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車掌さん


作:逃げ馬






 その日の朝も田村耕作は、目覚めると同時に布団を抜け出すと、机の上に置かれたノートパソコンのスイッチを入れた。
 耕作は剛気体育大学付属高校の2年生、野球部員だ。いつものようにメーラーを立ち上げ、メールボックスの中のメールをチェックしていると・・・。
 「アレ?」
 メールボックスには、覚えのない差出人からメールが届いていた。ディスプレイを見ながら首を傾げる耕作。
 「・・・・ウイルス対策ソフトは反応しなかったから・・・・大丈夫だよな・・・・」
 耕作はマウスのカーソルをメールに合わせてクリックした。
 メールには“今日の占い”とタイトルがついている。耕作がメールを読み進めていく。
 『このメールを受け取ったあなたの今日一日は“スペシャル・ハッピー”・・・すべての願いがかなう一日になるでしょう♪』
 「・・・・・馬鹿馬鹿しい・・・・」
 耕作はパソコンのスイッチを切ると、手早く制服に着替えて教科書などが入ったかばんを掴むと部屋を出て行った・・・。



 「おはよう!」
 「ああ・・・・おはよう!」
 学校では、いつもとかわりのない朝が始まった。
 耕作は自分の席につくと、かばんの中から教科書やノートを引っ張り出した。
 「耕作、おはよう!」
 体のがっしりした長身の少年がニコニコ笑いながらやってきた。彼は高津正一、耕作とは同じ野球部の部員でもある。
 「昨日の練習はきつかったな・・・」 
 高津が笑った。
 「ああ・・・・」 
 耕作は目をこすりながら、
 「帰ってすぐに眠ったけど・・・・寝た気がしないよ」
 「しかも、今日の一時間目は数学だろう?」 
 高津がにやっと笑った。
 「ああ・・・朝から吉崎の顔を見なくちゃいけないんだぜ」 
 耕作が憂鬱そうな表情を浮かべると、高津が笑い出した。
 「そういえば、今日はお前はそろそろ授業で当てられそうな順番だよな」
 高津に言われて耕作が憮然とした表情を受かべた・・・。

 耕作たちの担任でもある数学教師の吉崎は、厳しい授業で生徒たちからは嫌われている。授業では、教室に並んだ生徒たちを順番に当てていき、答えられない生徒にはたっぷり嫌味を言う。放課後には補習授業まで行って徹底的に生徒を鍛えるのだ。それでなくても、放課後には部活で厳しい練習をするこの学校の生徒たちからの評判は最悪だった。

 「当たるかなあ・・・・ギリギリのところだな・・・・」
 耕作が笑った。
 「おまえ・・・・運が悪いから今日は絶対に当たるって!」
 高津がニヤニヤ笑いながら言った。耕作が、何か言い返そうとしたそのとき、教室のドアが音を立てて開いた。メガネをかけた神経質そうな中年の男が教室に入ってきた。高津が耕作の肩をぽんと叩いて自分の席に戻って行く。耕作は、肩を竦めて高津の後姿を見送った。
 「起立!!」
 声がかかると同時に生徒たちが立ち上がる。
 「礼!」
 教壇に立つ吉崎に向かって頭を下げた。今日もいつもと変わらない一日が始まった・・・。

 『おいおい・・・・勘弁してくれよ・・・・』
 耕作は気が気でなかった。ひやひやしながら教壇を見つめている。
 「よし・・・じゃあ、この問題は松村!」
 「・・・はい・・・・」
 耕作の前の席に座っている少年が立ち上がると、黒板の前に向かって歩いていく。松村は首をかしげながら必死に問題を解いていたが・・・・。松村を見つめている吉崎の額に青筋が立ってくる。
 「・・・松村! なんだ・・・こんな問題も解けないのか?!」
 松村は苦笑いを浮かべ頭を掻きながら吉崎の顔を見たが、吉崎は苦りきった表情で、
 「おまえも今日は居残りだ!」
 「でも・・・・」
 「でも・・・・なんだ?!」
 「今日は部活が・・・・」
 松村がその体格に似合わない小さな声で言うと、
 「おまえたちは、そんなことばかりやっているからこんな簡単な問題も解けないんだよ!」
 吉崎が神経質そうに指し棒で黒板に書かれた問題を叩いた。
 「いいか・・・・今日は補習だぞっ!」
 松村がうなだれながら席に戻って行く。耕作はヒヤヒヤしていた。
 『勘弁してくれよ・・・あんな問題解けるかよ・・・・』
 しかし、そんな耕作の気持ちにはお構いなく、吉崎は教室に座っている生徒たちを神経質そうに眺めながら、
 「おまえたち・・・・これくらいの問題は、簡単に解けなきゃ高校生じゃないぞ!」
 そして、教壇に立つ吉崎と席に座る耕作の視線が会った。
 『・・・もう・・・駄目だ・・・!』
 耕作はある種の絶望感に包まれた。教壇に立つ吉崎の右手が動き、唇が何かを言おうとしたその瞬間。
 『キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜〜ン・・・・・♪』
 チャイムの音が鳴り、廊下に生徒の話し声が響きだした。吉崎は小さく舌打ちをすると、
 「・・・よし・・・・今日はこれまで!」
 「起立!」
 生徒たちが立ち上がった。
 「礼!」
 皆が礼をして、今日の一時間目が終わった・・・・。
 


