温泉!!
作:逃げ馬
「勝也・・・今度の週末は、何か予定がある?」
「エッ・・・何もないけど? どうしたんだ、梓?」
勝也が答えた。
ここは城南大学・・・勝也は、この大学の工学部の一年生だ。梓は彼の大学の同級生。と同時に、彼のガールフレンドだ。
「エヘヘ・・・実はね・・・・」
梓がバッグの中から一冊の雑誌を取り出した。ページを開けて勝也の前に広げた。
「ここなんだけどね・・・」
「自然に抱かれたひなびた秘湯・・・だって・・・?」
勝也が雑誌の大見出しを声に出して読んだ。
「うん・・・いいとこみたいだよ・・・行ってみない?」
「お前とか?」
「うん・・・」
梓が頬を赤らめながら頷いた。
「勝也君と一緒に行ってみたいなあ・・・と思って・・・」
まるで呟くように言った。そんな梓を勝也はじっと見つめていた。
「わかった・・・一緒に行こう!」
「本当? 嬉しい!!」
梓が瞳をキラキラさせながら喜んだ。勝也も自然に笑顔になる。その時、
「どこに行くって?」
そう言って二人の間に割り込んできた男がいた。勝也の高校時代からの悪友・・・武田正春だった。
「ねえねえ・・・どこに行くんだ? おまえたち!!」
正春はどちらかと言うとおとなしい勝也とは正反対・・・図々しい程の積極性を持っている。この時もそれを存分に発揮していた。
勝也と梓はお互い顔を見合わせて困惑している。
「何だよ・・・俺たち友達だろう?!」
半ば喧嘩腰に正春が言った。しかし、顔を見合わせたまま何も言わない勝也と梓。
「ハア・・・俺っておまえたちからそんなに嫌われていたのかよ・・・それに気がつかなかった俺って・・・」
正春が肩を落とす。
梓はまるで仕方がないと言うように・・・、
「週末に勝也君と遊びに行こうかと・・・」
呟くように言うと勝也に視線を向けた。二人はお互いに見詰め合って微笑んだ。
「へえ〜・・・それなら俺も行くよ!」
「「エッ?」」
勝也と梓・・・・二人が驚く。勝也の顔は一瞬にして強張ってしまった。
『冗談じゃないよ・・・おまえなんかが来たら・・・』
勝也は思った。
「だって・・・温泉よ?」
梓がおずおずと正春に向かって言った。
「温泉?! 最高じゃん!!」
正春の目が爛々と輝く。それを見た梓は一瞬引いてしまった。
「俺も行くぜ!!」
「ヘッ?」
勝也が驚く。
「温泉に行けば浴衣を着た女の子がいっぱいいるじゃん!」
「ちょっと・・・待てよ!」
勝也が焦って正春を止めに入った。
「僕は梓と一緒に・・・」
「何だよ?!」
正春が勝也を睨み付けた。
「勝也・・・おまえと俺は友達じゃなかったのか?」
大きくため息をつく正春・・・勝也に背中を向けると、
「そう思っていたのは・・・俺だけだったのか・・・?」
肩を落とす正春・・・勝也と梓はお互いに顔を見合わせて小さくため息をついた。
「わかったよ・・・」
勝也が呟いた。
「エッ?」
正春が振り向いて二人を見つめた。
「・・・だから、一緒に行こう!」
勝也は半ばヤケになりながら言った。正春は振り返るとニヤリと笑った。
「そうかあ・・・そんなに頼まれると仕方がないな・・・一緒に行ってやるよ!」
ニヤニヤ笑いながら勝也の肩をポンと叩く正春。勝也は俯いてしまっていた。正春の顔を見ようとはしない。そんな勝也を頬を膨らませながら見つめる梓。
「じゃあな・・・楽しみにしているよ!」
正春は軽く手を振りながら廊下を歩いていった。歩き去る正春を見送ると梓は勝也に向き直った。
「勝也君・・・いったいどういうつもりなのよ?!」
「エッ・・・どういうつもりって・・・」
「なぜ武田君なんか呼んだのよ?!」
小柄な梓が勝也の顔を見上げながらいった。その視線は厳しい。
「せっかく・・・・二人で行こうと思っていたのに・・・」
梓はプイッと反対を向くと廊下を歩いて行く。
「オイ・・・梓? オイ?!」
勝也は驚いて梓の後を追った・・・。
「へえ〜・・・なかなかいい感じの温泉だなあ・・・・」
タクシーから勝也たち3人が降りてきた。
「いらっしゃいませ! ようこそ!!」
和服を着た美しい女性が3人を出迎えた。女性を見て思わずドキッとする正春と勝也。そんな二人を見て頬を膨らませる梓。梓は右手で勝也の二の腕を・・・。
