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これは、「駅」をテーマにしたシリーズ小説です




駅(第3話)


作:逃げ馬





とある大都市にあるオフィス。
いつものようにオフィスの机の上に置かれた電話は鳴り響き。スタッフたちがあわただしく対応している。
その一方では、真剣な表情でモニターを見つめるOLの指は、キーボードを忙しく叩いている。

吉沢武は、48歳。 東西商事の営業課長をしている。
家では、一人娘の“良きパパ”であり、オフィスでは営業課のスタッフたちの“良き上司”であった。
「課長、先ほどはお忙しいときに、携帯に電話をさせていただいて・・・・失礼しました」
営業課のOL、中島が小柄な体で駆け寄り、ぺこりと頭を下げた。長く綺麗な髪がサラサラと揺れる。
「アッ・・・課長。先ほどは、ケータイのメールでお返事をいただいて・・・」
どうもありがとうございました・・・と、男性社員の玉木が頭を下げる。
「いやいや・・・気にするな」
吉沢は、笑いながらサムソナイトのブリーフケースを机の上に置くと、端末でメールのチェックを始めた。
「なんだ、なんだ・・・うちのスタッフは吉沢君に携帯電話で指示を仰がなきゃならないのか?」
営業部長の千葉が大きなお腹をゆすりながら苦笑している。
「君も大変だな?」
吉沢に笑いかけると、
「部長・・・せっかくケータイがあるんですから・・・」
「そうそう、使わないと損ですよ!」
玉木と中島が千葉に向かって抗議を始めた。
「おいおい・・・君たち・・・」
困惑する千葉、
「ほらほら、仕事に戻って・・・」
メールチェックを終えた吉沢が二人をたしなめると、
「「ハイッ」」
肩を小さくすくめて二人が仕事に戻っていく。
「やれやれ・・・」
小さく笑う千葉に、
「最近では、いろいろな機能がついて、まるで携帯電話がもう一人の自分のようですからね・・・・忘れると落ちつきませんし」
吉沢が笑った。
「君はすごいね・・・私はもっとらんよ・・・」
机の上に置かれた多機能電話を指差しながら、
「これだって、本当は昔ながらの黒電話の方が良いとおもっとるくらいだから」
そういうと、二人で笑った。
「それじゃあ、頼むよ!」
千葉が大きなお腹をゆすりながら歩いていく。
吉沢は一礼すると、椅子に座り仕事を始めた。



「おつかれさまでした!」
「課長、お先に失礼します!!」
夕方のオフィスから、少しずつ人が帰っていく。
「課長、今日はありがとうございました」
スカートの裾を揺らしながら中島が歩いてくると、ぺこりと頭を下げた。
「ああ・・・ご苦労様」
吉沢も頷くと、
「今週は忙しかったからな・・・週末は、しっかりリフレッシュをしてきなさい」
「はい!」
それでは・・・・と、中島は頭を下げると帰って行った。
吉沢も机の上に置かれた書類を手早く片付けると、ブリーフケースを手に立ち上がった。すでに、日が暮れて窓の外はすっかり“夜の街”になっている。
吉沢は室内をチェックすると、オフィスの照明スイッチを切った。