 「危ないところだったな・・・」
 放課後、耕作と高津はかばんの中に教科書を片付けながら話をしていた。
 「てっきり、今日はおまえが補習になると思ったのにな!」
 高津が少しおどけ気味に言うと、
 「本当にラッキーだったよ!」
 耕作が笑った。
 「・・・代わりに・・・・俺がアンラッキーになったけどな・・・・」
 前に座っていた松村がよろよろと立ち上がると、重い足取りで教室を出て行く。二人は、苦笑いをしながらそれを見送った。

 「しかし、このくそ暑い中これからまた練習かよ・・・・」
 「まったくだな・・・」
 午後の太陽が容赦なく二人に降り注ぐ。二人の視線の先に見えるグランドからは陽炎が立っている。
 「遅いぞ! おまえたち!!」
 鍛え上げられたがっしりとした体に野球のユニフォームを着た中年の男が二人に向かって叫んだ。
 「・・・・このくそ暑い中・・・・元気だな・・・・」
 耕作が呆れたように呟いた。
 彼は剛気体育大学付属高校の野球部の監督、竹田秀雄・・・しかし、その外見は野球部の監督よりも格闘家に向いているように見えた。身長は190cmもあり、ウエイトトレーニングで鍛え上げられた肉体は、あのボ○・サ○プとも互角に戦えるに違いないと部員たちは噂していた。
 「何ボーッとしているんだ。さっさと練習の準備をしろ!」
 監督に言われて二人が部室に向かって走り出した。
 「まったく・・・・なんでこの暑い中走らなきゃいけないんだよ・・・」
 「・・・・まったくだ・・・・」
 耕作と高津が部室にやってきた。後ろを振り返ってグランドを見た耕作の目には、ノックバットを振って部員たちにノックをはじめた竹田の姿が飛び込んできた。
 「あの監督・・・また、外野にノックをしようとしてホームランを打つんじゃないだろうな?」
 高津がユニフォームに着替えながら笑った。耕作も笑いながら制服を脱いでいく。
 「しかし・・・・こんな夏場は、たまには休みたいよな・・・・」
 高津が言った。
 「本当だよな・・・監督はタフかもしれないけど・・・・俺たちだって、たまには休みたいよ・・・・」
 耕作も呟いた。そういった耕作の着替えたばかりのユニフォームは、部室の暑さで耕作の体から噴出した汗でもう濡れていた。
 その時、
 「監督? どうしたんですか?!!」
 突然、グランドが騒がしくなった。驚いてグランドを見た耕作と高津の視界には、一箇所に集まってくる野球部員の姿が見えた。
 「「?!」」
 あわてて二人も駆け出した。
 「どうしたんだ?!」
 グランドに駆けつけてみると、部員たちの輪の中で監督が腹を抱えてうずくまっていた。
 「いったいどうしたんだ?」
 高津が部員の一人に尋ねると、
 「ノックをしていると、監督が急に腹を抱えてうずくまってしまったんだ・・・」
 「大丈夫だ・・・・」
 監督が、顔をしかめながら立ち上がった。顔色は青ざめ、額には脂汗が浮かんでいる。
 「でも・・・」
 心配そうに耕作が声をかけると、
 「さすがに・・・練習は無理だ・・・・今日は休養日にしよう・・・・・おまえたちも、上がっていいぞ!」
 そう言うと監督は、腹に手を当てながら校舎に向かって歩き出した。そんな監督を、部員たちはお互い顔を見合わせながら不思議そうに見送っていた・・・。



 「今日のおまえは、本当に“ラッキー・デイ”だな」
 高津がニコニコしながら耕作に言った。
 結局、今日の野球部の練習は中止になり、二人は今、帰りの電車に乗っている。車内は学校から帰る学生たちや、通勤のサラリーマンで混みあっている。
 「確かにラッキーだったけど・・・・いつもと違う時間だから、こんなに混みあってる電車に乗るはめに・・・・」
 耕作が窮屈そうに体をよじった。そんな耕作を見ながら、苦笑いをする高津。
 「まもなく“海原”・・・・“海原”です・・・・」
 「やっぱり“ラッキー・デイ”だな!」
 車内放送を聞いて高津が笑った。
 「窮屈な車内とも、おさらばだな」
 耕作はこの駅で降りて、この駅から出ているローカル私鉄に乗り換えるのだ。電車のスピードが落ちてホームに入って行く。ドアが開くと乗客がホームに降りていく。耕作は乗客の流れに身を任せながら、電車に乗っている高津に軽く右手を上げた・・・・。



