新型車開発コードTS

作:逃げ馬

 





 その日、ある自動車会社では重役たちの会議が開かれていた。
 居並ぶ役員たちの顔には、悲壮感がにじみ出ている。
 議長役の、役員が口を開いた。
 「ただいま、説明いたしましたように、現在の我が社の新車販売台数は、自動車業界全体の販売が上向き傾向にある中で、減少の一途をたどっています。」
 「一体誰の責任なんだ!こんな状態になるまでほっとくなんて!!」
 役員の一人が、声を荒げた。
 「誰の責任でも、ありません・・・。」
 開発担当の役員が、冷静に言った。
 「我が社の車が、消費者のニーズに答えていないと言うことですよ。RVブームの中、我が社のクロカン4WDは、見事に消費者のニーズに答えた。しかし、その後は、それに慢心したために、ワゴンや、ミニバン市場で遅れをとってしまった・・・。皆の責任です!」
 「そう・・・。」
 営業担当の役員が言葉をつないだ。
 「業界で規模の小さな会社でも、たとえば、ボクサー・エンジンや、バランスの取れたワゴン車などのいわば、その会社の顔をはっきりさせて販売活動をしている会社もありますが、我が社には、もはやそれもありません!クロカンの時代は、過ぎ去ろうとしています。」
 「そして、次の段階・・・環境にマッチした車でも、我が社は遅れをとろうとしている・・・。」
 社長が沈痛な顔で言った・・・。
 「他にも、消費者のイメージダウンになるような事もあったしな。しかし、我が社は、もう後がない!起死回生のヒット作が必要なんだ!!」
 「しかし、次の段階は、社長も仰ったように、環境保護に対応した車です。しかし、もう業界最大手の会社が、破格の値段でハイブリッド車を出してます。他のメーカーも、出しましたが、全く刃がたちません・・・これを切り崩すとなりますと・・・。」
 営業担当の役員が、苦しそうな顔で言う。
 「策は、あります。」
 開発担当の役員がポツリと言った・・・皆の視線が、彼に集まった。
 「どういうことかね?」
 社長の言葉に、開発担当の役員は、
 「オブザーバーを一人この場に呼びたいのですが・・・。」
 「いいだろう!呼びたまえ!」
 開発担当の役員は、電話の所まで行くと、
 「小林君に、例の資料を持って、至急、役員会議室まで来させてくれ。急いでくれ。」

 しばらくして、小林が、会議室に現れた。165cmと、小柄な身長ながら精悍な顔立ちをしている。
 「君の噂は、聞いているよ・・・城南工大の大学院で次世代エンジンの研究をしていたそうだね。学会でも、精力的な発表をしていた。論文を幾つか読んだこともあるよ。」
 社長が、声をかけると、
 「ありがとうございます。」
 小林は、頭を下げた。
 「小林君には、一昨年に入社以来、我が社で次世代エンジンの研究をしてもらっていました。」
 開発担当の役員が言う。
 「その結果について、小林君から説明してもらいます。」
 「私たちのチームは、水素エンジンのシステムについて開発していました。」
 「私たちの開発した水素エンジンのシステムは、基本的にはガソリンを改質することで水素を得ます。」
 室内が暗くなり、スクリーンにスライドが映される。スクリーンに、“TS01システム”と書かれた図が表示された。
 「そのために、触媒を用いた反応をさせることになります。そこで得た水素を燃料として車を走らせます。このシステムのメリットは、現在あるガソリンスタンドなどの、社会的なインフラをそのまま使えること、あと、ガソリンエンジンで得たノウハウが、そのまま使えることです。」
 小林は、役員たちを見て言った。
 「私たちの間では、このシステムを持つ新型車開発コードを“TS”と呼んでいます。現在、そのシステムユニットの実車搭載用のものを開発し、実車テスト段階にあります。」
 「それは、いつ用意できる?」
 「早ければ、ニ、三日中にも・・・。」
 「ほう・・・早いな!」
 営業担当の役員が言った。
 開発担当の重役が説明する。
 「このシステムは、既存の車にも積めるのです・・・同じ内燃機関ですからね・・・つまり、今ある工場設備も、そのまま使えます。さらに、小林君の開発したシステムは、同じ炭素と水素のくっ付いた油・・・サラダオイルや、メタノールでも使えます。燃費は、実験室レベルで大手企業のハイブリッド車を凌いでいます!」
 「オオーーッ・・・。」
 役員たちの間に、どよめきが起きた。
 「しかし、問題があります。」
 「ほう、何かね?」
 社長が、小林を見た。
 「油から水素を得るときに、反応の過程でガスが発生します。このガスに、有害性があります。」
 「どんな害だ・・・・。」
 「一種の環境ホルモンです。マウスを使った実験では、ある程度蓄積すると、オスの、メス化が全てのサンプルで起きました。今は、処理装置を開発して、システムに取り付けた所です。」
 「じゃあ、何も問題ない!すぐ実車につんで、テストをしたまえ、全ては、テストで得た結果で決まる。」
 「しかし、もう少しデータを得てから・・・。」
 小林と、開発担当の重役が同時に言った。
 「君は、オブザーバーだ!」
 役員の一人が、小林に言った。
 「これは、社長の指示だ、明日、実車に積んで、走行テストをしたまえ。テストドライバーには、若手の中谷君をつけよう。君も、一緒に乗って参加するんだ。」
 中谷は、若手のテストドライバーだ、腕は確かだが、上からの命令には忠実で、どんな無理でもする男だった・・・。