「いてっ!!」
驚いて勝也は梓を振り返った。にっこり微笑む梓。思わず勝也は苦笑してしまった。
「さあ、こちらへどうぞ!」
女性が先頭に立って3人は旅館の中を案内されていた。正春と勝也はすれ違う女性に心を奪われていた。
温泉から出てきたのだろうか・・・浴衣姿の女性が汗を拭きながら歩いていく。正春と勝也はその女性たちになんともいえない魅力を感じていた。
「おい・・・ここに泊まりに来ている女の子って・・・みんな美人ばかりだな!」
正春が勝也に囁いた。顔を真っ赤にして俯いてしまう勝也。
周りを見回すと確かに美人と言うか綺麗な女性が多い・・・なぜかもうそれなりの年?のはずのご婦人までが、彼らには街中で見るそれくらいの女性よりは綺麗に見えた・・・。
勝也たちが自分の部屋にやってきた。梓は隣の部屋のドアを開けた。
「あれ・・・梓ちゃん・・・一緒の部屋じゃないの?」
正春が梓を見つめながら言った。
「うん・・・別の部屋よ!」
「ちょっと残念だな・・・」
正春が笑いながら部屋に入っていく。勝也も自分の部屋に入ろうとしてチラッと梓を見た。
「・・・?」
梓は勝也をチラッと見るとプイッと横を向いてしまった。落ち込む勝也。
正春と勝也は部屋に入ると、バッグから荷物を取り出していた。窓の外はすっかり薄暗くなってきていた。
部屋のドアの向こう・・・廊下からは若い女性たちの笑い声が聞こえていた。正春はじっとドアのほうを見つめていた。
「どうしたんだ?」
浴衣に着替え終わった勝也が、首を傾げながら尋ねた。
「え・・・ああ・・・」
正春はドアの方を向いたままだ。廊下を歩く女性たちは次第に遠ざかって行く。突然、正春がドアを開けて廊下に出た。歩き去る女の子たちの後姿を見つめる正春。突然、
「おい! 行くぞ!!」
正春が真剣な目で勝也を見つめる。大学では絶対に見ることの出来ない表情だ。
「決まってるだろう! 俺に言わせるな!!」
正春は、強引に勝也を連れ出すと慌しく部屋のドアを閉めた。
二人が廊下を歩いて行く。すると・・・。
「アッ?!」
二人が女の子とぶつかった。
「もう・・・どこを見て歩いているのよ?!」
そう言ったのは、浴衣姿の梓だった。
「梓・・・」
呆然とする勝也・・・今、勝也が見つめている梓は、勝也の良く知っている梓ではなかった。湯上りというだけではないだろうが、いつもの梓よりはるかに綺麗に見えた。
「どうしたの? 二人とも・・・」
ボーッとしている二人に向かって梓は首をかしげた。
「いや・・・なんでもないよ」
勝也が慌てて首を振る。梓はちょっと厳しい目で正春と勝也を見つめていた。
「あなたたち・・・変な騒ぎを起こさないでよ!」
梓の鋭い視線が正春に注がれる。
「・・・特に武田君!!」
「何だよ・・・俺だけかよ!」
正春が口を尖らせる。
「おい・・・行こうぜ!!」
正春が勝也を促した。二人が廊下を歩いて行く。梓は小さくため息をついて二人の後姿を見送った。
二人は旅館の庭に出ていた。
「いったいどこに行くんだよ」
勝也が正春の後ろから声をかけた。
「さっきから目をつけていた場所があるんだよ・・・」
正春は辺りの様子を窺いながら庭を歩いて行く。その先には、木の塀が行く手を遮っていた。
「あの向こう・・・何があるんだ?」
「シーッ!」
勝也の言葉を正春が遮った。ニヤッと笑うと、
「聞かなくても・・・わかっているだろう?!」
正春が足音を忍ばせながら塀に近づいていく。塀の手前は板張りの床だった。床の間から蒸気が上がっている。その湿気が浴衣にまとわりつく。
『ミシッ・・・』
足元の板がきしむ。正春と勝也は足音を忍ばせて塀に近づいていく。
『ミシッ・・・ミシッ・・・』
板が軋む・・・次の瞬間、
『バキッ!!』
「「うわ〜〜?!」」
二人は板を踏み抜いてしまった。割れた板の間から蒸気が吹き上がる。彼らの視界は真っ白な蒸気に遮られた。
「キャ〜ッ! 何か音がしたわ?!」
「のぞきよ! チカンよ!!」
塀の向こうから女の子たちの叫び声が聞こえる。
「やばい?!」
正春は焦った・・・こんなとこを見つかれば・・・。
「勝也・・・逃げるぞ!」