 『ゴトンゴトン・・・ゴトンゴトン・・・・』
 ステンレス製の電車が大きく揺れながら走っていく。
 ロングシートの座席に腰を降ろした耕作が車内を見回した。2両編成の車内には、数えるほどの客しかいない。
 電車のスピードが落ちてきた。駅に着いてドアが開くと、でっぷりと太った中年の車掌がホームに下りて電車から降りた客から切符を集めている。同時に反対側のホームから電車が出発した。この路線は単線なので、こうして途中の駅で反対方向の電車が来るのを待つのだ。しかも、駅員は始発駅と終着駅にしかいない・・・車掌は、途中ではこうして駅員の役割をしなければならない。車掌は笛を吹くとドアを閉めた。電車がゆっくりと走り出す。
 耕作は再び車内を見渡していた。さっきまで乗っていた大手の私鉄の電車とは違って、車内の吊り広告は数えるほどしかない。しかも、この電車は東京の大手私鉄のお下がり・・・・中古の電車だった。きっと“年齢”は耕作の倍はあるだろう。つり革に書かれた広告は、この電車が以前に走っていた電鉄会社の経営するデパートの広告がそのまま残っていた。
 「ハーッ・・・・」
 大きくため息をついたその時、車掌が大きな体をゆすりながら、途中から乗ってきた客の検札にやってきた。
 「まったく・・・さえない電車だよな・・・・」
 思わず声に出して呟いていた。車掌は、耕作の前に座っているおじいさんの検札をしていた。
 「電車はポンコツ・・・しかも、乗務員までこれじゃあ・・・・可愛らしい女性車掌でもいれば客も増えるだろうけど・・・」
 自分の想像に思わず耕作は笑っていた。その時、
 「ア・・・・アアアッ?!」
 突然、耕作の前から声が聞こえてきた。思わず顔を上げた耕作は、信じられない光景に言葉を失った。
 耕作の前で検札をしていた車掌の胸がむくむくと盛り上がっていく。同時に、大きく突き出していたおなかが引っ込んでいく。同時にヒップが膨らんでいく・・・?
 信じられない光景に、前に座っていたおじいさんは口をあんぐりと開けている。
 車掌の変化は続いていた。帽子から伸びていたボサボサの髪が、さらさらのショートカットに変わっていく。ウエストは細くくびれ、足はズボンがずれ落ちないようにしているのだろうか・・・・内股になっている。
 やがて体だけではなく、服も変化をはじめた。カッターシャツはやわらかい記事のブラウスになり、ショートカットの髪の上にのっている帽子は、ベージュ色の丸いつばの付いた可愛らしい帽子に変わっていた。
 「・・・・」
 あまりのことに、この車両にいる誰もが声すら出すことが出来ない。
 やがて、紺色のズボンがどんどん白くなっていく。ベージュ色に変わるとどんどん短くなってキュロットスカートに変わっていた。上半身には、スカートと同じ色のベストと胸には赤いリボンがあった。今やでっぷりと太った中年の車掌は、若くて可愛らしい女性車掌に変わり果てていた。大きな瞳を見開いて、しばらく自分の体を見下ろしていた車掌だったが突然、その可愛らしい顔に微笑を浮かべると・・・・。
 「ご乗車ありがとうございます!」
 可愛らしく微笑むと、おじいさんに頭を下げて耕作の前に立った。驚いている耕作に向かって、
 「乗車券を拝見します♪」
 『何をやっているんだ・・・・そんなことをしている場合じゃないだろう?!』
 車掌の心は、パニック状態になっていた。しかし、体は意思に反して、やさしい笑顔で耕作を見つめている。耕作がおっかなびっくり定期券を取り出した。かつての車掌とは似ても似つかぬ細くきれいな指でそれを受け取りチェックすると、
 「いつもありがとう♪」
 『こんな恥ずかしい格好で何をやっているんだ・・・・止めろ!!』
 車掌の心は悲鳴をあげていた。そんな”彼”にかまわず、にっこりと微笑むと、ピンと背筋を伸ばして次の乗客のチェックに向かう女性車掌・・・。
 耕作たち乗客は、呆然と突然現れた可愛らしい女性車掌の後姿を見つめていた。



 それ後この鉄道は可愛らしい女性車掌がいると評判になり、突然通勤通学客が激増したのだった・・・・。



 車掌さん(終わり)






 2003年7月  逃げ馬



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