられている直人に、“あつ子ではない女の子”は・・・・。
「この姿の女の子が言っていたわよね・・・『願いが叶う』と・・・・」
だから、あなたの願いを叶えてあげるわ・・・・。
彼女が直人にそう言った瞬間、彼は、体を震わせながら自分の体を抱きしめると、その場に座り込んでしまった。
「ウウ・・・・ウウッ・・・・?」
直人が思わずうめく。
なんなんだ・・・・この感覚は・・・?
全身が、見えない何かに掴まれたような感覚。
見えない何かに、内臓を掻き回されるような感覚・・・。
「なんなんだよ・・・・」
直人の額に、玉のような汗が浮かぶ。
自分の体を抱きしめる直人の腕が、次第に細くなっていく。
それなりについていた筋肉が溶けるように消え失せ、指は細くしなやかな、まるで女の子のような指になっていく。
“見えない何か”に全身を押さえつけられる感覚が直人を襲う。
思わずうめき声が出る。
身長が低くなり、体が一回り小さくなる・・・履いていたジーンズやTシャツがダボダボになってしまった。
頭がムズムズする。
髪の毛が首筋に当たる?
手で掴んでみた髪の毛は、細くサラサラの艶やかな黒髪だった。
同時に顔にムズムズする感覚を感じた。
瞬きをすると、長くなった睫毛が今までとは違う感覚を感じさせる。
そして直人は、今までで最大の変化を感じていた。
胸がムズムズする。
それは感覚だけではなく、直人の目に変化が直接飛び込んできていた。
直人のシャツの胸元を、何かが押し上げてきている?
直人は気が付かなかったが、シャツの下では、直人の乳首がピンク色に変わると一回り大きくなり、大きく膨らんでシャツを押し上げていったのだ。
それだけではなく、お尻も膨らみジーンズが、はち切れそうになっていた。
「あなたの姿を見てみる?」
あつ子そっくりの少女が言うと、直人の前に鏡が現れた。
「そんな・・・?」
自分のものとは思えない声・・・・そう、女の子の声で直人が呟いた。
鏡に映っている人物・・・・鏡からこちらを見つめていたのは、直人と同じ服を着た、ショートカットの髪の美少女だ。
そして、それは今の直人の姿なのだ・・・・。
「これが・・・・僕?」
直人が呟く。
鏡に映った女の子は大きな瞳を見開いて、直人を見つめている。
しかし、それは今の直人自身の姿。
なぜなら・・・・。
直人が視線を落とした。
そこには、シャツを押し上げる大きなふくらみがある。
自分のものとは思わない、小さな手を胸に当て。その細く白い指で膨らみをつかむ。
「アッ?」
艶やかな唇から、甘い声が漏れる。
小さな手に収まりきらない柔らかい膨らみと、そこから伝わってくる感覚が直人を戸惑わせる。
「まさか?」
手を股間に当てると、そこにあるはずのものは・・・?
「ない?!」
直人の脳細胞が懸命に『データ処理』を行っている。
大きな胸のふくらみと、形の良いヒップ。
そして股間から男性の象徴がなくなった。
その意味するところは・・・?