『電車が参ります・・・危険ですから白線の内側に・・・』
アナウンスとともにホームには電車が入り、ホーム上にあふれる人を、その中に飲み込んでいく。
いつも同じ時間に電車に乗る人たちは、自然に“自分の立ち位置”が決まっていくようだ。
この日も吉沢は、“いつもの場所”に立つと吊り革を握った。
彼の右隣には、壮年の男性が立った。目礼をしてきたので、吉沢も返す。
彼の左隣にいつも立つ大学生風の男性は、今日はいないようだ・・・セーラー服姿の眼鏡をかけた小柄な女子高校生が立つと早速、携帯電話で何かを始めた。
電車が動き出し、徐々に速度を上げると、窓の外を街の明かりが流星のように流れて行く。
吉沢も、内ポケットから携帯電話を取り出そうとした。すると、
『お客様にお願いいたします・・・車内では携帯電話の電源をお切りください・・・』
思わず手が止まる吉沢。
しかし他の乗客は、アナウンスにお構いなしでメールやワンセグでのテレビ番組のチェックに余念がない。
吉沢の左隣でも女子高校生が親指を忙しく動かしながらメールを打っているようだ。
と、そのとき、がくんと大きく電車が揺れた。よろめく乗客たち。
「アッ?!」
鈍い音がして、吉沢の足元にたくさんのマスコットを付けた携帯電話が落ちた。隣に立つ女子高校生があわてている。
混みあった車内で、吉沢は大柄な体をよじりながら、足元の携帯電話を拾った。
「はい・・・気をつけないと」
吉沢が優しく微笑むと、
「ありがとうございます」
女子高校生も、頭を下げるとにっこり笑った。車内の蛍光灯の光が、彼女のかけている眼鏡に反射して一瞬光った。
「私の分身ですから・・・・壊れちゃうと大変」
人懐っこい笑顔で笑う。
「そうだよ・・・気をつけないと!」
吉沢も笑った。
やがて女子高校生は、またメールを打ち始めた。吉沢も内ポケットから携帯電話を取り出すと、メールのチェックを始めた。
駅に近づいたのか、電車のスピードが落ちていく。そのとき、
「?!」
また、電車が大きく揺れた。車内でぎゅうぎゅう詰めの乗客たちが大きくよろめく。荷物の落ちる音、乗客が転ぶ音が車内に響く。
吉沢は、何とか自分の体を支えて転倒を免れた。彼の体に女子高校生がぶつかった。思わず携帯電話を落としてしまったが、混みあった車内に荷物が散乱してなかなか拾えない。
混乱をする車内をよそに電車は駅に着くとドアを開けた。降りようとする人、荷物を拾う人、更に乗り込んでくる人が行きかい、吉沢はなかなか自分の携帯電話を見つけられない。
「ああ・・・あたしのケータイが・・・」
どうやら、女子高校生も落としたらしく必死に携帯電話を探している。
ホームからは発車のアナウンスが流れている。
「あった?!」
ようやく見つけた携帯電話を吉沢が取ろうとした瞬間。
「?!」
女子高校生が吉沢の携帯電話をさっと取るとドアに向かって走る。ハッとする吉沢。そばに落ちていた彼女の携帯電話を手にすると彼女を追った。
「おい・・・君のケータイは・・・?!」
その声が少しずつ、かわいらしい女の子の声に変わっていく。彼の目の前でドアが閉まった。ホームから下りる階段を“スーツを着た男性の姿をした女子高校生”が駆け下りていく。
「そんな・・・」
可愛らしい声で手の中に握られた携帯電話を見ながら呟く吉沢。
「いくら・・・分身・・・・だからって」
自分の体を見下ろす吉沢、肩の下まで伸びた黒くサラサラの髪。セーラー服にキュッと結ばれた青いスカーフ。紺色のプリーツスカートから伸びる健康的な足と、それを包むハイソックス。彼の持っていたはずのブリーフケースも、いつの間にか学生かばんに変わっている。そして何より、これまでしていなかった眼鏡の感触があるのだ。
顔を上げる吉沢。電車の窓に映る姿は、さっきの女子高校生そのものだった。
「そんな・・・バカな・・・?」
耳にかかる長く伸びた髪をスッと掻き揚げ、ずれた眼鏡を細い指でなおすそれは、全く自然な動作だった。


これからどうすれば良いのか? 困惑する吉沢だった女子高校生の耳に、アナウンスが聞こえてきた。

『お客さまにお願いいたします、電車内では携帯電話の電源がOFFにし、使用はお控えください・・・』




駅(第3話)終わり


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こんにちは! 逃げ馬です。

このエピソードは「駅(第1話)」と同時に書いていました。
読んでいただいてお分かりのように、基本のストーリーは同じで、違いはディテール・・・・描写の“濃さ”と言ったところでしょうか?
ストーリーの差をはっきりさせるために、オチは逃げ馬としては珍しく“入れ変り”にしてみました(^^)
第1話の描写と比べて、どちらが気に入っていただけたでしょうか・・・?



尚、この小説はフィクションであり、登場する団体・個人は実在のものとは一切関係のないことをお断りしておきます。


2009年3月 逃げ馬



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