 次の日、小林は、徹夜をして小型乗用車にシステムを積み込んだ。ガソリンを燃料タンクに満タンに詰めると、中谷と一緒に車に乗り込んだ。
 「じゃあ、予定の200kmをノンストップで走ってくれ、その間に、予定の走行パターンを試してくれよ。データは、後部座席に積んだコンピューターが全て記録する。」
 テスト担当の役員が指示をした。
 「わかりました。ノンストップで、200km・・・朝飯前ですよ。」
 中谷の言葉に、小林は、助手席で暗い顔をしていた。
 「大丈夫だよ、いいデータが取れれば、おまえは、開発部長に抜擢されるそうだぞ!まあ、ドライブのつもりで行って来い!」
 役員の一人が、小林に言った。
 「では!」
 中谷は、車を発進させる。
 車は、軽快な加速で、町を走っていく。
 「環境対応車と言われたから、かったるい車と思いましたが、これはスポーツ車並だ!」
 中谷が、ご機嫌な顔で話しかけた。
 「基本は、ガソリン車なんでね。300PSは出ますよ。」
 小林が前を見つめながら言った。

 二人は、順調にメニューをこなす。
 「ここまでは、問題なし・・・後は、ダート・トライアルだな・・・。」
 中谷は、車を林道に向かわせた。
 「行きますよ・・・しっかり掴まって!」
 中谷は、ダートで車をドリフトさせ、バンプで車をジャンプさせながら車を操る・・・確かに、凄い腕だ。 しかし、その時、車の下で部品が一つ外れたことに二人は気付かない・・・。

 「この車・・・TS01でしたっけ・・・すごいですよ!これWRCに出せるかもしれませんよ。」
 中谷の、言葉に、小林も少し満足した。しかし、その間にも、触媒から漏れたガスが車内に入ってきていた。突然。
 「あッ・・・ああああ?」
 中谷が、声をあげた。
 小林が見ると、中谷のシャツの胸が膨らんでいく。短かった髪も、さらさらになりスルスルと伸びて、女の子のショートカットくらいになっていく。
 「いけない!ガスが漏れているんだ!」
 小林は、瞬時に事態を理解した。
 小林は、後ろに積んであるコンピューターで原因を探そうと、後ろを向いた。
 『ムニュッ』
 自分の胸と、シートの間に何かが挟まった・・・いや、小林自身が、その感覚を感じた。
 「ウワアッ!」
 小林はパニックを起こして叫んだ。自分の胸が、どんどん大きくなっていく。
 『バサッ』
 サラサラのロングヘアーが、顔を覆った。
 「中谷さん!車を止めて下さい!!」
 「いや!ノンストップだという命令があったじゃないか!」
 そう言う中谷の声は、すっかり女性の声になっている。
 小林は、中谷のほうを向き直った。中谷のウエストは細くくびれ、ヒップは大きくなり、すっかり女性の体になっている。
 まさかと思い、自分の体を見る小林。小林もまた、腕は、細く白くなり指もまた、細くなっていた。おもわず、股間に手をやる小林・・・そこは、すっきり何もなくなってしまっていた。
 「ああああっ!」
 おもわず声を出す。しかし、小林は、自分の声に驚いた。・・・すっかり高く澄んだ、かわいらしい女性の声になっていた。
 その間にもウエストは、細くくびれていく。ヒップは、大きくなり、足も細く美しくなり、ズボンの裾は、少し余っていた。どうやら体格が、一回り小さくなったらしい。