直人の脳細胞は、解析が終わった・・・・その結果を、柔らかい唇が呟いた。
「僕は・・・・女の子になっちゃったのか・・・?」
「そうよ・・・・あなたは女の子・・・・」
少女が直人に微笑みかけた。
「でも、その恰好じゃ駄目ね」
次の瞬間、
「アッ?!」
直人が声を上げた。
何かに、大きく膨らんだ胸を“掴まれた”のだ。
「そんな?!」
直人の着ていたシャツの下に、“新しい下着”が現れて、それが胸を包みこむと背中に回り込んで繋がると、紐が肩に伸びて胸の重さを分散した。
それと同時に、履いていたトランクスが滑らかな肌触りの布に変わって、大きく膨らんだヒップを包み込んだ。
そしてそれは直人にとっては、何も無くなってしまった股間をさらに印象付けることになった。
直人は思わず頬を赤らめた。
それだけではない。
来ていたシャツが夏の半袖のセーラー服に変わり、青いスカーフがキュッと結ばれる。
ジーンズ右派濃紺に染まり、2本の“トンネル”は1本につながり、直人の目の前でどんどん短くなっていく。
「ちょ・・・・ちょっと?!」
慌てる直人の目の前で、短くなっていくジーンズは紺色のプリーツスカートに変わってしまった。
そのスカートからは、自分のものとは思えない美しい足が伸びている。
その足を白いハイソックスが包んでいった。
「これは・・・・ぼくの学校の制服?」
これじゃあ、僕は女子生徒じゃないか?・・・・直人が愕然とした瞬間、眩い光が直人を包んだ。
その瞬間、直人の部屋に落ちていた繭玉は、光の粒となって消え失せ、その光の粒が集まり人の形にまとまり・・・・やがて、その光が消えていくと。そこではセーラー服を着たショートカットの髪の美少女が眠っていた・・・・。
「直美・・・・起きなさい!」
母親の声が聞こえるが・・・・。
「誰を・・・・呼んでいるんだ・・・・?」
寝返りを打ちながら、母の声を聴いていたのだが・・・・。
「直美! あつ子ちゃんが迎えに来ているわよ!」
母親は布団を剥ぎ取ると、直人の体を揺すって起こした。
「母さん・・・・?」
「もう、いつまで寝ているの? あつ子ちゃんが来ているから、さっさと準備をしなさい!」
そういうと、母親は部屋を出て行った。
直人は、寝惚け眼で母親の後姿を見送ったのだが・・・・.
「そういえば、“直美”って・・・?」
直人の脳裏に、あの繭”の中での“出来事”が甦ってきた。
「まさか?!」
直人は鏡に駆け寄った。
「やっぱり・・・・」
呆然とする直人・・・そこに映っていたのは、セーラー服姿の美少女だ。
しかも散らかっていた部屋は、小奇麗に片付き、ぬいぐるみも置かれてすっかり女の子の部屋になっている。
「僕は、本当に女の子に・・・?」
そう呟いた直人は、へなへなとその場に座り込んでしまった。
自然に“女の子座り”になっているが、直人はそんなことは気が付かない。
その時、
「おはよう!」
突然、部屋のドアが開くと、あつ子が部屋に入ってきた。
「あつ子・・・・僕は・・・?」
涙目であつ子を見つめる直人に、
「もう、せっかくの可愛い顔が台無しよ・・・・」
あつ子はそう言うと、直人の手を取り立たせると、
「さあ、準備をしなきゃ!}
背中を押して、部屋から出そうとした・・・・その時、あつ子が悪戯っぽい微笑みを浮かべた。
「ちょっと?!」
直人が悲鳴を上げる。
あつ子が直人=直美の豊かなバストを背中から揉んでいる。
「うん・・・Eカップだね」
そう言うと、ケラケラと明るく笑っている。
「もう!」
直人が頬を膨らませる。
胸を揉まれる感覚・・・直人の中で、何かが変わっていた。
「すっかり、女の子だね・・・」
あつ子が直人の後ろで、呟いた。
「何か言った?」
「うん? 何も・・・・」
「そう・・・」
身支度を終えた、直人とあつ子が街を歩いて行く。
セーラー服姿の直人とあつ子が手をつないだ。
直人が照れくさそうに笑った。
「いつまでも一緒だよ・・・・」
あつ子の言葉に、直人が頷いた。
二人の少女が、今日も元気に校門をくぐっていった。
魔法の繭
(おわり)
作者の逃げ馬です。
今回はリクエストをいただいた「中学生ネタ」で短編を書いてみました。
ストーリーの中では、直人が呑み込まれた“繭”が一体何なのか?
そしてなぜ、あつ子のお祖母さんがそれを持っていたのか?
一切触れず、謎は謎として残しておきました。
いずれ、またこの“繭”の話題で書いてみたいな・・・と思っています。
それでは、今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
また、次回作でお会いしましょう。
なお、この作品に登場をした団体・個人は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。
2012年9月30日
逃げ馬
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