勝也は腕の力で板の上に這い出そうともがいていた。なぜかいつものようには力が入らない。何とか這い出すと体と板の間に何か柔らかい物が挟まった。しかし、今の勝也にそんなことにかまっている余裕はなかった。いくら正春に引っ張ってこられたとはいえ、こんなところを梓に見られたら・・・。
二人は騒ぎに背を向け、一目散に部屋に逃げ帰った・・・。
二人は部屋に戻ってくると、大急ぎで敷かれていた布団に潜り込んだ。廊下は騒がしくなってきた。時折、
「露天風呂にチカンが出たんだって!」
女の子の声も聞こえてくる。
二人は蒸気で湿った浴衣を着たまま布団で丸くなっていた。
梓は騒ぎを聞いて廊下を勝也たちの部屋に向かっていた。
「まさか・・・あの二人・・・」
部屋の前に立つとドアをノックした。
『コンコン』
「勝也・・・入るよ!」
梓がドアのノブをひねる。
『カチャッ・・・』
ドアが開いた。
梓が部屋の中に入っていく。部屋の中に二人の姿は見えない。部屋の真中に二つ敷かれた布団・・・どうやら二人は眠っているようだ。それを見ていると梓の中に悪戯心が芽生えてきた。正春に比べて小柄の・・・勝也が寝ているはずの布団に近づいていく。
「か・つ・や・・・・」
梓の顔に自然に笑みが浮かぶ。
『これで武田君がいなけらばなあ・・・』
そんな考えが一瞬頭をよぎった。そして・・・。
「それっ!!」
『バサッ!!』
梓が勝也が被っている布団を剥いだ。次の瞬間、梓は固まってしまった。
「・・・何するんだよ! 梓!!」
「あなた・・・誰?」
梓が呆然と見つめている。
「誰って・・・」
勝也が答えるが、その時になって勝也はようやく異変に気がついた。声がおかしい・・・いつもより高く澄んだ声だ。それに、この体の感覚は・・・?
「エエッ?」
驚いて自分の体を触る勝也・・・いつのまにか、彼の体は女性化してしまっていた。
「うるさいなあ・・・なに騒いでいるんだよ・・・」
正春が起き上がった・・・はずだったが・・・。
「君は・・・?」
すっかり女の子の声になった勝也が呟いた。
「俺がわからないのかよ・・・」
そう言ったのは、浴衣姿のショートカットの髪の可愛らしい女の子だった。
「エ・・・エエッ?!」
自分の体を見下ろしてパニックになるショートカットの髪の女の子。
勝也だった女の子が、梓に視線を戻した。次の瞬間、背筋に冷たいものが走った。梓が厳しい表情でこちらを睨んでいる。
「ど・・・どうしたんだ? 梓?!」
「どこにやったのよ・・・」
梓が呟く。
「ヘッ?」
「私の勝也をどこにやったのよ〜!!」
勝也と正春をめがけて枕や部屋の備品が飛んでくる。慌てて廊下に逃げ出す二人の女の子。
「だから俺が勝也だって言っているだろう?!!」
叫ぶ勝也だった女の子。
「まだ言うか〜!!」
梓が廊下を走って二人の後を追う。驚いて3人を振り返る他の宿泊客。
旅館の若女将が穴の開いた板を見つめていた。
「あらあら・・・ここの露天風呂の女湯は、女性を綺麗にする効果があるけど・・・」
若女将は、廊下を走る3人を見つめた。
『男性がこの成分を浴びると女の子になっちゃうからねえ・・・』
クスッと笑うと、
「じゃあ、ここの穴を塞いでおいてね・・・のぞき防止にはちょうどいいから・・・」
女性従業員に言うと、にっこり微笑みながら梓に追いかけられる二人を見つめていた。
温泉!!(終わり)
こんにちは! 逃げ馬です。
この作品は、よく投稿をさせていただいていたHIKUさんのサイト、「HIKUの屋根裏部屋」の30万HIT記念SSとして書いた作品です。
温泉変身というと、どこかの漫画を思い浮かべそうですが・・・(^^;;; ちょっとドタバタコメディー仕立てにしてみました。気に入っていただけるとうれしいのですが・・・。
それでは、最後まで読んでいただいてありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう!
なお、この作品はフィクションであり、登場する団体・個人は、実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。
2002年4月 逃げ馬
短編小説のページへ