 男物の服を着た、若い女性二人を乗せたテスト車が会社に帰ってきた。
 居合わせた者は、全員が事態を瞬時に理解した。防護服を身に付けた研究員が、二人を車から助け出し、すぐに原因調査が行われた。



 「それで、原因は解ったのかね?」
 数日後、夕日が射しこむ社長室で、社長が、開発担当役員に質問した。
 「はい・・・有毒ガスの処理装置についていた部品の一つが、ちぎれてなくなっていました。ダート走行の時に、何処かで腹を擦ったものと思われます。」
 役員の横には、スーツ姿の二人・・・それは、しかし異様な光景だった・・・紳士物のスーツを来た女性?彼(彼女)は、女性になってしまった小林と、中谷だった。
 「君たちには、気の毒なことをした。しかし、これは残念な事故だ。会社としては、万全のケアーを保証するから安心したまえ!」
 社長は、机の上にある電話で、秘書を呼び出した。
 「こちらへどうぞ。」
 秘書が、二人を下がらせた。
 「まあ、これは仕方あるまい。しかし、あれはなかなか良いシステムだった。今回の事故だって、考えてみれば、ガスの人間に対するデータまで取れたわけだ。市販される前で良かった。」
 笑い出す社長に対して、役員は、激しい嫌悪感をいだいた。冷たい視線を社長に注いでいた。
 「入ります。」
 秘書の声に社長が答えると、純白のブラウスに薄いピンク色のベストと、膝丈のタイトスカートを身に付けたかわいらしいOLが二人入ってきた。
 「君たちは、明日からOLとして働いてくれたまえ。なあに、心配は要らん。住居や、必要なものは、会社が用意するし、親族の皆さんにも、きちんと事情を説明する。戸籍も、政治家に働きかけてきちんと処理する。こんな時のために、献金してやっているんだからな!」
 社長の言葉に、女性化した小林が泣き出した。その仕草は、すっかり女性だった。
 秘書が、気を利かせて二人を下がらせた。


 「まあ、少々金をかけても、“TS”の、後継車が発売されれば、業界トップも夢じゃないからな。」
 社長の言葉に、
 「それは、幻でしょうね・・・。」
 開発担当役員が答えた。
 「なに・・・ど・・・どういうことだ!」
 「ガスは、TS01に積んでいたコンピューターを腐食させて、データを破壊しました・・・つまり、前回の走行実験は、無駄に終わったわけです。・・・それだけじゃない!リストラとかで、開発費をあなたは削りつづけた・・・そのため開発部門は、必要な人間まで居なくなった。小林君が、すばらしいものを開発しても、それを助けるものは、誰も居ない・・・彼一人に頼った結果、“TS02”は、開発出来なくなりました。つまり、“TS”の開発そのものが、出来なくなったのです!」
 「それなら、小林にやらせろ!」
 「彼は、いや・・・彼女は、ガスの作用で、すっかり“内気な女性”になりつつあります。もう、今の彼・・・彼女は、かつての小林君ではありません・・・これも、全てあなたの、人を消耗品扱いした代償です・・・いずれ、あなたは、その代償を払うことになるでしょう・・・。」
 開発担当の役員は、社長の机の上に、封筒を置くと、静かに社長室を出て行った。
 封筒には、『辞表』の文字が、太く書かれていた・・・。
 それを見た、社長は、ゆっくり天を仰いで、深いため息をついた。


 その、自動車会社が倒産したのは、それから一年後だった。





 こんにちは!逃げ馬です。  今回の作品は、また、新しいジャンル・・・社会派TSF?を試してみました。
 萌えは・・・低いかもしれませんね(苦笑)。このネタ・・・テレビで燃料電池の話題をしていたときに思いついて、1時間ほどで仕上げました。いかがでしたか?
 今、“新しい私”のサイドストーリー(続編かな?)も企画中です。近いうちに皆さんにお披露目出来ればいいのですが・・・。
拙い文章を最後まで読んでいただいてありがとうございました。また、次回作でお会いしましょう。

 尚、この小説は、フィクションであり、実在の個人、団体とは、一切関係のないことをお断りしておきます。




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